2010年07月23日

資本主義と国家社会主義


 資本主義と国家社会主義

 米国・オバマ大統領が金融規制案に署名

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 名古屋での討論会の後、懇親会の席上で、ある参加者から質問を受けた。

「国家社会主義って何でしょうか? 私は証券会社に勤めているので、資本主義のことは何でも分かるが、国家社会主義だけは理解出来ない」

 この参加者は国家社会主義論者を資本主義に敵対するマルクス社会主義者と同じように見ていた。資本主義の転覆を目指す左翼と同列に見られてしまった訳ですが、この時酒の席でしたので簡単に説明させて頂いた。

 国家社会主義者とは資本主義を絶対に正しいものとは考えていない。資本主義は時には暴走し、国家を破滅へと導く可能性だってある。

 よって、そのような資本の暴走を常に監視し、時には資本の横暴を政治的な手段を行使して規制を加える。それは国家・社会の秩序ある発展を考えた時には認められるものであり、その必要性は現代社会においても何ら変わらない。

 そのような説明をさせて頂きましたが、それが現実に米国において行なわれました。
 1930年代のあの世界的な金融恐慌以来初めてと言われる金融資本に対する大規模な規制強化案が米国で成立しました。

 asahi.com(朝日新聞社):米上院が金融規制改革法案を可決、来週に ...

[ワシントン 15日 ロイター] 米上院本会議は15日、金融規制改革法案を60対39の賛成多数で可決した。法案はオバマ大統領に送付され、大統領の署名を経て成立する。 ホワイトハウスは、来週 ... 米上院が金融規制改革法案を可決、オバマ大統領が署名へ ...

7月21日、オバマ米大統領(右)が金融規制改革法案に署名し、同法が成立した。 ... [ワシントン 21日 ロイター] オバマ米大統領は21日、金融規制改革法案に署名し、同法は成立した。 ... オバマ米大統領、金融規制改革法案に署名(ウォール ...

 この規制法案の狙いはズバリ、金融市場を規制し投機を縮小させることにあると思います。自由な市場経済を基本としてきた米国において、このような法案が成立したことを高く評価したい。

 また、このことによって歴史的に過去の遺物とされた国家社会主義の理念が決して間違っていないことが証明された点も良かったと思います。

 ただし、日本においてはこのオバマ政権が進めた一連の経済政策を批判的に捉える人たちがいることも事実です。これで日米などの株式市場が一気に冷え込んで、更に不況が深刻化するのではないかという主張です。

 資本主義絶対論者にしてみれば、資本(富)を敵対する考えが根底にあるから、このような規制という手法を用いるのであって、それは自由な経済活動を阻害するので許されないという考えです。

 しかし、世界的な金融不安の原因を突き止め、それに対応することは、未来の世代に対して責任を負うということです。つまり政治とはそのようなものであるからこそ、その機会を逃してはならないということでしょう。

 自由経済主義は絶対ではない。それが破滅的な道を選択しないように、常に監視していかねばならない。危機を放置することこそ無責任であり危険なことなのです。

 但し実現性を疑問視したり懐疑的に見ている人も多いのは事実です。しかし、1980年のレーガン政権以来の米国社会における<新自由主義経済>がこれで30年ぶりに転換されることになったことだけは確実です。

 資本主義社会が続く限り、その是正・修正を国家の名において求める国家社会主義の理念と行動は、戦前戦後を通して一貫しており、それは時代の変遷と共に形を変えるが本質は何ら変わらないと信じるものです。


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2010年04月29日

自分の昭和史(2)

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 自分の昭和史(2)

 18歳から29歳頃までの時代

 私は高校を卒業後直ぐ農業従事者となった。普通であれば就職などで環境が変わって大変なのでしょうが、私の場合などは実家の農業を手伝うだけですから気楽なものでした。

 相変わらずのバイク好きで泊まりがけで遠くまで行くのが唯一の趣味のようなものでしたが、この頃から車の免許も取ったので今度は車を乗り回していた。

 この年、昭和45年(1970)の11月25日に三島由紀夫先生の事件が起きました。この時私はミッパの葉を川で洗って出荷する作業をしていた。当時の楽しみと言えば農作業中にラジオを聴くことぐらいでつけっぱなしでした。

