2005年07月07日
日本人が日本語を話せない世界唯一の場所
国連の戦勝国支配を終わらせよう。
日本は第二次世界大戦の敗戦国であり、現在の国連こそは戦勝国による敗戦国支配のための組織である。常任理事国には米・英・仏・露・中の戦勝国が座り、日・独・伊の敗戦国には敵国条項がある。
日・独などが常任理事国に選ばれることこそ、戦勝国支配に終止符を打つことになる。
この戦勝国支配の終焉はもう現実的には明らかなのに、ロシアと共産中国は強く反対している。
特に日本帝国主義に勝利して中国人民を解放したということだけが、独裁権力を正当化する根拠となっている共産中国は、日本の常任理事国入りには絶対反対の立場だ。
中国全土に吹き荒れた「反日」の官製デモは、この問題で日本を牽制するためのものだった。
忘れてはならないことがある。戦後総決算を唱えた元中曽根総理が国連に乗り込んで、敵国条項の撤廃を世界に向けて訴えようとした。
その時に突然湧き起こったのが共産中国からの教科書批判であり、靖国参拝問題であった。
日本人が日本語を話せない唯一の場所・国連
今から十年以上も前の話になります。国連で各国大使の演説をテレビで見ていた私は不思議に思えてならないことがあった。
米国と英国は英語、中国は中国語、旧ソ連はロシア語と自国の言葉で話しているのに、日本の大使は英語で演説していた。
私はなぜ日本語で話さないのか、と外務省に電話で尋ねた。
英語は国際語でその方が各国の大使も理解し易いからとの返答だった。
納得いかない私は直接外務省を訪れ、再度日本語の使用を要請した。
対応してくれた人物は電話で受け答えした人とは全く違ったことを述べた。
「余り大きな声では言えませんが、国連では日本語で話しすることはできないのです。禁止されています。使える言葉は英語、中国語、フランス語、ロシア語と国際語としてラテン語が認められています。」
電話の主は私を騙した。国連における国際語はラテン語であった。
たぶん、今もこの点は変わっていないだろう。
このような国連に日本は我々の税金を分担金として、米国に次いで出していたのだ。
学校でも習わなかったし、マスコミでも殆ど伝えられたことはない。
私とあった外務省の役人が、バツ悪そうな顔をして頭を下げた姿が何とも哀れであった。
2005年07月06日
極右とは何か〜 懐かしの2ちゃんねる大論争 (7 )

この『21世紀の日本はどうなる?ディスカッションフォーラム』は今から6年程前の2ちゃんねるの『政治思想』板の論戦をまとめたものである
>皆さんへ
私はかつては反米主義者であった。我が国の政治思想上の反米論は二つあると思います。一つは左翼勢力の反米論。左翼共産主義者は赤化戦略の中心に日米の離反をすえていました。
もう一つの反米論は国粋主義から来るもので、これすなわち民族主義の観点から、我が国の独自性を強調する余り、戦後の対米従属を悪ときめ、それからの脱脚を主張するものです。
この国粋主義的な反米論は左翼の反米論よりは心情的には日本人には受け入れ易い面を持っていた。
事実80年代後半から90年代の始めにかけて、日本の経済が好調期には自信を持った経済人からまで、大いにこの反米的な気運が持ち上がった。
しかし、日本経済がバブルを経て失速すると経済人も自信喪失になる。強引なまでの米国進出には、同じ日本人として眉を顰めざるを得なかったのは遠い昔のようだ。
さて、将来の日本を考え議論する時、自国の置かれた状況を正しく理解することこそ肝要ではないのか。つまり、もう感情的な反米論はもう終わりにする時がきているのではないか。
日本は先の大戦で米国と戦い敗れた。無条件降伏でその誇りをズタズタニされ占領下で憲法も押し付けられた。
これらの事実からどうしても感情的には米国を恨み反米論者になるのも理解はできる。しかし、これを乗り越えて克服することこそが21世紀に向けた日本の国家戦略ではないのか。
※この頃私は思想的には転向を図った。それまでの反米論者から日米による『共同覇権』主義者へと転向したのであった。
当時の私の論文『戦後民主主義』と『反米』を掲載させて頂きます。
戦後民主主義を批判する者はそれに代わる案を国民に提示しなくてはならない。
実は私などもこの「戦後民主主義批判」を盛んにぶっていた時がある。戦後民主主義批判は反米でもあった。
私は「日米友好時代は終った」の自著の中でも戦後民主主義と反米を同列に論じていた。
敗戦によって米国から押し付けられたのが「戦後民主主義」で悪いものだと声高に叫んでいた。
しかし、日本は敗戦する前から「議会制民主主義」は機能していたのであり、この点を勘違いしてはいけない。
私が「日米友好時代は終った」を発行した当時は、日本の経済は元気一杯であり、日本企業は世界中を席捲していた。
