2006年09月27日
「再チャレンジと格差社会」
安倍内閣発足!
このブログで書いてきたように安倍新政権は政策的仲間(石原伸晃、塩崎恭久、根本匠)と思想的同志(中川昭一、高市早苗、下村博文)らの人達を党の三役、内閣、官房や補佐官などの官邸に配置したものとなった。
おそらく安倍総理本人としては100%の布陣であろう。これを可能にしたのは、皮肉にも最大の政敵となる小沢民主党のつまづきであった。小沢一郎氏は検査入院と称しているが、重大な心臓病の兆候である。
声がかすれ顔色がすぐれないのは、心臓病の特徴であり、おそらく医師は緊急入院を勧めたはずだ。本来ならば絶対安静でなければならないのに、無理をしているのは誰の目から見ても明らかだ。
菅直人に連れられて硫黄島で毒ガスを吸わされたなどの冗談を言っている場合ではない。狭心症は生命を落としかねない恐ろしい病気であり、小沢氏の行動にブレーキがかかったことは間違いない。
安倍総理は小泉首相のように強運の持ち主かも知れない。小沢氏の代表質問見送りは民主党にとっては大きなダメージであり、これでは来年夏の参院選を天下分け目としてきた民主党には敗北感さえ漂いかねない。
さて内外共に難問が山積みとなっている政治・経済・外交問題の中で、本日は経済問題を取り上げてみようと思います。安倍内閣の最大の目玉は再チャレンジであるが、果してそれは可能なのか―?
私は経済学者でもないし専門家でもない。しかし、これまで農業からサービス業、公務員からサラリーマン、そして会社経営からフリーのライターまで高校を卒業してから多くの職業を経験しました。
バブル時代はかなりの資産を持ったが、バブル崩壊で全てを失うなど、劇的な人生を積んだ経験もあります。そのような経験上の雑学で申し訳ないが経済問題を論じてみることにします。
格差社会―「勝ち組」と「負け組」
小泉構造改革で格差社会が起きて「勝ち組」と「負け組」が生まれたと野党やマスコミは盛んに喧伝します。また、小泉改革を主導した竹中氏などは不良債権の処理をしたから景気が回復したと主張しました。
私は経済はサイクルであり、放っておいてもある程度は回復したと考えるものです。インフレとデフレは必ずしも時の政権の経済政策によるものではなく、経済という生き物においては半ば宿命的なものである。
格差の拡大については高齢化社会による一人暮らしや終身雇用制度の崩壊による給与体制の変化、それから首都圏などの土地の高騰によってもたらされました。
すべてを小泉政治の失政にするには無理があり、ましてや米国の言いなりになったために引き起こされたというにおいては、とても実情を見ての議論とは思えません。
何故、格差社会は出現したのか?その理由として今日は3つほど挙げてみます。
�‐霾鷁充匆颪療�来とそれに乗り遅れた産業
�∪源差�場の海外移転と国内産業の空洞化
�E垰圓悗僚乎罎斑亙�の衰退
私はこの3つが格差社会の原因であると以前から主張してきました。それを経験上から具体的に指摘しましょう。
私は出版社を経営していました。取引先の製版会社が資金繰りが悪化、これを一時面倒見ていたこともあります。しかし、両社とも数年前に廃業しました。
それは時代の流れに取り残されたからです。インターネットの普及によって、これまでの紙媒体の中小出版社は生き残れなくなったのです。パソコンの普及によって、版下という印刷前の作業をする製版業界は事実上消滅しました。
代わって台頭したのがインターネット配信会社やパソコンソフトの販売会社です。勝ち組として取り上げられる六本木族はそのような人達です。つまり産業革命が起き、新しい産業は勝ち上がり、古い産業は負けたのです。
次に国内の生産工場は安い労働賃金を求めて支那大陸に進出、そこから大量に安価な品物が日本に流入しました。これによってユニクロなどの勝ち組が現われ、国内中小零細の下請け業は倒産に追い込まれました。
水は高いところから低いところに流れますが、資金は低いところから高いところに流れます。首都圏の土地の値上げはそのような当然の資本の論理です。
首都圏や大都市圏には富が集中し、地方には何も投資されない。このことが実は最大の格差を生みました。資金と人口の集中が続く限り格差は広がるばかりです。
どうしたら解決できるのか?
これについても、その対策を3点ほど挙げてみましょう。
�ゝ�制緩和ではなく既得権の放棄を!
��国内製造業の保護と輸入規制を!
��食糧自給率の数値目標を示せ!