 そこに飛び込んできたニュースでしたが、その時は余り衝撃は受けなかったが、翌日の朝刊には切腹した時に切り落とされたと思われる頭が映る写真が掲載されていた。

 何か胸騒ぎがしたことを今でも覚えています。その翌年にはもう農業を諦めてどこかに就職することにした。その理由は市街化区域に指定され、いずれ住宅開発地域になるので税金も高くなって農業をやれなくなるということで親父にも就職を奨められたからです。

 当時は何処でも働くことは出来ましたが、市役所のバイトがあったのでそこに応募して翌年には正式に公務員の試験を受けて合格し、市の職員となった。

 ここからが私の政治活動の始まりでした。本来なら公務員になれば政治活動は出来なくなります。しかし、それが逆になったのは危機感を抱いたからでした。

 公務員の職場は当時『社会主義協会』という社会党を支持する最左派の革命集団によって支配され、日本を如何に社会主義国にするために革命を起こすかが真剣に論じられていた。

 私は学生時代にヒトラーの英雄伝を読んでいたせいか、左翼マルクス主義者が大嫌いでした。こんな連中に日本の社会を牛耳られてはいけない。その時に心の底から彼らへの恐怖心と憎しみを感じた。

 もういても立ってもいられない毎日でした。本を買い漁り読み始めました。左翼は暴力革命路線を隠して議会制民主主義などと言っていたが、最終的には必ず暴力革命を訴えてくると思った。だからそれを阻止するには暴力を肯定する政治運動でしか対抗できないと思ったのも事実です。

 早速『ヒトラーナチス研究会』を自分一人で結成し、電柱にビラ貼りを深夜始めました。この頃はもし見つかって逮捕されたら大変ですので深夜か朝の4時頃にやりました。

 当時はガリ版刷りです。ペンキが手につくと落ちなくて苦労しました。今のように手軽にビラが作れる時代ではないので、本当に時間もかかりました。

 正直言ってほとんどビラを見て連絡を寄越す人はいなかった。しかし、ほんの数人ではあったが同志と呼ばれるような若者が集まった。私と同じ年代でした。ところが一人だけ年配者から連絡があった。

 非常に貧しい生活をしている人だった。もう何時壊れてもおかしくないあばら屋に夫婦で住んでいるご老人で、戦前は憲兵をしていたという方だった。実はこの方が歴史に非常に詳しく、また戦前の反ユダヤ運動にも参加しており、その道でも知られた人のようでした。

 この頃「ヒトラーの闘争」という本を書いた長沼博明という方に会いに行きました。この方とお会いしてから『日本学生会議』という団体から機関紙などが届くようになってより政治思想運動に興味を惹かれていった。

 この長沼先生に関して以前ネットで書いていたら、その身内の方から連絡を受けたことがあります。もうお亡くなりになっていました。膨大なヒトラー関連の資料は水害事故かで消失されたと記憶しています。

 私は自民党にもこの頃出入りしていました。当時自民党には各県連には駐在員という方がいた。大学を出たばかりの優秀な方で面倒を見てもらいました。

 当時は田中角栄が総理大臣の時で、列島改造ブームなどと称して非常に景気の良い時代だった。この頃の参院選挙で私は自民党の選挙手伝いもしていた。

 この昭和49年(1974)の参院選挙で糸山英太郎という実業家が全国区に出馬、私はこの人物の選挙を応援することにした。そのご縁で初めて右翼団体を知った。22歳の時でした。

 この右翼団体は『民族思想研究会』という団体で、この会の代表者の篠原節(たかし)氏が実はヒトラーの信奉者だった。運命の悪戯かも知れません。私は会ったその日に会員となりました。

