冷戦崩壊後の日本の政治と思想の変遷
これまでは、保守対革新と言ったように、その思想的な概念はある程度はしっかりしていた。しかし冷戦構造が崩壊し、国内において保革連立政権が誕生するに及んで、一体何が保守の理念で革新の理念は何なのか?その辺りが非常に曖昧模糊になって、思想というものの信頼性が揺らいでしまったように思える。そのような時代だったからこそ、主義主張の根底にある思想の重要性が叫ばれていた。
>皆さんへ
保革連立内閣が成立するに及び、両者の違いにそう大きな隔たりが見えなくなった。少なくとも一般の人はそう感じたのではないか。そのような中でこれまでの保守主義に代わるものとして、いや、それを更に発展させたという触れ込みで<新保守主義>が登場してきた。しかし、この<新保守主義>にしても、果たしてどれほど理念的に確立されたものなのか?確かに小沢自由党、自由主義主観派、小林よしのり派などは、その範疇に入るのでしょうが、共通点は確かに多いが相違点もたくさんあるようです。
私は国家社会主義と農本主義を説くものなので、残念ながら余り興味もなく不勉強で、彼等のことを上手に論じることは出来ません。ただ、我々《極右》と<新保守主義>との違いを挙げよと言われれば、次のように答えることになります。
共に新国家主義を掲げているが、そこには二つの新国家主義がある。一つは<新保守派>の目指す新国家・主義。そして我々《極右》の主張する新・国家主義である。新・国家主義とはいくら新しいという文字が前にあっても、戦前のウルトラ・ナショナリズムの再生・もしくは焼き直しのように一般の人の目には映るかも知れない。しかし、《極右》を標榜する我々としては、そのように思われる事こそ光栄の至りである。
<新保守主義者>の唱える新国家というものが、どのような概念に基づくものなのか、私は知らない。しかし、我々は国家社会主義という理念に打ち立てられた、新国家創造運動であることを強調しておきたい。
保守思想や保守本流といえば、自民党の吉田茂から始まって、池田隼人、宮沢喜一といった方々でしょう。佐藤栄作や田中角栄も保守本流を自認していた。経済至上主義と西欧の個人主義に立脚した自由主義が母体となっている。
対して、中曽根康弘の場合は同じ保守派と言っても、「伝統」回帰派と言えるでしょう。このカッコ付きの伝統とは、森首相の「日本は神の国」発言にもあった、天皇(制)民族共同体社会など、戦後の日本が喪失した部分に共感を覚えるものです。
この考えは自民党の保守本流がお手本としてきた西欧の近代化思想とは相容れない部分を持っています。現在この「伝統」回帰派は多数派にはなっていません。現在の天皇の象徴的立場は、古典的な意味の天皇(制)=「伝統」の自己否定でもあります。その自己否定が定着してしまった現在の社会において、どのような政治手法によって「伝統」を回帰させて行くのか?それが《極右》に課せられていると思っています。
