2005年11月17日
「日米同盟」で中韓の策謀に立ち向かえ!
京都の迎賓館で米国のブッシュ大統領との会談に臨んだ小泉首相は「日米関係が緊密になるほど中国や韓国、国際社会と良好な関係を築ける」と述べた。
この言葉こそ、これまで小泉首相や我が国に言いがかりをつけてきた共産中国や韓国、北朝鮮に対する明確なメッセージとなった。今朝の産経新聞紙上においても岡崎久彦先生が「なかなかの見識だ、なまじっかな学者には持てない洞察力。」とこの言葉を高く評価している。
時同じ頃、ソウルを訪問していた共産中国の最高指導者、湖錦濤国家主席は、青瓦台(大統領府)で、慮武鉉大統領と会談していた。彼らは日本の歴史問題が「北東アジアの協力と発展に否定的な影響を与えてはいけない」などと共同歩調を取りながら、小泉首相の靖国神社参拝を念頭に「域内の国家が正しい歴史認識を基礎に未来志向で発展できるように共に努力することで合意した。」と表明し日本側を牽制した。
この共同声明は日本に対する内政干渉であり、当然のことながら日本側がこのような中韓の声明に左右されることがあってはならない。この点についても前述した岡崎久彦先生は「米国と疎遠になり、中韓両国と接近すれば、中国の日米離間策に乗って、ますます日本が世界の中で孤立するのは自明の理だ。」と説いている。
このブログで連載している「極右とは何か〜2ちゃんねる大論争」の中で、『文明の衝突』について紹介しているが、この日米関係と共産中国、朝鮮半島の問題とは日本の将来にとっては死活的な問題である。
冷戦期において日本を欧米の論者は「ザ・ウェスト」と呼んだ。ところが、昨今の日本のマスコミは我が国の立場を「ザ・ウェスト」から排除してしまった。しかし、日本が紛れもなく「西側」の一員であることに変わりはない。
ハンティントン教授が予言するような『文明の衝突』がもし現実のものとなった時でも、日本が位置するのはあくまでも「ザ・ウェスト」であるべきで、そこから逃げて中韓の罠にはまるようなことがあってはならない。
日本の政界においては、小泉・安倍・麻生・中川氏などの「日米同盟」派に対して、福田・加藤・山崎・公明党などの「親中」派が「日中を軸とする東アジアの新体制」を目指して動き出した。反体制左翼や反日マスコミ、それに大アジア思想に固執する国粋右翼勢力もこれに加担している。
我々は早くから『日米共同覇権構想』を提唱してきた。文明論と現状認識の両面から、この二つの潮流のせめぎあいは続くだろう。
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2005年11月16日
極右とは何か〜懐かしの2ちゃんねる大論争 (29)

懐かしの2ちゃんねる大論争〜『文明の衝突』 その��
>匿名 2000・2・15
非常に興味あるテーマです。これなら私も少しついていけるか知れません。本の受け売りもあるかも知れませんが、読者のためにも少し解説させて下さい。もし、ピント外れでしたらお詫びします。
ハンチントン教授によれば、文明の優位を決定付ける要素は「領土と人口」「経済生産力」「軍事力」の3つであるとしています。
【領土と人口】 1920年に西欧諸国が全陸地の半分以上を占めていたものの、1990年代に至っては半減。人口も日本同様、急速に高齢化と少子化が進行し、逆に非西欧地域は増加している。このことは労働者及び兵士、予備軍の増加を意味する。
【経済生産力】1928年時点では西欧が世界の84・2%を占めていたが、80年代には49%、2013年には30%を下回ると予想されている。
【軍事力】冷戦終結後、NATOが1985年から1993年にかけて軍事予算を10%以上削減したのに対して、東アジア諸国は50%も増加させた。ここで西欧というのはアメリカ、ヨーロッパなどユダヤ・キリスト教圏にある白人文明をさし、非西欧というのは中国やイスラム諸国、東南アジア諸国をさしています。
西欧文明が弱体化する一方、非西欧文明は着実に台頭してきており、やがてこの両文明の間で不可避の衝突が起こる。・・・・・・・・・という内容ですが、「予言」といっても「オカルト予言」ではなく、世界の情勢からも論理的に説得力のある予言と云わざるを得ません。
