2006年01月03日

「日米印」の三国戦略同盟の成否

4cbc5f40.jpg麻生外相、インドなど訪問 戦略対話、中国を牽制

 麻生太郎外相は一月三日からインド、パキスタンを歴訪する。インドではシン首相らと会談する方向で調整している。昨年四月の日印首脳会談で合意した「日印グローバル・パートナーシップ」を加速させるため、日印閣僚級の戦略対話を開始し、さらなる関係強化を目指す方針だ。また、パキスタンではカスリ外相らと会談する予定。地震災害への復旧支援などを協議する。
 麻生氏が新年早々にインドなどを訪問するのは、東アジア共同体構想などをめぐり、日本と中国が激しい主導権争いを展開していることから、台頭する中国を牽制(けんせい)する狙いがある。(産経新聞)

 この麻生太郎外務大臣の正月早々の歴訪が、各ブログにおいても話題になっているので取り上げてみることにした。インドという国家が共産中国とは違って、日本という国に対して悪感情を抱いていない親日的な国家であることは昭和天皇の崩御の際にハッキリと示された。

 インド政府はこの昭和天皇の崩御をいち早く報道。国民に対して三日間の喪に服すことを政府として発表し、政府関係の庁舎には半旗が掲げられた。もし、共産中国が常々言っているような、日本軍国主義者がアジアの民衆に途端の苦しみを与えたとするなら、政府が国民に対して喪に服すことを宣言する筈もない。

 ちなみに世界でいち早く最高指導者の葬儀への参列を発表したのは、インドネシアの大統領であった。インドネシアにしてもインドにしてもアジアの中では大国である。この両国が世界中のどの国々よりも早く昭和天皇に対して弔意を表したことは、共産中国や韓国などとは違った歴史認識を持っていることを証明している。

 米ソ冷戦時代においてインドとパキスタンは激しく対立、大国の思惑に翻弄され続けた。パキスタンには米国が軍事援助を行い、インドは旧ソ連と協力関係にあった。また、中国とインドは、中国がパキスタンを支持した事や国境紛争などもあって対立関係にあった。

 冷戦構造崩壊後の国際社会にあって、イスラム勢力と共産中国の抬頭が著しいが、米国においては日米安保体制の強化と同時にインドとの協力関係を深めようとの動きが急速に高まって来た。米国はならず者国家やイスラム過激派が力を持つ地域を「不安定の弧」としているが、この「不安定の弧」は日本が中東から原油を運ぶシーレーン防衛網とも重なる。

 米国が冷戦崩壊後の国際社会において、強大な力を持ってきた覇権国家であることに疑う余地はない。しかし、その米国に取って代わろうとする野望を抱く国家が登場してきたことも事実だ。それが共産中国であり、中国は特にアジア地域においては政治・経済・軍事の分野において影響力を強めている。

 米国は中国にアジアの覇権を譲る考えはないが、これを一国で防衛するには限界が見えているのも事実だ。そこで日米安保体制の強化が打ち出されたが、それだけではとてもこの広範囲な地域をカバーすることは不可能である。

 そこで注目されるのがインドという大国である。インドは共産中国と大きく異なる特徴がある。それは「自由と民主主義」という人間の普遍的な価値観を米国や日本と共有することができる点である。インドは世界最大の「民主主義」国家であることは重要な視点となる。

 日米両国は共に「日米印同盟」構築を印度に呼びかけてきた。昨年4月には小泉首相が、11月にはブッシュ大統領が訪印して、重要な働き掛けを行ってきた。「不安定の弧」を日米印の三国でカバーする戦略的提携を視野に入れ、協力関係の構築を目指している。

 この日米印の協力体制が築けるか、その鍵を握るのはインドである。インドは日米両国との協力関係の強化は望んでいるが、同盟関係までは欲していない。現在、中国とインドの関係は少なくとも表面上は良好である。

 経済的にもインドと中国の貿易額は113億ドル、インドの日本の貿易額はその半分以下の50億ドルでしかない。インドにとっては中国も大切な国である。この点に日本の経済界の強い反省を求める。日本財界はこれまで<中国熱>に冒されてきた。しかし、共産中国がいかに危険な国家である事を知った筈だ。

 インドとの経済的な協力関係を深めるべきである。日本の将来に取って「米・英・豪アングロサクソン連合」に次いで重要な国家となる。このインドとの戦略的同盟の成否は日本の経済界の協力に掛っていると言っても過言ではない。

 インドは人口でも中国をもうすぐ追い抜くことが確実となった。世界最大の大国となる。このインドに対して、日本がどのような経済的・技術援助を行うことが出来るのか。全ては日本の生存と国益に直結する最重要な国家戦略となる。

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Posted by the_radical_right at 09:13 │ mixiチェック │日米関係 

2006年01月02日

変革の歴史的必然としての日中対立

d64ebfcd.jpg顕在化してきた変革の歴史的必然性!

