2005年11月28日

極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる大論争  (31)

f60ae5a6.jpeg

4 名前:!WU? 投稿日:2000/02/18(金)05:34
 日本文明を一個の文明と考える流派は、アーノルド・トインビーなんかもそうだったよね。
 私はハンチントンは徒にイスラムへの敵対心を煽っているだけのように感じて、あまり好意は持っていないのですが、その辺りどうだろう?
 トインビーの方は大好きなんですが。

5 名前:これって 投稿日:2000/02/18(金)20:37
 イスラムを一纏めに括っているけど、その内部の対立まで触れていたらね、他の文明にしても簡単に分けてる印象があって、個人的には説得力感じないですな。

6 名前:私は 投稿日:2000/02/19(土)00:11
>4、5
 ハンチントンは、「アメリカは他文明の紛争に介入するな」ということをこの本の中で言っています。
 原理主義は、イスラムの一部でしかありません。
 ハンチントンは一部イスラム勢力の好戦性について語っていますが、これは人口の急増が大きな要因で、増加率が低下すると大人しくなると見ているようです。
 そう言えば、日本も人口が急増している時代には、好戦的でした。この人口と国際政治との関連の分析一つとってみてもハンチントンには教えられました。念のために言うと、人口が多産になると人一人の命の価値が低くなるのですね。自爆テロとか人海戦術とか。
 ハンチントンにはイスラムに対する敵視はまったくありませんし、内部対立にまで触れていたように記憶しています。冷静な見方を教えてくれて、個人的には説得力を感じました。

8 名前:三郎 投稿日:2000/02/19(土)01:24
 私は、この前のミレニアム(千年紀)は「文明の衝突」のミレニアムだったと思います。
 しかし、いま始まったばかりの新しいミレニアムは「諸文明の融合」のミレニアムになると信じます。
 もうこの「融合」の過程は始まっています。たとえば、日本やアメリカはその先端に位置しているのではないでしょうか。
 このような視点から『文明の衝突』は大変興味深く読むことが出来ました。ただ、国家・民族をいくつかの文明に割り振るやり方は賛成できません。特に「日本文明」は本当にあるのでしょうか。疑問です。

9 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/19(土)21:46
 ハンティントン教授によればアメリカ文明と中国(支那)文明はやがて衝突するが、その時、日本がそのいずれかを選択しなければならない、運命の時がやってくるというのだ。
 しかし、勿論この主張や予言を我々日本人が鵜呑みにすることは出来ない。だが、これを無視することも出来ない。
 何故ならば、我が国の体制側保守勢力と反体制左翼には「日中を軸としたアジアの新体制」を目指す戦略が既に発動されたと見られるからである。

10 名前: 投稿日:2000/02/19(土)21:52
 「日中を軸とするアジアの新体制」を目指す戦略って具体的にはいかなる内容を持った戦略なんですか?

13 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/19(土)22:12
》10さんへ
 日米経済摩擦などによる日本攻撃の度が過ぎると、我が国は反米感情が頭をもたげてきますよ。この反米感情の裏返しとして親中国のアジア仲良しクラブ的な発想が起きてくるかも知れません。いや、左翼陣営はそれを一つの戦略として描いています。
 「日中を軸とした東アジアの平和と安定」などという美辞麗句をもってして、米国や西欧社会への挑戦となるのが「反日左翼」の戦略なのです。この戦略に自民党の親中国派が乗せられてしまっています。

14 名前:三郎 投稿日:2000/02/20(日)02:11
 一体、皆さんは本当に『文明の衝突』をちゃんと読んでいるのでしょうか。
 
ハンチントンは「文明の衝突」を言っていますが、それはごく一時的な現象と見ているのですよ。彼は小さな紛争がどのようなメカニズムによって宗教、民族、文化、要するに「文明の衝突」的な大きな紛争に構成されていくかについても分析しています(417頁)。紛争があるということではなく、紛争の仕掛けの解明です。
 
77頁では、彼は、統一的な「世界文明」の可能性を語っているのですよ。これは「諸文明の衝突」が止揚された状態でしょう。この点は、ハンチントンの『第三の波』(邦訳あり)と『文明の衝突』の両方を読んでみるとよく分かるはずです。彼は最終的には世界中が「民主化」されると考えているようです。

21 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/20(日)16:36
 <文明の衝突>という題目が独り歩きしているのかも知れません。
 しかし、多くの人が抱く思いというものを無視することは出来ません。こう在りたいとか希望的なことよりも、やはり現実を直視すべきと思います。

22 名前:瀬戸弘幸 投稿日:2000/02/20(日)18:40
>三郎さんへ
 あなたは21世紀において<文明の衝突>は回避されるとお考えですか?あるいはそれは避けられないと考えますか。
 私は世界的規模での衝突はないにしても<文明の衝突>は起きると考えるものです。
 それは国家同士の戦いだけでなく、一つの国家においての異質な文明間においてもその危険性はあると思います。
 ロシア国内における内戦、インドネシアにおける宗教暴動、いずれも小規模ながら<文明の衝突>ではないでしょうか?

