靖国神社 右翼・民族派の課題��
国家護持論の位相
私は20歳になった頃より右翼の思想に共鳴し、やがてはその活動家となった。私が運動に参加するようになった時のスローガンは「日教組打倒!」や「北方領土奪還!」であった。
また、憲法改正や再軍備の他に靖国神社の国家護持というものもあった。北方領土は返還されず、憲法改正もかけ声だけで終っている。防衛庁の防衛省への昇格も出来ていない。
そして、何よりも右翼・民族派と称される陣営が、このような国家の重要な施策にあたって何の影響力も行使できてこなかった。その状況は昔も今も変わらない。
しかし、一つだけ今回の「富田メモ」事件によって、新たな動きが起きようとしていることも事実である。それは靖国神社の国家護持というスローガンが現実味を帯びてきたということです。
これは右翼・民族派団体が主張してきたものとは、その流れと目的はかなり違うことを認めない訳にはいきません。しかし、この時流を利用し敵の策略に乗ずる形で、新たな運動の展開が可能となっています。
右翼・民族派は靖国神社の国家護持こそは、日本民族の責務であるとしてきました。これが実現できない最大の障害は、日本国憲法(占領憲法)の20条と89条にある所謂、信教の自由、政教分離原則の神道指令的曲解を楯にした違憲論の壁だったのです。
このことを強く主張してきたのが、朝日新聞社や旧社会党、共産党でした。しかし、今日朝日新聞などはまだ明確な主張には程遠いものの、古賀誠らの言葉を紹介しながら靖国神社を宗教法人から切り離し、国家管理へと移行するのを容認するかのような報道ぶりです。
これは靖国神社側が「A級戦犯」分祀には一切応じられないと言っているので、それならばと持ち出してきた主張であり、小沢民主党などもこれに近い主張を述べています。
これは神道指令的憲法解釈を固定したまま対処しようとするもので、これでは靖国神社の非宗教化が推し進められてしまいます。「A級戦犯」を排除して、内政干渉する中韓に配慮しながら、信仰を無化するもので許し難い。
この共産中国と我が国の「反日勢力」が合体した、靖国国家管理の策謀に対し右翼・民族派は最後の砦として、これに反撃しなければならないのは云うまでもないが、ただ単にこれに反対するのではなく、敵の攻撃を迎え撃ちながら、従来の主張であった本来の姿に靖国神社を戻す戦いへの転換点とすべきである。
そもそも靖国神社の創祀とは明治大帝の聖慮に発端するものであり、右翼・民族派諸侯にとって、これほど神聖な場所はない。かけがえのない聖地なのである。
得たいの知れない形に無化されて、英霊の顕彰が形骸化されていくなどもっての他であり、このような手口、考え方こそが中韓の内政干渉に屈する道であることは明白なことです。
今、靖国を巡る論争は論争という域を超え、やがて全力学をも投入した戦いに移行せざるを得ないでしょう。これまで右翼・民族派は国民から遊離した嫌われものの存在となってきました。
この昨日からのブログにおいて、右翼・民族派と記しただけでも違和感、反発感を抱いた人もたくさんいるはずです。靖国は右翼・民族派だけの聖地ではありません。国民全て―、この国を愛する人の聖地であるのです。
今回、これまでの論説からはみ出し、右翼・民族派と敢えて書いているのは、自らがこの戦いの先陣を切り拓かねばならない立場にあることを肝に銘ずるためでもあり、また全国の同憂同士に檄を飛ばすためでもあります。
これまで右翼・民族派が主張してきたこの靖国国家護持に対して、世情は換骨奪胎的に収奪を強めています。これを見過ごすことは出来ない。左翼と保守親中派は結託して、「富田メモ」即ち昭和天皇のお言葉として、ナショナリズムに芽生える日本を遮断して、靖国神社への実質的な消滅を意図した攻撃を開始したのです。
靖国は国を愛する全ての国民のものです。ある特定の政治勢力のためのものではありません。かなり誤解を招く文章になったと自らも反省しています。今後も国を愛する多くの国民の側に立った評論を行なっていきたいと考えております。
本日、日本経済新聞社に対する公開質問状を送付します。回答があり次第ネットで公開します。多くの匿名投稿者の気持ちを代弁する形で、敢えて主張を述べずに事実関係だけを質しております。
※昨日民族派の学生・青年に期待すると書きましたが、『皇国史観研究会』が日経新聞社問題で、かなり確証の高い批評を掲載しました。これは鋭い推察記事だと思います。
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