激化する外交・情報・謀略戦

共産中国にもっとも利し易いとバカにされ侮辱されてきた歴代の政府と外務省。これまでいやというほどその外交的な無知・無能ぶりを国民の前に曝け出してきた。しかし、今ようやく国民の間にこの屈辱的な外交に対する疑問の声が挙がり、変革への機運が高まりつつある中で政府や外務省も毅然たる態度を示し始めた。

 もはや「魂を売って得たパン」で肥えた図体を永遠に保持できるなどと考える者はいないだろう。共産中国との貿易額は確かに大きな地位を占めるようになった、しかし、だからと言って国家の信念を曲げてまで、この経済的な利益に固執する必要が果たしてあるのか。

 週刊文春の報道で露見した上海の日本領事館における男性館員の自殺問題は、改めて日中間の外交関係がねじれた関係にあることを表している。日本政府は自殺の背景に共産中国の情報機関の暗躍があり、その結果日本人男性館員は自殺に追い込まれたとしている。

 しかし、中国側は「中国関係者といかなる関係もない。」と全面的に否定、「中国側のイメージを傷つけようとする。」謀略であると批判している。この問題に対する両国の見解は真っ向から対立しているが、中国側は詳しい経緯については触れようとしない。これはどう考えても中国側に不利に働くので明らかにしたくはないのだろう。

 わが国は中国が空念仏のように唱える「日本軍国主義復活論」や「極右抬頭論」に振り回されてきたが、もうこれらの主張に耳を貸すのは愚の骨頂でもある。一部の反日マスコミが同調して日本を貶める報道を垂れ流しているが相手にする必要もない。

 共産中国と日本を取り巻く昨今の情勢は、確実に両国関係に悪影響を及ぼし始めている。政治の対立は思想戦・情報謀略戦となり激しく対立。その熾烈さは物理的な戦火をも勃発させる雲行きとなってきた。

 国家の命運にとって最も重要なことが防衛であるという、古今東西の歴史における鉄則が意外と早く知らざるを得ない、そんな状況が目前に迫ってきた。朝日新聞の元旦の社説には、「まるで開戦前夜のような言葉が並ぶ雑誌が売られている。」と論じていたが、朝日新聞社もようやくそのことに気がついたようだ。

 <顕在化してきた変革の歴史的必然性>として非常事態は迫りつつある。これを恐れてはいけない。「備えあれば憂いなし。」今我々が実践しなければ行けないのは、まさにこの言葉なのである。

 「反日デモ」「靖国批判」「東シナ海の強行油田開発」「東アジア共同体構想の対立」そして「上海領事館男性自殺」これらはけっして単独で起きているわけではない。歴史における一つの脈絡の中で見ていかなければならない。

 我々は共産中国との戦争を望んでいるわけではない。マスコミは日本の社会に反中国を叫ぶ勢力が存在していることを問題にするが、このようなマスコミは中国の原潜が日本領海を侵犯した事実をどのように考えてきたのか。

 軍事的な挑発を繰り返しているのは人民解放軍であり、我々《極右》は、日本の安全保障について当然の主張を展開しているに過ぎない。明治維新以来、血と涙によって累々と培われてきた日本民族生存の権利が奪われようとするなら、我々は座して死を待つわけにはいかないのだ。

 日本は偶発的な局地戦争であれば、十分人民解放軍を迎い撃つだけの力をもっている。実質的に存在している自衛軍(自衛隊)の機能を麻痺させているのは、法や擬似平和主義者だけではない。我々国民の側に存在する偏狭な保身と堕落である。

 民族の正気と国家の命運を託された自衛軍を我々《極右》は全面的に支持する。

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Posted by the_radical_right at 09:33 │ mixiチェック │特定アジア(中国・歴史認識) 

2006年01月01日

「自由か、共産(独裁)か」原点に返って

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謹賀新年       正月元旦

明けましておめでとうございます。

本年もよろしくお願い申し上げます。   瀬戸弘幸

 

