2006年07月25日
朝日が捏造を証明か?
反撃!元長官メモ事件その��
メモは「張り付けてあった」のでは
なく、自分達(日本経済新聞社)が
「張り付けた」ことを、朝日新聞社
が証明してくれた―!
現在、ネットでは『富田メモ』の真贋を巡って様々な情報が飛び交っていますが、私は新聞・雑誌などを丹念に読みながら、この真相に少しでも迫ろうと努力しています。
コメントに対して返答も出来ない日々が続いていますが、ご容赦ください。ところで今回、朝日新聞社発行の『AERA』を読んでいると、今回の日本経済新聞社の報道と明らかに矛盾する箇所を発見しました。
もし、このAERAの記事が正しければ、この手帳にメモを�狹修衂佞韻伸瓩里脇�経新聞社の記者ということになります。
まずAERAの記事を紹介しましょう。富田メモを家族が発見した経過を次のように伝えてあります。
「富田氏が03年11月13日に亡くなった後、ベットでふさがれた戸棚の中に、40冊から50冊の日記やメモが残されていたのを妻が見つけた。一部は一周忌の際に故人をしのぶCD‐ROMに収めて知人等に配ったが、戸棚に立ててあった日記帳の上に輪ゴムでまとめて載せてあったメモについて妻は言った」
「『何が書いてあるかわからないから、そのCD‐ROMには入れなかった』
昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだことのない『輪ゴムのメモ』を手渡したという」
「今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」
※ここまでがアエラの記事からの紹介です
これは富田氏の妻の証言である。最も注目すべき箇所は、このメモが手帳とは別個に輪ゴムでまとめてあったと証言していることだ。
どう考えても「先帝陛下」のお言葉を輪ゴムでまとめて載せておくなど信じられない。故富田氏は「臣下」であることを誰よりも自覚していたはずだ。
日記は既に知人等に配られており、そこにはそのような記述はなかった。あればその時点で大騒ぎになっていただろう。
さて、このメモについて日本経済新聞社の7月20日のスクープ記事では次のように書かれてあった。
「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」
このように書かれた後に「私は、或る時に、A級戦犯が合祀され…」と続いたのである。
日経新聞社は輪ゴムでまとめてあったはずのメモを、なぜそこに張り付いていたと報道したのか―。先帝陛下のお言葉が紹介される、その前文の文章だけに気になる。
日本経済新聞社は先ずこの疑惑に
答えなくてはなるまい!
※昨日は7,500人を超える応援クリックがありました。期待の高まりを感じます。現在夜中の2時半です。徹夜で検証作業を続けています。共にこの陰謀を必ずや打ち破りましょう。
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2006年07月24日
「奥野発言」を思い出し、再び闘う気概を高めています
日本変革への願い 第二章
謝罪外交��
現在『富田メモ事件』でネットで突然、藤尾正行元文部大臣や元奥野誠亮(せいすけ)法務大臣の二人の名前が登場しました。私は旧くから活動をしているので、この方々とは面識がありました。
昭和63年5月15日号の機関紙に当時、奥野発言を取り上げていますので、これを紹介してみたいと思います。今更改めて言うまでもなく、この奥野先生の発言は、全くの正論でした。
奥野先生は先の大戦について「侵略戦争ではなかった」と発言したために、これを暴言を吐いたと批判され、マスコミによって一方的に断罪された。
中韓が日本の侵略戦争として批判する戦争については、自存自衛の戦い―、共産主義との戦い―、アジア解放・民族独立を掲げての戦い―という3つの側面がありました。
戦争という国家の利害が相反する行為について、それぞれに言い分が異なるのは当たり前ではないでしょうか。それを一方的に日本だけが悪いなどと考える方が間違いなのです。
中韓が、自分達が被害者の立場であるとして自国民に教えるのは勝手ですが、日本人にまでその通りに子供達に教えろなどと言うのは、ほとんど言いがかりというものでしょう。
