二者択一ならどうする?
「言論の自由」か「信教の自由」か
小泉首相は外国人労働者の受け入れについて「外国人労働者が増えると必ず衝突が起きる」と発言したが、この点についていつもなら過剰反応を見せるマスコミや人権派団体は沈黙したままだ。
これはネットにおいても明らかで、検索してもこの問題を取り上げているところは我が極右評論の友誼ブログ『侍蟻(=NPO団体「外国人犯罪追放運動」を主宰)』くらいなものである。人権派団体のブログ『多文化・多民族・多国籍社会・人として』においても、何も触れられてはいない。
この沈黙はやはり昨今の西欧社会における移民暴動、ムハンマド風刺漫画騒動に見られる外国人労働者・移民問題の深刻さを表わしているのであろう。「外国人労働者が増えると衝突が起きる」との答弁は名言である。朝日などはこの名言をいつもなら“迷言”と批判する所だろうが、言葉も出なかったというべきか。
今朝の産経新聞の社説にもこの風刺漫画問題が取り上げられていた。「宗教戦争にしてはならない」との題で書かれている。朝日新聞社説の「節度と寛容の心」からすれば、いくらかはましと言える。
例えば、次のような文章があるからだ。
「この漫画を見てどう感じるかは個人の内的な問題である」
「掲載の適否はあくまでも報道機関が自主的に判断する。これは譲れない」
これは「報道の自由」を守るマスコミの最低限の論理だろう。
しかし、産経新聞は同時に「ムハンマドをテロリスト扱いしたのは侮蔑以外の何ものでもない」とイスラムを擁護している。昨日も書いたが二者択一を迫られた時に、どちらにも軍配を挙げることの出来ない弱さを私は憂いる。
西欧のマスコミがこの漫画が刺激的であり、ある意味で侮蔑に繋がる事など承知のはずであったと思う。にも拘らず西欧のほとんどのマスメディアがデンマークの新聞社に共鳴して掲載した背景になぜ触れないのか?
それは小泉首相の国会答弁「外国人が増えると衝突が起きる」と密接に通ずる事柄であるからだ。はっきりと書くべきである。。
「寛容が限界に達した」からこそ「自由を守る」ために決起したのである。
国内に400万人ともそれ以上とも言われるイスラム人口を抱え込むフランス社会は、フランス革命以来「自由・平等・博愛」の精神を国家の国是としてきた。そのフランス社会が今日直面しているのは、この国是が瓦解する危機でもある。
イスラムに同情する人達に問いたいことがある。彼らは信教の自由を求めるが、果して他者の信教の自由は認めるのか?何も暴力とは物を破壊することだけを言うのではない。
「自分たちの宗教の自由」を叫び、「相手の宗教の自由」を認めないのであれば、これも暴力というのではないのか?我々はこの問題を宗教上の争いとは考えていない。
移民と外国人問題である。そこからこの解決の糸口を探らねばならない。西欧社会は移民・労働者問題で失敗して、国家の危機を招いてしまった。我々日本はその失敗を学ばなければならない。
小泉首相の外国人労働者受け入れ慎重論を断固支持する。
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