2006年07月29日
靖国神社への露骨な政治介入を主張する朝日新聞
「朝日新聞」7月29日
靖国合祀、国主導の原案
「神社が決定」に変更
「事務体系は戦前に準じる」
今朝の朝日新聞一面の約半分をこの問題で埋めてあった。私は今朝は地方にいるので、東京版は知らないが、一体この記事は何が言いたいのか?一回読んだくらいでは理解できない。
ただ、上に紹介したタイトルで、何を言いたがっているかは予測できる。最初は靖国神社の合祀については、国が主導することになっていたが、後に靖国神社が行なうことに変更したということを書きたいのではないか。
二回ほど読み直すと何が言いたいのかが、何となく見えてきた。
靖国神社は戦前は陸海軍省の管轄下にあり、合祀者の決定も陸海軍省が行なっていた。戦後戦没者の靖国神社の合祀については、国が主導して行なうとして、その要綱原案まで用意されていた。
それがGHQの神道指令で靖国神社が一宗教法人となったので、新憲法の政教分離原則に触れる疑いが濃くなったため、神社が決定するようになったという記事である。
これが難解な説明を繰り返しながら紹介されている。しかも、一面だけでは収まらず社会面も半分使って説明している。こちらのタイトルも一面と似ている。
合祀、国が仕切り役
こちらでも「国の管理課から一宗教法人として再出発した靖国神社の合祀事務は『国家プロジェクト』として動き始めた」とある。
一面、社会面の半分を使って、朝日が言いたいことは、靖国神社の戦没者合祀は靖国神社が行なうものではなく、国が行なってきたということなのだ。確かに、旧厚生省が都道府県の協力を得て戦没者の名簿を作成したのは事実だろう。
しかし、この記事には決定的に欠けているものがある。それは靖国神社が持つ独自の宗教観であり、その儀式や教義を全く無視している。
いくら朝日新聞が合祀は国がやったと主張しても、それは名簿を提出しただけのことである。
この朝日新聞社の記事の狙いが何処にあるのか―。それはこれだけミエミエの記事だけに一目瞭然だろう。合祀は国が主導してやったのだから、分祀もできるだろうと主張したいのだ。
国は政教分離を定めた憲法がある以上、介入することは出来ないと言っているが、朝日はそんなことはないだろうと言いたい訳だ。もう滅茶苦茶だ。政治が宗教法人に介入しても良いと、そのお墨付きを与えようとしている。
もう、何でもありの状況となってきました。共産中国の主張する「A級戦犯」分祀に何としても応えたい。その必死なまでのキャンペーンがしつこいほどに繰り返されています。
この靖国神社問題が愛国陣営対売国奴陣営の最終戦争に位置付けられた。この戦いに勝利することこそが、我々≪極右≫に課せられた義務であり、そのために邁進しなければなりません。
靖国神社は単に「戦死者を追悼する所」ではない。我々はこのような欺瞞的イデオロギー攻撃をはね返し、更に一歩前へ出て、積極的に「戦死兵士を顕彰する所」という本来の定義を再認識して、靖国神社の本来の姿を甦らすことになるでしょう。
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朝日が『アエラ』での捏造報道を認めた!
日経「捏造報道」その��
メモは「張り付けてあった」のではなく、自分達(日本経済新聞社)が「張り付けた」ことを、朝日新聞社『アエラ』が証明してくれた!
―と冒頭で紹介した当ブログ『朝日が捏造を証明か』のエントリーを覚えている人も多いのではないでしょうか。
富田氏が03年11月13日に亡くなった後、ベットでふさがれた戸棚の中に、40冊から50冊の日記やメモが残されていたのを妻が見つけた。一部は一周忌の際に故人をしのぶCD‐ROMに収めて知人等に配ったが、戸棚に立ててあった日記帳の上に輪ゴムでまとめて載せてあったメモについて妻は言った
「『何が書いてあるかわからないから、そのCD‐ROMには入れなかった』
昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだことのない『輪ゴムのメモ』を手渡したという」
「今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」
上の文章は朝日新聞社が発行する雑誌『アエラ』の記事でした。
これは「メモは手帳に張り付けてあった 」と書いた日本経済新聞社の記事とは明らかに矛盾しているが、この点について『この国は少し変だ!よ〜めんブログ』さんが、この朝日新聞社のアエラ編集部に電話取材を試みた。その様子がブログで紹介されています。
http://youmenipip.exblog.jp/2929755#2929755_1
朝日新聞は次のように回答した。
A;はいもしもしお電話代わりました。編集のOOです。
俺;だいたい聞かれたと思うのですが、おたくの新聞では天皇メモは手帳に貼り付けてあったと書いてあるのに、AERAには天皇メモは輪ゴムで綴じてあったと書いている。矛盾してますね?
A;えっと、これはですね・・・・
(さあどんな言い訳をするのかな)
実はそれはですね。手帳とメモとが一緒に輪ゴムで綴じてあった、ということなのです。文章が言葉足らずだったのですね
(文章の言葉足らずというスタンスを取ってきたか?!そーくると思ったよ!)
