2010年04月11日

過去のエントリーについた一つのコメント

ブログランキング ←ブログランキング応援クリックお願いします。


「学習シリーズ・国家社会主義(3)」

 国家社会主義者としての心情

 今朝エントリーを書き終えてコメントを見たら、見慣れないエントリーにコメントがついていました。そこで開いてみたら、何と2005年8月23日のエントリーでした。

朝鮮総連が政治テロと日本を批判 (朝鮮大ッ嫌い!)


 この過去の記事を読んでみて懐かしい気持ちと同時にこれをまた紹介したい気持ちになりました。今から5年前のものになりますが、私の原点と言うか、やはり国家社会主義者の視点から世情を見ていたことが文章ににじみ出ています。

 さて、この「学習シリーズ」に一人だけ絡んでくると言うか、質問を再三書いている御仁がいます。柳生大佐などと名乗る方ですが、この人の質問は現在の私にとっては全く意味のなさないものです。

 郵政は官営なんですか、民営化するんですか?

 「公務員改革」はやるんですか?

 国会論争や各党が選挙戦で訴えている喫緊の問題・日本経済をどう回復させるか? 民間と比べて割高な公務員給与をどうするのか?

 このような質問は政治家にして下さい。私が現実の政治に何らかの影響を与えることはほぼ100%ありません。ゼロです。そんなことは実際に政治に携わっている人に質問し、大いに論争したら良いと思います。

 私が今やっていることは、そのような実際の政治にコミットする道を閉ざされてしまった人々、特に若い世代の人に夢と浪漫を語ることです。未来の日本に絶望した若者に対して、最後の希望の星となる政治思想を熱く語りかけています。

 よって、そのような質問には答えたくもないし、その必要もないと思います。この方も粘着質がありメールで何度も今回と同じようなことを言ってきました。

 当時は『維新政党・新風』の副代表という立場でもあったので、そのような問題に関してもお答えしてきたつもりですが、今の私にとってこのような質問にいちいち答えている暇はありません。

 以上ですので、今後質問を連発されても無視してまいります。別な方のコメントについては本文の中で取り上げていきますので、それまではお待ちください。今後とも意見を投稿してくださるのは歓迎します。

山路愛山と国家社会主義

 本日は国家社会主義の社会主義をマルクスが唱えた社会主義と誤解している人が多いのでその点について述べます。
 わが国における国家社会主義の元祖は山路愛山 - Wikipediaです。その経歴などについてはウィキペディアで確認して下さい。

 この山路愛山が日本で初めて国家社会党を創立しました。時代は日露戦争直後のことですが、残念ながら資料は殆ど残されていません。国家社会党という政党が本格的に創立されたのは、それから暫くしてから、赤松克麿 - Wikipediaによってです。

 山路は明治39年に『社会主義管見』という著を発表しています。この中に「国家社会主義と社会主義」という論稿があり、そこで次のように述べています。

 長い文章なので重要と思われる部分だけを取り上げて紹介しましょう。

 ○マルクス一派の社会主義はいうまでもなく直接もしくは間接に独逸より輸入したるものにして、其思想は翻訳的なれども国家社会党の社会主義は、日本歴史の研究より生じたる独立の思想なることこれなり。

 ○勿論輸入思想なりとて決して侮るべきものに非ず。エメルソンのいったる如く歴史は一つ、人心も一なとなるべきものにしてマルクスの説をよく咀嚼し、これを日本の歴史に当て嵌めたらば、翻訳思想も直ちに独立思想となるべきものにして、マルクスの目を以って日本を見、日本の事実によりてマルクス主義を説明すれば、何も差つかえなき訳なれども最初が外国思想の移植により起こりたれば、先は概括して翻訳的というなり。

 ○之に反して国家社会党の宣言書を見るに其思想を日本の歴史に取り、歴史の指導に従い先皇先民の遺烈に依り、此に国家社会主義を唱うといえり・・・・。


 ようするに左翼の社会主義は外国からの受け売りに過ぎないのに比べ、国家社会主義とは自国の歴史を回顧しその第一歩を帰するものなり・・・と述べています。

 山路は史学者であり史論家であり、その日本の歴史に通暁(つうぎょう)していた。だから激動する社会情勢の中で、日本の歴史を正しく学び、そこから国家社会主義という理論を生み出したと思います。

 ブログランキング ←ブログランキング応援クリックお願いします。

お知らせ リンゴジュースとジャムの販売について
 20100118144300002010011815200000                                              

注文はこちらをご覧下さい。
↓
http://blog.livedoor.jp/
the_radical_right/
archives/52452888.html


新しい記事に入れ替えました。一度ご覧下さい。
  


 購入された方からの商品に対する感想なども紹介させて頂いております。是非ご覧下さい。
 
  

