2005年11月07日

「極右」こそが国民生活を守り得る!

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写真:移民の暴動・放火によって大破した自動車

この騒乱時に、
極右を置いて他に誰が戦えようか!

 
 おそよ「自由・平等・博愛」なる理念は矛盾したものであると言えよう。
 
何故なら「自由」とは金持ちになる自由もあれば、貧乏のままでいる自由もあることを指し、「平等」なる理念とは相容れないからだ。
 
金持ちになるための一切の行ないが他人の自由を侵害しない限り、その行ないは際限なく許容されるべきである。
 
そして富める者が貧者に手を差し伸べるのも差し伸べぬのも、また自由である以上、やはり「博愛」なる精神とも相容れない。

 国民にとって最大の関心事とは何であろうか―?
 何を置いても「生活が安定しているかどうか」が、ごく一般的な欲求と言えるのではないか。政治が左寄りであれ、中道であれ、右寄りであれ、国民にとっては自らの生活を保障してくれるものこそ最善であると言えよう。
 ことフランスに置いて、国家のエゴを発端として外国人労働者を受け入れたとしても、自らの生活さえ守られているうちは移民政策に異を唱える向きは少数であったに違いない。

 ―しかし、その綻びは徐々に表面化してきた。
 移民の犯罪…政府が移民に提供した居住区で日々勃発する移民同士の犯罪によって次第に誰もが恐れをなして近付くことさえないゲットーと化す。時を経ずして、その牙はフランス人に剥かれる。
 他文化・他宗教・他人種との局地的な軋轢や衝突は、かねてより一触即発の事態として懸念され、ついに暴発した。

「フランス人のためのフランスを!」
(極右政党候補者の演説より)
 
 今、フランスは内戦状態にさえあると言えるだろう。
 内戦の様相濃くする騒乱状態において、政府が打ち出さんとする「移民の失業・貧困対策」なる取り組みは、降伏宣言にも等しいのではないか?
 同国のサルコジ内相は「さらなる治安強化」を打ち出し、多数のフランス人がこうした強硬姿勢を支持しているが、これこそが国民が求める�牋堕雖瓩悗陵0譴亮蠱覆噺世┐茲Α�
 フランスに、フランス人が求めているのは「戦う姿勢」である。今般の騒乱を治安問題として捉えるフランス政府が、これを�狷眄鐓�態�瓩版Г瓩襪海箸呂覆い世蹐Α�
 しかし、かねがね他人種・他宗教との�狎鐐茘瓩鷲垈槌鬚任△襪海箸鮴發い討�た『極右』こそは戦う姿勢を示し得るだろう。騒乱時においては『極右』こそが国民を守り得るのである。間もなく現政権は退陣を要求され、極右政権の樹立が現実のものとなるかも知れない。何よりも国民が求める�牋堕雖瓩妨�け、それこそが最善の選択であると思うからだ。
 
 不法外国人による治安悪化も然ることながら、周辺国との間に不穏な空気が流れ、国民生活が脅かされかねない現今、数々の懸案事項を抱える我が国でも「戦う姿勢」を示す政治家が圧倒的多数の支持を集めているではないか。
 フランスは今、即座に戦わなければならない状況の真っ只中にいる。

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2005年11月04日

[仏・移民問題]寛容の限界に倣え!

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 移民暴動が拡大の一途を辿るフランスの混迷状態は、「自由・平等・博愛」なる理念が即ち理想に過ぎなかったことを物語っている。この国が移民問題に起因する治安の悪化ひいては国内状況の不安定化に対し、三色旗に示された「寛容」の旗印を捨てた時、我々はそこに生存を賭した国家の真の姿を見た思いだ。
 先のイラク攻撃において、米国の同盟国として機能し得なかったフランスとドイツは共に国内に多数のイスラム教徒を抱えているという事情を見逃せない。我が国でも不法滞在外国人が治安状況に与えた影響は甚大で、国内状況はおろか国際情勢さえも左右する人の移動は紛れもなく「戦争の一形態」とさえ言えるだろう。
 「寛容ゼロ」を標榜し、「放水で移民を一掃せよ」「ゴロツキ」など乱暴な表現を用いてでも治安回復に臨むサルコジ内相への支持が高まる背景には、移民を排斥することで逼迫した事態を打開し、自らの生存圏を死守するには暴力(=武力行使=戦争)を用いる以外にないという人間本来の生存本能が露(あらわ)になっている。
 動物にはテリトリーがあり彼らは自然の摂理を厳格に守っているが、ただ、人間のみが無限にテリトリーを拡大させることに努めてきたことは歴史を顧みれば一目瞭然であろう。かつてはその手段が植民地支配に見られる戦争であった。そして今、それぞれの民族が自らの生存圏を飛び出し、一つの国家に密集することで軋轢・衝突を生んでいる。
 一国の閣僚が過激発言に及び、国家そのものが生存と安全を求めてエネルギーを昇華させる時、それ以外の一切の理性さえも失われつつある状況に、我々は��力の哲学�瓩砲茲訐限厳�防衛という、ナショナリズムの究極形態を見るのだろう。

