2005年12月05日

敵性国家を相手に対話より経済・軍事制裁だ!

74ccda27.jpeg参拝自粛が再開の前提 日中首脳会談で温首相
 【北京3日共同】中国の温家宝首相は3日、中国が小泉純一郎首相の靖国神社参拝を理由に拒否している日中首脳会談の実現の見通しについて「日本の指導者が自らの誤りを正すために実際に行動を起こすことを期待する」と述べ、小泉首相の参拝自粛表明などが再開の前提になるとの認識を強調した。中国外務省が同日、フランス紙フィガロの温首相とのインタビュー内容を公表した。
 
首相参拝問題を棚上げにした形での日中首脳会談再開を期待する日本側に対し、温首相自らが、受け入れられない考えを明確にした。
(共同通信) - 12月3日22時5分更新

 中国という国は、戦後、我が国がODA(政府開発援助)の名の下に莫大な投資を行なってきたにも関わらず更に寄越せと言わんばかりに恫喝することこそあれ、感謝などしたことがない。もとより、徹底した情報統制下では真実が人民に伝わらず感謝など求めるべくもないだろう。
 そのような国の要求に日本国の意思、さらには日本人の死生観を捻じ曲げてまで応じたところで更に要求が重なってくるのは自明である。それが即ち内政干渉なる形の侵略行為であることは今や万人が知るところではないか。

史上、最も厄介な隣人

 先頃、石原慎太郎東京都知事は「米中が戦争にならば、米国に勝ち目はない」と断じた。石原知事はその理由を米国と中国では人命に対する価値観が著しく異なり、人海戦術を駆使した中国は一都市を占領されようとも、数億人の犠牲が生じようとも全く異に介さないためであると論じている。
 一昔前なら最新鋭兵器を備えた米軍に、旧式装備の中国軍では勝ち目がないというのが識者らの通説であったように思うが、もとより彼の国における人命・人権軽視はチベットにおける民族弾圧に示され、雪崩れ押し寄せる人海戦術の脅威は後を絶たぬ中国からの集団密航に示されていただけに知事の予測は実に的を得たものと言えよう。
 かく言う筆者もインターネット上の議論で、話題が中国脅威論に及んだ際、特攻作戦と兵士を消耗品の如く扱い得る人海戦術も厭わぬ国柄を指摘したところ、掲示板における討論参加者らに嘲笑されたものである(これが99年のこと)。
 然るに中国が日本さらにはアジア全域における脅威となった今、その源泉が十数億人もの人命を消耗品の如く扱い、簡単に切り捨てられる非情さを持つ点にあるとするならば、中国共産党によるチベット弾圧に見られる人権抑圧を口実に各国との協力・連帯の下、徒に対話を求めるのではなく戦略的に対話を拒否する老獪さが求められるように思うが、我が国の政界や外務省、さらには財界に君臨するチャイナ・ロビーという存在の多さを見るに現実的にはむべなるかなだ。
 
もはや核戦争以外にないのか

 さて、中国大陸に存在する十数億の民が日本と同レベルの生活水準に達することは即ち地球環境の著しい破壊に繋がりかねないことは識者らがかねがね指摘してきた通りであろう。
 現今の状況を見る限り、自由主義経済の下で富を手中に収めているのは一握りの富裕層で、その格差は広がる一方のようだ。共産党幹部の腐敗は体制矛盾として随所に表面化している。中国共産党がいずれ倒壊し、いくつもの国家に分断される状況が最も好ましくはあるが、それとて大量の難民を出現させるだろう。十四億とも十五億とも言われる人口が隣国に位置していながら、共産党独裁政権が君臨し続けようとも倒れようとも、何事も起きないはずはあるまい。相次ぐ中国人の不法入国がそれを雄弁に物語っているではないか。
 内政においては人権抑圧という形に見られる人命への価値観を、対外的な争いに利用しようとする急迫事態の際、それが世界規模での脅威である以上、数億人の人命をも瞬時に消し去る非情さが求められよう。核一発で一都市が消滅しようとも何ら意に介さないのであれば百発も落とせば堪えるであろうか。
 一見は矛盾した暴論のように聞こえるかも知れぬが、人権の先進国でありながら、国家全体の安全に関わる非常事態の際には軍隊をも出動させ、如何なる強権手段をも厭わぬ米国政府と米国民に倣えば必然的とさえ言えよう。
 核武装や核戦争云々はいささか非現実的な選択肢であるとしても、数万、数十万あるいは数百万の難民が中国大陸から一挙に日本を目指さんとした時、日本周辺海域において「人命尊重」やら「人権」なる御題目が日本国民の生命と安全を守るために適切であるのかどうか、その取り扱いを是非せねばならぬ時が来るに違いない。
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Posted by the_radical_right at 20:30 │ mixiチェック │特定アジア(中国・領土) 