Posted by the_radical_right at 18:06 │ mixiチェック

2010年04月10日

「学習シリーズ・国家社会主義(2)」

ブログランキング ←ブログランキング応援クリックお願いします。


「学習シリーズ・国家社会主義(2)」

 国家社会主義を唱えた歴史的人物

 日本の政治思想の中で国家社会主義ほど孤高の立場を保ったものはない。それは国家社会主義という名称に原因があったと考えられます。国家主義と社会主義という二つの面があったことで左右から攻撃され続けた。

 最終的に国家の消滅を謳う左翼マルクス社会主義者からは常に敵対勢力と見なされた。また社会主義という名称をつけていたために右翼や保守派からも決して仲間とは見なされなかった。

 左右いずれの勢力からも敵対勢力と見られたのです。国家社会主義はその意味では孤立した存在でした。しかし、その孤高の存在こそが国家社会主義の神秘性を高め、それが魅力ともなっています。

 わが国で自ら国家社会主義者であると名乗った人物はそう多くはありません。山路愛山 - Wikipedia、高畠素之 - Wikipedia、
石川準十郎 - Wikipedia、赤松克麿 - Wikipediaらですが、必ずしも彼らが同じ主義主張であった訳ではありません。

 この「学習シリーズ」ではこれらの人々を紹介しながら、進めていきたいと思います。この中で赤松克麿氏が率いたのが国家社会党でした。

 私達はこの中では赤松克麿氏が創立した国家社会党の歴史的継承者としての立場をこれまで表明してきました。その為にこの国家社会党の党綱領、設立趣旨書、党員証などを収集しそれを保管してきました。

 それらは今後ご紹介させて頂きます。しかし、戦後この国家社会党についてはこれを研究する人も少なく殆ど資料として検証されたことはありません。私もこれまでその作業を怠ってきたので、このシリーズの中で今後進めていきたいと思っています。

 ここでまた国家社会主義の論に戻します。先ずその国家社会主義の語源ですが、高畠素之が最初に社会主義者として出発したことに起因すると思われます。

 高畠 素之(たかばたけ もとゆき、1886年1月4日 - 1928年12月23日)は、社会思想家、社会運動家。国家社会主義を唱えた。

旧前橋藩士の子息。クリスチャンとなり同志社大学に入るも、途中キリスト教を捨て中退。高崎市で社会主義雑誌『東北評論』を発刊、1908年新聞紙条例により禁固2ヶ月の刑を受け入獄、獄中で英訳の『資本論』に出合う。1911年、売文社に入り社会主義活動に身を挺す。 1915年、堺利彦・山川均らと『新社会』発行、マルクス主義を紹介した。 特にカウツキーの『資本論解説』(原題『カール・マルクスの経済学説』)を翻訳したことは、彼のマルクス研究者としての地位を確固のものとした。一方、折からのロシア革命の影響を受け、1918年に「政治運動と経済運動」を発表し、山川均らと社会主義運動の方法論をめぐって争った。この後、国家社会主義の傾向を深めたため、堺利彦・山川均らと分裂。国家社会主義運動の旗手となる。1919〜1925年にマルクスの『資本論』日本初の全訳に成功し、当時のマルクス研究の主要研究者と目されながらも、一方では右翼団体・国粋団体と提携して右傾化の傾向を深めた。他に翻訳・執筆本を多数発刊。

 (ウィキペデアより引用)

 私は国家社会主義の根本思想は国家主義にあると思っています。社会主義理論を学んだ彼が、マルクス主義が国家の消滅論であったので、それを捨てました。

 国家至上主義と言っても良いでしょう。しかし、出発が社会主義者であったので、国家社会主義と呼ばれ自らも名乗ることになったと考えます。

 先ずは国家論があって、その国家論から導き出された経済関係への様々な適用政策が国家社会主義と呼ばれてきたと思うわけです。よってマルクス経済論とは全く関係ないものです。

 国家社会主義は異端の右翼思想と最初に紹介しましたが、高畠は上杉慎吉 - Wikipediaと提携したことでも分かるように、必ずしもそう決め付けることは出来ません。しかし、全体的には国粋右翼、保守とは別なものとして論を進めます。

 さて、国家社会主義で言うところの国家とは体制や社会を意味しません。時の権力為政者とも同義語でもありません。それを含有しながらも、そこには納まらないものがあります。

 それは次のようにも表現できるのではないでしょうか。

 国家社会主義者の唱える国家とは、そこに住む民族と密接な関係にある。いやむしろ国家と民族という言葉を並べるならば、それは紛れもなく“民族国家論”と評される。

 一つの民族が使命感や理想を求めて、共通の目的の為に努力して作り上げる共同体が国家である。我々の掲げる国家とは日本民族国家論である。


   ブログランキング ←ブログランキング応援クリックお願いします。

お知らせ リンゴジュースとジャムの販売について
 20100118144300002010011815200000                                              

注文はこちらをご覧下さい。
↓
http://blog.livedoor.jp/
the_radical_right/
archives/52452888.html


