2006年09月14日

北朝鮮・コメ利権で暗躍

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シリーズ・加藤紘一研究 ��

検証共和・リクルート、巨額脱税事件!

私設秘書と裏社会! 北朝鮮の利権と闇!

北朝鮮コメ利権で一挙両得を狙う

 もうこの人の顔は見たくないと思う人も多いでしょう。しかし、この人物だけは許せない。何故ならば、加藤紘一氏(後は敬称略します)は、自らは利権を漁る政治家とは無縁な存在であるかのような顔をして、その実、北朝鮮の利権を巡って暗躍していたからです。

 なぜ、このことをマスコミは報道しなかったのでしょうか。野中広務と加藤紘一、この二人こそが北朝鮮利権の核心を握る政治家なのです。そして、もう一つこの二人には共通点があります。

 それは村山富市政権を名実共に支えたという点ですが、これにもう一人、亀井静香を加えることも出来ます。村山政権は日本という国家に対して、とてつもない損害を与えてしまいました。

 『村山談話』と云われる先の大戦を侵略戦争であると内外に宣した閣議決定ですが、これは以後の内閣にとっては足枷となってしまいました。安倍官房長官もこれを引き継ぐとしています。

 戦後レジームからの脱却を唱えるのであれば、この村山談話に囚われるべきではありませんが、残念ながら現在の状況ではこれを踏襲せざるを得ないでしょう。

 これは全く不幸なことであり<負の遺産>を払拭するには、この村山談話は勿論のこと、この村山政権そのものを再検証して糾弾していかねばと思います。その意味からも、彼等(加藤−野中)の正体をここで暴いていかねばと考えるものです。

 加藤は1972年の総選挙で初当選を果たすまで外務省中国課主席事務官をしていた関係で、中国については専門家ではあったが、北朝鮮についてはズブの素人に過ぎなかった。

 中国には何度も行ってはいたが、北朝鮮には一度も行ったことがなかった。それまで防衛庁長官、官房長官という役職を歴任していたが、関心を示したことはなかった。

 しかし、村山政権が誕生して、自民党の政務調査会長になるや俄然北朝鮮に対する関心を示すようになったと永田町の情報通は指摘した。

 この頃の加藤紘一の狙いを、ある元外交官は次のように分析した。

「彼はこの頃から将来の総理を意識していた。そして自分が歴史に残る政治的な実績をあげるために、何をなそうかと考えた時に、彼の頭に浮かんだのが北朝鮮であったのでしょう」

「社会党の支持を取りつける意味からも、北朝鮮とのパイプは加藤にとっては絶対であった。特に村山連立政権の時代にそれを果たしたいというのが加藤の野望でもあったと思います」

 中国政府高官との人脈を持っていた加藤は、その筋から様々なルートを以って北朝鮮と接触を図るようになる。統一教会ルート(朴啓充女史)、帰化朝鮮人実業家ルート(吉田猛新日本産業社長)、今村富也(マスコミ情報研究会事務局長)ルート。

 この今村氏は金正日の義理の弟である張成沢労働党組織第一副部長及び崔龍海・金日成社会主義青年同盟委員長と直結していた。北朝鮮人脈を売りに複数の政治家と親しくしており、小沢一郎などとも懇意であった。

 加藤が北朝鮮との国交交渉再開の小道具に使おうとしたのがコメであった。加藤の出身地の庄内地方は日本でも有数のコメ作地帯でもある。

 加藤は当選10回(当時)のキャリアがありながら大蔵、外務、通産、建設、農林などの主要な閣僚経験がなかった。不思議と言えば不思議なことだったが、これには理由があった。

 加藤は大臣よりは党の役員をより重視していた。これは政界と一般社会では常識というか価値観がまるで違う。自民党においては大臣になるよりは、党の要職の方がはるかに力を持っているのだ。

 加藤が特にこだわったのは、「農林部会長」「自民党総合農政調査会長」などのコメに関するものだった。これらはコメの買い入れ価格や補助金を決めるにあたって影響力を発揮した。