 2006年の幕開けに、どのようなタイトルでブログを書こうかと考えた末に、古くからのシンプルな言葉である「自由か、共産(独裁)か」に落ち着きました。

 実はこの「自由か、共産か」こそが、私が政治思想を学びこの道に進むことになった、忘れることの出来ない言葉でもあります。私は東北の片田舎で農家の長男として生まれ、家業の農家を継ぐために農業高等学校に進学し、農業後継者として社会人の一歩を踏み出しました。

  しかし、間もなく市街化区域と調整区域の線引きが行われ、家の農地の大半は宅地並み課税となる市街化区域に編入され、私は将来に渡って農業をやる道を閉ざされたのです。仕方なく私は市役所に勤務することになりました。臨時職員から正式な職員とはなりましたが、私が一番驚いたのは職場の雰囲気でした。

 全く自由な意見が言えない暗い雰囲気でした。職場は左翼・社会主義者によって支配され、私はマルクス・レーニン主義の書かれた雑誌を無理やり学ばされたのです。

 私の育った家には戦没者がいました。父の兄は中国で戦死したのですが、仏壇にはその写真が飾られ、朝食事の前には正座させられて拝まされました。おばあちゃんは玄関に掛けられた「戦没者の家」と書かれた表札をいつも布切れで拭き、真新しい輝きを放っていたのを覚えています。

 そのような家庭で育った自分は、左翼がいう「先の大戦で死んだ日本の兵隊は人殺しだ。」という言葉に耐えられなかった。私は自民党に入党しました。当時田中角栄が総理の時代でしたが、参院選では企業ぐるみ選挙で大敗、共産党が躍進して「民主連合政府構想」を打ち出しました。

 この頃(70年代)まさに「自共対決の時代」であり、自民党は歴史的な退潮傾向に歯止めがかからず、若かった私は祖国の将来に危機感を抱きました。当時、市役所には赤旗が乱立していましたが、大日本愛国党の宣伝カーがやってきて、「赤旗を降ろせ!共産主義者は出て行け!」とアジっていました。

 私は東京日比谷で始めて愛国党の赤尾先生の演説を聞きました。東アジアの大きな地図がトラックの上に掲げられた。ソ連、北朝鮮、中共が真赤に染められ、日本は今にも赤い大陸に飲み込まれるような感じでした。私はもう居ても立ってもいられない気持ちで、ついに右翼政治活動を始める決意を固めたのです。

 当時の政治信条はこの「自由か、共産か」でした。それ以外には何もなかったと思います。その後勉強を重ねて行く内に「反共運動」だけでは駄目なのかと思い始め、「YP体制打倒」を掲げる新右翼運動などにも共鳴を示し、幾多の変遷をへて現在《極右》として活動しています。

 今思うに、「自由か、共産か」というシンプルな呼びかけこそ、戦後日本政治・思想の本義でありました。愛国党の赤尾先生の口癖は「近い将来、共産主義と自由主義の戦いになる。日米同盟があるからソ連も中共も攻撃してこないだけだ。左翼は自主独立を言うが、独立できても孤立するだけだ。中共とソ連は今仲違いしているが、あれは嘘だよ。中共を利用してソ連を牽制しようとしているが、裏では結託しているんだ。米国も日本も騙されている。最後は自由主義と共産主義の戦いだよ。」というものでした。

 米国のブッシュ大統領は昨年11月中国を訪れた際に中国に対して「政治的自由と宗教の自由の必要性」を強く訴えた。今更皆様にこの言葉の意味する重要性を解説する必要はないでしょう。

 一党独裁が国家の国是であり、国民に自由を認めない共産国家に乗り込んで、自由の尊さをハッキリと言明したのであった。自由とは人間の尊厳と切り離すことは出来ない。

 対して胡主席は「中国国民は民主的選挙などの権利を行使している」などと応じるのが精一杯で、明らかに食い違う発言で対立点だけが浮き彫りになっていました。共産中国には自由というものがない。中国の国民が真の自由を獲得できるようになった時、脅威は薄らぐだろう。

 しかし、ソビエト共産党の自壊を目のあたりにした彼らが、そう簡単には国民に自由を与えることはない。国民の自由への渇望が大きくなった時、その内憂の危機を「反日」へと転換、更なる危機を演出するのは間違いない。

 それが激化した時、人民解放軍は東シナ海において、軍事的な冒険主義に出る可能性があるのです。日本の将来にとって今年は極めて憂慮すべき事態が発生するかも知れません。共に2006年を闘う不動の陣地をこのネット上に構築しましょう。

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Posted by the_radical_right at 08:03 │ mixiチェック │我々の闘いの軌跡