新しい記事に入れ替えました。一度ご覧下さい。
  


 購入された方からの商品に対する感想なども紹介させて頂いております。是非ご覧下さい。

  
Posted by the_radical_right at 20:56 │ mixiチェック

2010年04月09日

「学習シリーズ・国家社会主義」

ブログランキング ←ブログランキング応援クリックお願いします。


「学習シリーズ・国家社会主義」

 蔑ろにされる日本国家と、「反国家論」


 ニュースを見るのが本当に嫌になる毎日が続いています。日米関係は最悪な状態に陥っています。支那・中国の存在が益々強まる中で、日本の存在は薄らいでいくばかりです。

 その支那・中国人ばかりがやたら目立っています。どこに行っても彼らの姿を見ない日はありません。ここ数年の急増ぶりは不気味で仕方がない。

 若い世代の人たちほど危機感を持っているのではないでしょうか。そして経済的にも苦しい生活を余儀なくされています。多くの若い人が今の社会に絶望感を抱き始めていると思います。

 この将来の日本に対する不安感が今社会に急速に広まっている。そして未来の日本などどうでも良いかのように利権を貪り続ける政治家の姿に強い憤りを覚えているのではないか。

 このような時代だからこそ、ある政治思想が注目されることになると思います。そのことについて、これからシリーズで述べていくことにします。

 皆さんは共産主義思想・マルクス社会主義というものをご存知だと思います。共産主義者や社会主義者の所説に従えば国家はゆくゆくは消滅すると言う。

 だからと言う訳でもないでしょうが、国家というものを全く価値あるもとの認めない。彼らマルクス主義(左翼)に言わせれば、国家は人に不幸をもたらすと言う。

 国家があったから戦争に巻き込まれたりして酷い目に遭わなければならなかったと主張する。彼らは国家が強くなることに反対する。国家が弱体化して最終的には消滅することを願っているからだ。

 また、彼らは国民という言葉を好まない。国家があるからこそ国民と呼ぶので、国家を認めてしまう国民という言葉を嫌うのです。彼らが好んで使う言葉は国民でなく市民などという言葉です。

 このように書くと「市民団体にお前達も入っているではないか?」という指摘を受けるかもしれませんが、この市民と言う名称に関しては、私は『在日特権を許さない市民の会』の桜井誠会長の発足会での言葉が印象的でした。

 何故市民の会にしたかについて桜井会長は「いつも日本国家に敵対し貶めてきた連中が散々使っている市民という名前を敢えて使うことにした。一度使って見たかったのです」。確かそのように語って会場の聴衆を笑わせていました。

 よって、これから論を進めていく反国家論者とは全く別です。こんなことは説明するまでもないと思いますが、いちいちケチをつける人がいるので書いておきます。

 日本人はかつては非常に国家に対して強い忠誠心を持つ国民でした。しかし、残念ながら敗戦後はこの国家が余りにも軽易に取り扱われてしまっています。

 これはマルクス主義者だけのせいではなく、一部の進歩的文化人とか資本家などの企業人などにもその傾向は顕著です。このような現状を我々は変えていかねばなりません。

 マルクス流の国家観とは国家消滅論でありますが、実際にマルクス理論の革命で創られた国家においても、それは消滅するどころか、益々国家主義の色彩を強めてくるのは何とも皮肉としか言いようがありません。

 国家の解消を理想とした左翼共産主義はもう理論的破綻を来たしています。問題なのはこの共産主義がアヘンと批判した宗教が同じように国家を軽視していることです。

 或いは昨今流行の「友愛精神」なども反国家論の一つであると思います。「日本列島は日本人だけのものではない」などという発言はまさに国家を軽視するものです。

 今の日本社会で行なわれていることとは。

 それは国家を罵倒し、国家を足蹴りして、国家を徹底的に貶める行為が平然と行なわれているということです。彼らは日本国家の死を望んでいるのです。

 対して、我々国家社会主義者はその全く逆の立場です。

 日本国家こそが我々日本民族が生きることの出来る枠組なのです。国家の中にあってこそ、日本人の幸福も実現できるのです。自由とか人権などの保持も国家があって始めて可能なのです。

 そして国家社会主義とマルクス社会主義の根本的な相違です。

 社会主義の実現もまた国家があってこそ、国民に自由と平等、福祉などを約束できます。国家の消滅を願う社会主義などはまやかしでしかありません。

 尚、国家社会主義の社会主義とはマルクス流の生産手段の国有化などとは全く違います。それは追って説明させていただきます。

  ブログランキング ←ブログランキング応援クリックお願いします。

お知らせ リンゴジュースとジャムの販売について
 20100118144300002010011815200000                                              

注文はこちらをご覧下さい。
↓
http://blog.livedoor.jp/
the_radical_right/
archives/52452888.html


新しい記事に入れ替えました。一度ご覧下さい。
  


 購入された方からの商品に対する感想なども紹介させて頂いております。是非ご覧下さい。
  
Posted by the_radical_right at 20:04 │ mixiチェック