>国家社会主義ってナチスでしょう。それにもう滅んだ思想じゃないの?
確かに国家社会主義ドイツ労働者党はありません。しかし、そのイデオロギーまで消滅したわけではありません。国家社会主義ドイツ労働者党は滅びましたが、それとて国民の支持がなくなったからではなく、戦争に敗れてその党派を継ぐことが法律で禁じられてきたからです。
日本における国家社会主義は戦前・戦後と影響力は大きくはありませんでしたが存続してきています。右翼の世界からは“異端の右翼”として排斥され続け、不遇な運命を余儀なくされてきました。
しかし、この場合の不遇な運命とは価値には関係ありません。国家社会主義の新しい使命と役割については、社会の発展とともに変化を遂げ、現在においては益々顕著となってきた個人主義をいかに克服するかに、その歴史的な使命が期待されていると解釈しています。
>三郎さんへ
社会主義の定義について述べよ、ということなので考える処を述べさせて頂きます。
そもそも社会主義思想とは産業革命以降、急速に発達した資本主義社会において、資本家階層の競争主義、自由主義の傾向に対して、疎外された労働者階層の要求によって生まれた。それは一つには労働者階層の貧困化(経済的疎外)に対する保障の要求であり、もう一つは資本家階層の決定権の独占(政治的疎外)に対する参加の要求であった。
しかし、産業社会の発展という未来の構図を読み取ることが出来ずに、現実的な単なる利益分配を求めての運動に終始した。初期資本主義の矛盾が実は産業社会自体に起因する矛盾であるのに、その矛盾を解決するための手段が「生産手段の社会化」として強調され過ぎた。
この点をもっとも重視したのがマルクスであり、「生産手段の社会」が社会主義の中心概念となってしまった。このようにマルクス社会主義は定義づけられるのではないでしょうか。この社会主義と国家社会主義との違い、今日的な意味については、これから追々述べることにします。
>ナチズムを信奉するような者とはまともな議論はできない。
何度も説明しておりますが、ナチスについては同じく第二次世界大戦を共に戦った同盟国として、戦後民族の正史を綴る闘いを続けるネオナチにエールを送っていると考えてください。ナチスの歴史的な評価についてはドイツ国民並びに、歴史修正主義者の闘いを見守る立場です。
それよりも、ここで述べたいのは、国家社会主義の新しい定義についてです。
これまで社会主義の対立概念は資本主義でした。しかし、今日の社会主義の対立概念として、私は個人主義を挙げます。我々の掲げる国家社会主義は利己的な個人主義を克服する透徹された理論として新たなる歴史的な使命感を与えられたのです。 (つづく)
<極右>の理論的な主柱として3つのスローガンを掲げて行こうと考えております。現在肉付けを急いでおります。
�� 自然の再生と共存
�� 経済の再生と発展
�� 共同体の再生と国家の再興