2006年01月04日

開戦前夜・朝日新聞の今と昔

ed740507.jpg反日マスコミが主張する「開戦前夜」

 朝日新聞の正月の社説で一番興味をひかれたのは「まるで開戦前夜のような言葉が躍るインターネットや雑誌が溢れている」との箇所であった。このような情勢に朝日新聞社は危機感を抱いているという事を訴えてたかったのだろう。

 しかし、開戦前夜であろうが、なかろうが、世界中の国々が国益をかけて激しく衝突してきたのが、人類の歴史ではなかったのか?60年前祖国は世界最大の軍事国家である米国と戦った。敗れはしたが米国をして「二度と戦いたくない国」と言わしめた程、日本の兵士は勇敢に戦った。

 確かに戦後60年日本は平和の中で経済的な繁栄を謳歌してきたが、では一体この平和な社会を勝ち取り守るために、我々日本人がどれほどの努力をしてきたのか。自信を持って平和のために尽くしてきたと言える日本人は少ないだろう。

 左翼は口を開けば反戦平和をお題目のように唱えてきたが、それは旧ソ連や中共の手先となって、日本の赤化革命を引き起こすためにスローガンとして来ただけの方便に過ぎなかった。左翼が平和憲法を守ってきたから、日本が戦争にならなかった。そんな論法を信じる者は今の若者の中では少数派に過ぎない。

 日本が何故戦争と無縁で過ごせたかは、米ソ世界分割統治という情勢の中で、たまたま日本が米国の支配圏の中にあったからで、ヨーロッパ社会も東西に分割されたが、線引きがハッキリしていたので戦争にはならなかった。しかし米ソの世界分割線が曖昧な地域において紛争は行われてきた。

 冷戦崩壊後においては主に旧ソ連が支配していた地域において、戦争は勃発した。共産主義の頚木が外れ、これまで押さえ込まれていた民族が独立を求め蹶起したからである。パンドラの箱が開き、各民族が宗教勢力と結び、互いに憎悪して果てし無き戦争状態を引き起こした。しだいに沈静化したユーゴのような地域もあるが、チェチェンのように泥沼に陥っている所もある。

 では、今日朝日新聞社はどのような情勢分析として「開戦前夜に似ている」などと社説で煽ったのか?この社説を読んでいくと、まるで日本の国家主義や排外思想による中国批判が戦争の原因のような錯覚を持ってしまうから怖い。

 今、共産中国から軍事的な脅威や威嚇を受けているのは日本であり、日本側から相手国(中国)に脅威を与えるような行動や威嚇をしたことは一度もないはずだ。日本の領海に対する原子力潜水艦の侵犯事件、日本の領空侵入を試みるような演習に対するスクランブル警戒、日本の領海周辺における調査船の出没、いずれも中国から仕掛けられているものである。

 朝日新聞に問いたいのは、共産中国の人民解放軍がなぜこのような動きを見せているのかについてである。その原因と分析を試みて日本国民に警鐘を鳴らすのが、日本国の新聞社として当然の責務なのではないのか?

 さて半世紀以上前、朝日新聞社は日本の大東亜戦争突入へ向けて進軍ラッパを吹き鳴らしていた。

 『日本民族は如何なる民族精神を把握して、国外より来たらんとする怒涛を克服し、国内に勃発せんとする狂爛を征服して、光明の彼岸に到達せんとするのか。極東平和の維持は何よりも脅威されない充実した国防によって守られる』

 今、我々《極右》は同じ事を主張しているのに、それを批判する根拠とは何か。勇気を忘れた負け犬根性としか私には思えない。

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 これまでは主張を一方的に述べて来ましたが、今後は双方向性を追及して見たいと考えております。コメントにはなるべく時間の許す限り応じて行きますので、皆さんも遠慮なく書き込みをお願いします。春にはHP(世界戦略)もより充実させるように現在計画中です。
何か、良いアイデアのある方は教えて下さい。参考にしたいと思います。
  
