2005年12月21日
前原誠司代表の防衛戦略は至極当然だ!
民主党・前原代表の防衛戦略を批判する菅・鳩山の過去の発言
民主党の若きリーダー・前原誠司代表に対する古参議員の執拗な攻撃が繰り返されており見苦しい限りだ。前原代表はこれまでの与野党の政治家の中では、一番ハッキリと防衛戦略を語っている。
それは「集団的自衛権の容認」と「中国脅威論」の二つであり、これは前原誠司という政治家が、防衛問題のスペシャリストであることを表わしている。これは日本という国が置かれた状態を考えるなら、防衛政策の帰結として当然である。
このブログでも我々《極右》は東シナ海は一触即発、偶発的戦争の危機と表現してきた。前原代表もそれに近い認識を持って堂々と述べている。
「このまま中国の軍事力増強が続けば、日本との間の制空権、制海権のパワーバランスが崩れる」「これを率直に脅威と感じている」
さて、前原代表の米国での集団的自衛権の行使についての発言を再検証してみよう。
「第三国からミサイルが発射されたり、周辺事態に認定されるような状況に至ったとき、現在は集団的自衛権の行使として、憲法上行なえないとしている活動について認める方向で検討すべきだ」
当然のことを言ったまでだ。朝日新聞や民主党の左派が批判を強めているが、全くそのような批判は無視するべきだ。自信を持って国民に説いていけば良いと思う。それが若きリーダーである彼の使命であると感じる。
かつての古い民主党の代表達は何と語っていたか、余りにもバカバカしいことを語っていたのでそれを紹介しておこう。北朝鮮のミサイルが日本列島を飛び越えて太平洋に到達して、日本中が大騒ぎをしていた時のことである。
平成11年2月にフジテレビの「報道2001年」に出演した当時の民主党代表の菅直人氏は北朝鮮のミサイル攻撃について聞かれ次のように答えた。
「何度も攻撃を受け、更に攻撃されそうになった場合は反撃できる」
この発言に司会の露木氏が「何度もですか?」と聞き返したら、菅代表は同じことを再度繰り返した。
「何度も攻撃された後で反撃できるのか?もしも核が搭載されていたらどうなるんだ?」という当然とも言うべき国民の反応に慌てた時の幹事長・鳩山由紀夫氏は次のように発言したとして新聞で報道された。
「あと数分、数秒で日本攻撃のミサイル発射が自明の時は、全く先制攻撃が出来ないと、憲法解釈でなっているわけではない」
数分、数秒で一体何ができると言うのか、という問題はさておき、先制攻撃も許されるとの立場での発言だった。ところが、この発言に党内左派が猛反発、3月10日の安保基本問題調査会で「敵地への先制攻撃ができるなどと言ったことはない」と新聞報道を否定してしまった。
前原代表にはこのような経緯もあるので、ここはハッキリと米国のブッシュ・ドクトリン(先制攻撃を是とする考え)まで踏み込んだ発言をしていただきたかった。自民党も曖昧でこの点がいまいちハッキリしない。
北朝鮮の核施設に対する先制攻撃に踏み切る覚悟を今、示せる政治家こそ、やがてくる祖国の非常時態を任せることのできる指導者であると我々《極右》は主張する。
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2005年12月20日
[耐震偽装]営利至上主義を糾弾せよ!
耐震強度偽装問題で世間が揺れている!