 この団体は福島である程度拡大したが、問題を起こして撤退しました。残された一部の会員を私が引き継ぎ『憂国青年同志会』として新たに始めたのが24歳の時でした。

 この後、25歳の時に暴力事件を起こして逮捕され、懲戒免職となってその後は東京に出た。一時でしたが右翼活動からは離れて都内のどや街で過ごすことになりました。

 実は逮捕されて拘留されていた時に、ペンを持つ魅力に取り憑かれ、そのような働き口がないのか、大都市ならあるだろうという軽い気持ちでやって来たのです。

 しかし、たいした仕事に就くことは出来なかった。風俗系の雑誌のライターや総会屋が出版する雑誌に原稿を書く仕事くらいしかなかった。仕方なく福島に戻り福島県内の出版社に顔を出して、そこで原稿を書かせてもらうことになりました。

 ところが人生というものは実に不思議なもので地元福島でミニコミ新聞をやらないかという誘いをある方から受けて、その方に連れられてまた東京に行くことになりました。丁度27歳の終わりの頃だったと思います。

せと弘幸Blog『日本よ何処へ』:故三田和夫・読売OB記者魂

 右翼活動をまた再開したのは29歳になってからでした。この続きはまた後ほど書かせて頂きます。

☆街頭行動のお知らせ

健全な国民社会を実現する運動主催

「5月1日は共産党の日ではない!街頭活動」

 『健全な国民社会を実現する運動』で、5月1日に川崎市の稲毛公園で街頭活動を予定しています。5月1日はメーデーですが、これは本来労働者運動の記念日であり、特定の政治勢力の日ではありません。そして、何より左派政治勢力の傀儡労働運動は、全く労働者のためにならない。だから、あえてこの日に街頭活動を実施します。

場所:川崎市川崎区宮元町7 稲毛公園

日時:5月1日(土)午後3時〜(主催者は30分前に公園到着:清掃奉仕予定)

主催:健全な国民社会を実現する運動(代表:中村 090−6109−0712)

【稲毛公園は川崎区役所の正面です】
http://www.city.kawasaki.jp/61/61kawasakiku/annai/img/kuyakusyo.gif

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自分の昭和史

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祝 「昭和の日」

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 今日は「昭和の日」です。4月29日は「天皇誕生日」「みどりの日」そして「昭和の日」と変遷を重ねて「国民の祝日」となりました。謹んで先帝陛下に感謝の念を捧げたいと思います。



自分の昭和史(小・中・高時代)を綴ってみました。

 昭和天皇陛下が崩御されたのは昭和64年(1989)の1月7日でした。
 私は昭和27年(1952)3月の生まれですから37年間は昭和の時代を生きた訳です。但し正確には1月8日以降は平成の時代なので、実際に昭和の時代を生きたのは36年間ということになるのかも知れません。

 本日は自分の昭和史を綴って見ようかと思っています。昭和の時代とは戦前の戦争と動乱の時代、そして戦後の経済復興の時代と大きく分けられますが、私はその日本経済がダイナミックに成長する時代を経験しました。

 先ず小学生の低学年までのことは正直余り覚えていません。川で魚穫りをしたとか、近くの神社・お寺さんで近所の子供達と遊んだということぐらいです。

 但し今でも記憶に鮮明に残っている出来事があります。それは昭和35年(1960)に起きた大日本愛国党の山口二矢少年(当時17歳)が社会党の浅沼稲次郎を日比谷公会堂の立会演説の最中に短刀で暗殺した事件です。

 当時私はまだ小学校の3年生頃でした。この時には自分の家にはまだテレビがなく、近所のたばこ屋にしかなかった。この頃は近所の小学生と一緒にこのたばこ屋で当時NHKで放送していた「時間よ止まれ!不思議な少年」を見るのが楽しみでした。

 その事件の日もそのドラマを見るために集まっていた夕刻の時間に臨時ニュースということでその映像が何度も流れていました。一人の若者が壇上に駆けあがり、演説していた浅沼氏を刺した。

 浅沼氏はよろけながら二・三歩進んで壇の上に倒れ、刺した若者が警備の警察官に取り囲まれて裏の方に連れ出されて行く、そのようなシーンでした。 
 この事件についてまだ小学生であり、その意味すら分かりませんでした。しかし、この事件を契機に我が家にもテレビが入りました。 