パリ郊外で暴動拡大 首相ら火消し躍起 
移民差別・失業が背景 内政問題に
【パリ=山口昌子】アフリカやアラブ系の移民が多いパリ郊外セーヌ・サンドニ県で先月末、未成年の若者二人が変電所で感電死した事件をきっかけに発生した暴動事件がパリ郊外全体に拡大。背景には失業や人種差別という難問があるため、ドビルパン首相とサルコジ内相が外国訪問を急遽(きゅうきょ)、中止して対応にあたるなど、内政問題の焦点に浮上してきた。
 二人が感電死したのは先月二十七日。移民側は強盗事件を捜査中の警官に追跡された結果だと警察の落ち度を主張。一方、警察側は二人が三メートルの塀を乗り越えて禁止地区の同所に逃げ込んだときには警官は警察署に引き揚げていたとし、食い違いをみせている。
 さらにサルコジ内相が事件の翌日、二人は「追跡されていなかった」と言明したことで、移民側が反発。同夜から移民若年層による暴動が発生し、二日にはパリ郊外全域に拡大。三日までに三百台以上の車などが放火された。内相は「寛容ゼロ」を標榜(ひょうぼう)し、厳しい態度で治安回復に努めてきた。しかし、「放水で一掃せよ」「ごろつき」など乱暴な言葉を吐いたため、社会党をはじめ野党は「挑発者」(ファビウス元首相)などと内相批判を強め、移民出身のベガッグ機会平等促進担当相ら政府内からも異例の批判の声が出た。
 内相は先月三十一日に二人の親族と会談する予定だったが、親族が拒否したため一日に首相同席で会合が持たれるなど、二〇〇七年の大統領選候補を争う二人のライバル意識もかき立てている。
 パリ郊外は犯罪の多発地区。サンドニでは感電死事件が発生した同じ日に、町を撮影中の男性が二人の若者にカメラを奪われたうえ撲殺される事件も発生しており、内相の支持率が高いのも治安回復を願う国民の共感があるからだ。
 シラク大統領は二日、事件の「沈静化」を訴え、首相は同日からのカナダ行きを遅らせたほか、内相もパキスタン、アフガニスタン行きを中止した。犯罪多発の背景には失業や人種差別、貧困、教育問題など、いわゆる“郊外問題”があり歴代の政府も頭を悩ませてきただけに、解決は容易ではない。
(産経新聞) - 11月4日2時35分更新

 フランスが我が国に教え示しているのは、移民を受け入れた場合、人種・民族別によって職種が分類され、被差別階層を生み出すということである。日本人の存在そのものが差別になりかねないというのだ。既に不法滞在外国人らの就労によって「構造化」は進行、定着しつつある。彼らの権利、要求を容認すればより事態が悪化することも必至だ。こうした事態を回避すべく多民族・多文化共生社会を築こうとの論が戯言であることは、改めてフランスの例を出すまでもない。 
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2005年10月05日

統一ドイツ誕生から15年、何を学ぶべきなのか。その��

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今こそ問われるべきナチズムの意味

 敗戦を境に連合国は軍事裁判を日本やドイツに強行したが、その結果は推して知るべし、今日に至るもその後遺症に両国は依然呪縛され続けている。勿論、日本とドイツでは戦争の性格も内容も異なる以上、同列に論じるわけには行かないが、マスコミや進歩的文化人を自称する滑稽極まりない一群の輩が、悪し様に罵る両国の戦前(つまり日本軍国主義、ドイツにおけるナチズム)ほど、誤解と無知、そして意図的に改竄に歪められた時代もない。

 そもそも民主主義とはギリシャを淵源とする西欧世界の一思潮に過ぎず、それを金科玉条視して、人類普遍の原理などと言い立てることは詭弁であるばかりでなく、民主主義の名の下にアジアやアフリカを侵略し、苛烈な植民地支配を執行してきた英・仏を始めとする白人�犇�盗�畊餡箸糧蛤瓩鯏�閑視させる愚劣な謀略に過ぎない。

