2006年08月25日

日経はなぜ質問に答えられないのか!?

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日経「捏造報道」その��

日本経済新聞社はなぜ、質問に答えないのか?

 私は日本経済新聞社に対して「富田メモ」報道に関し、質問状を送付した。今月2日のことである。別に期限をきっている訳ではない。しかし、昨日までに何の返答もない。

 質問状は郵便配達証明書で送付されており、翌日には配達されたことが東京中央郵便局からの通知で確認されている。しかし、日本経済新聞社からは何の対応もない。

 この点ついて考察してみたい。これは極めて異例な対応である。私は25年以上ジャーナリストとして多くの会社、政治家、マスコミ関係各社に対する取材を行なってきた。

 これまでこのように完全に無視した会社や個人はお目にかかったことは無い。この極右評論でも前にソニーや博報堂に関して書いたことがあり、それぞれ質問状を送付するなり、取材を申し入れた。

 ソニーは文書で二回に渡って回答したし、博報堂は広報部より電話連絡があって担当者が質問に答えています。では、何故に日本経済新聞社は私の質問を無視しているのでしょうか?

梨の礫(つぶて)という言葉があります。

 意味は「投げられた礫のように、便りをやったのに返事のないこと。「梨」は「無し」に掛けたもの。「いくら使いをやっても―だ」 というものです。

 礫(つぶて)とは投げられた小石という意味です。つぶてとは飛礫とも書きます。私は彼らに投げつけた礫が返ってくることを心待ちにして準備をしています。

 それは投げ返された礫=小石の受け皿です。皆さん、池に小さな石を投げたことを思い出してみて下さい。水面上に小石が落ちたその瞬間から、小さな波紋がやがて水面全体にに広がっていきます。

この波紋が広がることを日経新聞社は恐れて回答することが出来ないのです。

 私は別に難しいことを質問しているわけではありません。例えばどのような人物に依頼をしてそれを検証し、先帝陛下のお言葉としたのか、その推論と報道を質問しているのではないのです。

極めて簡単なことです。

1.いつ頃、どのような形で富田夫人から入手したか?

 この事について考えてみましょう。これについて、何故答えようとしないのか、それは答えたくとも答えられないのでしょう。

 その理由について考察してみます。その前に皆さんは覚えておいででしょう。この富田メモを取り上げた7月31日の朝日新聞社が発行する雑誌『AERA』についてです。

 この『アエラ』には冨田夫人の言葉として次のようにハッキリ書かれており、以後その記事が訂正されてもいません。

「昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCDロムを見せ、日記の現物と自分も読んだ事がない『輪ゴムのメモ』を手渡したという。今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」

 日経新聞社の7月20日の報道では「メモは88年4月28日付で手帳に張り付けてあった」と報道している。そしてメモを入手した期日はどこにも書いてありません。

 この7月20日は一面トップ、3面、社会面も使って「富田メモ」を報道しているのに、その肝心の入手日が見当たらないのです。

 新聞社に勤務する人間なら、誰一人として知らない人がない原則がある。それは「何時、誰が、何処で何を、如何した」が報道の基本なのである。ところが一番肝心なところが抜けているのだ。

何故なのだろうか?

 ここで若手民族派学生団体の「皇国史観研究会」がすっぱ抜いた驚愕の事実と照らし合わせて見なければならない。

「われわれは『日本経済新聞』はじめ日本のメディアが現在の中日関係と中国の対日政策を日本国民が正しく認識するよう導き、中日関係の改善と発展のために積極的かつ建設的役割を果たすよう期待している」(中国共産党の言葉)

 今回のいわゆる「昭和天皇メモ」をスクープした日本経済新聞の杉田亮毅社長(以下敬称略)がメモ報道の3ヶ月前になる4月13日に訪中して、中共の国務委員である唐家旋と会談した時に言われたものだ。(皇国史観研究会より引用)

日本経済新聞社はなぜかこの事実(杉田社長の訪中と会談)を隠してきた。この4月の訪中以降に「富田メモ」を入手したと読者の問いに電話で答えているとネットでは流されてもいる。


 つまり、昨年であれば日経新聞社は「富田メモ」を知っていた事になるし、5月であれば知らなかったことになる。

 

いずれにしても、事は日経新聞社だけの問題ではなくなってしまう。だからこそ、彼らは答えられない。

 

本日、私は改めて文書による回答を求めて、第二回目の質問状を送付します。

 

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2006年08月14日

靖国攻撃の狙いと策謀

4d5b665d.jpeg「反日」で結ばれた新聞社と中国共産党

靖国神社への内政干渉を排して祖国愛を高揚させ、国民の道義を回復し反日財界人・新聞社に鉄槌を加えよ!

