2006年12月24日
維新政党・新風、外国人参政権阻止活動
シリーズ�ぁ 岼歐契�党・新風」
『博士の独り言』さんのブログで取り上げておられる、愛媛県四国中央市の住民投票に外国人を参加させようとした問題を私も紹介します。
―というのも、この問題では維新政党・新風の機関紙『新風』10月1日号に、維新政党・新風が反対運動に立ち上がり、「かろうじてその動きにストップをかけた」という記事を目にしたからです。
この問題が持ち上がったのは今年春頃のようです。
愛媛県四国中央市
自治基本条例素案まとまる 四国中央市 四国中央市が制定を進めている「自治基本条例」の素案がまとまり、25日夜から住民説明会が始まった。 外国人を含む16歳以上の市民に住民投票への発議・投票権を与えることなどが盛り込まれており、6月13日まで市内6カ所で順次説明会を開催、素案への意見を集める。
素案は、冒頭に条例制定の趣旨などを記した前文を置き、市民の権利や市民、市、議会の責務と役割、市政参加などを定めた9章32条で構成。 このうち市政参加では、在日韓国・朝鮮人ら特別永住外国人と永住外国人を含む16歳以上の住民に発議・投票権を与える住民投票制度を提案している。
住民の4分の1以上の署名があれば、議会の議決が無くても投票が実施される「常設型」とした。 また市政に市民の意見を反映させるタウンコメントの制度化を規定。審議会などへの市民委員の公募なども打ち出した。
愛媛新聞 2006年5月27日
維新政党・新風の機関紙からその戦いの様子を紹介します。
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愛媛県は昔から保守的と言われ、良くも悪くも戦後の左翼的観念といったものが薄い地域だ。なにしろ「新しい教科書を作る会」が編集した教科書を、知事の意向で大した反対もなく採択することが出来たお国柄である。
そんな愛媛県の四国中央市で今年5月、予期せぬ事態が発生した。住民投票への外国人参加を盛り込んだ基本自治条例が市議会に提出されたのである。
このような条例が市政を良くするとは、どう転んでも考えられなかった。わが国の民主主義そのものの根幹を崩す危険性をはらんでいた悪しき条例であることは明白であった。
にもかかわらず、市長は検討委員会の設置を承認した。このような条例が可決されれば、多くの外国人が四国中央市に移住してくるだろう。山口県岩国市で基地移転問題が浮上してきた時、他県から住民票を移して住民投票に参加した前例がある。
(注)岩国市の住民投票は外国籍の住民の参加が認められていた
このような間違った条例案は日本国全体の利益に反することは言うまでもなく、中国や韓国あるいは北朝鮮という「反日」国家に利用される可能性がある。
事態を重く見た新風の関係者は広く市民にその危険性を訴えた。またインターネットなどを通じて全国民に発信しました。その結果、市役所には多くの国民からの強い抗議と質問の電話が寄せられました。
頭を抱え込んだ市長は、この基本自治条例法案には消極的にならざるを得なくなり、市長は個人的には賛成できない旨を認めた。また条例検討委員会も調査の結果、9割の人が反対という結果に衝撃を受けた。
結局、強硬派を除く委員等によって、条例案の住民投票からは外国人参加を削除することにした。外国人参政権を一旦はなくすことには成功したが、条例そのものは完全に消えたわけではない。
今後も市議会の動向を見守る必要がある。
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この住民投票法案に外国人を参加させる裏には公明党の暗躍があったようですね。公明党が与党に加わってから、この党に対する警戒感が薄まったのは事実です。
しかし、この公明党の本質があくまでも「反日」によって貫かれていることは間違いありません。今回ブログを始められたばかりという方のブログに次のような記事がありました。
http://blog.goo.ne.jp/ktalka/e/536a2b08100022836441cab53cb4fdf9
12月23日は天皇誕生日です。
聖教新聞は一面が池田会長マンセイ。
日の丸も皇室への祝辞も一切ない。
池田会長は天皇より偉大な存在と言うことらしい。
平和への旅路
名誉会長の写真と詩
「富士の山 皆の心に 不二の山」
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天皇陛下よりも池田大作を偉い人と言って讃える創価学会員と公明党が、これまで左翼が浸透できなかった地域で、危険な法律を通そうとしていることに無関心であってはならないでしょう。
維新政党・新風は各地域で地道な活動を展開してきました。拉致被害者問題でも古くから活動を支援して来ています。小さな政治勢力をここで一気に大きくするには、ネットの力が必要です。
皆様のなお一層のご支援を御願いします。本日の神奈川県本部主催の講演会については、明日ご報告させて頂きます。なお、私が出席するということで会場にわざわざおいで下さり、声をかけて頂いた方々には感謝申し上げます。
共に祖国の大変革=維新を目指して頑張りましょう!