 今回の谷垣財務相の総裁戦出馬における予想得票でも、谷垣氏の地元京都市よりも、推薦人に名を連ねた加藤紘一の地盤である山形県の方が票は多いと見られている。

 それは加藤が長年に渡って、このように自民党の農政族として力を持って来たからに他ならない。この自らの立場を有利に使いこなせるのが、余剰米250万�鼎遼鳴�鮮への無償援助であった。

 加藤は余剰米の処分と北朝鮮利権、更には国交正常化という一挙両得を目指すことによって、より将来への足固めをしようと企てたのである。

 この当時、1993年の凶作において日本政府は緊急輸入したタイから30万�邸�中国から50万�鼎離灰瓩�余ってしまった。翌年は大豊作でそれは倉庫に眠ったままであった。

(続く)

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2006年08月28日

加藤氏、放火事件と投石事件の奇妙な符合

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検証共和・リクルート、巨額脱税事件!

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 先ずは朝日新聞社の電波男こと若宮啓文(論説主幹)の今日の朝日新聞の記事から始めることにしましょう。『風考計』という署名入りの記事の中で、加藤紘一氏宅への放火事件について述べている。

「加藤氏は近年、靖国神社のありようを鋭く批判してきた。日中関係の大切さを唱え、小泉首相の参拝にも反対の論を張ってきた。新たな国立追悼施設の建設を提唱した議員たちの中心メンバーでもある」

「それが、よりによって8月15日に火を放たれたのだ。一連の言動に向けられたテロというしかない。その後も党内にアジア重視の研究会を作るなど、くじけぬ姿勢を見せる加藤氏だが・・・・・・」

 確かに若宮氏の言う「一連の言動に向けられたテロというしかない」との考えには異論はない。しかし、当の加藤紘一氏はどうなのであろうか?

 彼はこの放火事件後、警察が右翼団体の構成員であるとして、その東京の事務所を家宅捜索しているにも係わらず「精神が不安定な状態にあった方かも知れず、ここで私があれこれ言うべきではない」と、この犯人が思想的背景から放火したということを認めていない。

 多くの国民が朝日新聞社の若宮氏と同じように考えているのに、このご本人の慎重な対応は不思議である。確かに犯人は口に火傷を負い、話が出来ないのであれば、推論で語るのは間違いかも知れない。

 加藤氏はあくまでも自分の靖国発言や中国寄りの姿勢に対して引き起こされた政治的テロとは認めたくないのかも知れない。だからこそ、このような右翼の政治テロとは戦うという言葉は聞かれない。

 そこで若宮主幹は「右翼のテロと戦わなくてよいのだろうか」とボルテージをあげる。
 「こうして靖国参拝について、異議を唱えにくい空気ができていく。それがテロの狙いなのだ」となる。

 これは少々オーバー過ぎるのではないか。確かに「小泉首相にせよ、内閣スポークスマンの安倍官房長官にせよ、事件に憤る言葉も、取締りを強化する言葉も、国民に向けて一言も発しなかった」

 そう批判して次のような事実も明らかにしている。

「あれから、10日余、加藤氏のもとに見舞いや激励の言葉は来ないというからから驚きだ」

 若宮主幹は小泉首相や安倍官房長官が「放火へ沈黙」したから、「加藤紘一氏に見舞いや激励の言葉がない」としているが、これは違うでしょう。加藤氏が右翼の政治テロを糾弾しても、自分に同情が集まらないと先刻承知なので、加藤氏は多くを語らないだけだろう。

私は加藤氏の地元における取材で

興味ある事件の記録を見つけた―!

