西欧における《極右》の台頭と、その原因を「移民」以外に求めると
今回のフランスの「移民暴動」において、この問題を追及してきた《極右》勢力が注目されている。確かに《極右》は外国人移民について、反対を表明し国民に訴えてきた。しかし、《極右》が支持を伸ばしているのは、《極右》が単に移民に反対しているからではない。
外国人に対する抗議の受け皿としてだけ《極右》の存在はあるのでなく、体制そのものへの抗議の対象として存在感を増している。こうした移民に反対する国民の票は当初は右翼・国粋勢力に集まった。
しかし、それは単なる一時的な現象でしかなかった。旧来の右翼はゴマンとあったが、それを国政レベルにまで、きちんと取り上げる能力を持ったのが、今日のフランスの《極右政党》であったわけだ。
対してイギリスやドイツにおいては、フランスの《極右》政党のように、国民の不安や不信感を代弁することが出来なかった。彼らは頭を剃り上げてスキンヘッドにして、徒党を組んで暴力的な破壊活動を繰り返してきた。ドイツにおいても暴力的な集団はそれでも活動しているが、歴史修正主義者で著名な人達はその活動拠点をアメリカ大陸に移したほどである。
オーストリアとベルギー、オランダにおいても、《極右》政党はそれなりの成功を収めつつあるが、この成功の秘訣も人種間の緊張関係だけが要因とは言えない。確かに外国人恐怖症を巧みに煽った雄弁家が成功に導いたという説も間違いではない。しかしそれが全てではない。フランスと同じように体制への抗議が票となって表われている。
西欧における《極右》の伸張は移民の問題が有利に作用したことは否定するものではない。しかし、もう一つ東西冷戦構造の崩壊というイデオロギーの問題が実はそれ以上のウェートを占めていると私は分析している。
それはポスト冷戦の新潮流として、この問題を考察することから始めなければならない。平成5年3月7日付の産経新聞に、ユーロ・コミュニズム全盛期の1977年、痛烈な社会主義批判を展開したフランス新哲学派の旗手、ベルナールアンリ・レビ氏のインタビューが掲載された。
このインタビューの中でレビ氏は、インタビュアーがイデオロギーに代わる争点を質ねたことに対して、明確にイデオロギーの相違こそ焦点であると切り替えした。つまり、冷戦時代は民主主義対全体主義(共産主義)の拮抗であったのに対して、世紀末を迎えた現在には、まだ何と命名すべきかも分らない新しいイズムの拮抗が見られるとの指摘であった。
それは一番近いのはナショナリズムであるが、帝政ロシアやラテンアメリカなどで派生した下からの体制変革運動としてのポピュリズムやトライバリスム(部族主義)などであり、今後これらが増殖すると思われる。この指摘には興味深いものがある。
今三位一体という言葉が流行していますが、「赤(旧共産主義者)」「黒(宗教指導者)」「白(民族主義者)」がこの新しい潮流に深く関わってくることは間違いない。今後《極右》はこの新潮流の中でその存在感を増していくことだろう。