既得権益の上に胡坐をかいているのは公務員であり、そのような公務員は左翼勢力の温床ともなっているので、これを放棄させ民間に任せる。
具体的に一つだけ提言すれば、法務局に行かなければ取れない不動産謄本、商業謄本などは街の不動産屋の窓口でも取り扱いを認めるべきである。ネットの普及でそれは可能となった。
謄本を申請する際に買う印紙などの販売権利は、その殆どが労働組合が行なっており、左翼の資金源となる。左翼活動家を減らし資金源を断つことで一石二鳥となる。
国内製造業保護のためには外国に進出している企業に対して、新たな税金を徴収すべきである。彼らが国内産業空洞化の張本人であり、それを拒否するなら輸入を制限すれば良いだけのことである。
地方の衰退は農業の所得低下と将来性への悲観にあることは言うまでもない。農業の振興は食糧自給率の数値目標を設定することで前進する。
安倍新政権「再チャレンジ」が失敗すれば、更なる格差社会の出現となる。勢いを増すのは左翼であり彼らがまた息を吹き返すだろう。
更にいうなら、日本に本当の意味で極右勢力が現れれば、極右こそが「負け組」への浸透を果たすかも知れない。それが現在の西欧社会の姿でもある。
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2006年09月26日
左翼裁判官の正体「難波孝一」
左翼裁判官の正体
東京地裁において左翼・日教組寄りの変考(偏向)判決を言い渡した難波孝一判事について、『2ちゃんねる』をはじめ各サイト、ブログでその左寄りの正体が暴露されつつあるようだ。
どうもこの裁判官は有名な札付き裁判官で、左翼勢力からは「この人物だったら大丈夫」と太鼓判を押されていたようです。
この難波孝一判事が行なった労災関係の判決は必ずといって良いほどに会社側は敗訴している。これまでも以下のような判決があった。
�‘馭塙О貂枷縦垢蓮屮▲好侫.襯塙�事という暑い場所での業務で熱中症になり、不整脈を発症し死亡した」と判断した。
��難波孝一裁判長は「査察による精神的負荷がかかった状況での運搬が原因で死亡した」と認定した。
東京地裁が過労死認める 「消防査察の負担が原因」
会社が保管していた危険物の運搬作業を終えた直後に心筋梗塞(こうそく)で死亡した東京都の顔料メーカー課長=(当時54)=の妻が、労災と認めなかった立川労働基準監督署の処分取り消しを求めた訴訟の判決で、東京地裁は10日、労災と判断して処分を取り消し、遺族補償の支給を認めた。
課長は死亡した日の朝、消防署から危険物の保管状況をその日のうちに査察するという連絡を受け、危険物を会社の倉庫から慌てて運び出していた。査察と死亡との因果関係が争点となり、難波孝一裁判長は「査察による精神的負荷がかかった状況での運搬が原因で死亡した」と認定した。 (共同通信) - 7月10日20時22分
��難波孝一裁判長は判決で「業務によって発病、うつ状態が治らずに自殺した」と指摘。
�,鉢�についてはサイトが表示されていたが、残念ながら削除されてあった。
これらの判決については反対するものではないが、左翼労組の利益を擁護する姿勢を露わにしている点は許せない。
左翼の勝利としては「難波判決」と呼ばれるものがある。
(1)JRの採用基準とされた、停職処分6ヶ月以上の処分歴のある原告(3名)、採用時55歳を超える原告(1名)、地元JRでないJRから採用通知を受けたが辞退をした原告(1名)の計5名の原告の請求を棄却した一方
(2)その余の原告については、国鉄分割・民営化の過程で旧国鉄によって国労組合員であった原告らに対する「採用差別」のあった事実を認定し、原告一人あたり500万円の慰藉料の支払を認めるものであった。
この難波判決に対する評価を、まず明らかにしておく。
(1)この難波判決は、国鉄分割・民営化の過程で存在した国労に対する「採用差別」の事実を明確に認定し、その責任が時効消滅していないと判断した点については、評価出来る。
いずれにしても労働組合には甘い判決を出す人で有名だったようです。ところで一番気になったのは次の書き込みでした。
54 :名無しさん@6周年:2006/09/21(木) 15:16:17 ID:wHzGVE+h0
3人の判事が順番で訴訟を受け持つので、原告側は3通の訴状を出し、 受理されたあとで難波以外の2人が担当になった訴訟は取り下げる。 これで一審勝訴は確実となる。
今回は400人という大人数の原告団だが、これは最初は三つ位に分けてあり、この甘い判決を出しそうな裁判官だけを狙い訴訟を行なったというわけだ。
負けそうな裁判官の場合は取り下げて、後日、訴訟参加すれば良いわけで、そのようなテクニックが使われたと指摘している。
これを確認したわけではないが、十分考えられることだ。左翼は自分達が不利になると裁判官忌避制度を乱発して悪用してきた前科もある。