 いつもながらの真夏の風物詩と言ってしまえばそれまでだが、今年の夏は全く異常だ。戦後半世紀も経ているのに、侵略戦争史観や戦争責任論で新聞社の紙面は溢れかえっている。

 7月5日北朝鮮がミサイルを7発も発射―。国連の安保理では北朝鮮に対する制裁決議案の採択で中共が激しく反発、日米は連携してこの決議案を通すべく奮闘していた。

 しかし、そのような眼前に迫った危機よりも、日本の新聞社にとっては半世紀も前の戦争を追及するのに忙しい。産経新聞社を除く他の新聞社の殆どが、北朝鮮問題など忘れてしまっている。

 考えてみて欲しい。半世紀も前のことである。これまでに十分に検証する時間はあったはずだし、それが足りなかったというのなら、この半世紀を支配してきた既存勢力全ての責任ではないか。

 我々《極右》はこの戦後の虚妄とは無縁な存在であったし、現在ネットにおいて活動を始めた日本の若者にも責任はない。それはこの半世紀を肯定してきた全ての政治勢力にこそ科せられるべきである。

 戦争で尊い生命を亡くされた英霊に手を合せることは、当然のことであり、これを中国や韓国、北朝鮮が批判するのは言い掛かりであり内政干渉である。

 にも係わらずこれを外圧ではなく、国内問題にしてしまったのが、日経新聞社の「富田メモ」捏造報道である。『皇国史観研究会』がこれを暴いた。
http://shikisima.exblog.jp/3067439

 日経新聞の杉田社長は密かに中国を訪問、中国側の大物要人である唐家旋国務委員と会談していながらそれを隠していた。何が話し合われたのか、もう誰もがピンと来たはずです。

 日経新聞社は「富田メモ」を入手して、中国共産党政府要人と綿密なる打合せをして、今回の「富田メモ」捏造報道を行なったのでしょう。それからの各新聞社の堰を切ったような報道は狂気の沙汰としか思えないようなものでした。

 中国側は今回の江沢民の談話でも明らかになったように、「靖国」を外交戦略の柱に据え、参拝に対する攻撃を仕掛けてきています。靖国問題とは「反日」を掲げる中国にとって重要なる対外戦略なのです。

 これを見抜き毅然とした対応をして来たのが小泉首相であり、その最後の総決算として、8月15日に靖国神社への公式参拝が行なわれると我々は固く信じております。

 一方、日本の新聞社の多くは「富田メモ」の検証も行なわず、これを先帝陛下の「御言葉」として喧伝し、小泉首相の参拝にストップをかけようと必死なのです。

 既に早くから財界人の重鎮の中には「日本企業に悪影響が出る」などと愚にも衝かないことを言って、小泉首相の靖国参拝に反対していた連中も居た。

 中国に生産拠点を置く経営者に至っては「総理が個人の趣味を外交に使うのはまずい。日中関係が破滅的になれば日本がなくなる可能性もある」などとバカ丸出しのコメントをした。

 経済的に破滅関係になっても日本がなくなることはないし、中国側が歴史認識の違いで日本に戦争を仕掛けてくることも考えられない。ところが、この中国側の言い分を黙って聞いていると日本は属国として、それこそ消滅させられる可能性だってあるのです。

 中国側の主張に付和雷同したり、反日新聞社の扇動に乗せられて、日本を取り返しのつかない亡国の道へと歩ませてはならない。

 彼らが標的にしているのは、日本人の「祖国愛」なのです。これを攻撃し日本を屈服させようとの魂胆が見え隠れしています。

警戒せよ!警戒せよ!