 2000年頃にポスト森首相の最右翼と目されていた頃のことだ。加藤紘一氏の実家に石が投げつけられ、窓ガラスが割られる事件が起きていた。

 この事件は平成12年9月7日午前1時50分から同3時半にかけて発生した。事件は3ヶ所で起きた。一つは鶴岡市大東町の加藤紘一後援会事務所(精三会館)と棟続きの加藤代議士の実家。

 街路に面した2階建ての会館では、東側の玄関サッシ戸と南側1、2階のガラス合せて9枚、同じく母屋の南側の玄関ガラス戸と1、2階の窓ガラス8枚の計17枚が割られた。

 後の2ヶ所は当時の鶴岡市長の自宅と自民党の『鶴岡自由会館』であった。この会館の駐車場の車が破壊されたが、これは普段は加藤紘一事務所に止めてあったものだった。単なる悪戯ではなく、政治的な意図がある「器物損壊事件」として捜査された。

 そして、それから4日後にある人物が鶴岡署に出頭し「私が、加藤代議士の家と市長宅に石を投げました」と犯行を告げたのである。この自供に基づいてこの男は逮捕された。

 事件については大きく報道されており、その背景に市民は関心を持っていた。当時、石が投げつけられた3日前には鶴岡市立新庄内病院の入札があり、その入札をめぐって政治家の利権の噂が流れていた。

 当然のことながら、その入札に絡む利権が、この事件の背景にはあると誰しもが思ったのである。ところがである―。この男は意外にも「不起訴処分」となって釈放された。

 支離滅裂なことを言うので精神鑑定を受けさせたら、この男は心神喪失で精神が不安定で、責任能力がないと判断されたのである。しかし、当時地元でこれをまともに信じる人は少なかった。

 公共工事に絡む利権とその背後にある犯罪性を暴かれるのを恐れた被害者側(或いは落札会社)が、犯人とその背後で動いた勢力と闇取引をして、事件を精神病患者によるものと処理することで決着を図ったとの噂が流れたのである。

 果して、その出頭した男が犯人だったのか―。6年も前のことで真相は分からない。単なる噂に過ぎないし証拠もない。しかし、どうも今回、加藤紘一先生が犯人を「精神が不安定な人ではないか…」と言っていることと奇妙に符合する。私にはこちらの方が気になるし、余程不気味であると思った。

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2006年08月25日

チャイナスクールと加藤紘一

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検証共和・リクルート、巨額脱税事件!

私設秘書と裏社会! 北朝鮮の利権と闇!

 自民党の加藤紘一、山崎拓両氏らは24日に「アジア外交ビジョン研究会」(以後・アジア外交研と称す)の発起人会を開催した。安倍氏の外交に批判的な勢力の結集を目指すとしている。

 谷垣派や山崎派から21人が出席、会長に加藤氏、顧問に山崎氏、会長代理に船田氏(津島派事務総長)らが就き、「最優先課題として対中、対韓外交の改善」を趣意書とすることを確認した。

 会長に就任した加藤氏は記者団に「外交、歴史問題では(安倍氏との)対立軸となる」と述べた。      (産経新聞より引用)

 かつては自民党のプリンスとまで言われた男が、たった21人の集団の頭目では、その力の衰えは如何ともし難い所だろう。しかし、裏には共産支那と左派反日ノムヒョンが控えているだけに油断はならない。

 かつての土下座外交・謝罪外交の復活を目指す学習会となる訳だが、この会合には読売新聞グループ本社の渡辺恒雄会長が講師として招かれ、マスコミをシャットアウトして講演したというから余計に腹立たしくなってきた。

 さてこのような加藤紘一(敬称略)ですが、いくら小人数でも共産支那と「反日マスコミ」が味方についているので、今後の動向には注意をしていかなければなりません。

 今日は先ず彼の政治思想の発祥とも云える外務省のチャイナスクールについて、考えて行くことにしましょう。

 チャイナ・スクールとは、日本の外務省において中国語を研修した、中国関連のキャリアを経験した外交官を指す。転じて外務省や政界で中国重視の立場に立つ人々を指す用語としても用いられている。 (ちなみに「スクール(school)」というのは実際にそのような学校があったということではなく、「派閥」を意味する)