Posted by the_radical_right at 06:52 │ mixiチェック │偏向報道・反日マスコミ 

2006年01月03日

「日米印」の三国戦略同盟の成否

4cbc5f40.jpg麻生外相、インドなど訪問 戦略対話、中国を牽制

 麻生太郎外相は一月三日からインド、パキスタンを歴訪する。インドではシン首相らと会談する方向で調整している。昨年四月の日印首脳会談で合意した「日印グローバル・パートナーシップ」を加速させるため、日印閣僚級の戦略対話を開始し、さらなる関係強化を目指す方針だ。また、パキスタンではカスリ外相らと会談する予定。地震災害への復旧支援などを協議する。
 麻生氏が新年早々にインドなどを訪問するのは、東アジア共同体構想などをめぐり、日本と中国が激しい主導権争いを展開していることから、台頭する中国を牽制(けんせい)する狙いがある。(産経新聞)

 この麻生太郎外務大臣の正月早々の歴訪が、各ブログにおいても話題になっているので取り上げてみることにした。インドという国家が共産中国とは違って、日本という国に対して悪感情を抱いていない親日的な国家であることは昭和天皇の崩御の際にハッキリと示された。

 インド政府はこの昭和天皇の崩御をいち早く報道。国民に対して三日間の喪に服すことを政府として発表し、政府関係の庁舎には半旗が掲げられた。もし、共産中国が常々言っているような、日本軍国主義者がアジアの民衆に途端の苦しみを与えたとするなら、政府が国民に対して喪に服すことを宣言する筈もない。

 ちなみに世界でいち早く最高指導者の葬儀への参列を発表したのは、インドネシアの大統領であった。インドネシアにしてもインドにしてもアジアの中では大国である。この両国が世界中のどの国々よりも早く昭和天皇に対して弔意を表したことは、共産中国や韓国などとは違った歴史認識を持っていることを証明している。

 米ソ冷戦時代においてインドとパキスタンは激しく対立、大国の思惑に翻弄され続けた。パキスタンには米国が軍事援助を行い、インドは旧ソ連と協力関係にあった。また、中国とインドは、中国がパキスタンを支持した事や国境紛争などもあって対立関係にあった。

 冷戦構造崩壊後の国際社会にあって、イスラム勢力と共産中国の抬頭が著しいが、米国においては日米安保体制の強化と同時にインドとの協力関係を深めようとの動きが急速に高まって来た。米国はならず者国家やイスラム過激派が力を持つ地域を「不安定の弧」としているが、この「不安定の弧」は日本が中東から原油を運ぶシーレーン防衛網とも重なる。

 米国が冷戦崩壊後の国際社会において、強大な力を持ってきた覇権国家であることに疑う余地はない。しかし、その米国に取って代わろうとする野望を抱く国家が登場してきたことも事実だ。それが共産中国であり、中国は特にアジア地域においては政治・経済・軍事の分野において影響力を強めている。

 米国は中国にアジアの覇権を譲る考えはないが、これを一国で防衛するには限界が見えているのも事実だ。そこで日米安保体制の強化が打ち出されたが、それだけではとてもこの広範囲な地域をカバーすることは不可能である。

 そこで注目されるのがインドという大国である。インドは共産中国と大きく異なる特徴がある。それは「自由と民主主義」という人間の普遍的な価値観を米国や日本と共有することができる点である。インドは世界最大の「民主主義」国家であることは重要な視点となる。

 日米両国は共に「日米印同盟」構築を印度に呼びかけてきた。昨年4月には小泉首相が、11月にはブッシュ大統領が訪印して、重要な働き掛けを行ってきた。「不安定の弧」を日米印の三国でカバーする戦略的提携を視野に入れ、協力関係の構築を目指している。

 この日米印の協力体制が築けるか、その鍵を握るのはインドである。インドは日米両国との協力関係の強化は望んでいるが、同盟関係までは欲していない。現在、中国とインドの関係は少なくとも表面上は良好である。

 経済的にもインドと中国の貿易額は113億ドル、インドの日本の貿易額はその半分以下の50億ドルでしかない。インドにとっては中国も大切な国である。この点に日本の経済界の強い反省を求める。日本財界はこれまで<中国熱>に冒されてきた。しかし、共産中国がいかに危険な国家である事を知った筈だ。

 インドとの経済的な協力関係を深めるべきである。日本の将来に取って「米・英・豪アングロサクソン連合」に次いで重要な国家となる。このインドとの戦略的同盟の成否は日本の経済界の協力に掛っていると言っても過言ではない。

 インドは人口でも中国をもうすぐ追い抜くことが確実となった。世界最大の大国となる。このインドに対して、日本がどのような経済的・技術援助を行うことが出来るのか。全ては日本の生存と国益に直結する最重要な国家戦略となる。

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Posted by the_radical_right at 09:13 │ mixiチェック │日米関係 

2006年01月02日

変革の歴史的必然としての日中対立

d64ebfcd.jpg顕在化してきた変革の歴史的必然性!