 祖国は共産主義とその同調者らによって存亡の危機に瀕している!

 共に立ち上がり中国と一体となった新聞社の心理工作活動に徹底反撃を加えましょう!

 本日は靖国神社への皆様方の熱い、熱いメッセージを書き込んで下さい

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2006年08月02日

靖国神社国家護持論の位相

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靖国神社 右翼・民族派の課題��

国家護持論の位相

 私は20歳になった頃より右翼の思想に共鳴し、やがてはその活動家となった。私が運動に参加するようになった時のスローガンは「日教組打倒!」や「北方領土奪還!」であった。

 また、憲法改正や再軍備の他に靖国神社の国家護持というものもあった。北方領土は返還されず、憲法改正もかけ声だけで終っている。防衛庁の防衛省への昇格も出来ていない。

 そして、何よりも右翼・民族派と称される陣営が、このような国家の重要な施策にあたって何の影響力も行使できてこなかった。その状況は昔も今も変わらない。

 しかし、一つだけ今回の「富田メモ」事件によって、新たな動きが起きようとしていることも事実である。それは靖国神社の国家護持というスローガンが現実味を帯びてきたということです。

 これは右翼・民族派団体が主張してきたものとは、その流れと目的はかなり違うことを認めない訳にはいきません。しかし、この時流を利用し敵の策略に乗ずる形で、新たな運動の展開が可能となっています。

 右翼・民族派は靖国神社の国家護持こそは、日本民族の責務であるとしてきました。これが実現できない最大の障害は、日本国憲法(占領憲法)の20条と89条にある所謂、信教の自由、政教分離原則の神道指令的曲解を楯にした違憲論の壁だったのです。

 このことを強く主張してきたのが、朝日新聞社や旧社会党、共産党でした。しかし、今日朝日新聞などはまだ明確な主張には程遠いものの、古賀誠らの言葉を紹介しながら靖国神社を宗教法人から切り離し、国家管理へと移行するのを容認するかのような報道ぶりです。

 これは靖国神社側が「A級戦犯」分祀には一切応じられないと言っているので、それならばと持ち出してきた主張であり、小沢民主党などもこれに近い主張を述べています。

 これは神道指令的憲法解釈を固定したまま対処しようとするもので、これでは靖国神社の非宗教化が推し進められてしまいます。「A級戦犯」を排除して、内政干渉する中韓に配慮しながら、信仰を無化するもので許し難い。

 この共産中国と我が国の「反日勢力」が合体した、靖国国家管理の策謀に対し右翼・民族派は最後の砦として、これに反撃しなければならないのは云うまでもないが、ただ単にこれに反対するのではなく、敵の攻撃を迎え撃ちながら、従来の主張であった本来の姿に靖国神社を戻す戦いへの転換点とすべきである。

 そもそも靖国神社の創祀とは明治大帝の聖慮に発端するものであり、右翼・民族派諸侯にとって、これほど神聖な場所はない。かけがえのない聖地なのである。

 得たいの知れない形に無化されて、英霊の顕彰が形骸化されていくなどもっての他であり、このような手口、考え方こそが中韓の内政干渉に屈する道であることは明白なことです。

 今、靖国を巡る論争は論争という域を超え、やがて全力学をも投入した戦いに移行せざるを得ないでしょう。これまで右翼・民族派は国民から遊離した嫌われものの存在となってきました。

 この昨日からのブログにおいて、右翼・民族派と記しただけでも違和感、反発感を抱いた人もたくさんいるはずです。靖国は右翼・民族派だけの聖地ではありません。国民全て―、この国を愛する人の聖地であるのです。

 今回、これまでの論説からはみ出し、右翼・民族派と敢えて書いているのは、自らがこの戦いの先陣を切り拓かねばならない立場にあることを肝に銘ずるためでもあり、また全国の同憂同士に檄を飛ばすためでもあります。

 これまで右翼・民族派が主張してきたこの靖国国家護持に対して、世情は換骨奪胎的に収奪を強めています。これを見過ごすことは出来ない。左翼と保守親中派は結託して、「富田メモ」即ち昭和天皇のお言葉として、ナショナリズムに芽生える日本を遮断して、靖国神社への実質的な消滅を意図した攻撃を開始したのです。

