2006年06月21日
「在日」と日本社会
「在日」と日本社会
日本単一民族国家論
インターネットをやり始めた頃だから7〜8年以上前のことである。掲示板に「日本は単一民族…」と書き込んだら「お前は馬鹿か!朝鮮人もいればアイヌ人だって大和民族ではない。日本は多民族国家だ」との反論を多数頂いた。
確かに云われる様な事実はあった。しかし、多くの国民が普段そのような言い方をしており、麻生外相も最近「日本は単一民族国家」と語っています。単一民族に異議を唱える人達は、決まって左翼や人権派団体などですが、彼らはマイノリティーの存在に極端にこだわる姿勢を見せて来ました。
60年代当時、新左翼の全盛期に一部の過激派はアイヌシモリ独立を掲げ、道庁爆破などでマイノリティーのアイヌ民族解放闘争を繰り広げたが、その運動は全く広がりを見せずにすぐに消滅した。
アイヌ民族が存在することは否定できない事実としても、彼らは日本社会においてマイノリティーとしては存在していない。彼らは日本社会に同化しており、日本人としての自覚を持つ故に、そのような左翼の扇動に乗る者はいなかった。
これは江戸幕府や明治政府が、積極的にアイヌ民族との融和、同化政策を推進してきたためで、もし彼らを日本社会に同化させない政策を採っていたなら、また違った結果となっていただろう。そのように考えるなら、私は先人の叡智に学ぶべきところは大きいと感じた。
朝鮮民族は日本社会においてはマイノリティーな存在です。歴史的な経緯もあって、左翼や人権派団体は常に彼らを抑圧と差別の犠牲者として祭り上げ、そのような構図こそ日本帝国主義がもたらす必然的行為であると糾弾してきました。
私は不法滞在外国人問題に取り組んで来ましたが、左翼や人権派団体は「在日」と呼ばれる特別永住者と不法滞在者を同列にして、不法滞在者を正当化させようとしていました。我々としてはこの問題から先ず取り組まねばならなかったのです。
日本は戦前、韓国を併合しました。西欧列強の植民地支配のような一方的な搾取ではなく、共に栄えるという基本的な考えが根底にあり、それ故に日本人と同じように国籍を与え、移動や居住の権利も認めました。
日本に住み着いていた朝鮮民族は200万人ほどであったと言われます。彼らは自らの意思で日本に来て生活していた人達であり、過去に問題とされたような強制的に連行された人々ではありませんでした。また、不正入国者でもありません。
この中から戦後、朝鮮半島に約140万人ほどは帰って行きましたが、60万人ほどは日本に残りました。元々これらの人々は日本国籍を有していたわけですが、日本政府は日本国籍から離脱させ、その代わりに特別に永住する資格を与えました。
やがて消滅する「在日」社会
現在(※平成17年度の時点)、特別永住資格を持つ人は約45万1千人です。入国管理局はその内訳を公表していないので、この中には台湾人も含まれますので、朝鮮人は40万人を切っているかも知れません。
ちなみに同13年度は53万人ですから、この5年間で約8万人減少したことになります。この主な原因は少子高齢化、朝鮮への帰国、そして日本への帰化ですが、特に帰化する人が年々増加しています。
単純に数字から推測すれば10年で半減、20年で消滅してしまいます。民団や総連は組織を挙げて、この日本への帰化に反対していますが、最早この流れは加速されることはあっても、止まることは考えられません。
特別永住者は犯罪を犯した場合、その犯罪が日本国の利害を害したと認められる時には法務大臣の名において退去強制の措置が取られます。日本国籍を有する者以外には認められない権利(選挙権)などを除けば、後は日本人とほぼ同等の権利が保障されています。
無条件帰化提唱について
日本に帰化するのは申請して認められるかどうかですが、条件的なものは何一つ明らかにされていません。法務省民事局は「総合的な判断による」としているだけです。
認められない場合も「総合的に判断した結果である」とだけ通知されます。かつて総連の活動をしたことのある親族がいるケースや親が前科前歴のある場合は、その子供も帰化出来ないと云われていました。
最近はかなり緩やかになったと言われていますが、どのように変化したのかも含めて公表されていません。では、このような状況の中で、かつて私が提唱した無条件帰化とはどのようなケースだったのかを説明します。
朝鮮人の父と日本人母の間に生まれた子供は、朝鮮と日本の両国の国籍を有しています。ところが総連などは日本国籍の離脱を組織的に進めました。まだ子供が小さい頃に日本国籍離脱の手続きを親が行なったのです。
