2006年07月26日

古賀と小沢を日経がPR

a6d90698.jpeg日経「捏造報道」その��

古賀氏「分祀、遺族会として検討を」

「首相は不見識」小沢氏が批判

 「富田メモ事件」 二人の政治的利用が始まった―!

 今朝の日経新聞2面には自民党の古賀誠氏と民主党・小沢代表お二人の「富田メモ」に関する記事が掲載されている。先ずは日本遺族会会長を務める古賀誠氏のことから紹介しよう。

 古賀氏は25日都内で講演し、靖国神社へのA級戦犯合祀への昭和天皇の不快感を記した故富田朝彦元宮内庁長官の日記・手帳(富田メモ)について、「昭和天皇のこの思いを、遺族は最も重いものとして受け止めたい」と述べ、A級戦犯の分祀を遺族会として検討すべきだとの考えを改めて強調した。
 
その上で「陛下の思いがああした形で率直に残されたかと思うと、遺族会会長として責任が重い」と指摘。「遺族会も勇気を持って問題に真正面から取り組んでいく姿勢が極めて重大だ」と訴えた。

 民主党の小沢一郎代表は25日の記者会見で、富田メモに関し「戦争指導者は日本国民に大いなる責任があるとかねて発言してきた」と述べ、A級戦犯合祀に反対する持論を重ねて強調した。富田メモの内容については�狆赦妥傾弔梁腓濘喚瓩魎兇犬襦廚班縮澄�小泉純一郎首相が自らの靖国参拝への影響はないと述べたことに関しては「個人の問題だとかいうたぐいの首相の発言は、全く本質を理解していない不見識な言葉だ」と批判した。

 日本経済新聞社も必死なのでしょう。総裁選挙が終ってしまえば、何の影響力もないような政治家や野党党首の主張だけを掲載して、少しでも自分達の報道を正当化しようとしている。

 何が問題であるのか、そのことが全く分かっていない。あのような、本来出るべきでなかったメモの存在を公表したからこそ、このように先帝陛下のお言葉を政治的に利用しようと考える輩が出てくるわけなのです。

 先ず肩書こそ遺族会会長の古賀氏ですが、遺族会には大物がたくさんおられます。戦犯のご子息で国会議員経験者など、非常に見識に優れた方がおられます。そのような中で、いくら古賀氏が語ったところで何の影響力もありませんでした。

 しかし、古賀氏は今度は昭和天皇の「思いは重い」とした上で、遺族会として検討すべきと主張しています。しかし、靖国神社側が「神道の信仰上、一度祀った霊の分祀は不可能」としている以上、それを検討してどうなるものでもないでしょう。

 しかし、遺族会もこのような人物を会長にしておくことに内部から批判の声は出ないのだろうか?今度お伺いして訊ねてみることにしたい。利権を漁る古い政治家の代表であり、この際とっとと会長の職など辞して欲しいものだ。

 小沢代表が「昭和天皇の大み心を感じる」などと言うと、思わず「本当なの?」と聞き返したくなる。これまでの政治姿勢の中で、とてもそのような姿勢など感じられないからだ。ただ、小泉批判に利用しているとしか思えない。

 この問題が報道されるようになってから、どうも�爐砲錣�天皇信者�瓩�増加したように思えてならない。もうこれまで左翼思想を振り回していた者まで「天皇陛下の言葉には従わなければならない」と言い始めている。

 「臣民」は天皇陛下の赤子である―という、その日本的世界観を守るなら良いが、その時々の方便で語られたのでは堪ったものではない。私にはどうも�爐砲錣�天皇崇拝者�瓩浪�しく見えて仕方がない。

 今回の日経報道は、天皇陛下の持つ威厳とその卓越した神秘性をまざまざと我々に見せ付けてくれました。インターネットはまさに《憂国の戦場》と化し、日本の正気回復を願う声が澎湃と沸きあがっています。

 18年経った今においても、昭和天皇の存在感を我々に見せてくれました。日本人だけが支え、日本人だけが信じ、日本人だけが理解出来る天皇陛下という存在が、現在においてもなお日本人の魂の中に内在していることを証明してくれたのです。

 さらにそれは「象徴」とか「人間天皇」などといった戦後の歪曲された天皇観が、実は日本人の天皇陛下に対する心情とは裏腹な虚構に過ぎなかったことも明示してくれました。

 にわか天皇崇拝者も結構ですが、その内実こそ理解した上で、更に精進されることを古賀誠、小沢一郎のご両人には望むものであります。単なる口先だけで終らぬように注意されたし。

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Posted by the_radical_right at 16:52 │ mixiチェック │「富田メモ」事件 

日経「捏造報道」その��

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日経「捏造報道」その��

見事なテクニックの裏に隠された嘘

 日本経済新聞社のこの度の捏造報道について、先ずそれを心理学的に考察しましょう。―と言っても私は心理学者ではないが、ジャーナリストとしてこれまで経済事犯や刑事事犯を追及してきた経験の中で述べて行きたい。