ブログ・ランキングへの応援クリックを!

  

Posted by the_radical_right at 17:27 │ mixiチェック

2005年11月24日

極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる大論争  (30)

e64a92e4.jpeg

懐かしの2ちゃんねる大論争〜『文明の衝突』 その��

>匿名

>その時日本がそのいずれかを選択しなければならない、運命の時がやってくるというのだ。  (ハンティントン教授)

この点について中矢伸一氏の著書より抜粋して紹介します。

日本はアメリカやヨーロッパのような西側文明圏でもなく、かといって中国や東南アジア、イスラム諸国にも属さない特殊な国である。日本は世界の歴史の中でも珍しい「一国一文明」の文化圏が確立されている。

西欧対非西欧という未曾有の対決の構図の中で、日本のみが埒外にあって、経済力と成熟した文明をもって存在することは、不幸中の幸いであったかも知れないとハンティントン教授は述べている。

そして、日本の取るべき選択とは、アメリカの庇護から離れて「一国一文明」としての自らの特殊性と役割を自覚し、自立して、孤高なる「日本文明」を掲げて、皆から尊厳される文化・文明に磨きをかけ、国際社会の中でかけがえのない第三勢力、すなわち「地球規模の調停者」として生きていく道を模索するのが最善の策ではないだろうか、と問いかけているのである。

>瀬戸

ハンティントン教授は「日本文明」という言葉を使うが、そもそも日本に確固たる文明が存在することを、日本人自身が自覚できていないという悲劇がある。現代の学者やインテリ層、マスコミなどは、日本が世界史的に見ても極めて珍しい、悠遠な歴史や文化(日本独自の文明)を有する国であることを認めたがらない風潮があります。

これは戦後一貫して左翼日教組が行なってきた徹底した「自虐史観」の植え付けが功を奏しているところに原因があるようです。結果そのプログラム通りに、今の若者たちは日本や日本人であることに「誇り」を失い、「根無し草」となり、自分さえよければという「個人主義」に走ってしまうようです。

「公」の中での「個」という大切な関係を見失って迷走している。我々日本人が、世界でも稀な「一国一文明」としての役割と自覚を持つには、どうしてもこの「自虐史観」からの脱却は不可欠のように思います。

>名前・私は 投稿日・2000・2・18

ハンティントンは世界に9つの文明があって、イデオロギーや経済よりも文明が原動力になってこれからの世界は動くと言っています。韓国は中国文明で、タイやチベットは仏教文明です。しかし、日本は日本だけで独自の文明を持つ唯一の国家だとハンティントンは言っています。冷戦終了後、日本でもナショナリズムが盛んになっているのも、ハンティントンの文明の衝突の時代の一つの流れと見ています。

ハンティントンの『文明の衝突』論は現代世界を理解するうえでの道しるべだと思います。彼の本は、米中戦争で日本が選択を迫られるところで終わります。まだ、読んでいなかったら、ぜひお読みください。また現代についてあふれんばかりの生々しい情報が入っています。英語人口が減りつつあるとか。ユーゴの分析とか。

ブログランキング   ←応援クリック

 

 

  
Posted by the_radical_right at 14:10 │ mixiチェック

2005年11月16日

極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる大論争  (29)

969aab89.jpeg

懐かしの2ちゃんねる大論争〜『文明の衝突』  その��

>匿名     2000・2・15

非常に興味あるテーマです。これなら私も少しついていけるか知れません。本の受け売りもあるかも知れませんが、読者のためにも少し解説させて下さい。もし、ピント外れでしたらお詫びします。

ハンチントン教授によれば、文明の優位を決定付ける要素は「領土と人口」「経済生産力」「軍事力」の3つであるとしています。

【領土と人口】  1920年に西欧諸国が全陸地の半分以上を占めていたものの、1990年代に至っては半減。人口も日本同様、急速に高齢化と少子化が進行し、逆に非西欧地域は増加している。このことは労働者及び兵士、予備軍の増加を意味する。

