開戦前夜・朝日新聞の今と昔
反日マスコミが主張する「開戦前夜」
朝日新聞の正月の社説で一番興味をひかれたのは「まるで開戦前夜のような言葉が躍るインターネットや雑誌が溢れている」との箇所であった。このような情勢に朝日新聞社は危機感を抱いているという事を訴えてたかったのだろう。
しかし、開戦前夜であろうが、なかろうが、世界中の国々が国益をかけて激しく衝突してきたのが、人類の歴史ではなかったのか?60年前祖国は世界最大の軍事国家である米国と戦った。敗れはしたが米国をして「二度と戦いたくない国」と言わしめた程、日本の兵士は勇敢に戦った。
確かに戦後60年日本は平和の中で経済的な繁栄を謳歌してきたが、では一体この平和な社会を勝ち取り守るために、我々日本人がどれほどの努力をしてきたのか。自信を持って平和のために尽くしてきたと言える日本人は少ないだろう。
左翼は口を開けば反戦平和をお題目のように唱えてきたが、それは旧ソ連や中共の手先となって、日本の赤化革命を引き起こすためにスローガンとして来ただけの方便に過ぎなかった。左翼が平和憲法を守ってきたから、日本が戦争にならなかった。そんな論法を信じる者は今の若者の中では少数派に過ぎない。
日本が何故戦争と無縁で過ごせたかは、米ソ世界分割統治という情勢の中で、たまたま日本が米国の支配圏の中にあったからで、ヨーロッパ社会も東西に分割されたが、線引きがハッキリしていたので戦争にはならなかった。しかし米ソの世界分割線が曖昧な地域において紛争は行われてきた。
冷戦崩壊後においては主に旧ソ連が支配していた地域において、戦争は勃発した。共産主義の頚木が外れ、これまで押さえ込まれていた民族が独立を求め蹶起したからである。パンドラの箱が開き、各民族が宗教勢力と結び、互いに憎悪して果てし無き戦争状態を引き起こした。しだいに沈静化したユーゴのような地域もあるが、チェチェンのように泥沼に陥っている所もある。
では、今日朝日新聞社はどのような情勢分析として「開戦前夜に似ている」などと社説で煽ったのか?この社説を読んでいくと、まるで日本の国家主義や排外思想による中国批判が戦争の原因のような錯覚を持ってしまうから怖い。
今、共産中国から軍事的な脅威や威嚇を受けているのは日本であり、日本側から相手国(中国)に脅威を与えるような行動や威嚇をしたことは一度もないはずだ。日本の領海に対する原子力潜水艦の侵犯事件、日本の領空侵入を試みるような演習に対するスクランブル警戒、日本の領海周辺における調査船の出没、いずれも中国から仕掛けられているものである。
朝日新聞に問いたいのは、共産中国の人民解放軍がなぜこのような動きを見せているのかについてである。その原因と分析を試みて日本国民に警鐘を鳴らすのが、日本国の新聞社として当然の責務なのではないのか?
さて半世紀以上前、朝日新聞社は日本の大東亜戦争突入へ向けて進軍ラッパを吹き鳴らしていた。
『日本民族は如何なる民族精神を把握して、国外より来たらんとする怒涛を克服し、国内に勃発せんとする狂爛を征服して、光明の彼岸に到達せんとするのか。極東平和の維持は何よりも脅威されない充実した国防によって守られる』
今、我々《極右》は同じ事を主張しているのに、それを批判する根拠とは何か。勇気を忘れた負け犬根性としか私には思えない。
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これまでは主張を一方的に述べて来ましたが、今後は双方向性を追及して見たいと考えております。コメントにはなるべく時間の許す限り応じて行きますので、皆さんも遠慮なく書き込みをお願いします。春にはHP(世界戦略)もより充実させるように現在計画中です。
何か、良いアイデアのある方は教えて下さい。参考にしたいと思います。
Posted by the_radical_right at 06:52│
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偏向報道・反日マスコミ
あきらさん、なっとくさん、とおるさん、
まだ見ぬ同志達とあえて呼ばせて頂きます。
我々の現在の立場は政府の要人でもなく政治家でもない。役人でもなければ財界の有力者でもない。自衛隊の指揮者でもない。一般市民の一人として、現代社会の中でつつましく生きています。
このような我々がこの日本という国家を本当に再興することが出来るのか?そういう思いをもっても不思議ではありません。今我々《極右》は思想・言論の場において、国家に貢献しようと、ただそれだけを考え暮らしています。
その我々《極右》が国民から期待される時が必ずやってきます。それは国家が非常事態となった時です。それまでははやる心を押さえ静かに待ちましょう。
主婦さんへ
初めまして、主張するところには賛同するが「極右」という言葉について、違和感を抱くという方は、これまでも何度もお目にかかってきました。何故、新保守や民族派・国粋主義者に相応しい名前がつけられないのか?という質問も頂きました。我々《極右》を志向する者は、前述した新保守派や国粋主義右翼とは別な道を目指しています。
確かに似ている主張もありますが、同じものではありません。
世界観・歴史観・政治思想、国家観全てに渡って相違するものです。
今このブログで少しづつではありますが、我々の目指す社会とそこに到達する運動論を展開しているつもりです。大衆運動による国家の再興こそ最終目標です。その最終目標を2020年として長期的視野にたって活動しています。今後もお立ち寄り下さい。
「反戦平和」というものは、言葉としては良いものですが、左翼の言う言葉は大変胡散臭く思っています。
「反戦」でいたなら、「平和」が来るとでも思っているのでしょうか。
「反戦」でいたなら、富める日本というのは、格好の餌食です。
「カモがネギをしょってやって来る」どころでは無く、「カモがネギをしょってやって来た上に、ナイフもフォークも食事代金も付いて来る」ような状態です。
「反戦」なので、武力の反撃・抵抗はせず、無抵抗で占領軍を迎えることになるでしょう。
その時、あのプロレタリア独裁の国は、反対する者に対して粛清することでしょう。
反対する者は消えて、残るはプロレタリア独裁を支える奴隷のみになってしまいます。
それを「平和」と言うなら、そんな「平和」は望みません。
なお、日本が敗戦した後も、中国では戦争・殺戮が続いていましたが、別の勢力に侵略されたことを新聞は書きたがらないものです。
>主婦さん
一度、ウヨサヨ判定を受けられたらどうでしょうか?
http://uyosayo.com/
しかし、判定結果に関して、自己責任です。
こんにちは。多忙につき、なかなかコメントもできずにいますが、記事は欠かさず拝見しており、ランキング投票も入れさせてもらってます。又 落ち着いたらゆっくりコメントさせていただきますm(_ _)m 頑張ってくださいね。
ここに書かれている内容に完全に賛同します。
日本の国益を考えた場合、当然のことであり、常識でもあります。
極端なことは何も書かれていません。
それにも関わらず、ブログタイトルに「極右」の文字が使われているため、
書かれている内容に賛同する私は「極右」にlabelling される人間に属する
のかなと思ってしまいます。私自身は政治活動に無縁な極普通の人間だと
思っているのですが・・・。