 彼らが捏造記事をつくり上げる手法として用いたのが、昨日も紹介した詐術というものである。詐術とは…人を騙す謀(はかりごと)。偽りの狡猾な手段。

 報道内容が偽りであっても、如何に読者を騙し、それを真実と思わせるようにテクニックを駆使してこれを報道するか。ある程度手馴れた人物でなければ出来ない。

 報道機関がこのような詐術手法を用いて読者を騙すことは許されないことではあっても皆無ではない。マスコミとは所詮売文屋に過ぎず、そこに理性や倫理観を求めるのは間違いである。

 詐術で最も重要視されるのは、そのタイトルである。衝撃的な見出しで、それは短かければ短い方が良い。それだけ相手に与えるインパクトが強いからだ。

 私は読売新聞社の社会部記者としては、もうこれ以上の人は今後出ないだろうと云われた最後の事件記者・故三田一夫先生に新聞の作り方を教わった。まだ私が28歳の頃である。

 三田先生が云われるには、新聞は横タイトル、縦タイトル、写真、リード文が全てであり、本文を読まなくともそれで全て読者に伝わることが最高のテクニックというものだ―と教えてくれた。

 この度の日経の一面トップ記事は、まさにそれにピッタリのつくりである。先ず横見出しの一番上が囲みを入れて「A級戦犯 靖国合祀」。横は二段となっており、次が黒地に白のベタ抜きで「昭和天皇が不快感」
 
縦タイトルが「参拝中止 『それが私の心だ』」元宮内庁長官 88年、発言をメモの文字。そしてその手帳と問題のメモ書きの切り出しの写真、それに昭和天皇のお写真。

 新聞に「捏造報道大賞」があれば文句なく決まりだ。それくらい素晴しい出来栄えである。これはとても新米記者がやれる業(わざ)ではなく、ベテラン記者がレイアウトしたものであろう。

 これは政治部の仕事ではない。事件を取り扱う政治部の記者が援軍として加わったのではないか。事件報道は冷静沈着では臨場感が伝わらない。センセーショナルに伝えたかったに違いない。

 なぜ、このようなことから紹介するかと言えば、ここまで演出しなければいけなかった―ということなのです。新聞社が横タイトルを二段ぶち抜き、しかも囲みと黒地ベタに白抜き文字などは、あまり例がありません。

 それだけ念には念を入れなければ心配だったのでしょう。捏造報道である以上、それを暴かれる心配は常につきまとう。その恐れが紙面の構成に顕れている。

 捏造報道の場合、心理的に最大の特徴を挙げるとすれば、何を訊いても答えられない―という特徴があります。そもそもが有りもしない事をつくり上げて報道するわけですから、答えられる訳がない。

 これは経過を説明できないという事にもなります。今回の報道にはそれが随所に表れていますので、それを見ていくことにしましょう。

1.なぜ、手帳にメモ用紙が張り付けてあったのか?

 この点に関しては、最初一枚のメモが張り付けてあった、と書きましたが、それは我々は一枚しか見せられてこなかったからです。しかし、実際にはこのメモには4という数字が上部にあることが判明しました。

2.では、何故そこだけを切り取って紹介したのか?

 本来であれば、このような場合その前文は極めて重要です。なぜならばその文脈によっては、意味合いが異なることも十分に考えられるからです。

3.昭和天皇の「御言葉」とした根拠を何故示さないのか?

 これも重要です。日経は元宮内庁長官が発言をメモしていたとする手帳に張り付けてあったからと書いていますが、それだけで昭和天皇の「御言葉」とするには根拠に乏しいのではないか。

4.広く公開しないのは何故なのか?

 自ら第一級資料と書いているにも関わらず、「張り付けられたメモ」部分だけを公開し、全体を公開しないということは、何らかの不都合があるからではないでしょうか。

5.メモを公開した報道機関としての責務について

 そもそもこのようなメモは公開を前提に存在したわけでなく、それを公開するに当たって報道機関として、それが政治的に利用される可能性を考えなかったのか?

 5つに絞っても、これだけのことが挙げられる。本来であれば、このような事に先ず答えながら、この報道は行なうべきだった。しかし、この最低限のことすら守られていない。

 更に言えば、何故この時期であったのか?