 自分の小学校の頃は他の生徒と比較して、やはり「変わり者ではなかったのか?」と思っています。あだ名が“天の邪鬼”(あまのじゃく)と呼ばれていました。

 これはよく社会科の授業などで先生に逆らってばかりいたからだと思います。社会と理科だけがいつも一番で他の教科は全く駄目という非常にバランスに欠けた子供でありました。

 好きなことしか興味がなく、それ以外は見向きもしないという性格です。小学校の高学年から猛烈に読み出したのは偉人伝記モノでした。それも日本のものではなく外国人のものが殆どでした。

 ヒトラーに興味を抱いたのは、ヒトラーその人に対してではなく、ドイツの科学者であった近代ロケットの父と言われたドイツ人のブラウン博士の本を読んでからでした。ヒトラーはイギリス本土への攻撃で初めてこの博士が発明したV2ロケットを使った。

 ブラウン博士はドイツ人でロケットの研究家でありミサイルを初めて開発した科学者です。ドイツの敗戦が確実となり500名からのスタッフと米国への亡命を決意。米国のミサイル開発・宇宙開発を手がけた。

 また、スタッフの大半は亡命する前に旧ソ連軍に捕らわれて旧ソ連に連行されてしまいます。米ソのミサイル開発・宇宙開発競争の全てはこのドイツにおける研究家や技術スタッフによって行なわれました。

 この頃、主に読んでいた伝記は英雄伝とも言われるものですが、政治家や思想家というよりも科学者・医者あるいは実業家といったもののほうが圧倒的に多かったと記憶しています。

 図書館にあった伝記モノ関係の本は殆ど読んで、その後にまた読み返したという記憶がありますから、かなり読んだと思います。
 日本人の伝記モノや戦国時代の武将や明治時代の志士達に関して読んだ記憶はありません。

 中学時代になるや俄然政治家や思想家の伝記モノが増えた。
伝記モノの文章は何処か扇動的で臨場感がありました。子供の頃によく見た紙芝居屋さんの名調子と似ています。

 「国際連盟に最後の爆弾を投げつけ、勇ましく脱退した日本の運命や如何に…冷静なる眼(まなこ)を放って、新生日本の動きを注視せよ! 外には諸外国の脅威がいよいよ急を告げ、北の大陸の彼方より襲い来るは赤露(共産主義)、南からは太平洋の彼方より押し寄せるはアングロサクソンの重圧なり…」

 このような戦争伝記を愛読するようになった。これは学校の図書館にはなく、古本屋で当時貸し出してくれた本を読んでいたものです。中学生の頃は何かと変わったものに興味が湧いた。

 この頃アルバイトしたお金は殆ど映画館に注ぎ込んだ。一番衝撃を受けたのはヤコペッティ監督の「世界残酷物語」でした。確かこの映画は当時成人指定を受けていたと思いますが、中学生でも映画館は入れてくれた。

 中学3年生の時には同じく成人指定を受けたフランス映画の「昼顔」を見ているくらいですから、かなり広範囲に渡って観たと思います。これもその殆どが洋画で日本の映画を観るようになったのは高校時代に入ってからでした。

 この洋画の中でやはり圧倒的に多かったのは戦争モノでした。特にヨーロッパ戦線のものが多かったのですが、殆どの映画は米英が善で独伊は悪として描かれていた。

 小学校の頃から天の邪鬼とあだ名され反逆児だった私は、この中学の頃からヒトラー、ムッソリーニに憧れを抱くようになって本を読み漁ることになります。

 中学生の社会科の授業では失業問題の時に、先生が資本主義社会には失業があるが共産主義社会には失業がないと我々生徒に教えたことがありました。

 私はその時にこの先生に猛然と抗議して、ヒトラーの時代ドイツには失業者はいなかったと論陣をはりました。
 1930年代の世界恐慌の中で次々と資本主義国家が経済破綻をきたす中で、いち早く失業者対策を打ち出したのはドイツであることを独学の知識で先生に対抗した記憶があります。