 親中派としての「チャイナ・スクール」は、外務省内で一定の勢力を有しているとされ、批判の対象となっている。加藤紘一(外交官時代香港副領事、外務省アジア局中国課次席事務官を経験)
 外交問題における「日米中正三角」論(日本は安全保障について米中双方と同程度のコミットメントを持つべき、との趣旨)を持論とする。また、歴史認識問題についても中国に対して親和的な発言をしばしば行なっている。
 「チャイナ・スクール」は、安全保障問題や近年日中間で加熱している歴史認識問題について、親中的な言動・行動を行なう傾向があるとされる。 また、同国が抱える法輪功などの民間団体、チベット、東トルキスタン地域に対する人権抑圧などの問題に静観の立場をとる、あるいは問題を提起しようという動きに対して圧力を加える立場をとっているとされる。

 一例としては、ODA(政府開発援助)供与の問題があげられる。 天安門事件時、欧米を中心とした世界中の国々が中国に制裁を発動し、日本もそれに倣い対中ODAを中止した。しかし、加藤紘一は「世界中から批判を受けている中国に今日本が恩を売っておけば、中国は日本に感謝してくれる」として制裁解除に尽力した。未だその成果が表れるどころか却って増徴する傾向が靖国・教科書問題から顕在化していることが見て取れる。

 また、近年軍備の近代化を推進し、日本近海を含む太平洋地域への海洋進出を活発化している中国に対して、日本国内では警戒感が高まると共に、対中ODAの中止が論じられるようになったが、チャイナ・スクールは基本的に反対の立場である。

 日本国民の対中感情も悪化していることなどを反映してか、小泉純一郎政権になってからはチャイナ・スクールの影響力は徐々に削がれているとされる。

 批判を受けて次期中国大使にはチャイナ・スクール以外の人物の就任が予定されていたが、結局チャイナ・スクール出身の宮本雄二沖縄担当大使が就任することになった。

 上は出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』より引用

 彼がチャイナスクールを事実上代表する政治家として、共産支那に対する様々な援助を与え続けて来た。例えばODAで3・5兆円。世界銀行を通じた資金も3・5兆円。これまで7兆円もの資金が共産支那に注ぎ込まれてきた。その最も熱心なる政治家が彼・加藤紘一であったのだ。

 また、加藤紘一は支那だけではなく、外務省のあらゆる利権に介入していた。ネットで検索していたら次のような文章を目にしました。外務省ノンキャリア佐藤優氏の「国家の罠」を批評した、松浦淳さんという方のブログの中にありました。

 「たとえば、加藤紘一がどんなことをしていたか、この本の中にこんな一節がある。」

『渡辺正人ロシア支援室長から、次のような照会の電話がかかってきたのである。「色丹島の入札案件を巡って、伊藤忠の意を受けて加藤紘一衆議院議員の秘書佐藤三郎氏が動いており、西村六善欧亜局長が加藤事務所と軋轢が生じることを気にしているが、佐藤三郎氏の影響力はどの程度か」』(P201)

 佐藤三郎とは、逮捕されて消えたあの秘書のことである。佐藤三郎がやっていたことを、加藤紘一は「知らない」では済まされないだろう。こうして、加藤紘一は「財界の手下」として政府資金による援助施策に割り込み、そこから甘い汁を得ていたのかもしれないという推測が成り立つ。議員辞職をしていたころ、コロンビア大学で講義をしていた加藤紘一のもとに、「人目をはばかって?」多くの日本の財界人が面談に来たというのも、こうして、中国やロシアへの投資や儲け話に、加藤が「一枚噛んでくれる」からなのだろう。
 加藤の娘はTBSに就職している。
 そのTBSの昨日の番組、『サンデーモーニング』に登場していたのが――登場して、相も変わらずリベラル・親中派の愚かしさを見せてくれていたのが――寺島実郎である。この男は三井物産戦略研究所所長だが、岩波書店からも多くの本を出している。三井物産といえば、この佐藤優の本の中のメイン事件・色丹島ディーゼル発電機汚職を犯した会社である。三井物産がどのような手を使って日本政府による海外援助から利益を得ようとしていたか、醜悪な話もこの本には載っている。