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参院選 7月22日投票決定
参院選・7月22日に投票
来夏に行なわれる参院選挙の投票は7月22日と決まりました。告示が7月5日ですから、この7月は暑い(熱い)選挙の月となりそうです。ご存知のように我々はこの選挙においては、これまでのように傍観することはしません。
積極的に維新政党・新風を推して戦います。そのためにブロガーの同志に呼びかけ『新しい風を求めてNET連合』(略称:新風連)を結成しました。仲間を更に増やすため、また新たな同志に呼びかけたいと思います。
また、国民大衆の結集とその結合を目指して「国民の総意」も立ち上がりました。順調に登録者が増え続けています。来年の選挙までには3万人の登録を目指しています。
機能的には非常に優れたものであると自負しております。現在ネット上で行なわれている、ほぼ全ての機能に対応しています。検索だけは敵いませんが、その他は引けを取らないでしょう。
その国民の総意でネット投票による支持率の調査をやっています。一台のパソコンから二回行なおうとしても撥ねられるので、一回しか投票は出来ません。
15日に告知してから今日の朝までの間に1,229人の投票がありました。その結果は以下のようになっています。現時点での状況を知りたい方はこちらのアドレスでご覧下さい。
http://strategy.co.jp/modules/xoopspoll/pollresults.php?poll_id=2
| あなたは、どの政党を支持しますか? | |
|---|---|
| 2007-12-20 13:25に終了します | |
| 維新政党・新風 | |
| 自民党 | |
| 民主党 | |
| 公明党 | 0 % (0) |
| 共産党 | |
| 社民党 | |
| 国民新党 | |
| 新党日本 | |
| 新党大地 | |
| 投票数: 1229 投票者数: 1228 | |
この国民の総意を訪れる人は現在は3分の2が『極右評論』ブログから、残りは2ちゃんねる掲示板からです。これを考えれば維新政党・新風が他を大きく引き離しているのは当然でしょう。
3年前の参院選挙で維新政党・新風が全国比例区で獲得した票は12万票でした。これは0.2%にしかあたりません。最低でも政党要件を満たすためには2%を確保しなくてはなりません。
この2%という数字は戦後の民族運動にとっては、これまで一回も越えた事のない数字です。政党への支持票と個人への支持票を比較することはあまり意味があるとは思いません。
しかし、かつてこの個人の選挙で2%に肉薄した人が二人います。一人は戦後右翼の巨頭・故赤尾敏大日本愛国党総裁でした。故赤尾総裁は参院選で東京地方区において戦い、そのラインに迫りました。
何度かはその2%を超えたかも知れません。赤尾先生は戦前は代議士であり、戦後の右翼活動では群を抜いた存在でしたが、一般の国民大衆の支持を以って議席を獲得することは出来ませんでした。
私は31歳の時に静岡市長選挙に出馬したことがあります。昭和58年4月の統一地方選挙でした。
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/30496052.html