【経済生産力】1928年時点では西欧が世界の84・2%を占めていたが、80年代には49%、2013年には30%を下回ると予想されている。

【軍事力】冷戦終結後、NATOが1985年から1993年にかけて軍事予算を10%以上削減したのに対して、東アジア諸国は50%も増加させた。ここで西欧というのはアメリカ、ヨーロッパなどユダヤ・キリスト教圏にある白人文明をさし、非西欧というのは中国やイスラム諸国、東南アジア諸国をさしています。

西欧文明が弱体化する一方、非西欧文明は着実に台頭してきており、やがてこの両文明の間で不可避の衝突が起こる。・・・・・・・・・という内容ですが、「予言」といっても「オカルト予言」ではなく、世界の情勢からも論理的に説得力のある予言と云わざるを得ません。

さらにこれを補完する理論に村山節氏の発見した「800年周期説」というものがあります。「文明の研究・(村山節著/光村堆古書院)」これによると、ルネッサンスの頃に興隆期を迎えた西欧文明は、大航海時代、植民地時代、帝国主義時代、近代合理主義時代を経て、今完全に没落トレンドに入っている。

一方、それ以前の世界は、ササン朝ペルシャ、中央アジア、中国、インド、古代インドネシア、アンコールワットといった文明が花咲いていたが、ゲルマン民族の大移動やイスラム教徒の移動などの世界動乱を経て弱体化して、長い冬の時代に突入した。

しかし、それも次第に頭角をあらわし、今日まさに興隆期を迎えようとしている。あたかもDNA構造のように、互いに規則的な螺旋を描きつつ、壮大な流れの中で発展と衰退のリズムを繰り返す、この東西両文明のサイクルがクロスするとき、必ず世界的な大動乱が起こっている。それは可能な限り遡ることのできる過去6000年の人類史においてただの一度の例外もない。その文明サイクルのクロスポイントに当たるのが、まさに現代なのだと氏は結論づけています。

※『文明の衝突』の紹介だけになってしまいました。申し訳ありません。

ブログランキング ←応援クイック

  
Posted by the_radical_right at 13:03 │ mixiチェック

2005年11月13日

極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる論争  (28)

be083a91.jpeg

懐かしの2ちゃんねる論争〜『文明の衝突』  その��

私が2ちゃんねるで様々な方と「政治思想板」で論争していたのは、まだ20世紀末の時点であった、この当時最大の関心ごとと言えば、冷戦の崩壊で揺れる世界が今後どのように変貌して行くかであったが、この時に登場した『文明の衝突』は衝撃的なもので、様々な角度からこの『文明の衝突』について議論が沸騰したものである。

>皆さんへ

21世紀に予想される最悪のシナリオと言えば『文明の衝突』ではないか。これは米国のハーバード大学教授のサミュエル・P・ハンチントン教授が近未来の世界を予言するとして出版されたものです。教授によれば「イデオロギーの対立の後にくるのは、西欧対非西欧の文明間の対立だ。」と述べられています。これは我々も注目すべき予言の書であると思っています。

また、教授はアメリカ文明と中国(支那)文明はやがて衝突するが、その時日本はいずれかにつくか選択しなくてはならない、運命の時がやってくるとも述べています。

勿論この予言の書を我々日本人が鵜呑みにすることはありません、しかし無視することも出来ません。なぜなら、米中の対立を睨んで我が国には既に体制内保守派と反体制左翼に「日中を軸とした東アジアの新体制」を目指す戦略が発動されたと見ているからです。

Re 小川 文明の衝突と日本の未来   2000・01・05

文明とは元来衝突するものであろう。今日の情報化の波の中で閉ざされたままの文明などないだろう。故に衝突、もしくは接触は自然なことである。そこで危惧されるのはその接触の程度である。衝突のようにダイナミックに起きるのか、それとも侵蝕のようにじわじわやって来るのか。

僕が思うのは、世界のそれぞれの人々の平和を思う、望む気持ちは基本的人権の浸透により相当なものであって、そんなに野蛮人はいないだろう。だから衝突の可能性は低いと考えます。

中国対米国と言えども両者の首脳陣はダイナミックな変化を導いてしまうほど短絡的な政策は実行しないでしょう。数々の対立はあるが、慎重さを肝に銘じて行動するでしょう。私達一般人が衝突だ、戦争だと騒ぐのは、どこかしら対岸の火事を期待する無責任さがあるのではないか。文明を基準とする、世界を理解するアプローチには何ら反対しないが、しかしその方法によって世界を見渡した時、即ち衝突が待っていると言うのはいささか疑問です。

現在世界中で散在しているまさに色々な問題があるとしたら、文明を土台とするパラダイムはだいぶマクロ的な視野だと思います。僕もその本はまだ読んでいないので単純には批判できませんが、今思うところでは、文明比較による方法はマクロ的な故にその成果もまた曖昧になるのではと懸念いたします。