 確かにソ連の共産主義体制は世界恐慌に関係なく計画経済を進めていたので失業者はいなかったとされていますが、それは職のない人は集団農場に強制的に連行されていたので、都市部における失業者の群れが見えなかったというだけではないのかと質問したのです。

 この社会科の先生は今思うと左翼ではなかったと思います。私に持論を長々と論じさせ、反論を言う奴はいないかと皆に言っていました。ヒトラー好きの変わり者の私に論争を挑む者などいないので直ぐに終わってしまった。

 私は農家の跡継ぎということで、当時農業後継者の養成高校として全国で初めて指定を受けた全寮制の農業高校(福島農蚕高校)に入学した。福島県下から生徒を募集したので競争率は何とその年では全県下でも一番の競争率の2.4倍でした。

 これに合格して園芸科に入学したのですが、余りというか殆どこれまでと同じで勉強を熱心にやるわけでもなく、自分の好きなことだけに没頭していました。

 寮生活の1年〜2年は大人しかったのですが、3年に寮を出てバイク通学を始めると、もうバイクを乗り回すのが何よりも好きになってバイクで遠くまで出かけて行った。

 学校をさぼって会津方面や浜通り、或いは宮城・山形など平気で飛び回っていました。この頃は政治思想には全く興味などなく、高校に入るとあれほど好きだった伝記モノの本も全く読まなくなった。

 しかし、相変わらず映画館には頻繁に顔を出していました。この頃から洋画は飽きたのか、日本の映画も観るようになりました。「高校生おさな妻」の関根恵子さんは高校時代の憧れの人だった。

 このシリーズは殆ど観ていますが、その他にも沢山観たので覚え切れないほどです。実はこの頃緑魔子という女優の作品に嵌った。関根恵子さんのような美人ではないが、不思議な魅力があって取り憑かれた。

 今日検索してその作品の多さにビックリしましたが、この64年〜70年にかけての作品を観ていました。また高校生になってからではなく、中学時代から観ていたようです。

 どちらかと言えば社会的な問題を捉えた作品が多かったように感じました。貧困・非行・暴力などを取り上げた作品で個性的な演技を見せていました。

 学生時代の部分はこれで終わりです。夜には社会に出てからの自分の昭和史を綴ってみたいと思います。


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2010年04月19日

学習シリーズ・国家社会主義(5)

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「学習シリーズ・国家社会主義(5)」

 国家社会主義は現在も輝きを失ってはいない。

 このシリーズは現在進行形の時局や現実の政策論争などとは関係なく、それらとは一線を引きあくまでも戦前の国家社会主義思想や団体を紹介し、日本の国家社会主義に賭けた人々の夢と浪漫を検証するつもりでした。

 しかし、執拗に現代における諸問題とその現代におけるその思想性を問う人物が登場したり、みんなの党の渡辺喜美氏がたち上がれ日本の平沼赳夫氏を国家社会主義者として批判したなどというニュースも耳にしました。

 また、自民党は野党に転落してからの政権構想会議(議長・谷垣禎一総裁)で民主党を国家社会主義政党のようだなどと批判しています。

 これらの批判する共通のキーワードは次の一点だけです。

 「国家介入を強めて大きな政府を目指している」

 つまりこの国家権力の介入すべてを悪と見なしているわけですが、これは少し乱暴過ぎます。いちいち反論するほど暇ではありませんが、今後一方的な批判投稿を繰り返し、悪者にされても嫌なので反論をしていきます。

 どうも国家社会主義と言うと、その社会主義ということのほうにだけ目を奪われて前段の国家の部分を見逃してしまうようです。先ずはしっかりした国家観があって、それから社会問題に関して様々な政策を実施するのが本来の国家社会主義の思想です。

 分かり易く言えば子供手当てにしても、その対象者を単なるゲストワーカー(外国人の出稼ぎ者)まで含めてしまうから、社会的な施策でもそれは国家否定論者となるのです(民主党は最初からそれが狙いであったのでしょうけども)。