激化する外交・情報・謀略戦

共産中国にもっとも利し易いとバカにされ侮辱されてきた歴代の政府と外務省。これまでいやというほどその外交的な無知・無能ぶりを国民の前に曝け出してきた。しかし、今ようやく国民の間にこの屈辱的な外交に対する疑問の声が挙がり、変革への機運が高まりつつある中で政府や外務省も毅然たる態度を示し始めた。

 もはや「魂を売って得たパン」で肥えた図体を永遠に保持できるなどと考える者はいないだろう。共産中国との貿易額は確かに大きな地位を占めるようになった、しかし、だからと言って国家の信念を曲げてまで、この経済的な利益に固執する必要が果たしてあるのか。

 週刊文春の報道で露見した上海の日本領事館における男性館員の自殺問題は、改めて日中間の外交関係がねじれた関係にあることを表している。日本政府は自殺の背景に共産中国の情報機関の暗躍があり、その結果日本人男性館員は自殺に追い込まれたとしている。

 しかし、中国側は「中国関係者といかなる関係もない。」と全面的に否定、「中国側のイメージを傷つけようとする。」謀略であると批判している。この問題に対する両国の見解は真っ向から対立しているが、中国側は詳しい経緯については触れようとしない。これはどう考えても中国側に不利に働くので明らかにしたくはないのだろう。

 わが国は中国が空念仏のように唱える「日本軍国主義復活論」や「極右抬頭論」に振り回されてきたが、もうこれらの主張に耳を貸すのは愚の骨頂でもある。一部の反日マスコミが同調して日本を貶める報道を垂れ流しているが相手にする必要もない。

 共産中国と日本を取り巻く昨今の情勢は、確実に両国関係に悪影響を及ぼし始めている。政治の対立は思想戦・情報謀略戦となり激しく対立。その熾烈さは物理的な戦火をも勃発させる雲行きとなってきた。

 国家の命運にとって最も重要なことが防衛であるという、古今東西の歴史における鉄則が意外と早く知らざるを得ない、そんな状況が目前に迫ってきた。朝日新聞の元旦の社説には、「まるで開戦前夜のような言葉が並ぶ雑誌が売られている。」と論じていたが、朝日新聞社もようやくそのことに気がついたようだ。

 <顕在化してきた変革の歴史的必然性>として非常事態は迫りつつある。これを恐れてはいけない。「備えあれば憂いなし。」今我々が実践しなければ行けないのは、まさにこの言葉なのである。

 「反日デモ」「靖国批判」「東シナ海の強行油田開発」「東アジア共同体構想の対立」そして「上海領事館男性自殺」これらはけっして単独で起きているわけではない。歴史における一つの脈絡の中で見ていかなければならない。

 我々は共産中国との戦争を望んでいるわけではない。マスコミは日本の社会に反中国を叫ぶ勢力が存在していることを問題にするが、このようなマスコミは中国の原潜が日本領海を侵犯した事実をどのように考えてきたのか。

 軍事的な挑発を繰り返しているのは人民解放軍であり、我々《極右》は、日本の安全保障について当然の主張を展開しているに過ぎない。明治維新以来、血と涙によって累々と培われてきた日本民族生存の権利が奪われようとするなら、我々は座して死を待つわけにはいかないのだ。

 日本は偶発的な局地戦争であれば、十分人民解放軍を迎い撃つだけの力をもっている。実質的に存在している自衛軍(自衛隊)の機能を麻痺させているのは、法や擬似平和主義者だけではない。我々国民の側に存在する偏狭な保身と堕落である。

 民族の正気と国家の命運を託された自衛軍を我々《極右》は全面的に支持する。

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Posted by the_radical_right at 09:33 │ mixiチェック │特定アジア(中国・歴史認識)