>小川さんへ    瀬戸弘幸   2000・01・06

確かに西欧社会の基本的人権思想は広く世界中の人達の支持を受けています。しかし、だからといって、現在問題となっている民族間の紛争が解決されるとはとても思えません。

チェチェン紛争におけるロシア軍の首都侵攻に、西欧社会は人権問題を持って牽制しましたが、ロシアはこれに強く反発しました。またロシアの国民はこの強権的制圧を支持しています。人権思想は西欧社会の押し付けであると考える人が存在する限り、人権思想がこれらの問題を解決する特効薬にはなりえないでしょう。

>中国と米国・・・・・・・   から始まる文について。   

                                    考えても見て下さい。天安門事件の時、共産党主導部は、何のためらいもなく座り込んでいる無抵抗の学生を戦車でひき殺しました。共産党の一党独裁恐怖政治を安易に考えるのは危険すぎます。

>私達一般人が衝突だ、戦争だと騒ぐのは・・・・・・の文について  

        文明の衝突を期待しているわけではなく、それが起きないようにどのように回避して行くのかの道を探るために討論を呼びかけました。現在、インドネシアの群諸島でキリスト教徒とイスラム教徒による殺戮が続いています。これまで平和に暮らしていた筈なのに、住民はなぜある日を境に突然なぜ殺しあうのか?この事実から我々は目を背けることは出来ない筈です。

ブログランキング    ←応援クリック頼みます。

  
Posted by the_radical_right at 10:36 │ mixiチェック

2005年11月05日

極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (27)

29f2a53b.jpeg

冷戦崩壊後の日本の政治と思想の変遷

 これまでは、保守対革新と言ったように、その思想的な概念はある程度はしっかりしていた。しかし冷戦構造が崩壊し、国内において保革連立政権が誕生するに及んで、一体何が保守の理念で革新の理念は何なのか?その辺りが非常に曖昧模糊になって、思想というものの信頼性が揺らいでしまったように思える。そのような時代だったからこそ、主義主張の根底にある思想の重要性が叫ばれていた。

>皆さんへ

 保革連立内閣が成立するに及び、両者の違いにそう大きな隔たりが見えなくなった。少なくとも一般の人はそう感じたのではないか。そのような中でこれまでの保守主義に代わるものとして、いや、それを更に発展させたという触れ込みで<新保守主義>が登場してきた。しかし、この<新保守主義>にしても、果たしてどれほど理念的に確立されたものなのか?確かに小沢自由党、自由主義主観派、小林よしのり派などは、その範疇に入るのでしょうが、共通点は確かに多いが相違点もたくさんあるようです。

 私は国家社会主義と農本主義を説くものなので、残念ながら余り興味もなく不勉強で、彼等のことを上手に論じることは出来ません。ただ、我々《極右》と<新保守主義>との違いを挙げよと言われれば、次のように答えることになります。

 共に新国家主義を掲げているが、そこには二つの新国家主義がある。一つは<新保守派>の目指す新国家・主義。そして我々《極右》の主張する新・国家主義である。新・国家主義とはいくら新しいという文字が前にあっても、戦前のウルトラ・ナショナリズムの再生・もしくは焼き直しのように一般の人の目には映るかも知れない。しかし、《極右》を標榜する我々としては、そのように思われる事こそ光栄の至りである。

 <新保守主義者>の唱える新国家というものが、どのような概念に基づくものなのか、私は知らない。しかし、我々は国家社会主義という理念に打ち立てられた、新国家創造運動であることを強調しておきたい。

 保守思想や保守本流といえば、自民党の吉田茂から始まって、池田隼人、宮沢喜一といった方々でしょう。佐藤栄作や田中角栄も保守本流を自認していた。経済至上主義と西欧の個人主義に立脚した自由主義が母体となっている。

 対して、中曽根康弘の場合は同じ保守派と言っても、「伝統」回帰派と言えるでしょう。このカッコ付きの伝統とは、森首相の「日本は神の国」発言にもあった、天皇(制)民族共同体社会など、戦後の日本が喪失した部分に共感を覚えるものです。

この考えは自民党の保守本流がお手本としてきた西欧の近代化思想とは相容れない部分を持っています。現在この「伝統」回帰派は多数派にはなっていません。現在の天皇の象徴的立場は、古典的な意味の天皇(制)=「伝統」の自己否定でもあります。その自己否定が定着してしまった現在の社会において、どのような政治手法によって「伝統」を回帰させて行くのか?それが《極右》に課せられていると思っています。

ブログ・ランキングへの応援クリックを!

  
Posted by the_radical_right at 17:13 │ mixiチェック