対して米国は日本に対して明らかに焦燥・嫉妬と思われる感情があり、日米間にはただならぬ緊張感が漂っていた。
当時は反米論ものは日本人の共感を得やすく、私の本も予想に反して売れた。しかし、今日私はこの反米論の誤りを厳しく自己総括している。
これからの日本の基本的な国家戦略は日米の協調路線しか有り得ず、それ以外の選択は亡国の道となる。
この実に簡単明瞭な国際情勢の進展が、当時いくら若いからといえ、見えてこなかった自分が何とも恥ずかしい。
「戦後民主主義批判」と「反米」を唱える者は、それに対する代案を出すべきである。
私はこのサイトで反米か親米かの論争をしたい。
私は現実を直視しないで、そこから逃げながら観念的な「反米」を唱えていたと思う。現実を踏まえた上でそれでも敢えて「反米」を唱えることは、目に見える外部の敵よりも、我が内なる敵の存在がより有毒と考える昨今である。
郵政国会に見る議会制民主主義の虚妄
最大の政治決選が呆れる自民内紛と野党の傍観
最大の政治決選と政界関係者を言わしめた郵政法案は、与党自民党の中から51人もの造反者が出てわずか5票差で可決された。
次に参院選での攻防となるが、参院にはもともとこの法案に反対する勢力が根強く、衆院とは反対に否決される可能性もある。
さて、今回の騒動を見て感ずることは議会制民主主義は今や地に堕ちたと言って良いほどの惨状を呈したと言うことだ。
先ず、政治決選と呼ばれるからには与野党の激しい攻防が普通である。
ところがどうだ、野党は与党の“分裂”だけが期待の消極的な対応に終始した。
小泉首相は自らの掲げる構造改革の本丸と郵政改革を位置づけた。
この郵政民営化に反対する勢力を守旧派と呼び、「抵抗勢力」と決め付けた。
この「抵抗勢力」とされた方々は、旧橋本派や亀井派であり、どちらかと言えば、古い自民党の体質を持っている。
よって、民主党もこの古い自民党のイメージで見られる反対派とは距離を置かざるえなかった。
身内に同じように労組体質という古い勢力を抱え込む民主党としては尚更である。
小泉首相もこの辺りはよくわきまえており「民主党さんは郵政民営化に賛成なのですか、それとも反対なのですか、はっきりして下さい」などと挑発した。
確かに、自民党の中における賛成、反対の両勢力の言い分はそれなりに国民は知ることが出来た。しかし、民主党の側は本当はどうだったのか?
労組依存から抜け切れない勢力は郵政民営化には反対だったが、党内には民営化に賛成する議員もいたようだ。
党としてまとまった行動をしたのは、もし否決となれば、衆院解散総選挙になり、それを考えての行動だった。。そのような切羽詰った政治状況でなければ、民主党の中にも民営化に理解を示す議員もいたと考えられる。
議会制民主主義はしょせんは虚妄の産物か
今回の自民党の騒動を見るとバカバカしさが伝わってくる。先の総選挙で自民党はマニフェストで郵政事業の民営化を掲げ、小泉首相を先頭に戦い勝利した。
党人であるなら、その党則・選挙公約に従うは当然であり、もしこんなことが許されるなら、国民への公約など薄っぺらなものでしかなく、国民をないがしろにした行為に他ならない。
私は始めから「自民党」の存在に期待していないし評価もしていない。
しかしながら、小泉首相の共産中国に対する姿勢だけは評価する。
執行部が反対派を除名できないとしたら、それは政党としては自己否定にも等しい。
また、反対派も党を出るくらいの覚悟を示さないでは信用できない。
ここ十年来の日本の政界は「出たり、入ったり」のデタラメぶりだ。
一端は出ても、蕩児の帰還よろしく舞い戻ろうが、誰もそれを咎めようともしない。
政治不信を増幅させるだけだろう
衆議院議員の本音はこれで一安心といった所だろう。票差が接近していたので反対派も面子が保てた。何より怖いのは衆院解散である。
参院で仮に否決されても、それは参院のことだと小泉首相に圧力をかけるだろう。小泉首相も迷ってそこまでは踏み切ることは出来ないのではないか。
一部のマスコミはこれで小泉首相の「死に体」化が始まったなどと書いているが、待って欲しい忘れてはならないことが取り残されている。
靖国神社への公式参拝問題である、これをやり遂げて共産中国に気概を見せて欲しいものだ。
しかし、深刻なのはこのような節操のない政党や政治家に選挙の度に一票を投じなければならない国民の側だ。
議会制民主主義とは、民意が最大限に努力を発揮しうる制度ではなかったのか。
国民の代表である議員とその集合体である政党が、かくもだらしなく体たらくな現状をどうするのだ。
そして国民の側も、この政治に対して魅力を感じることが出来ず信頼もおけないとしたら、そこから導き出される答えは一つだ。
「議会制民主主義よサラバ」である。
ここは一つ若者に呼びかける。
絶望による政治からの逃避か、
希望を持った祖国改革への
闘争かである。
