2006年08月10日
日本民族としての先覚意識
8・15の世界史的意義 その��
日本民族としての先覚意識
幕末の時代―、祖国は尊皇開国か尊皇攘夷かの激しい対立の中で維新を成し遂げた。この維新によって徳川三百年の長い沈滞の眠りから呼び覚まされた日本人は、急激な西欧化に戸惑いながらも、近代化への道をまっしぐらに進み国力を増大させた。
西欧列強のアジア侵略、植民地化という時代の趨勢に抗して、わが日本国は天皇陛下の下に一つにまとまり、その魔手から免れることが出来た。
やがて日清、日露の戦争に勝利し、東洋の君子国とも呼ばれ、西欧列強の仲間入りを果たした。しかし、西欧列強はそのような日本に対して封じ込め政策を開始した。
特に米国は日本に対する圧力を強め、やがて米国との戦争は不可避の状況へと追いやられていった。満州国への米国の介入と国際世論に訴えた日本批判、ABCD包囲網ラインと称された日本封じ込め戦略の発動などによって、ついに我が国はハワイ真珠湾に対する攻撃によって米国に宣戦布告した。
この戦争開始が不意討ちであり奇襲であるという理由をもって、我が国はこれまで一方的な悪者扱いを受けてきたが、自衛のための戦争開始においては、このような先制攻撃が許されるというのは、今や常識であり米国は9・11から、この先制攻撃を是とする方向を明確に打ち出した。
さて、米国政府は日本の真珠湾攻撃を事前に察知し、それを実行させ、米国の世論を「対日参戦」へ導くために綿密な作戦計画が練られていたことは今や歴史の真実となっている。
つまり、外交努力によって問題を解決するよりは、日本を追いつめ戦争を始めるように仕掛けたのは米国の方であったのだ。ただし、この場合の米国とは米国一般を指すのではなく、ルーズベルト大統領でさえも陰で操る闇の指導者達であったことは言うまでもない。
ここでこの論議には深入りしない。
ブッシュ政権後に米国の闇の勢力と共産中国指導部が結託して、日本に対する敵対的な政策を仕掛けてきた時こそ、我々《極右》は世界の多くの《極右=反ユダヤ勢力》と連帯して戦わねばならないだろう。
話が横道にそれてしまいましたが、先の大戦を日本側が一方的に仕掛けた侵略戦争と言っているのは、特定アジアの中・韓・北の三ヶ国と米国の闇の勢力だけであるという認識を持たなければなりません。
本題に戻ることにします。
先の大戦を我々は三つの側面があったと分析しています。
� 崋�存自衛」の為の戦い
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�6�産主義との戦い
このいずれをとっても世界史的に意義のあるものです。
��の共産主義との戦いは、これまで「反中国講座・歴史編」エントリーの中で詳しく述べさせて頂いております。
これまでの戦争史観の中で、この共産主義との戦いがあまり重要視されてきていません。しかし、これを矮小化してしまうと大きな矛盾に行き着いてしまいます。
アジア解放とは大東亜戦争の崇高なる理念でありますが、中国などからは日本の満州国建国や満州事変は侵略戦争との批判を受けています。これに対していくらアジアの解放や民族の独立を掲げても、当の中国がそれを否定する限り説得力を持ちません。
先日もTVタックル(テレビ朝日)で三宅先生が「中国への戦争は侵略だったが、東南アジアなどでは…」と語っていたようです。やはり同じレベル、つまり大アジア主義では対抗できないと感じました。
日本が中国大陸で戦ったのは大アジア主義でもなんでもなく、国際共産主義の脅威から日本を守る戦争であったと理解すべきです。現に三国軍事同盟も反共同盟として結ばれたものでした。
支那大陸における戦争とは、旧ソ連の南下を食い止め、中国共産党による中国支配、満州侵攻を食い止めるための戦いであった。そう歴史の中に位置づけなければ、本当の意味での戦争の大義は失われてしまうでしょう。
東南アジアやインドなどにおける日本軍の戦いと、支那大陸における戦いを区別して見ないと正しい戦争史観を綴ることは出来ません。この二つの戦いにも世界史的意義はありますが、今回は主に南方における戦いについて、その世界史的意義を求めていきたいと思います。
大東亜戦争の歴史的考察の側面を見た時に、明治維新後の近代日本が宿命的に背負わねばならなかった道が、戦争という手段であったことを認めない訳にはいきません。
左翼や似非平和主義者はこれを日本独自の侵略戦争と規定していますが、当時の世界を見渡せば、このような戦争は珍しいことではなく、当事者間の領土紛争を解決する手段として多用されていたのです。
しかし、私は先の大戦に参加した多くの日本人兵士は、他国を侵略して植民地として、そこから経済的な収奪を目的とした戦争とは考えてはいなかったと思います。
日本人としての国際社会への目覚めと、自らの意志と力量をもってアジアの解放、すなわち西欧列強をアジアから追放するという強い自覚と信念があったと思います。
この日本人の考えと行動、先覚意識こそ、世界史の中に刻み込まれる大きな意義であると考えるものです。
それを我々に伝えるのが靖国神社『遊就館』なのです。
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2006年08月09日
古賀・二階氏が安倍支持表明 の内幕
自民総裁選スタート その��
古賀・二階氏も安倍支持!