 『その数日後、読売新聞が一面トップで島嵜氏が政府開発援助(ODA)絡みでモンゴル政府高官に賄賂を渡した事案を東京地検特捜部が外国公務員に対する贈賄の初ケースとして摘発するとの記事がでていた。更にその数日後、今度は朝日新聞がこの事案については東京地検が摘発を見送ったとの記事を掲げた。この辺の経緯についても私は率直に西村氏に尋ねてみた。

 「西村さん、『島嵜君大活躍の巻』はその後どうなったの。読売が外国公務員に対する贈賄の第一号として摘発すると書いたのを数日後に朝日が打ち消すなんて異常じゃないかい。検察内部で捜査方針を巡って綱引きがあり、読売、朝日を使って代理戦争になっているんじゃないかい」
 「そんなことはないよ。三井は相当のことをやっているんだぜ。モンゴル高官をソープランドで接待した際のお小遣い帳まで出てきた。僕たちとしては事件にしたいと思っていた。島嵜は最初は頑強で、前島君との面識すら否定していたよ。しかし、一旦認めてからは、どんどんしゃべり、まさに『島嵜君大活躍の巻』だった。その中でモンゴルの話も出てきたんだ。自供もきちんととれている。外国公務員への贈賄に関するこの法律が、法実務的観点から欠陥があることと、このニュースが表に出て、三井物産の清水社長が引責辞職したので、うち(検察)の上の方には『もうこれでいいじゃないか』という感じもあって、ああいう幕引きになったんだよ」』(P343〜)

 いかに加藤紘一が支那の利益や一企業の利益のために暗躍していたかが伺われる内容だ。また、三井物産戦略研究所代表の寺島実郎氏なども相当怪しい人脈のようだ。

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 地元からの告発!��

 2000年6月25日投票の衆議院選挙において、加藤紘一は地元で131,181票という空前の大勝利を飾った。これがどれだけ凄いことかといえば、当日有権者の51%、投票者の実に71%の選挙民が加藤紘一と書いたのである。

 当然ながら現在選挙民にこの熱気はない。「総理大臣に最も近い男」と自らも、そして側近も吹聴して歩いたその選挙の面影は全くといって良いほどに消えていた。

 実はこの時、忙しく全国を飛びまわって歩く本人に代わって選挙区を歩いたのは加藤夫人の愛子さんだった。彼女はその選挙の前年、自らの名前の一文字を冠した『愛鶴会』を結成し、自ら会長となってまで選挙を取り仕切った。

 この選挙区における大量得票での圧勝は、彼を政治家として飛躍させるのではなく、中央政界での思い上がりと、地元においては佐藤三郎という得体の知れない私設秘書による猛烈なまでの公共工事の利権漁りへと動き出していったのです。           (続く)

  
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2006年08月24日

検察の国策捜査の行方

検察の国策捜査が本格化!

政財界に浸透する朝鮮総連「在日ネットワーク」

同和「部落解放」・ヤクザ・警察までもが汚染

 ライブドアの堀江や村上ファンドの村上を退治した“正義の検察”だが、今、巨大な悪との対決に向け、盆休みも返上して異例の捜査体制で臨んでいる。この戦いに負けたら日本はそれこそ奈落の底へと堕ちてしまう。

 その巨魁とは日本社会の中枢部にまで深く浸透した朝鮮総連、在日ネットワークである。日本がいかにこれらの勢力の浸透を許してしまったか、それはまさに国家の危機と言って良いだろう。

 先ず、7月18日のブログを見ていない方は、それから読んで頂きたい。
http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50955701.html

 三重県の中堅ゼネコンの水谷建設の政界工作、多額脱税事件の摘発であるが、これは一企業に向けられた捜査ではない。この背景には北朝鮮利権を巡る人脈が背景にある。

 それをあぶり出し摘発して、彼らの力を日本の政界・経済界から追放できるかの戦いなのである。ヤクザ、部落解放そして警察にまで浸透している朝鮮総連、在日ネットワークとの戦いでもあるのです。