さらにこれを補完する理論に村山節氏の発見した「800年周期説」というものがあります。「文明の研究・(村山節著/光村堆古書院)」これによると、ルネッサンスの頃に興隆期を迎えた西欧文明は、大航海時代、植民地時代、帝国主義時代、近代合理主義時代を経て、今完全に没落トレンドに入っている。
一方、それ以前の世界は、ササン朝ペルシャ、中央アジア、中国、インド、古代インドネシア、アンコールワットといった文明が花咲いていたが、ゲルマン民族の大移動やイスラム教徒の移動などの世界動乱を経て弱体化して、長い冬の時代に突入した。
しかし、それも次第に頭角をあらわし、今日まさに興隆期を迎えようとしている。あたかもDNA構造のように、互いに規則的な螺旋を描きつつ、壮大な流れの中で発展と衰退のリズムを繰り返す、この東西両文明のサイクルがクロスするとき、必ず世界的な大動乱が起こっている。それは可能な限り遡ることのできる過去6000年の人類史においてただの一度の例外もない。その文明サイクルのクロスポイントに当たるのが、まさに現代なのだと氏は結論づけています。
※『文明の衝突』の紹介だけになってしまいました。申し訳ありません。
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2005年11月15日
ポスト冷戦の新潮流としての《極右》
西欧における《極右》の台頭と、その原因を「移民」以外に求めると
今回のフランスの「移民暴動」において、この問題を追及してきた《極右》勢力が注目されている。確かに《極右》は外国人移民について、反対を表明し国民に訴えてきた。しかし、《極右》が支持を伸ばしているのは、《極右》が単に移民に反対しているからではない。
外国人に対する抗議の受け皿としてだけ《極右》の存在はあるのでなく、体制そのものへの抗議の対象として存在感を増している。こうした移民に反対する国民の票は当初は右翼・国粋勢力に集まった。
しかし、それは単なる一時的な現象でしかなかった。旧来の右翼はゴマンとあったが、それを国政レベルにまで、きちんと取り上げる能力を持ったのが、今日のフランスの《極右政党》であったわけだ。
対してイギリスやドイツにおいては、フランスの《極右》政党のように、国民の不安や不信感を代弁することが出来なかった。彼らは頭を剃り上げてスキンヘッドにして、徒党を組んで暴力的な破壊活動を繰り返してきた。ドイツにおいても暴力的な集団はそれでも活動しているが、歴史修正主義者で著名な人達はその活動拠点をアメリカ大陸に移したほどである。
オーストリアとベルギー、オランダにおいても、《極右》政党はそれなりの成功を収めつつあるが、この成功の秘訣も人種間の緊張関係だけが要因とは言えない。確かに外国人恐怖症を巧みに煽った雄弁家が成功に導いたという説も間違いではない。しかしそれが全てではない。フランスと同じように体制への抗議が票となって表われている。
西欧における《極右》の伸張は移民の問題が有利に作用したことは否定するものではない。しかし、もう一つ東西冷戦構造の崩壊というイデオロギーの問題が実はそれ以上のウェートを占めていると私は分析している。
それはポスト冷戦の新潮流として、この問題を考察することから始めなければならない。平成5年3月7日付の産経新聞に、ユーロ・コミュニズム全盛期の1977年、痛烈な社会主義批判を展開したフランス新哲学派の旗手、ベルナールアンリ・レビ氏のインタビューが掲載された。
このインタビューの中でレビ氏は、インタビュアーがイデオロギーに代わる争点を質ねたことに対して、明確にイデオロギーの相違こそ焦点であると切り替えした。つまり、冷戦時代は民主主義対全体主義(共産主義)の拮抗であったのに対して、世紀末を迎えた現在には、まだ何と命名すべきかも分らない新しいイズムの拮抗が見られるとの指摘であった。
それは一番近いのはナショナリズムであるが、帝政ロシアやラテンアメリカなどで派生した下からの体制変革運動としてのポピュリズムやトライバリスム(部族主義)などであり、今後これらが増殖すると思われる。この指摘には興味深いものがある。
今三位一体という言葉が流行していますが、「赤(旧共産主義者)」「黒(宗教指導者)」「白(民族主義者)」がこの新しい潮流に深く関わってくることは間違いない。今後《極右》はこの新潮流の中でその存在感を増していくことだろう。