 また、バラマキであってもいけない。子供手当てを出すのであれば、それはもっと別な形で行なえば、国民の理解は得られたはずです。問題なのはそのやり方にあると思います。

 我々は今年から「行動する社会運動」を自ら名乗り、今後はその観点からの呼びかけなども積極的に行なう考えですので、国家社会主義と社会運動について述べておきます。

 戦前の国家社会主義者であった赤松克麿は自著『日本社会運動史』の中で、序説の始まりで次のように書いています

 社会運動は資本主義社会における必然的産物である。もっとも封建社会においても、農民一揆のごとき社会運動は存在したが、近代的意味における社会運動は、資本主義が発生して、ある程度の成長段階に達した後、初めて起こる社会現象である。

 資本主義は生産力を拡大することにおいて、封建主義と比較して、飛躍的進歩を遂げたけれども、一方において、富の集中甚だしい貧富の差を生じた。

 その結果勤労大衆の生活不安が起こり、所謂社会問題が発生するに至ったのである。つまり、資本主義の発達は、必然的に社会問題を発生する。その社会問題の発生はまた必然的に社会運動の興起を促すのである。

以上

 資本主義の発展はこの繰り返しであったと思います。貧富の差、失業問題、環境破壊…これらの問題を解決するために様々な社会的な政策が用いられてきました。

 その解決の為に実に様々な社会運動がこれまでも起きています。今資本は世界的な流れの中で国と国の境界線を飛び越えて動いています。その動きに国家が翻弄される時代ともなりました。

 さて、現在の日本の状況を見てみましょう。

 現在の日本は高度に発展した資本主義国家でありますが、近年大きな問題が起きています。それは賃金や所得の格差であり新たな貧困層の拡大です。

 資本家や企業経営者を支持母体としてきた自民党から民主党へ政権が変わりましたが、民主党というのは実は恵まれた労働者を支持母体にしています。公務員労組だったり大手労働組合だったりします。

 現在問題となっているのは、その公務員職場の中で正職員としてではなく、臨時の雇いで働いている人や嘱託などの立場でいつ首を切られてもおかしくない状況下に置かれている勤労者の問題です。

 また、民主党の支持基盤である連合という最大の労組団体は日本の基幹産業に従事する労働者によって成り立っていますが、そこでも非正規雇用という立場で働く弱い立場の勤労者がたくさんいます。

 また、鳩山大不況のおかげで働く職場を失なった勤労者、或いは学校を卒業しても働く場所が見つからない若者。倒産して事業が出来なくなってしまった自営業者などもかなりの数に上ります。

 所得格差の拡大と貧困層の増大が現在放置されたままです。そこに外国人労働者の流入などで更に労働環境は最悪となっています。

 ゲストワーカーが本国においてきた子供にまで、子供手当てを支給するなどという施策こそはすぐにも改めさせなければなりません。本来救われなければならないのは日本人であるからです。

 生活保護に頼らざるを得ない家庭が過去最高となり、またその生活保護世帯よりも収入の少ない家庭が増大しています。生活保護受給世帯とは働きたくとも何らかの事情で働けない家庭が主です。

 しかし、現在は働いても生活保護の受給金額にも及ばない「働く貧困層」が既に若者を中心に1千万人を突破したと言われています。

 そのような中でこの新たな貧困層をターゲットとする貧困ビジネスが横行し、これまた大きな社会問題に発展しています。日本の資本主義は今病んでいると思います。

 そのような意味においても国家社会主義はその輝きを決して失ってはいないし、その戦いは現代社会においても継続されるべきと思っています。

 
wansyouNPO法人外国人犯罪追放運動では現在参加会員(運営会員、賛



助会員)を募集中です。興味のある方は是非ごメールにてご連絡下さい。
 

tuihouundou@gmail.com

 外国人犯罪追放運動は将来の祖国日本の危機に対処する為に組織強化に取り組んでいます。我々がこの国を守り子供達に残せる日本を創るためにも、皆様の協力は欠かせないものとなって来ました。よろしくお願い申し上げます。


☆朝日新聞社に集合を! サンゴ記念日二十二周年

<捏造もいいねと朝日が言ったから4月20日はサンゴ記念日>
捏造報道の象徴・原点! 朝日のサンゴ事件を忘れるな!!