 鈴木宗男氏の逮捕に絡んで、外務省のノンキャリアであった佐藤優氏が逮捕され、彼はその経験から検察による国策捜査を遡上にあげた『国家の罠』という本を出版した。

 この検察の国策捜査というのは、「時代のけじめ」として必要であり、それは官邸筋によって描かれたものであると佐藤氏は批判した。確かにそのような面もあるのかも知れない。

 しかし、今行なわれている捜査は国家の危機を感じ取った検察官僚機構が一体となって進める�犢餡箸琉媚岫�としての発動に他ならない。これを感じ取ったからこそ、古賀誠と二階俊博の両氏は政治姿勢の転換に踏み切ったとも考えられる。

ぬばたまの闇に包まれた数々の疑惑

 水谷建設事件の最大の舞台は福島県である。ここは政治的には故斉藤邦吉自民党幹事長や故伊藤正義自民党官房長官を生んだ保守本流『宏池会』の地盤がある。

 現在の佐藤栄左久福島県知事も宏池会出身であり、政界ではお隣の山形県の加藤紘一と盟友でもある。この福島県下の公共工事に水谷建設は深く介入、大手ゼネコンに発注された工事の下請けをほぼ独占していた。

 水谷建設が裏金を作った土地転がしの最初の摘発地となったのは、福島県いわき市の山林であったが、この土地を買い占めていたのが『�蠅修Δ錙戮箸いΣ饉劼任△辰拭�

 この会社の故蛭田社長はこのいわき市出身者であったが、この人物を有名にしたのは創価学会・池田大作氏との側近という関係であった。豊富な資金で東京電力の原発周辺を買い占めていて話題となった。

 ここで一連の疑惑を箇条書きで示そう。

●水谷建設の一連の捜査で家宅捜査を受けた東京都内の建設会社(水谷の下請け)は亀井静香氏の関連会社である。

●亀井氏はパチンコ業界を取り仕切り、警察と朝鮮総連を橋渡しして警察内部における「在日ネットワーク」を完成させた。

●元衆議院議員・野中広務氏の秘書であった加藤芳輝氏は、北朝鮮に対する古米輸出などの北朝鮮利権に深く係わっているが、現在行方不明。

●加藤紘一の私設秘書であった佐藤三郎も北朝鮮利権に関連していた。闇の世界にも精通、芸能プロダクション社長から2億円で賭博事件の揉み消しを依頼され、それを脱税したとして逮捕された。

●水谷建設、前田建設などは怪しげなNGO法人と北朝鮮を訪問、このレインボーブリッジに2億円以上が渡されていた。また、大成建設などの大手ゼネコンも北朝鮮を密かに訪問していた。

 東京地検特捜部は22日、法人税の脱税で水谷建設社長を起訴したが、同社が脱税して捻出した巨額な資金は山口組と住吉会の二大暴力団に渡っていた。それは判明しただけで5億円以上にもなる。

 地検が壊滅を目指しているのは、政財界や裏社会、そして警察にまで及ぶ「在日利権ルート」である。どこまで斬り込めるのか?今、国策捜査は国家の命運を賭けて行なわれている。

 予告!加藤紘一、地元からの告発

※昨日、加藤紘一の地元である鶴岡市において、これまで加藤紘一を追及してきたジャーナリスト・田村茂廣(東北出版社長)氏と、当方の関係者がお会いできました。明日より、頂いた資料に基づき地元からの告発をシリーズでお届けします。

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2006年08月22日

加藤紘一研究 ��

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シリーズ・加藤紘一研究 ��

検証共和・リクルート、巨額脱税事件!

私設秘書と裏社会! 北朝鮮の利権と闇!