裁判官忌避制度=訴訟事件に関して、裁判官や裁判所書記官に不公正なことをされる恐れのある場合に、当事者の申し立てにより、その者を事件の職務執行から排除することが出来る。
これを利用して負けそうになったら裁判官を代えてしまうのである。
そういえば極左暴力集団中核派の機関紙『前進』にも次のような紹介記事がありました。
週刊『前進』(2170号2面2)(2004/10/18)
国労鶴見駅事件 解雇撤回の勝利判決 元職復帰をJRに命じる
9月27日、東京地裁民事第36部(難波孝一裁判長)は、国労鶴見駅分会不当労働行為事件で、中労委命令の取り消しを求めるJR東日本の請求を棄却する判決を下した。
この国労完全勝利判決は、解雇撤回を掲げて原則的に闘いぬくことの勝利性と展望を鮮やかに示した。
左翼には抜群の評価を与えられた裁判官のようですね。
池田は単なる拝金主義者
創価学会内部告発文書��
本名「池田太作」は拝金主義者
池田大作(敬称略)の元々の本名は池田太作(たさく)であったらしい。子供の頃は「たいさん」と呼ばれたり、中にはあだ名で「たごさくさん」などと呼ぶ者もいた。そこで具合が悪いということで大作と改名した。
実は池田は若い頃から大物ぶったところがあり、それが大作(だいさく)と改名した理由ではなかったか。池田は自分を大物に見せたくて仕方がない。
だからやたら勲章とか名誉博士号とか、何でも良いからそのようなものを欲しがる。言ってみれば虚飾の固まりのような男で、常に自分が最高位の地位にいないと収まらない性格なのだ。
池田は多くの著書を出版したことになっているが、それは学会の幹部やその道の専門家に依頼して書いたもので、自ら書いたものは一つもない。
哲学者でもないし、文学者でもないし、宗教者でもない。では、どのような肩書が相応しいかと聞かれれば、それは宗教家の衣を被った拝金主義者であろう。
学会員が有り難がって購入する彼の著書の売上の多くが個人の収入に入る。であるから池田は次々と自らが著者とする本を出し続けてきたに過ぎない。
例えば、あの有名な『人間革命』だって東西書院取締役・故篠原善太郎氏の作品であり、『仏法と宇宙を語る』は志村栄一氏(潮出版社)、『私の人生観』=桐村泰次氏、『法華経を語る』=野崎至亮氏と初期の殆どの作品は池田自身が書いたものではない。
識者との雑誌や新聞における対談記事においても、その会話は殆どが事前に打ち合わせによって決められたもので、後日編集されて書かれたものである。
この他にもあまたあるが厚顔無恥な行ないとは、まさに池田大作のためにあるような言葉であろう。彼の素性とはおよそこれらの本に書かれた姿とは似ても似つかぬものである。
小説『人間革命』こそは池田大作を普通の人から、カリスマを持った独裁者に仕立てた本であるが、これは発刊当時、池田門下生の福島源次郎氏などによって“現代の御書”などと言いふらされたからであった。
<続く>
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「池田太作を告発する」という題の内部告発の文章だけに、池田大作に対する過激な攻撃の言葉には驚くが、もうそれだけ内部においては独裁者に対する怒りが充満しているという事なのだろう。
全ては長男の会長就任を巡って全力学は動いており、反池田勢力としては、それが積年の恨みを晴らす時であるのかも知れない。その時までは水面下で静かに進行し、その時になれば一挙に浮上することになろう。
さて、後に池田大作から学会を追放されることになった福島源次郎なる人物であるが、以前にも紹介した私が『国民ジャーナル』という新聞に書いた「創価学会研究」の中で次のように紹介していた。昭和53年10月の頃である。
←これが当時のレポート。池田大作も若かった。
「福島源次郎(副会長)などは池田本仏論を唱えている。中共で言えば毛沢東の神格化を図り、その後の権力を狙った林彪のような存在でもある。青木亨(副会長)などはさしずめ池田に楯突く日蓮正宗の僧や学会幹部を査問と称して抹殺する汪東興か…」
※汪東興とは毛沢東警護の最高責任者
今回ネットで「福島源次郎」と入れて検索したら、次のような創価学会サイドの書き込みを見つけました。
「森田理事長は証言する。
「よく北条会長が福島のことを『林彪(りんぴょう)、林彪』というあだ名で呼んでいた。毛沢東を裏切った林彪のように、必ず彼もいつか学会の恩を仇で返すことになるだろう、と言っていた。法華講から来て、名誉会長のおかげで副会長にしてもらって、本当に大事にしてもらったが、前の宗門問題があった時、たびたび問題発言をして名誉会長はじめ、皆に迷惑をかけ、辞めなければならなくなった。何とか時が来たら、と思っていたら、自分から去り、やはり裏切った」
自分の記事の正確さに改めて驚きました。20年以上も前になるが思わず納得した次第です。崩壊必至の池田独裁体制の最後を見届けるまで更に追及を続けます。
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