 ファシズムやナチズムを異端視して禁忌とすることで、束の間の自由を謳歌してきた“民主主義”。
 「反戦平和」「反核」「反…」を連呼しては愚昧な大衆を啓蒙する“民主主義”。単なる一手段を最高価値として恬然と恥じる事のない“民主主義”…。
我々はかような偽善と欺瞞の体系の中で生きることを強制されているわけだが、もはや痛撃すべき対象は自ずと明らかだろう。

 今世紀、我々人類は二つの「社会主義」を体験した。一つはマルクスを創始とする共産主義への過渡期としての「社会主義」。もう一つはヒトラーが体現した国家と民族による「社会主義」とを。衆知の如く、「ベルリンの壁」崩壊に象徴される東欧諸国家、なかんずく、彼らの盟主たるソビエト連邦の自壊に端を発した「社会主義神話」の解体が現実のものとなった今日、一見すると「社会主義」には、その字句の上に�犢餾櫚瓩筬猝餌沖瓩△襪い廊犢餡鉢瓩魎Г垢海箸琉嫐�を失ったと考えられがちである。しかし、果してそう断言できるものか。もちろん、マルクスやレーニン、更にスターリンに連なる「社会主義」は死んだ。ソビエトを例に持ち出すまでもなく、彼らの「社会主義」が�犢餡鉢甅猝餌沖瓩鯤里蹐砲靴討�た以上、それは当然の帰結である。が、ヒトラーの唱えた「社会主義」はどうか。確かに千年続くと信じられた「第三帝国」は僅か十二年の短命に終った。それゆえ、人々は次のように考えたかった。
「ヒトラーは自決し、NSDAPも消滅した。ナチズムは歴史の闇に葬り去られ、もはや跡形もなく残滓すらとどめていない。ナチズムとはヒトラーが生み出した一時の�犇元き瓩任△蝓�二十世紀に狂い咲いた�狹眠岫瓩鵬瓩�ないのだ」と…。
 ところが、そのような思惑を嘲笑うかのように、ナチズムはしぶとく生き残ってきた。のみならず、二十一世紀を迎えた人類の前に、思想としてのナチズムの可能性が強く問われる事態を招来しつつある。

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2005年10月04日

統一ドイツ誕生から15年、何を学ぶべきなのか。その��

949ec84c.jpegゲルマン民族分断の真相はなぜ隠微されてきたのか。

ドイツの総選挙は与党の社会民主党と野党のキリスト教民主・社会同盟の議席差が4しかなく、どちらも過半数の議席に達しないため混迷の度を深めている。社会民主党にしても左派勢力と組んで政権を維持することは出来ず、二つの大きな政党の「大連立」に進むことになろう。

統一ドイツが誕生したのは今から15年前の1990年の10月3日であった。1989年11月9日に、28年間にわたってドイツを分断の象徴・東西冷戦の最前線として屹立してきた「ベルリンの壁」は、ドイツ民族の統一に懸ける意志の前に呆気なくも崩壊した。

それから僅か1年足らずで“国家の統一”という偉業を達成しようとは、例えそれを許す国際環境の情勢があったとはいえ、誇り高きゲルマン民族のその偉大さに、当時私は敬意の念を表したことを覚えている。

統一ドイツへの脚本兼演出、さらには主役までも務めたのはヘルムート・コールしであった。彼は類まれな現実感覚と米ソを向うに回した周到な政治工作で、確かな勝算を胸に秘めて行動したことは想像に難くない。コール氏はその大柄な体躯と相まって、ビスマルクの再来とまで賞賛され、専らな評判だが、宣なるかな、彼の名は栄光あるゲルマン民族の歴史の中に刻みこまれた。

では、そもそも何故ドイツは分断国家としての悲劇をかみ締めなければならなかったのか。巷述べられてきた通説では、第二次世界大戦の敗戦とその後の冷戦構造に因を帰し、朝鮮半島と同様に米ソという二大強国の勢力均衡により、一民族二国家の形式を取らざるを得なかった。

しかし、では果たしてそれだけであったのか?ドイツは何故“分断”されなければならなかったのか。そこにはドイツが欧州で最強の国家であり、それを徹底的に破壊する必要があったのである。