2005年12月04日

21世紀に人間は地球と共存できるか?

21世紀に人間は地球と共存できるか?  その��

大気、水、土、生物のバランス及び循環システムが、どこか一箇所でも崩壊すれば、必ず生態系が破壊され、我々と共存していた数万種の動植物が絶滅してしまうだろう。

すでに地球は生態系の許容能力の限界に達しており、まさに生態系の衰退を示しているのである。地球の生態系を損なう活動はいかなるものであれ、無制限に続けることは出来ない。なぜなら、それを続けることは、近い将来人類の滅亡をも意味しているからである。

しかし、近年においては環境保護の運動などにより、環境汚染や破壊という心のどこかに止めて、環境への意識の取組み方も高まってきた。今までの様な自然を犠牲にした文明でなく、自然と共にある文明がこれからの社会には必要になってくるのではなかろうか。

すべての生命は自然の許容範囲内でしか存在できないことを再確認すべきで時である。人々は自分の置かれた状況を、根本的に理解出来ずにいるのだろうか。自分の引き起こしている自然環境破壊が、汚染の共犯者としてどれほど重大なものであるかを。

今後持続可能な地球という生命体に移行して行くためには、社会システムの変革、環境に負荷を与えない技術開発の推進、ライフスタイルの見直しなど全人類の心のあり方、意識の改革なくしては地球との共生及び共存は不可能である。

今のままで推移すれば、いずれ近い将来において地球という生命体に必ず復讐される。人類滅亡という復讐に・・・・・・。       (終わり)

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Posted by the_radical_right at 18:33 │ mixiチェック │自然の再生と共存(御皇室) 

2005年12月03日

21世紀に人間は地球と共存できるか?

21世紀に人類と地球は共存できるか?  その��

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大気汚染、水質汚染あるいは全般的自然破壊といった問題にしても、それが最終的に問うのは「結局我々人間がこの地球を滅ぼす癌細胞的存在ではないのか?」といったことかも知れない。

人間がこの地球を将来滅ぼすという悲劇的なシナリオが進行中である。地球上に生命を持つ生物は実にその92パーセントが微生物であり、残りの8パーセントのうち植物が6パーセント、動物が2パーセント。その動物のうち6割までが昆虫類であり、哺乳類はその一部に過ぎない。

その哺乳類の中に人間という妙な生物がおり、その数は今や60億人にも達せんとしつつある。自然界から見れば、この人間は天をもつくばかりの文化と文明をもたらした怪物である。

しかし、この偉大なる人間が全生物の生活を破壊したり、脅威となっては決してならないのである。生態系の破壊は、結局は人類滅亡への引き金になってしまうだろう。

地球の自然を形成している大気、水、土の三大原始は全生物にとってかけがいのないものである。しかし、文明は進歩という幻想のもとに、生物あるいは地球にとって大切なこれらの大気、水、土をいたずらに汚染したり破壊している。

自然の乱開発、過剰生産と過剰消費。その結果、資源の浪費となり、熱帯雨林の消失、砂漠化、オゾン層の破壊、水質汚濁に繋がっていく。近年世界中で起きている異常気象の原因もそこにある。

また熱帯雨林の喪失が今のままのスピードで続くと、大気の循環にも狂いが生じて、気候にも重大な影響を与えることになる。同時にCO2を吸収する森林が喪失すれば、それだけ温暖化も早まる。    (明日に続く)

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Posted by the_radical_right at 15:22 │ mixiチェック │自然の再生と共存(御皇室)