実際に私の知人の息子にそのような人がおりました。自分が結婚するのに戸籍を調査して初めて分かったのです。既に母は離婚して行方が分からず、彼はそれまで自分は朝鮮人であるとだけ信じて生きて来たのです。実際は日本国籍を有して生まれてきたにも関わらず、自らの意思とは関係なく離脱させられていたのです。
民事局に相談したら帰化申請をすることを勧められたが、結果は「総合的に判断した結果認められない」というものでした。本人は日本人であるにも関わらず日本人になれなかった…。
私はこのようなあまりにも不条理と思える帰化問題で、このようなケースは全て無条件で行なうべきと主張しましたが、回答は得られませんでした。本人はその後、日本人の女性と結婚。子供が出来たので再度申請して日本に帰化しました。
さて、これまでこの「在日」問題では、多くの方から批判を頂きました。しかし、批判した皆様と私の考えで根っ子の部分では違いはなかったと思います。一番強硬に反対された「声優さん」なども限定的な帰化には反対しないと述べておりますし、「農民さん」は一括帰化には反対と述べられていました。
つまり、皆さん殆ど同じ事を言っているのに、かなり主張が真っ向から対立しているように捉えられてしまいました。これは私の問題提起のやり方が不味かったのと、自分がこの問題では先駆者的に活動してきたという自負心が、これまでとは違った感情的対応を自分自身の中に呼び起こしてしまったのではと反省しています。
これは皆様の理解を得るために書いたものではありません。どうしても理解できないという人がいるのも事実です。ただ正確な情報を提供するために書きました。
先日、30歳になったばかりの若手論客グループと議論しました。
「朝鮮人の人達も変わってくると私は思うのだが」
「朝鮮人は変わらない、何を言っても無駄なんです。彼らが反日姿勢を変えることなどないですよ」
「犯罪者の子供は犯罪者というような決め付けには納得できないのだが」
「彼らは犯罪者の子供だから犯罪者なんですよ、日本人とは違いますから」
日本の若者にこう言わせてしまうようになった韓国、北朝鮮の「反日」プロパガンダに心底怒りを感じた。勿論、韓国や北朝鮮は反発するだろう。しかし、どう考えても、このような根深い対立をつくり出したのは、南北朝鮮の「反日」と、それを煽った日本の「反日」勢力であることに疑う余地はない。
最後に私はこの若者らに、日本に帰化して一生懸命頑張っている人にだけは、温かい気持ちで接してくれるように願うだけであった。
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2006年06月20日
陸自「イラクから撤退」に改めてその意義を感ずる
陸上自衛隊の皆さん!
ご苦労さまでした!
イラクからの陸上自衛隊の撤退が決定された。2004年に1月19日に先遣隊がイラク入りしてから早や2年半以上が過ぎていた。我々はこのイラクへの陸上自衛隊の派遣を強く支持、反対する左翼勢力や反日マスコミを批判してきた。
地元の福島駐屯地から派遣が決定した時、私はその出発の日には多くの市民と共に日の丸の小旗を振って激励しました。見送りに出た家族の顔が非常に明るかったのが印象的であったのを覚えている。
先ず我々の機関紙から当時の主張を紹介しましょう。
「いよいよと言うべきか、自衛隊が戦後日本の私生児という曖昧な存在から<軍隊>となる日がやってきた。旧フセイン政権の残党を掃討するべく米軍将兵が現在血を流して戦っている。しかし、これは米国追従の米国のための戦いではない。
悪の枢軸国やテロリスト集団の脅威に晒されているのは米国ばかりではない。国際社会において責任を果たすために、我が国は進んでこのテロとの戦いに参加することを表明したのである。
我が国の自衛隊員から犠牲者が出るかも知れない。しかし、これを忌避していては、日本は永久に戦えない国家として亡国の道を辿らざるを得なくなってしまう。そのような最悪の事態をも覚悟して送り出さなくてはいけないのだ。
その時、我々国民がとるべき道は派遣を決定した小泉内閣の責任を追及し退陣を要求することではない。共にその<痛み>に耐え抜くことではないだろうか。
国家とは、軍隊とは何のために存在しているのか―。我々日本人は今こそ、この原点に立ち返らなければならないのだ」
この2年半の期間の中で、我々が憂慮した最悪の事態を招くことはなかった。その意味からすれば、本当にこの犠牲者なき撤退は喜ばしい限りである。実はこの負傷者も出さずに撤退の時期を迎えられたことは奇跡にも等しいことだ。