ところが、この時代は実はそのような事(中韓の主張)が正論で、現在我々が主張しているようなことは、とんでもないこととして糾弾されていたのです。残念ながら奥野法務大臣も辞めざるを得ませんでした。
奥野発言は全くの正論なのに、それを発言できない。そのような雰囲気が作られていたのです。野党は道徳性や倫理性に欠けるなどと批判していましたが、日本人が敵対した国の倫理に従って、自己批判しなければならない「倫理上」の責任などあるわけないでしょう。
互いに歴史に対する評価が違って、何の不思議があるでしょう。
奥野大臣の率直な一言を、この時も鬼の首でも取ったかのように大騒ぎして、中韓に御注進し、外圧という虎の威を借りて殊更に「問題発言」にでっち上げてしまう。
内憂外患という言葉はありますが、幾ら外に患い事があろうが、内が一致団結して事にあたれば道は自ずから開ける。しかし内憂ばかりは如何ともし難く、それこそ亡国の道に通ずる。
今から約二十年も前のことですが、当時のことを思い出します。この頃は自分達の主張をどのように展開するか、その方法が分からずに迷っていました。当時、今のように自分の主張が展開できるなどとは正直言って思いもよりませんでした。
現在は多くの方々の支援でこのような活動を展開できる事を心より感謝する毎日です。これまでの経験を少しでも生かしながら闘って行きたいと思っています。皆さん共に頑張りましょう。
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ネットVS新聞の様相を呈する『富田メモ事件』
反撃!元長官メモ事件その��
ネットが真相を暴くか!
このキャンペーンも6回目を迎えた―。これまではこの「富田メモ」が本物、つまり先帝陛下が発せられた「肉声」をメモしたものであるとの前提で論じて来ました。
最初にこの記事を見た時に、長い間先帝陛下のお側にあって、その「御言葉」をメモしてきた、その手帳の中に書かれてあるというので、私は大きな衝撃を受け、正直動揺を隠せませんでした。
もし、これが事実であればその「御言葉」については、これを厳粛に受け止めていかなければいけない―、それが私の立場であると書きました。ただし、なぜ今この時期にこのような「御言葉」が唐突に明らかとなったのか?
その背景だけはしっかりと押さえ、先帝陛下の政治的利用に対しては、それを徹底的に阻止していかなければならない。なぜならば、本来メモは公表されるべきものではなかったと思ったからです。
昨日の『報道2001』(フジテレビ系)でも、靖国神社の元宮司さんが、私と同じような文面を寄せておられました。
「厳粛に受け止めたい」というその文章には「臣民は天皇陛下の赤子である」との考えに基づく信念があり、私はそれを今後も貫き通します。
さて、それと同時に、この報道にはある種の胡散臭さが付き纏っていました。それはこの「御言葉」が本当に先帝陛下が話されたものなのか。彼らマスコミは参拝・中止「それが私の心だ」と一斉に報道してきましたが、どうしてもそこに疑問が湧いていました。
一番引っかかっていたのは、「富田メモ」の文面は、そこだけが1枚貼り付けられた状態で、断片的にしかその部分を提示していない事でした。文章であれば流れがあります。メモというものは、その流れを遮断してしまい、メモだけでは本当の御意志は伝わらないのではと考えてきました。
この全体の構図を示さないで、そこだけ強調する報道手法には、何か隠された他の意図があるのではと疑って来ました。そこでこれを「元長官メモ事件」とあえて事件性が感じられるものであるとして、キャンペーンを行って来たところです。
多くの方々から寄せられた情報を整理して、今週中には日本経済新聞社に「公開質問状」を提出します。また報道を追随した各マスメディアについても、同じ「質問状」を出します。これからが本格的な戦いの始まりです。
この「富田メモ」は先帝陛下の「御言葉」ではないとの指摘が相次いでおります。ご紹介頂いた方に感謝します。
http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1715328
http://sarah.iza.ne.jp/blog/entry/17140/
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