総裁選の優位が確定的に
9月の自民党総裁選で、丹羽・古賀派代表の古賀誠・元幹事長と二階派会長の二階俊博経済産業相は、安倍官房長官を支持する意向を固めた。
古賀氏は、安倍氏に近い中川政調会長にこの意向を伝えた。「非安倍」勢力結集の急先鋒と見られていた古賀氏が、安倍氏支持を固めたことで、丹羽・古賀派の大半が安倍氏支持に回る見通しとなった。二階派も一致して安倍氏を支持する方向だ。
これにより、安倍氏は党所属国会議員403人のうち190人前後の支持を固め、優位が確定的になった。
関係者によると、古賀氏は8月初め、中川氏と都内で会談し、「今後3年間は『小沢民主党』との戦いもあり、若い安倍氏をベテラン議員が支える必要がある」と述べ、安倍氏を支持する意向を伝えた。
また、「ベテラン議員にある疑心暗鬼をなくしていきたい」と語り、急激な世代交代に抵抗感を持つベテラン議員と安倍氏との橋渡し役を務める考えも示したという。
一方、親中派の二階氏は当初、安倍氏のアジア外交に懸念を示していたが、古賀・中川両氏と緊密に連絡を取る中で、安倍氏支持を固めた。8日に発表した二階派の政策提言は靖国問題に触れず、アジア外交についても今後、党内で議論するとの表現にとどめた。
中川、古賀、二階の3氏は今月中旬以降に会談し、安倍氏支援を確認する。
一方、丹羽・古賀派の柳沢伯夫・党税制調査会長、太田誠一・元総務庁長官、伊吹派の中川農相ら各派のベテラン議員10人が8日、都内で安倍氏と会談し、安倍氏支持を明確にした。
丹羽・古賀派の柳沢氏らが出席したのは、同派のもう一人の代表である丹羽雄哉・元厚相が安倍氏支持を容認しているためだ。
現時点で安倍氏を支持していると見られる議員の内訳は、森派86人と二階派15人のほぼ全員のほか、丹羽・古賀派48人のうち30人超、無派閥70人のうち30人超、伊吹派32人のうち10人前後が中心。さらに津島、山崎、高村の各派も数人づつが支持を明確にしている。(2006年8月9日 読売新聞)
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8・15 世界史的意義を考える
8・15の世界史的意義 その��
8月15日を「終戦記念日」と呼ぶか「敗戦記念日」と呼ぶか、これは末梢的な解釈に過ぎない。重要なのはこの日の世界史的な意義についてである。
この日を境として、世界の文明史は大きな転換を余儀なくされた。
それは長年にわたる西欧列強のアジア侵略・植民地支配がこの日を境にして崩れ去って行ったからだ。
本来なら非西欧最後の拠点であったはずの日本がこの日打倒され、西欧文明は世界制覇への野望を完成させた記念すべき日であった。
しかし、この勝利の記念日であったはずの、この8月15日を境にして、世界の歴史とりわけアジアの歴史は大きく変貌を遂げたのである。
日本の敗戦からわずか2日後にインドネシアは世界に向けて独立宣言を発した。
インドネシア独立宣言
われわれインドネシア民族は、
ここにインドネシアの独立を宣言する。
権力の移行、その他に関する事項は適当、
かつ迅速に処理される
17・8・05
(有名な話ですが、05とは皇紀2605年のことです)
独立宣言に関わった四人の日本人
前田精海軍少将
吉住留五郎氏新聞記者
三好俊吉郎氏陸軍司令官通訳
西嶋茂忠氏 海軍嘱託
インドネシア側
スカルノ
ハッタス
スバルジョ
その他50人ほどの青年グループが周囲を取り囲む。
※「酒たまねぎや ura ホームページ」より引用しました。
インドは日本の敗戦から2年後、ビルマは3年後に独立を成し遂げました。
フィリピンは日本の侵略で独立が延期されていたと米国は発表していますが、日本が敗戦した昭和20年に独立しました。
また、ベトナムも西欧植民地軍と日本を相手に戦い独立を勝ち取ったとしていますが、それも昭和20年でした。
西欧文明のアジア制覇の夢が潰えた記念すべき日が、日本の終戦記念日なのです。
アジアにおいては多くの国々が、自主的に自らの生存と発展のために尽くし、多くの国々との友好関係の確立に努めています。
ただ共産主義独裁国家だけが、未だに他国の内政に干渉し侵略しようと企てているに過ぎません。
我々は現在のアジアがこの8月15日に運命的に決せられた事実を断じて忘却してはならない。
この日こそ、靖国神社に祀られ、今や「国の鎮守」となられた英霊が、血みどろの参戦によって勝ち取ったものである。
日本の大東亜戦争なくして、西欧の野望が挫折することもなかったし、アジア民族の独立もなかった。
この意義をしっかりと日本人は心に刻め!
そして、靖国の英霊に「後に続く」気構えを示そう。
8月15日― それは我が日本民族が最大の誇りとすべき日なのであります。
《お知らせ》
明日より、8・15日の世界史的意義を考えるシリーズをお届けします。
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