 現在、このメモを巡って日本の新聞社の多くが、これは本物であるとしているようです。であるなら、自らが疑念を抱かせるような報道について、反省もしくは誠意ある回答をすべきでしょう。

 我々が求めているのは詳しい、そして懇切丁寧な説明なのです。それに回答できなければ、それはいくら本物だと言ってもネット利用者の理解を得ることなど出来ないはずです。

 現在レバノン情勢、ASEAN外相会議など大きな国際的事件がありますが、こちらの問題を優先させて続けさせて頂きます。これは日本経済新聞社への公開質問として提出予定の事項です。

 皆さんにおかれましても、どのような質問を望まれるか、メールやコメントでお寄せ下さい。取り上げさせて頂きます。

 昨日はついに応援クリックを頂いた方が8,600人を超えました。この問題をネット上だけの議論に終らせることなく、広く国民大衆へと浸透させるには、どのような方法が考えられるのか。その事もこれからの課題であろうと思います。

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Posted by the_radical_right at 08:00 │ mixiチェック │「富田メモ」事件 

2006年07月25日

詐術手法で捏造された手帳

反撃!元長官メモ事件その��

詐術的手法によって事実は捏造された!

 日本経済新聞社が7月20日の朝刊でスクープした「昭和天皇が不快感」「参拝中止・それが私の心だ」は、これを最大限まで威に利用して、靖国神社を攻撃しようとした朝日新聞社によって、その信憑性に疑問符が投げかけられた。

 何という、皮肉なことであろうか。

 本来はこのスクープ報道を最も悦びご満悦なはずの朝日新聞社が自社発行の週刊『アエラ』で、それを全面否定するような記事を掲載したのだ。

 朝日新聞社も日本経済新聞社も共に報道機関である。一旦活字となって発行された新聞記事や雑誌の記事が、今更マチガイでしたなどと言い訳をすることは許されない。

 誤字、脱字というレベルの話ではない。これはこの「富田メモ」の最も重要な部分であり、まさに根っこの部分である。この根底の部分において両者の報道は全く異なる。

 再度検証して見ましょう。日本経済新聞の7月20日には確かに次のような記事が見られる。

「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」

 これに対して朝日新聞社のアエラの記事は次のように書かれてあった。

「昨年秋ごろ、日経新聞記者が久しぶりにやって来た。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだ事がない『輪ゴムのメモ』を手渡したという。今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」

 これは富田氏の奥様へのインタビュー記事である。これが事実であれば、日経の記者がこのメモ用紙を日記に張り付けたことになる。では、なぜ日経の記者はこのように自ら張り付けておきながら、新聞紙上では「張り付けられてあった」と嘘を書いたのか―?

 これは「富田メモ」が天皇陛下の「御言葉」であることの根拠として、その裏付けにしたいがためである。メモに書かれた「私」は=「天皇陛下」でなければ絶対にいけなかった。

 そこには一点の曇りも許されない。そうしなければ、この報道の意味は全くなさなくなる。そのために全ては仕組まれたと考えられる。単なる走り書きのメモ用紙が輪ゴムをかけられて発見されたとしても、それはあまり価値がないと見なされる。

 先帝陛下の側近であった富田氏が残した40冊〜50冊の手帳の中に張り付けてあったからこそ、それが「天皇陛下の発言を書き留めてあった文書が発見された」(日経紙面)と報道出来たのである。

 これが詐術である。
 …人を騙す謀(はかりごと)。偽りの狡猾な手段。

 次になぜ、このメモが88年(昭和63年)だったのかという理由である。

 これを日経新聞の記事から見ていくことにしましょう。

「この張り付けられた前半部分は天皇誕生日に先立って行なわれた記者会見で、戦争に対する考えを質問されたことへの感想も記されていた」

 つまり記者会見では述べられなかった、天皇陛下の本音がこのメモに記されていたかのように、その印象操作を狙ったものである。

 この報道は捏造である。本来は手帳とメモは別個のものとして存在していた。それをあたかも一体のものであるかのように装って偽ったのである。

 仮に手帳とメモが本物であったとしても、これを事実とは異なる形態を作り出して報道した。これは報道機関としては許されない行為であり、まさに報道機関としての自殺行為に等しい。

 日経新聞はこの「メモが張り付けてあった」というデッチ上げ報道と日付を88年4月28日としたことによって墓穴を掘りつつある。これを専門家の手に委ね、しっかりした検証を行なってから公表すれば、この資料は歴史的にも貴重な資料となり得たかも知れない。

 しかし、今回の汚い手法によって、それは何の価値も見い出せない単なるメモ用紙として、歴史の舞台から消え去る運命を免れない。私が最初にこの「富田メモ」報道で衝撃を受けたのは、「史的事実としての存在」を感じたからだった。

 だが、日経新聞社の恣意的な詐術が加わったことで、その「史的事実の存在価値」は消えた。形だけの天皇陛下の「御言葉」に敬意を抱く者などおるまい。

 我々《極右》は今回の「富田メモ」事件を、先帝陛下が遣わされた不可視の召集令状であると考える。憂国のインターネットは戦場である。我々《極右》は喜んでその戦場へと向かう!

祖国の未来を信じて、靖国の英霊と―子孫らの為に戦う!

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Posted by the_radical_right at 19:56 │ mixiチェック │「富田メモ」事件