この頃、私は街宣カーによる“行動右翼”でした。田中角栄の金権腐敗政治を糾弾していました。丁度この頃、田中角栄は更なる派閥の膨張を画策して、静岡県においては大量の金権候補の擁立を決めていました。
このことで静岡市民に警鐘を鳴らすために、当時組織していた『日本憂国会』という団体から出馬したのです。立候補者は私を入れて自民、無所属、共産諸派の4人でした。
この時、私に投票してくれた方は3,348人でしたが、この数字は投票した人の70人に一人が私に投票したことになり、その得票率は1.6%でした。先ほど二人と申し上げましたが、実はもう一人は私です。
2%の壁を越えるということは、この時非常に難しいと実感しました。数ヶ月前から静岡にアパートを借りて、選挙期間中を含めると500ヶ所以上の場所で演説を行ないました。
立てた看板は2,000個以上、ポスターはその十倍と思います。確かに縁もゆかりも無い土地であるとは言え、死力を尽くしてもそう簡単でないことを悟りました。
この時、私に投ぜられた1.6%は赤尾先生に次ぐ得票率であると後日新聞記者より教えて頂きました。この数字はまだ個人レベルでは破られてはいないと思います。
最も、これらは個人ということですし、黒塗りの街宣カーや戦闘服といった右翼活動丸出しの選挙ですから、何の参考にもなりません。ただ2%を超えるということが、如何に難しいかを説明したかったに過ぎません。
ただ、私はこの当時まだ30歳そこそこでしたが、未だに忘れていないことがあります。それは当時(今も―かも知れませんが)嫌われ者だった街宣右翼であっても、真剣に語りかければそこそこの反応が得られたという点でした。
つまり、右翼思想というものは、その訴えかけるスタイルや日頃の活動が問題なのであって、思想そのものが嫌われているという事ではないと感じました。
今回、国民の総意の方には、ある防犯会社での私の講演の様子も短かくではありますが映像でアップさせて頂きました。
http://strategy.co.jp/modules/x_movie/x_movie_view.php?cid=4&lid=32
私も来年の参院選挙では、維新政党・新風の応援のために、若い頃を思い出して、宣伝カーに乗せて頂き応援演説もさせて頂こうと考えています。
その時は皆様方と顔を合わせることが出来るかも知れません。自分にどれだけのバイタリティーがまだ残されているのか。来年の選挙においては国民の2%以上の支持を獲得するために死力を尽くしたいと思います。
本日は維新政党・新風の神奈川県本部が開催する講演会に行く予定です。もし、ブログを読まれている方がおられましたら、気軽に声をかけて下さい。
http://www.shimpu.jp/hombu/oshirase/gyoji/kanagawa/kanagawa_181224.htm
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2006年12月23日
国歌「君が代」について
「君が代」に誇りと名誉を!
下記のようなメールを頂いておりましたが、忙しくお返事をしておりませんでした。また、この問題については皆様にも知って頂きたくエントリーの中で取り上げたいと思いました。
極右評論、毎日拝見して影ながら応援しております。
実は本日11時過ぎですがTBSラジオの永六輔氏のコーナーで
永氏が『日本の国歌は元は中国の雅楽なんです』と発言していましたが、本当でしょうか?