建築物の鉄骨を削減するなどコスト安を目論んだ偽装設計は「利益追求」「営利至上主義」に根差した背信行為であることは言うまでもない。
かくなる上は設計者及び設計監理者は殺人未遂容疑で、販売業者は詐欺罪で立件されることが相当だろう。
各地で地震・災害が相次ぐ中、自らの利益のために耐震強度を偽装するなどという行為は当該マンションの住民のみならず周辺地域にも危険をもたらすもので、まさしく「天誅もの」と言える悪行だ。
挙げ句、業者間で責任を擦り付け合い、国による補償(国民の血税)という形で国民に責任を問うのだからやる瀬ない。しかし、これは我が国が民主主義国家であり、民主主義における主権が国民にある以上、この結果は至極当然とも言える(この点については約十年前に騒然となった住専問題と似通っているのではないだろうか)。
かつて、住友不動産会長宅が右翼に襲撃されるという事件があった。昭和62年のこと―。
空前絶後の地価高騰を招いた営利至上主義に基づく財界首脳の経営方針に異を唱えた新右翼系メンバーらが日本刀と決起文を携え、住友不動産の安藤会長(当時)宅に篭城した事件だ。
あの頃、日本中が好況に浮かれ、若年層は3K労働を敬遠し、人手不足に悩まされた中小・零細企業は続々と不法就労外国人の雇用に踏み切ったものである。
好況期は全般的に誰しもが経済的、精神的に潤っているせいか、社会不安に不満を唱える人も少ない。何より、他国では街中で日常的に存在する物乞いが見られなかったことが、この国の豊かさを物語っていたと言えよう。
時を経て、平成十七年―。
今日のような情勢下で右翼を自認する勢力の中から、耐震強度偽装問題を糾弾する動きが皆無に等しいという現実が不思議に思えてならない。
新右翼とは70年代前半から台頭してきた右翼勢力の一つを指すものであり、既成の右翼勢力とは一線を画した運動スタイルと過激な主張が注目を集め、当時としては斬新なムーブメントであった。
YP(ヤルタ・ポツダム)体制の打倒を掲げ、旧来からの反共主義とともに反米路線を強く打ち出し、その理念から戦後体制に与して暴利を貪る資本家を糾弾する過激な活動・事件を展開してきたことで知られる。
人心に閉塞感が漂う不況期において、社会不安要因がより顕在化する動きを見せる中、人命をも危ぶませる耐震強度偽装問題を考察するに、一連の新右翼の行動を再評価する必要があるのではないだろうか。
好景気の到来を目前に控えた時代、もしかすると、彼らの活動は二十年以上も先を行っていたのかも知れないと考えるからだ。
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ソ連崩壊を知らぬ10代の若者達
久しぶりにlivedoor Blog(ブログ)で《極右》という言葉を検索してみた。すると「10代が現代の問題を考える」というブログが最初に目についた。
このブログを見て先ず驚いたと言うか、成る程なと思ったことは、以下の文章についてである。
そして本当は極左をソ連と置きたかったんですが、ソ連のこと全然知らないんですあたし…受験で使うのは日本史なんで…。)
そうか!と思わず唸ってしまった。資料を調べて見るとソ連の崩壊は平成3年頃になるから、今は平成17年だから既に14年の歳月が過ぎたことになる。中学生や高校生はまだ幼少期のことだから、ソ連の崩壊を目の当たりにしても記憶としては鮮明に覚えていないわけだ。
我々の世代(私は当年53歳)では、ソ連=共産主義の問題こそは、政治思想の中心であったと言っても過言ではない。共産主義やマルクス社会主義がこの世に存在していなかったら、私は片田舎で平凡な公務員生活を過ごし、もう少しで定年を迎えていたことだろう。
私が役所に入った頃は正に社会主義思想の全盛期と言っても良かった。市役所は完全に左翼・マルクス社会主義者によって支配されていた。職場には分会と呼ばれ左翼思想教育の牙城であり、これに入らないと資本家の手先呼ばわりされた。
何かにつけて左翼思想を強要され、従わなければ吊るし上げられる毎日だった。このような陰湿な職場環境に耐えられなくなった私は役所をやめて、その反動から過激な右翼活動に身を投じることとなった。
さて、今日の東アジア共同体を巡る対立、一触即発の東シナ海海底油田、それらは確かに日本と中国という国家の国益を掛けた戦いであるが、その根底には歴史認識の違いがあり、それは共産主義思想を抜きにしては語れない。
日本が何故シナ大陸へ兵を進めたのか、朝鮮半島を国際社会の理解の中で併合したかは、全てはソ連という国家のイデオロギーである共産主義にあったのである。そう考えるなら共産中国と北朝鮮はそのイデオロギーを源泉にして誕生した独裁国家体制であり、この問題を抜きにして現在の状況を語ることは出来ない。
10代の若者がソ連=共産主義の独裁体制を知らずに、現代を語ることの怖さを感じた。今世紀初頭に誕生した“妖怪”は一世紀を経ることなく、静かに74年という短命な歴史を残して世界史の舞台から退場を余儀なくされた。
私たちはソ連と言う恐怖の収容所国家が崩壊したことを心から喜んだが、それが世紀末に起きたことで、20世紀の終焉としてだけ捉え、それの総括をしっかりやらなかったのではないか?
今、ソ連崩壊を知らない若い世代に向け、我々が戦わなければならない相手は、21世紀にしぶとく生き残った左翼イデオロギーの残滓国家、中国、北朝鮮であることを強く言わなければならないだろう。
