
この『21世紀の日本はどうなる?ディスカッションフォーラム』は今から6年程前の2ちゃんねるの『政治思想』板の論戦をまとめたものである
>皆さんへ
私はかつては反米主義者であった。我が国の政治思想上の反米論は二つあると思います。一つは左翼勢力の反米論。左翼共産主義者は赤化戦略の中心に日米の離反をすえていました。
もう一つの反米論は国粋主義から来るもので、これすなわち民族主義の観点から、我が国の独自性を強調する余り、戦後の対米従属を悪ときめ、それからの脱脚を主張するものです。
この国粋主義的な反米論は左翼の反米論よりは心情的には日本人には受け入れ易い面を持っていた。
事実80年代後半から90年代の始めにかけて、日本の経済が好調期には自信を持った経済人からまで、大いにこの反米的な気運が持ち上がった。
しかし、日本経済がバブルを経て失速すると経済人も自信喪失になる。強引なまでの米国進出には、同じ日本人として眉を顰めざるを得なかったのは遠い昔のようだ。
さて、将来の日本を考え議論する時、自国の置かれた状況を正しく理解することこそ肝要ではないのか。つまり、もう感情的な反米論はもう終わりにする時がきているのではないか。
日本は先の大戦で米国と戦い敗れた。無条件降伏でその誇りをズタズタニされ占領下で憲法も押し付けられた。
これらの事実からどうしても感情的には米国を恨み反米論者になるのも理解はできる。しかし、これを乗り越えて克服することこそが21世紀に向けた日本の国家戦略ではないのか。
※この頃私は思想的には転向を図った。それまでの反米論者から日米による『共同覇権』主義者へと転向したのであった。
当時の私の論文『戦後民主主義』と『反米』を掲載させて頂きます。
戦後民主主義を批判する者はそれに代わる案を国民に提示しなくてはならない。
実は私などもこの「戦後民主主義批判」を盛んにぶっていた時がある。戦後民主主義批判は反米でもあった。
私は「日米友好時代は終った」の自著の中でも戦後民主主義と反米を同列に論じていた。
敗戦によって米国から押し付けられたのが「戦後民主主義」で悪いものだと声高に叫んでいた。
しかし、日本は敗戦する前から「議会制民主主義」は機能していたのであり、この点を勘違いしてはいけない。
私が「日米友好時代は終った」を発行した当時は、日本の経済は元気一杯であり、日本企業は世界中を席捲していた。
対して米国は日本に対して明らかに焦燥・嫉妬と思われる感情があり、日米間にはただならぬ緊張感が漂っていた。
当時は反米論ものは日本人の共感を得やすく、私の本も予想に反して売れた。しかし、今日私はこの反米論の誤りを厳しく自己総括している。
これからの日本の基本的な国家戦略は日米の協調路線しか有り得ず、それ以外の選択は亡国の道となる。
この実に簡単明瞭な国際情勢の進展が、当時いくら若いからといえ、見えてこなかった自分が何とも恥ずかしい。
「戦後民主主義批判」と「反米」を唱える者は、それに対する代案を出すべきである。
私はこのサイトで反米か親米かの論争をしたい。
私は現実を直視しないで、そこから逃げながら観念的な「反米」を唱えていたと思う。現実を踏まえた上でそれでも敢えて「反米」を唱えることは、目に見える外部の敵よりも、我が内なる敵の存在がより有毒と考える昨今である。