何故、それほどまでにドイツという国家を恐れたのか。それは国土面積が37500キロメートルを有する欧州一の国家であったから、国土が分割された訳ではなかった。米ソ超大国による分割支配の真の意味は隠微されてきた。

彼ら戦勝国がドイツ民族を分断してまで、警戒と恐怖を憚ることがなかった存在とは、改めて述べるまでもなく、それは1993年1月30日に成立した「第三帝国」という歴史的事実の存在に他ならなかった。

アドルフ・ヒトラーという余りにも偉大で傑出した指導者と生成流動するNSDAPの運動そのものへの記憶であり、深層心理にインプットされた恐怖でもあった。彼らにとって「第三帝国」とは永遠に封印されなければならない存在であったのだ。

だからこそ、7840万人もの人口を擁する統一ドイツの誕生は、彼らをして「第四帝国」への予感に苛まれるに足る大事件であったのだ。国防軍の削減やオーデル・ナイセ以東の放棄などを明言させ、新生ドイツに手枷足枷を課さねばならなかった理由もそこにあった。  【この続きは明日入れます。】

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2005年08月30日

ドイツの総選挙で注目される極右政党の動向

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             =西欧・極右に《連帯》を表明する=
 
【ベルリン斎藤義彦】9月に前倒し総選挙が行われるドイツで、極右「ネオナチ」の暴力が活発化している。一方で極右政党が拠点にしている旧東独では保守政党や左派政党までが、極右の主張と酷似した「外国人労働者排除」などを唱え、極右にすり寄る現象も起こり始めている。(毎日新聞)
 
ドイツのネオ・ナチと言えば、このような暴力的な側面がいつもトップにきて、肝心な記事は短い文としてしか触れられていない。
 
< ピルナのある「ザクセンのスイス」地域では昨年9月のザクセン州議会選挙で、極右政党「ドイツ国家民主党」が16%という州内一の得票率を記録、初めて議席を獲得した。>

余り知られてはいないが、ドイツにおいてはナチス・ヒトラーについて、これを肯定的に報道することも、これを掲げて政治活動を行うことは法律で禁じられてきた。

そのような厳しい政治的な弾圧の続く中で、極右政党が着実に勢力を拡大し若者の心を捉えてきている。この背景を日本のマスコミは正しく伝えず、ただ一部の跳ね返りの暴力集団だけを取り上げて批判する。それでは本当のヨーロッパ社会の実相は伝わってこない。

実は西ヨーロッパにおいては極右勢力は一大勢力となっており、日本とは比べようもない。フランスの大統領選挙では極右の国民戦線のルペン党首が決選投票に勝ち残り、左翼は保守派のシラク大統領支持に廻った。

オーストリアやイタリアなどでは既に連立政権の一翼を担っているし、オランダ、スイスなど多くの国で躍進している。しかし、やはりドイツにおいて極右勢力が真に台頭しなければ、世界は本当の意味で極右の復権を認めないだろう。

その意味からすれば、ドイツ国内における極右の伸張こそが大切であって、もっとも注目されることである。ドイツ語圏のオーストリア・スイスでは既にそれは明らかだが、まだドイツにおける道のりは険しい。

さて、私は統一ドイツ誕生前に『ヒトラー思想のススメ』という単行本を書いたが、その中で「東ドイツにおいて純粋培養されたナチズムの遺伝子が東ドイツ崩壊と共に甦り、やがてドイツにおいてそれは大きな勢力となる」と予言した。

この時多くの日本人は「そんな、馬鹿な。」と思ったのではないか。実際そのような投書も何通か頂いている。しかし、現在ドイツにおいて大きな勢力となる可能性を秘めているのは旧東ドイツにおけるナチズムの再来である。

40年間に及ぶマルクス社会主義体制の中で、完膚なきまでに叩きのめされた筈のナチズム(国家社会主義)は生き延び、自由主義の旧西ドイツにおいては消滅の運命にあった。

その理由は私は東ドイツにおいてはナチズムの本質と呼びうる精神的な連続性が守られ温存された。つまり一つの例を挙げるとすればオリンピックにおける優秀な選手の育成、秀逸な道徳心、それらは正にナチズムの遺産たるに相応しいものだった。

これらの点については、また日を改めてやりたい。

我々日本の<極右>はドイツにおける極右勢力の戦いに強い連帯を表明する。かって我々は共通の敵と戦い敗れはしたが、彼らの勝利とて永遠ではない。必ずや我々極右が再びこの地上に甦えり栄光を取り戻すことを宣言する。

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