 加藤紘一元自民党幹事長のこれまでの政治家としての経歴は華々しいものがあった。最近は各テレビ局に出演しては小泉首相や安倍官房長官に対する批判を強めている。
(以降加藤氏の敬称を略します)

 一部ではもう終わった政治家という見解もあるが、それは正しくない。何故ならば、今後の東アジアの情勢を考えれば、加藤紘一が自ら掲げる反米護憲という政治スローガンの下に<左右>の反米勢力が結集する軸として祭り上げられる可能性もあるからだ。

 共産中国は東アジアにおける覇権の交替を米国に迫るだろうが、米国もそう簡単にはこのヘゲモニーの争奪戦から降りることは考えられず、米中対立という将来予想される東アジア情勢の中で、共産中国に祖国を売り渡そうとする政治家の息の根を止めねばならない。

 その意味からこの政治家に対する徹底的な批判、政治的影響力を排除する運動を中央政界は勿論のこと、加藤紘一の地元でもある山形県においても行なわなければならない。 

 この加藤紘一とその周辺の闇の部分を徹底的に浮かび上がらせることによって、利権屋という顔を隠したエリートの姿を国民の前に暴き出し、加藤紘一が民主主義の守護者のような扱いを受けることのないように警鐘を鳴らしたい。

 それでは先ず加藤紘一とはどのような人物なのか?その人物評をネットで書いている人がいたので、それを今日は紹介することにしましょう。

 太田述正という方のHPがある。この太田さんは東大法学部から防衛庁に進んだ異色の経歴の持ち主である。30年間防衛庁に勤務、2001年の参院選挙に民主党から出馬したが落選している。

 この太田述正氏が2002年4月に書いた記事の中に次のような文章があった。

 (2)ケーススタディー・・・加藤紘一

 私は、拙著「防衛庁再生宣言」(2001年6月)の中で次のように書きました。
「昨年、自民党内で「反乱」を試み、一転悲劇(喜劇?)の人となった加藤紘一氏こそ、宮澤氏の愛弟子であり、保守本流のなれの果てを象徴する人物である。評論家の屋山太郎氏は、「加藤さんの周囲から聞こえてくるのは鉄鋼加工メーカー『共和』から金が流れたという話や北朝鮮のコメの利権に絡んでいるといった利権の話ばかり。

あるいは山形県内の建設業を仕切って、“山形の金丸信”と呼ばれているとかね。要するに加藤紘一は斡旋利得を政治と心得ている。少なくともそれを保守本流だと思い込んでいる」と言っているが、このことは、山形県を管内に抱える仙台防衛施設局の局長であった私が、職務上実感したことだ。

 加藤氏が、防衛庁長官として初入閣した1984年(すでに宏池会のプリンスと言われていたが)、年末の防衛庁キャリアの会に出席して次のように挨拶した。「防衛庁長官にという話がきたとき、なんで自分が防衛庁長官なんぞにならなきゃいかんのかとがっかりした。しかし、ヨーロッパでは、国防大臣になるのは一流政治家への登竜門だ。とすれば、防衛庁長官を経験することも、悪くないかもしれないと思い直した。それにしても、皆さんは、よくもまあこんなところで一生勤めておられますね」と。

 このような志の低さ、政治の矮小化(=ハイポリティックスの放棄)が、政治家をして利益誘導・斡旋利得に勤しませ、政権政党たる自民党を中心とした政治の構造的腐敗をもたらしたのである。このことこそが、自民党と結びついた既得権益グループを通じて日本の社会全体を腐食させ、現在の日本の長期にわたる閉塞状況をもたらしているといえよう。

 この文章を読まれて皆さんはどのように思われたでしょう。まさに加藤紘一という人間性が垣間見れるのではないか。この太田氏は多分このような加藤氏が許せないと思い政治家を志したのかも知れない。

※山形県酒田市に加藤紘一を追い続けてきた地元ミニコミ紙の発行人がいることが分かりました。明日、当方の関係者が会うことが出来そうです。皆様の情報提供を求めます。よろしくお願いします。

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