以前は永氏にはいい印象を持っていたのですが、先日の“週間金曜日の件”でだまされていた事を知り非常に残念な思いで一杯です。
今回の発言も疑問に思ったので瀬戸先生にメールしてみました。
少しでも勉強しようと色々なサイトを読んでいるのですが今回の話は知りませんでした。
事実なのかそれともまたこれも、皇室を貶めようとするゆえの発言なのか・・・、
お忙しい中誠に申し訳ありませんが、もし瀬戸先生がご存知ならばお教えいただければと思います。
これからもブログ応援しています、頑張ってください。
だいぶ時間が経過してしまい申し訳ありませんでした。このメールを頂いた方は女性です。年齢は書いてありませんでしたが、私と同じ位かあるいは私よりは少し上の年代かと勝手に推測しました。
というのは、この永六輔氏が解説をするTBSのラジオ番組ですが、私も時おり耳にします。私は朝食が早いので昼食も11時半には取ります。殆ど外食ですがこの時間ならまだ食堂も混雑を免れます。
よく行く食堂のラジオがこの放送を流していますが、そこのご主人と奥さんは、もうこの番組を数十年聴いていると言いましたので、かなり古くからやっているようです。
このお店の老夫婦は勿論「週刊金曜日」の御皇室中傷芝居のことも知りませんでしたし、永六輔の「反日性」も全く知りません。このように彼の正体を知らずにファンになっている60歳代の方はかなり多そうです。
さて、お問い合わせの件ですが、ネットで検索したら次のようなサイトが見つかりました。たくさんあるのですが、一番分かり易いのでそこから引用します。
日本の心・君が代
http://homepage2.nifty.com/khosokawa/j-mind04.htm
『日本の国歌は元は中国の雅楽なんです』との永六輔氏の言葉ですが、彼が言わんとしているような、中国の雅楽そのものではないようです。
「君が代」が生まれた経緯は、明治の初めに、わが国は国歌を創る必要を生じ、『古今集』に由来する「君が代」が歌詞として選ばれました。これにつける曲は初め、イギリス軍楽隊の隊長フェントンが作曲しました。ところが、それでは、五七五七七の大和言葉による歌詞には、なんともなじみませんでした。
そこで、改めて日本人自身の手によって、作曲されることになりました。この作曲に当たったのは、宮内省雅楽課の林広守でした。林は「壱越調律旋(いちこつちょうりつせん)」という雅楽の旋律をもって作曲しました。そして新しい「君が代」は、明治13年に完成し、その年の天長節(天皇誕生日)に発表されました。
安西愛子氏によると、歌詞の「君が代は」まではディビジョンといってハーモニーが付かずメロディーだけで進みます。それでかえって言葉が明瞭に響くようになっています。そして「千代に」からハーモニーが付き、曲に厚みが増し、荘厳な歌へとなっていくのも特徴となっているのです。20世紀を代表する大指揮者カラヤンは、「世界の国歌のうち最も荘厳なもの」と称えました。
「『君が代』が、今まで歌い継がれてきた理由は、何よりも『音楽』として優れたものであるといふところにある」と言っています。また、次のように語っています。「日本の音楽の底流には、二つの大きな源流が存在しています。…国歌『君が代』の旋律は、その第一の源流を伝える宮内省雅楽課の作品であり、また、その和声は、第二の源流である西洋音楽による作品であります。つまり、『君が代』の音楽は、和・洋の二つの音楽の役割を明確に旋律と和声に分けることで成功した日本初の記念碑的作品なのです。
「君が代」は、日本古来の音楽と、西洋近代の音楽とを融合して作られた曲なのです。まさに「和魂洋才」による傑作が、国歌「君が代」だと言えましょう。
確かに宮内省雅楽課が担当したものであっても、日本風のものであり、また西洋風なものも取り入れられたものなのです。これこそが世界から様々な文化を取り入れ、自分たちの物にしてきた、日本文化の良さが示されていると思いました。
この「君が代」を永六輔氏は先の皇室中傷劇でアメリカの国歌の演奏で唄ったそうですが、それは米国に追従している日本を皮肉って見せたかったのでしょう。
しかし、彼は「君が代」の良さを全く分かっていない人であると思います。我々が「君が代」を聞いて感動するのは、日本人としての魂に響いてくるからです。
「君が代」は厳粛な儀式には欠かすことが出来ません。日本人としての誇りと名誉、永い歴史に育まれたそれらの全てのものを含んだ大変深い意義と意味を持っています。
日本人を演じるこの薄っぺらな支那系の人間になど言われたくもありません。誰が何を言おうが「君が代」は我々日本人の誇りであり名誉であることを再確認しようではありませんか。
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