派遣された世界中の多くの国々の兵士が負傷したり亡くなられたりした。自衛隊員ではなかったが、日本人旅行者や米軍に雇用された日本人兵士が国際テロリストの犠牲になった。それだけ危険な任務であったわけだ。
遠く離れた異国の地に自衛隊を派遣した、その意味は緊迫する東アジア情勢とは無縁ではなかった。金正日体制崩壊後の北朝鮮が内乱状態に陥ることは火を見るより明らかである。暴発した一部の北朝鮮人民軍が日本に対して、ミサイル発射などで攻撃を仕掛けてくる事態も予想される。そうなった時に当然、日本は傍観することは許されない。
北朝鮮には日本人妻が約2000人以上(子供や日本人の夫を含めると6000人以上)がいるとされ、彼女達を救い出さなくてはならない。また、その子供達は日本国籍を当然持っている日本人でもある。「日本人拉致被害者」も多数存在する。
これらの人々の救出には日本は軍隊を送り込まねばならない。民間ボランティアで救出活動が出来るわけはない。「拉致被害者の救出」「日本人妻とその子供達の保護」のために、治安維持活動に従事する必要がある。
今回は英国、豪州の軍隊に守られての行動であったとはいえ、日本の自衛隊も十分な訓練と経験を積んだと思う。これは今後予想される北朝鮮有事の際に必ずや活かされるであろう。
撤退の過程で何が起きるか分かりません。まだまだ油断は出来ないでしょう。また陸上自衛隊は撤退が決まりましたが、航空自衛隊は引き続きイラクで任務にあたります。自衛隊員の今後の活躍に期待すると同時に安全を祈願しております。
なお、このイラク派兵問題については、今後何回か取り上げて行きます。特にイラク派遣に反対した左翼の狙いなども含めて論じて行きたいと思います。
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2006年06月19日
先制攻撃でミサイル基地を破壊せよ!
先制攻撃の能力を持て!
北朝鮮の弾道ミサイル『テポドン2号』の発射準備について、日本政府の対応は情報収集や警戒態勢の強化というものだった。この程度の対応しか現時点では出来ない。これでは北朝鮮に対して何の圧力にもならない。
この北朝鮮の弾道ミサイルから日本を守る方法は二つしかない。
一つは飛んでくるミサイルを空中で打ち落とす迎撃手段である。これはこのシステム開発が話題になった頃、「飛んでくる拳銃の弾丸を、拳銃の弾丸で打ち落とすようなもの」と言われた。
それだけ実現性に疑問符が投げかけられたのである。しかし、これは10年以上も前のことであり、現在この迎撃システムは完璧ではないにしても、信頼に足るものとなった。
しかし、まだ実験段階をようやく終えたばかりであり、まだ実戦配備に至っていない。早くともこれから3〜5年以上はかかるだろう。しかし、それはまだ完璧とは言えない。
一番安上がりで完璧な手段として挙げられるのが、もう一つの先制攻撃である。北朝鮮のミサイル発射基地を先制攻撃によって徹底的に破壊してしまう方法であり、かつてイスラエルはイラクの核開発施設を先制攻撃で破壊したことがある。
クリントン政権時代、米国は北朝鮮の核開発施設に対する先制攻撃を検討したが断念した。その理由は韓国の首都ソウルに展開する35000人とも云われる在韓米軍を危機に晒すことになるからだった。
北朝鮮は米軍の攻撃に関しては、直ちに在韓米軍に対して戦端を開く。北朝鮮の短距離ミサイルはソウル周辺の米軍施設に雨のように降り注ぐであろう。現在もこのような状況には変わりない。
米軍に頼らずに我が国だけの力で先制攻撃を遂行する能力を持たなければならない。日本はこれまで他国への侵略をしないという専守防衛を国是としてきた。そこで戦闘機の燃料タンクの容量を抑え、飛行時間を制限している。
つまり、日本の戦闘機は北朝鮮への先制攻撃は出来ても、日本には戻って来られない。まさに戦前の神風特攻隊になるしかない。これでは日本は何も出来ないのと同じである。
先制攻撃を可能にするには航空母艦を持つか、飛行距離を伸ばす空中給油装置を設置するかの選択に迫られる。同時にトマホークのようなミサイルの開発にも早期に着手すべきであろう。
発射されたら、どうするの議論が行われているが、全く馬鹿げた議論に過ぎない。発射台に据えられた段階でこれを先制攻撃して破壊する物理的な手段を持たなければならない。
我が国はその能力を有している!我々《極右》は北朝鮮の核施設とミサイル基地を破壊する攻撃手段の準備に直ちに着手することを求める!日本国家を防衛するために真剣に取り組むことを要求するものである!
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