それにしては文章全体が不自然ですね!記事では「戸棚に立ててあった日記帳の上に輪ゴムでまとめて載せてあったメモについて妻は言った」とし、(つまりこの表現なら日記帳とは別にメモ用紙は輪ゴムで綴じてあったことになる)
「日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだことのない『輪ゴムのメモ』を手渡したという」
「今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」とAERAで記してますね。表現方法が間違ったという訳ですか?
A;実際は日記に貼り付けてあったわけなので、そうとしか考えられませんね。
俺:ではあの記事では困りますね!
A;そこまで詳しい事となりますと、日経に聞いてもらわないと私達では何ともいえません!日経からの情報ですので?!
(なんだぁ?)
俺;日経に聞くと「それはAERAの記事だから日経では分からない?!」と言いますし、おたくらは、「日経の情報だから朝日では分からない?! 」というのは何か、責任の擦り合いみたいでが?
A;しかし、ほとんどが日経からの情報ですので・・・・
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私は文書で「公開質問状」を出す予定でいましたが、今回こうも簡単に朝日新聞が自らの「捏造報道」を認めるとは驚きです。しかし、こう答えるしかなかったのでしょう。
メモは「輪ゴムでまとめてあり」、「今回の天皇の発言はこの中にあった」と断定的に書いてあるのに、それを手帳とメモが一緒にまとめてあったと言うのだ。紛らわしいが大切な部分が全く違っている。
これは全くの詭弁を弄した回答だ。なぜなら、故富田氏の妻の証言として次のように紹介していたからだ。
「戸棚に立ててあった日記帳の上に輪ゴムでまとめて載せてあったメモについて妻は言った」
自分達の書いた記事が日経新聞のスクープ記事を否定することになったので、慌てて自分達が間違った記事を掲載したと弁明を始めたのでしょう。
しかし、これは既に想定内のことです。何故ならば、朝日が自らの文章を否定しない限り、この「富田メモ」が張り付けてあったとする手帳は完全に捏造されたものとして証明されてしまうからです。
朝日はそのことに気がついて、このような詭弁を思いついたのでしょう。この詭弁を信じる人は誰もいないでしょう。増々疑惑が深まったということなのではないでしょうか。
『この国は少し変だ!よ〜めんのブログ』様、ご苦労さまでした。
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2006年07月28日
谷垣「小泉批判」に失笑洩れる永田町
自民総裁選スタート その��
谷垣氏の小泉批判に失笑
今朝の新聞各紙の一面トップは「自民総裁選・事実上のスタート」だった。そして谷垣禎一財務相の出馬表明が掲載された。この谷垣という人は財務省の大臣という重職にあるのに存在感が全く薄い。
私の友人などは「あの顔はどう見ても田舎の信用金庫の課長さんの顔だ」と言った。人間年齢を重ねれば、それだけ魅力のある顔になる。谷垣氏は失礼ながら総裁の顔をしていない。
私は谷垣氏について印象に残る事はと言えば、『加藤の乱』と呼ばれた時に、敗北して涙を流さんばかりの加藤紘一氏に対して「あんたが大将なんだから」と励ます姿くらいしかない。
加藤紘一氏の秘書が公共工事に絡む口利き疑惑や巨額の脱税容疑で逮捕され議員を辞職すると、その後加藤派をまかされた。この谷垣氏が重要ポストにつけたのも、小泉首相がかつての盟友の友情に応えたためである。
この人物が政治力や行政能力があって、現在の地位にいるなどと思っている人は少ないはずだ。しかし、そのような運の良さも、その人の能力と思えば、他の人よりは優れているのかも知れない。
しかし、今回の出馬表明に際しての発言には、この人の薄っぺらな人間性を感じたのは私一人ではないでしょう。特に靖国問題を聞かれて、小泉首相を強く批判した事だ。
何を言うのも勝手だが、小泉首相に対してそれだけの思いがあったなら、なぜ潔くスパッと辞職しなかったのか。これまでだって靖国神社問題では明確な答えを避けてきたのに、出馬表明で勇ましく「小泉外交は異常」だの「心の問題では海外では理解されない」などと語っている。
これまでだって自分の思いを言う機会はいくらでもあったはずだ。にもかかわらず、その事を口にしなかったのは、現在の財務相に留まっていたかったからだろう。『富田メモ事件』や福田康夫氏の不出馬を見て、靖国問題を取り上げ反靖国勢力に乗るしたたかな計算もあるだろう。
福田氏が出馬を取りやめたというか、出馬しないと表明したのは、靖国神社参拝や「A級戦犯」分祀問題で国論が分裂することを心配してのことでした。この決断は政治家として立派なもので、尊敬に値するものです。
対して、この谷垣氏の態度は全く政治家としては最低の部類です。自らの支持は数%しかないのに、このはしゃぎようは呆れ果てるより、寒気さえ感じるものです。
そう言えば、谷垣氏は週刊誌で中国訪問時に女性スキャンダルを抱えたと報道されたことがありました。本人は告訴すると息巻いていましたが、その後はどうなったのでしょう。まさかほとぼりが過ぎたから取り下げてはいないでしょうね。
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