2007年02月26日

これは『極右評論』の意見として読んで頂きたいと思います。
最近「低学歴批判」「前科前歴批判」など、私に関する批判が2ちゃんねるなどで相次ぎました。
中には維新政党・新風もそうであるかのような書き込みがあって、ご迷惑をかけてしまっています。
前回の参院選に出馬した新風の方々は東大、同志社大、防衛大、早大など錚々たる高学歴の方々でした。
ましてや、私のように若い頃のこととはいえ、司直の手を煩わせるような方はおりません。
私が応援することで逆に迷惑をかけてしまい、本当に申し訳ないと思います。
本日書くエントリーについても、2ちゃんねるなどでは、相当な批判の声があがるのではと覚悟しています。
しかし、私はこの2月26日は、どのような批判を受けようとも、この問題を避けることはありません。
それは自分たちの思想信条として、国家社会主義を掲げ戦後における、その正統なる後継者であることを宣言している“異端の右翼”である以上、これに触れないわけには行きません。
多くの国民は明治維新を日本の近代化の幕開けを告げたものとして高く評価しています。
その点は国民共通の認識ではないでしょうか。
しかし、明治維新は評価しても昭和維新を評価する人は極めて少数です。
我々は現在“平成維新”をネット上で呼びかけていますが、
私の頭の中では明治維新−昭和維新−平成維新とは一本に繋がるもので、決して分断されたものではありません。
明治維新のことには触れないで、まず昭和維新について考えてみます。
実はこの昭和維新の前に“大正維新”という名称がありました。
明治維新はそれで終わったわけではなく、第二維新を求める声はその後も続きました。
明治維新を未完成と捉え、あるいはこれを中途の挫折として、更なる運動によって、これを完成させようとの考えが第二維新の道でした。
これを理論的に主張したのが国家社会主義者達であったのです。
大川周明博士はこの第二維新を「興民討閥」の中で次のように述べていた。
「明治維新の破壊的一面は『倒幕』の一語に尽き、その建設的なる一面は『勤皇』の一語に尽きた。
大正維新においては倒さなければならないものは、黄金を中心とする財閥であり、興すべきものは国民である。
すなわち『興民討閥』でなければならない」
この論理は大川博士だけではなく、在野の革命家・北一輝や多くの国家社会主義者共通の認識となり、その思想的影響は当時強力な力を持ちつつあった軍部の青年将校に浸透して行ったのです。
これから先は昨年の2月26日のエントリーとダブりますが、まだ見ていなかった方はお読みください(肩書等は当時のもの)。
今から70年前の祖国日本において、陸軍の青年将校らによる軍事クーデター事件が起きた。
彼らは「昭和維新」「尊皇討奸」をスローガンに蹶起し重臣を殺害、首都の中枢部を4日間に渡って占拠した。
雪が降りしきる中、首相官邸、警視庁、朝日新聞社などが次々に襲撃された。
当時の国民に大きな衝撃を与えたであろうこの事件は、首謀者達が「逆賊」とされ叛乱は鎮圧された。
後に2月26日に起きたことから「二・二六事件」と呼ばれるようになったが、この青年将校らの蹶起は国家革新を求めての行動であった。
当時の我が国の社会情勢はこのブログの『反中国講座』で書いている満州問題が深刻さを増して行く頃であった。
この事件の約一年半後には日中戦争から日米決戦に至る戦争のきっかけにもなった「廬溝橋事件」が起きた。
日本史の中ではこの事件は暗い軍国主義の幕開けとなった事件であり、戦前・戦後を通じてこれを肯定的に捉える人は皆無に等しい。
2・26事件
自叙伝
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マキ ヤストモ政経調査会
忘れていました、さすがはマキです。しっかり書いています。
この事件に関しては自叙伝の中で詳しく書きます。
私は若い頃に北一輝にあこがれ彼の本をよく読んだ、今はもうありませません。
北一輝の生まれた佐渡にも行きましたが、彼の足跡を示すものは何もなかった。
2・26事件の理論的首謀者として処刑された。
この北の墓は大川周明の隣にあり、行動する保守の仲間と共に墓参りをした。
私はこの青年将校については過去のブログにおいて、その心情に理解を示してきた。
以上
「我々《極右》は�狆赦属歐鍬瓩魴任欧瞳莎�した青年将校を評価する」と題して次のように書いた。
そもそも昭和維新とは何であったのか?
「資本主義の富は一部に偏り、全国民に公平に分配されず、一方に黄金大名的な財閥の存在があるかと思えば、地方においてはその日の生活に困る農民、労働者があった。農民の子女は遊郭に売られ社会にはそれを糺す道理がない」
だからこそ、彼らはその不条理に憤激し毅然として起ったのである。
今日の日本と、昭和初期の経済人の心の荒廃にどれほどの質的違いがあるのか…と我々は問いたい。
中国人民解放軍に無人ヘリを輸出したヤマハ発動機のような利己的な経済人を見ると、その思いは強まるばかりです。
我々に対する批判が強まる中で、それに迎合する右翼陣営からの批判も出始めた。
「しょせんはネット右翼に過ぎない、あいつらには何もできない」というものだ。
右翼もまた我々《極右》を好意的には見ていない。
しかし、我々はこのような声を一切無視する。
国家社会主義思想や《極右》というものは打算的な思想ではない。
そこには思想的純粋性を秘めている。
我々《極右》が現在、参院選挙において、新風を応援するのもそのためである。
純粋に国家を思うが故に我々は応援しています。
選挙で我々の力を示して行きたい。
今、日本に極右が抬頭することを示すことが、どれほど反日勢力に威圧となるかは歴然としています。
極右抬頭の空気は必ずや彼ら売国奴に威圧感を与え、財界やマスコミなどにも強い警告となるのです。
(関連記事)
大川周明先生と北一輝先生