 靖国は国を愛する全ての国民のものです。ある特定の政治勢力のためのものではありません。かなり誤解を招く文章になったと自らも反省しています。今後も国を愛する多くの国民の側に立った評論を行なっていきたいと考えております。

本日、日本経済新聞社に対する公開質問状を送付します。回答があり次第ネットで公開します。多くの匿名投稿者の気持ちを代弁する形で、敢えて主張を述べずに事実関係だけを質しております。

※昨日民族派の学生・青年に期待すると書きましたが、『皇国史観研究会』が日経新聞社問題で、かなり確証の高い批評を掲載しました。これは鋭い推察記事だと思います。

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2006年08月01日

ナショナリズムと天皇主義の亀裂について

靖国神社 右翼・民族派の課題

学生・青年に期待する!

 「富田メモ」事件が起きた時に評論家の宮崎哲弥氏は「このメモが本物なら、ナショナリズムと天皇主義の間に亀裂を入れることになるかも知れない」と述べた。この「富田メモ」は報道した当の日経新聞社が根拠を示さず、検証に応じていないので、本物かニセモノか判断できない。

 私は「富田メモ」は私的なものであり、公表されるべきものではなかった。また、一部分だけを公表し、全体の公表を頑なに拒んでいるその姿勢から、これは捏造報道であるとの立場を取るものです。

 さて、この「富田メモ」に対しての宮崎氏の言葉について考えて見ることにしましょう。彼がこの短かいコメントの中で言いたかったことは次の2点だったのではないでしょうか。

 一つはこれまでの右翼民族派の立場ですが、「我々臣民は天皇陛下の赤子である」ということからすれば、この「御言葉」は厳粛に受け止めなくてはならない。つまり、この「御言葉」に従い「A級戦犯合祀」から「分祀」に考えを改めるべきではないか。

 そのように考える天皇主義者が出てくるということを言いたかったのでしょう。確かに私などもそのような考えをこの「富田メモ」報道を見たその瞬間は正直思いました。しかし、その信憑性に疑いがある以上、それを究明してからでなければいけないと思っています。

 私と同じような考えを披瀝した人も多いと思います。特に最近注目されるブログに国士舘大学生らがやっている『皇国史観研究会』がありますが、彼らは次のように発言していました。

http://shikisima.exblog.jp/2861980/

 最初にこの報道に触れた時には、頭の中が真っ白になったことを覚えています。それだけショックであり衝撃でした。

 しかし、この「富田メモ」には、大きな疑問を抱かずにはおられませんでした。

http://shikisima.exblog.jp/2867314/

 そこで彼らも真相究明を求めて立ち上がっています。もう「日経の闇を衝く!」も5弾目までが放たれています。

http://shikisima.exblog.jp/i0

 私は彼らの闘いを高く評価します。日本国家の在るべき姿とその民族の正気にかかわる本質的重大問題であり、これを右翼・民族派団体ならば徹底的に究明・糾弾して行かなくてはならないでしょう。

 次に二つ目の問題です。これは天皇主義と分けて指摘されたナショナリズムについてです。このニュー・ナショナリズム論とも呼ばれるものは、簡単にその概念をここで述べるのは控えます。これはこれでかなりの分量を要するからです。

 ただ、やはり同じ大学生で私も幾度か取り上げたことのある『美々・ログ』という慶應大学生がその心情を吐露していたので、それを紹介しましょう。

http://tsukinosennsi.blog64.fc2.com/blog-category-5.html

 彼に代表されるようなニュー・ナショナリストの苦悩もまた理解できます。彼は非常に正直であると思います。

 何に正直なのかと言えば、彼にとって「靖国神社」とは、この国の鎮守であり、守るべき最高の価値と考えてそれを述べていることです。私はこの考えにも賛同します。

 宮崎哲弥評論家が語ったような「天皇主義とナショナリズムの亀裂」を我々《極右》は克服して、必ずや新しい日本国家創造の闘いにこれを結び付けていきたいと願ってやみません。