日時:平成22年4月20日(火) 11:30集合

場所:朝日新聞 東京本社http://www.asahi.com/shimbun/kengaku/access-tokyo_pop.html

 平成元年4月20日、それは捏造報道の象徴・原点、報道史に銘記されて消えない日だ。朝日のサンゴ事件が4月20日で22周年を迎える。

 捏造報道の象徴・原点であるサンゴ事件であるが、その後の朝日新聞は一向にその偏向・歪曲報道を改めるどころか、慰安婦強制連行、沖縄戦軍関与とさらにエスカレートさせて来ている。

 朝日の捏造が恒常化して、それがいつの間にか社会に定着する恐るべき事態が断罪もされず放置されているのだ。

 朝日新聞記者が沖縄にある珊瑚礁にK・Yと落書きし、読者と国民に「80年代の記念碑になるに違いない。百年単位で育ってきたものを瞬時に傷つけて恥じない、精神の貧しさの、すさんだ心の、それにしてもK・Yってだれだ」という説教記事を書いた。

 その後の調査の結果、朝日新聞記者が傷をつけて記事として書いた自作自演報道であることが発覚。世に言う「サンゴ事件」である。

 究極の自作自演、捏造でっち上げ報道だ。朝日新聞が存続する限り、朝日のサンゴ記念日を風化させてはならない。

【サンゴ事件】参照
http://asahilog.hp.infoseek.co.jp/


【呼び掛け】主権回復を目指す会

【協賛】せと弘幸BLOG『日本よ何処へ』 NPO外国人犯罪追放運動 在日特権を許さない市民の会

※雨天決行 プラカードの持参歓迎


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2010年04月14日

国家社会主義への誤解と偏見

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「学習シリーズ・国家社会主義(4)」

 国家社会主義への誤解と偏見

 関心を持って見て頂ける方が少なからずいると思いますので、このシリーズは定期的に続けていきます。コメントも頂いており、お答えしたいのですが余り暇もないので、本文の中で取り上げていきたと思います。よって時間差が出来てしまうことをお許し下さい。

 そこで本日はこれまで寄せられた幾つかの意見や質問を取り上げながら書いていくことにします。先ず「通りすがりの保守主義者」というハンドルネームで書かれたシリーズ(1)に関してです。

>マルクス流の生産手段の国有化などとは全く違います

どちらにせよ、社会を人間の手で改造できるという傲慢な思想が社会主義思想です。
共同体にしても、保守主義は自然発生的な共同体を尊ぶのに対し、社会主義は自分たちの手によって都合よく共同体を形成することを目論みます。
また、社会主義は血で血を洗う闘争を経て、結局は独裁政治につながります。
「日本の国家社会主義だけは違う」との反論が予想されますが、いったい何を担保にそう言えるのでしょうか?
せとさんほどのセンスの持ち主なら、必ずや祖国を救うのは社会主義ではなく保守主義であることが感覚的に分かるはずです。
今の日本は、フランス革命直前といろいろな面でかなり状況が似ているというのに、なぜ革命を起こす側に立とうとするのでしょうか?
人の手によって経済や国民の意思をある方向に全て向けられるなど、夢想というよりも妄想でしかありません。
それが一時は国家にとって正しい道でも、永遠というものはこの世には無いのです。
Posted by 通りすがりの保守主義者 at 2010年04月09日 22:58

 現在はハンドルネームを「居候」と変えられたようなので、こちらを使わせて頂きます。

 この意見は様々な分野に渡っています。例えば社会主義の傲慢さと独裁性を指摘されています。また、保守主義との相違性も言及されています。勿論最初の投稿なので全てに渡ってさわりの部分に過ぎず、議論の展開はこれからになります。

