亡国新聞社の犯罪性を斬る(第一弾!)
日本のマスコミの許すべからざる罪科を挙げてみよう。
第一にそれは「愛国心の欠如」だ。多くの国民はこの国を愛している。それを無視して一部の劣等意識にとりつかれた考えをもって、さも自分達が時代を代表する良心であるかの如く報道するなどは、愛国心の欠如以外の何ものでもない。
未だに国旗掲揚、国歌斉唱に反対する勢力を擁護して、国旗や国歌が戦争勃発に繋がるなどは、幼稚園児にも劣る発想と言わざるを得ない。教科書問題の「進出」から「侵略」への書き換えや南京大虐殺報道など、一貫した共産中国寄りの報道ぶりは、多くの日本国民の心情を逆撫でするものである。
これらの報道は彼等マスコミが権力に強制され、やむを得ずに報道している訳ではなく、終始一貫して日本国を貶めようとの策略によって行われてきた悪質極まりないものだ。彼等に愛国心のひとかけらも見出すことは出来ない。愛国心を持つことは、同時に国民を愛することであり、国民の幸せを求めることである。
それはまた、国際社会において相手国の立場を理解しつつ、共存共栄を計って行くことにもつながる。相手国が逆にこの精神を解せずに無法な行動にでるならば、当然相応の対処が必要となる。
国際協調の推進の基底には、常に一国の国益が優先されるのは当たり前であり、その国益を守るという精神が愛国心である。それぞれの国が国家間の対立した諸問題に対しては、愛国心を持って臨むのは自明のことである。
このような厳しき現実の中で、国論を分裂させるような報道は邪道である。マスコミは反国家的な報道が進歩的とかリベラルとか言っているが、全くの勘違いであることは言うまでもない。
共産中国などは一党独裁であり、政府に逆らうような新聞社は存続できない。情報は厳しく管理され操作されており、人民大衆は真実を知ることが出来ない。
我々はそのような共産主義国家と対峙しているのである。このことを肝に命じなければならない。その報道姿勢の根底に国家意識も愛国心もない日本のマスコミが、国益を忘却し民族の誇りを傷つけることに狂奔したとしても何ら不思議ではない。これは極めて憂慮すべき事態と言えよう。
これまで日本の為政者どもはこのような愛国心無き亡国マスコミを恐れ、それにひざまずくことによって、政治の舞台における彼等の跳躍跋扈を許してきた。これは為政者とマスコミによって作り出された国家への挑戦であった。国家に対しての反逆行為にも等しい。愛国心を持つ国民の心情に対する裏切りでもある。この意味で彼等はもはや日本人ではない。
明日はマスコミの通俗民主主義批判を投稿します。
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反日マスコミが主張する「開戦前夜」