 また、亀裂を生じさせようとの敵の策略にかかってもいけません。この問題を契機として、古き良き伝統と新しいナショナリズムの更なる結合を強固にしていかねばならないと思うのです。

美々・ログ http://tsukinosennsi.blog64.fc2.com/

皇国史観研究会 http://shikisima.exblog.jp/i0

 是非、皆さんも応援してあげて下さい。

 昨日ブログで使用した「汚名挽回」という言葉についてですが、汚名は返上であり、名誉は挽回であるとの指摘がありました。この字は確かに誤解を招きましたが、私は彼ら北が汚名(劣勢)を挽回したいと考えているという意味で使用しました。

 金正日のように「汚名など気にせず」に、更なる「汚名を手に入れたい」人にとっては、必ずしも誤字ではないとの解説も他の掲示板にありましたのでつい書いてしまいました。皆様には混乱させて申し訳なく思います。ご指摘してくださった多くの方に感謝申し上げます。以後使わないことに致します。

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2006年07月29日

靖国神社への露骨な政治介入を主張する朝日新聞

「朝日新聞」7月29日

靖国合祀、国主導の原案

「神社が決定」に変更

「事務体系は戦前に準じる」

 今朝の朝日新聞一面の約半分をこの問題で埋めてあった。私は今朝は地方にいるので、東京版は知らないが、一体この記事は何が言いたいのか?一回読んだくらいでは理解できない。

 ただ、上に紹介したタイトルで、何を言いたがっているかは予測できる。最初は靖国神社の合祀については、国が主導することになっていたが、後に靖国神社が行なうことに変更したということを書きたいのではないか。

 二回ほど読み直すと何が言いたいのかが、何となく見えてきた。

 靖国神社は戦前は陸海軍省の管轄下にあり、合祀者の決定も陸海軍省が行なっていた。戦後戦没者の靖国神社の合祀については、国が主導して行なうとして、その要綱原案まで用意されていた。

 それがGHQの神道指令で靖国神社が一宗教法人となったので、新憲法の政教分離原則に触れる疑いが濃くなったため、神社が決定するようになったという記事である。

 これが難解な説明を繰り返しながら紹介されている。しかも、一面だけでは収まらず社会面も半分使って説明している。こちらのタイトルも一面と似ている。

合祀、国が仕切り役

 こちらでも「国の管理課から一宗教法人として再出発した靖国神社の合祀事務は『国家プロジェクト』として動き始めた」とある。

 一面、社会面の半分を使って、朝日が言いたいことは、靖国神社の戦没者合祀は靖国神社が行なうものではなく、国が行なってきたということなのだ。確かに、旧厚生省が都道府県の協力を得て戦没者の名簿を作成したのは事実だろう。

 しかし、この記事には決定的に欠けているものがある。それは靖国神社が持つ独自の宗教観であり、その儀式や教義を全く無視している。  
 いくら朝日新聞が合祀は国がやったと主張しても、それは名簿を提出しただけのことである。

 この朝日新聞社の記事の狙いが何処にあるのか―。それはこれだけミエミエの記事だけに一目瞭然だろう。合祀は国が主導してやったのだから、分祀もできるだろうと主張したいのだ。

 国は政教分離を定めた憲法がある以上、介入することは出来ないと言っているが、朝日はそんなことはないだろうと言いたい訳だ。もう滅茶苦茶だ。政治が宗教法人に介入しても良いと、そのお墨付きを与えようとしている。

 もう、何でもありの状況となってきました。共産中国の主張する「A級戦犯」分祀に何としても応えたい。その必死なまでのキャンペーンがしつこいほどに繰り返されています。

 この靖国神社問題が愛国陣営対売国奴陣営の最終戦争に位置付けられた。この戦いに勝利することこそが、我々≪極右≫に課せられた義務であり、そのために邁進しなければなりません。

 靖国神社は単に「戦死者を追悼する所」ではない。我々はこのような欺瞞的イデオロギー攻撃をはね返し、更に一歩前へ出て、積極的に「戦死兵士を顕彰する所」という本来の定義を再認識して、靖国神社の本来の姿を甦らすことになるでしょう。

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