 ただ、この時点で言わせて頂くならば、我々は日本の歴史上に存在した国家社会主義を学ぼうとしている訳ですが、居候さんの主張は国家社会主義を指したモノではありません。全ては左派(マルクス)社会主義に基づくものであると反論しておきます。

 即ちマルクス社会主義が階級対立の上に立ち、資本家階級と労働者階級の憎悪の戦いから労働者階級が権力を握るとしたその革命理論が、血なまぐさい戦いを呼ぶことを戦前の国家社会主義者は見抜きました。

 居候さんが<社会主義は血で血を洗う闘争を経て、結局は独裁政治につながります>と書かれたように、その事を危惧するが故にマルクス社会主義とは根本的に違う国家社会主義理論を打ち立てたのです。
 
 このマルクス社会主義の階級対立論は資本主義が必ずや行き着く避けることの出来ない科学的真理であるということから出来上がっているので、これはそのような事実はないという反論で十分でしょう。既に歴史がそれを証明しつつあります。

 国家社会主義者はそのように資本主義を見てはきませんでした。ではどのように見ていたかについてですが、これはこのシリーズの中で検証していきます。ただ、今回は私の意見を書くことにします。

 資本主義の是非を問う場合、必ず出されるものがあります。それは人間は営利目的の為に努力するが、これを奪ったり制限すれば、資本家の活動意欲が衰えて経済はたちどころに停滞してしまう。これは人間としての本能であるから、資本主義(自由な経済活動)を制限してはならないという議論です。

 先ず、これに反論しておきます。確かに人間には欲望がありその為に経済活動に精魂を傾ける人がいることも事実です。しかし、勤労意欲が経済的な利己心のみによって動かされるというのも間違いでしょう。

 人間には利己心もあれば、社会に寄与するという観念もあります。自己犠牲の精神を持ち合わせている人も多い。特に正義感が強く、社会に寄与したいと願う人も多いのです。

 これまでの日本の歴史を見ていけば、逆にそのような愛郷心や社会に尽くそうと考えて来た人のほうが多いように思いますし、そのような道徳理念によって生きてきた時代のほうがはるかに長いでしょう(武士の封建社会などには特にその傾向が見られます)。

 資本主義に基づく弊害が社会全般、或いは国家にまで及ぶという時に、資本主義に制限を加えるのは当然であって、その手法を国家の名の下に行なうのが我々が主張するところの“国家社会主義”であると説明させて頂きます。
 
 尚、国家社会主義に関してはバカモヤスミヤスミイエさんのブログに次のような記事がかつてあったので紹介しておきます。

 ラサールの国家社会主義は、国家の意思による生産手段の国有化により、共産主義に至ると言う思想だけれど、日本的国家社会主義は、天皇陛下を中心に位置する一君万民の思想であり、共産主義には至らない思想であり、そもそもマルクス主義を標榜していない。戦前の誤りは偽装転向者の共産主義者を陣営に加えた事です。所詮共産主義者は尊皇攘夷の解らない者がほとんどです。

 又私はよく北一輝の純正社会主義の事を言いますが北自体が尊皇主義者で有るのか無いのかは事実としては良く解りません、しかし2,26事件の皇道派青年将校は尊皇攘夷です。ではこの組織形態は腐敗しないのか、するに決まっています、だからこそ絶え間のない維新を行わなければなりません。永久維新が必要です、by神風

 以上

 マルクス社会主義との相違に関しては、これから何度も理解されるまで主張していきます。その点を理解されないと、本当の意味での国家社会主義の理想が知られないと考えるからです。

 また、この学習シリーズとはかつての戦前における国家社会主義者達の戦いの歴史を正しく学び、理論的な継承者とならん若者を探し出すことを目的としたものであって、今すぐに何かを今日の社会でなそうとする試みではありません。

 よって現実的な政策論などを討論することの意味を感じておりません。あくまでも浪漫に満ちた国家社会主義者の維新に賭けた夢を引き続き検証していくことにします。


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Posted by the_radical_right at 16:39 │ mixiチェック