2005年08月17日
東アジア共同体への妄想とその裏返しとしての反米
民主党が16日に発表したマニフェスト(政権公約)の中で、外交・安保に関する箇所は目を疑った。
・日中関係再構築。東アジア共同体の構築を目指す。
・日米地位協定の改正に着手し3年を目途に結論
・「国際平和協力隊(仮称)」の創設を検討
・イラクからの自衛隊を12月までに撤退させる。
民主党は自民党からの分裂グループ、日本新党の生き残りグループ、旧社会党グループと小沢グループの呉越同舟の野合集団である。
政策に一貫性がなくバラバラで新左翼を支持するような人から、西村眞吾先生のような<極右>の政治家まで幅広い。しかし、今回のマニフェストはどう見ても旧社会党に先祖がえりしたと思われても仕方がないような政権公約である。
日中関係再構築というが、中国は共産主義の独裁国家であり、自由や人権を抑圧している圧政国家である。中国共産党は自らを正当化する手段として「日本軍国主義の侵略から守った」という大義を掲げている。
このような「反日姿勢」は国民が自由を求めて集会を開いた、あの天安門事件以来強まってきた。自由を圧殺していくのには、大義名分がどうしても必要になってくる、それが「反日」なのである。
そのような共産中国との関係再構築とは、一体何を意味するのか?
共産中国にすりより属国の道を選択するようなものではないか。
民主党が日本の将来にとって極めて危険な存在であることがこれでハッキリしてきた。
東アジア共同体などは全くの幻想である。北朝鮮、韓国、共産中国の我が国への対応を見ればこれは明らかで説明も要しないほどだ。
この東アジア共同体への妄想が単純な裏返しとしての反米を志向するならば、祖国日本を奈落の淵へと追いやる亡国の徒である
我々<極右>はこの「日中を軸とした東アジアの新体制を目指す動向」に強い警告を発してきた。
「日中を軸とした東亜の新体制」しかも「それを前提にした反米を基軸とする世界秩序の再編」それこそが日本の左翼陣営の世界戦略であり、民主党がこの路線の上にあることは今や明白となった。
敵の正体がハッキリと見えてきただけ、今回の選挙の意味はあったのではないか。
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2005年08月16日
この際、いっそ参院を廃止すればどうか
小泉首相は「郵政民営化法案」が衆院で可決されたが、参院で否決されたため、民意を問うとして解散総選挙に踏み切った。
マスコミは造反派に対して自民党執行部が対立候補を立てる事態を“刺客”と称して面白おかしく伝えている。
小泉流の劇場型総選挙騒動で関心は高まっている。しかし、この選挙結果によっては日本の議会制民主主義制度を根本から見直す好機となるかも知れない。
これまで参院は「良識に府」などと呼ばれ、衆院のチェック機能を持つ使命担ってきた。それ故に「参院無用論」や「参院廃止論」が高まって来た時でも、その必要性が強調されてきたのだった。
しかし、小泉首相の今回の手法は参院の表決を全く無視したものである。一部の評論家がこの点を危惧して話はしているが、国民の声は今回の解散を支持している。
つまり、今回の選挙の結果によっては、増々「参院廃止」を求める国民の声が強まってくるかも知れないのだ。かって「良識の府」と尊称された参院の本来の使命が果たして現在の参院にあるのか?
政党化して二院制の意義などもはや有名無実のものとなっている。衆議院のカーボンコピーであり、無用の長物化してしまっている。政党政治の誤りをチェックできない、例えしたとしても軽んじられている参院に価値を見いだす事はできない。
郵政民営化は「財政再建」を至上課題とした行政改革の一環としての流れであるなら、この際いっそ参院を廃止してしまったらどうか。
私はかって(昭和57年9月)ある雑誌の原稿を依頼された。題は『参院は果たして必要か、否か』であった。当時全国区はお金がかかり過ぎるという事で、拘束名簿式比例代表制が導入されようとしている時だった。
この時私は次のような文を投稿した。
「参院全国区の改革は政党政治の発展に必要なものではなく、既成政党の野合という現在の議会制民主主義の矛盾を覆い隠そうとの茶番に等しい。」
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後の文は続きでお読みください。
2005年08月15日
虚妄の60年と『国家基本問題』(靖国神社を含む) ��
��敗戦に至った経緯とそれを賞賛した左翼陣営
我々戦後生まれの世代の日本人が、この敗戦コンプレックスから脱していくには、民族の心を荒廃させてきた<虚妄の60年>の発足の経過とその継続の過程を総括しなければならない。
批判、そして克服するためには、先ずその敗戦・占領に起因する成立の状況を振り返る必要がある。
2千年以上の歴史と栄光を誇った日本国が最終的に米国に屈したのは、かって人類史上に例を見なかった原子爆弾という大量殺戮兵器の広島・長崎への投下であり、また満州に移民していた日本の婦女子に突然襲い掛かったソ連軍による残虐非道な攻撃だった。
真に裁かれる戦争犯罪があるとすれば、このような原爆投下や無差別殺戮に勝るものはないだろう。このような歴史的な事実によって、日本の敗戦、占領は強いられたのである。
現在の日本国憲法は占領政策の中で、日本弱体化のために日本国民に押し付けられたものである。これは誰もが知っていることだが、これまでこの占領憲法の廃棄や改正を訴える者は、歴史の反動者扱いを受けてきた。
それは何故か?一口に言ってしまえば、戦後の政党、マスコミなどが「米国の占領は正しかった。」という論点から、憲法の押し付けを「民主主義の啓蒙」として受け入れたからだ。
日本人は敗戦という厳然たる歴史的な事実を終戦とする言葉のすり替えによって、戦争で敗れたという屈辱から逃れようとした。
また左翼陣営は、占領軍を“平和の使者”として歓迎した。その代表が日本共産党で、彼らはマッカーサー占領軍を“解放軍”として赤旗を振って熱烈に歓迎した。
戦後60年を総括するとまさにこれらの事実に行き着く。つまり今日の政党・政治家、そしてマスコミなどあらゆる組織や団体が、この60年を受け入れてきたという事実である。
我々<極右>はこの戦後60年を一切無視した新国家創造運動を提唱している。全ての戦後的制約から無縁であり続けた我々だからこそ提唱できるのである。
これから祖国はかって経験したことのない、大きな激流に呑み込まれようとしている。それは世界史の中で我々人類が始めて遭遇するであろう最終兵器を使った戦争である。
終末的な世界観が支配する世界の到来でもある。
このような時代が目の前に来ているというのに、現在のような日本の状況は余りにも心もとない。
こんなことで果たして来るべき危局に立ち向かえるのか。
我々日本人が問われているものは何かと言えば、それは戦後の敗戦コンプレックスを一日も早く払拭して、戦前の日本人の戦う魂を再び甦らすことである。今日8月15日こそは、そのことに思いを馳せる一日としたい。
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靖国神社関連は続きでご覧下さい。
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