2005年12月26日
中共の軍備拡張に備えよ!
中国の軍事大国化路線は人民解放軍の支配力強化と一体化している!
麻生太郎外務大臣が中国の軍事力増強を「脅威だ」と発言したことに対して、早速自民党の親中国派を最近自任するようになった山崎拓元副総裁が批判した。
「言葉使いが間違っている。我が国への侵略の意図があると言っているわけで、(そうであれば)われわれは対処しなければならず、大変な対立や一層の緊張が生まれる」
親中国派に言わせれば、「共産中国は日本に対しては常に友好的で、小泉首相や麻生外相、安倍氏らの閣僚が悪戯に中国を刺激して友好関係を損なっている」とでも言いたいのだろう。
しかし、共産中国の軍拡と膨張は、自国を防衛する範囲を既に超えている。周辺諸国において、中国を侵略する意図を持った国家など皆無である。にも拘らずひたすら軍備の拡張に狂奔する理由はただ一つしか考えられない。
それは共産中国は自国の領土だけではなく、その周辺海域すべてを支配下に置こうとする国家戦略を明確にしてきた、ということなのである。その意味からすれば、日本の領海に原子力潜水艦が侵攻したのは何ら不思議なことではない。
中国海軍の原潜は東シナ海だけではなく、度々グアム、サイパンにも出没し、海上の調査船と呼応して情報収集と訓練を行なってきた。更に空軍は近代化を成し遂げ、日中中間線付近に現われ、自衛隊は幾度なく緊急発進(スクランブル)を余儀なくされている。
このように既に国境海域の上空、海面下においては、熾烈なる日本と中国の軍事的緊張は高まっているのである。これまで表面化しなかったのは、ただ日本側が日中友好を考えて公表してこなかっただけのことである。
ここに来てこの緊張状態が一気に表面化したのは、前原誠司民主党代表が訪米中に、懇意にしている米国の国防筋より、将来における日中の軍事衝突の危険性を指摘されたからである。
国を愛する人間であれば、この危機を認識し備えを固めることは当然ではないのか。当たり前のことを発言しただけで批判するような一部の共産中国の手先のような政治家こそ糾弾されるべきであり、許しがたい反国家的言動である。
我々はかなり以前より「中国脅威論」を唱えてきた。それはまだ中国軍が近代化を果たす前からである。その理由は中国を支配する共産主義者=人民解放軍が、最終的に行き着く道が軍事力による周辺地域への侵略を伴って自滅する可能性を感じて取っていたからである。
その理由と根拠は今後、明示して行きたい。我々《極右》の「中国脅威論」は付け焼刃などでは決してない。昭和62年頃から機関紙『世界戦略』において連載でその脅威を訴えてきた。
ところで、写真で紹介するのは、その頃中国から届いた一通の手紙である。日本のマスメディアには注目されることはなかったが、彼らはその頃から共産中国を批判するメディアや団体の情報収集を行なっていたのである。
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2005年12月25日
本物の「極左」を読み解く!
[御礼の言葉]
皆様の応援クリックのお陰で『極右評論』は、初のブログ・ランキングのトップ10入りを果たしました。感謝申し上げます。
《極右》の台頭を恐れる日本の極左集団
昨日、『極左評論』を紹介させて頂いたが、物足りなさを感じた方も多かったに違いない。そこで本物の『極左団体』と言っては何だが、中核派の牙城とも言える千葉動労のHPを見ながら、彼らの情勢判断と考えなりを分析してみることにしよう。
http://www.doro-chiba.org/nikkan_dc/n2005_01_06/n6064.htm (千葉動労)
排外主義、国家主義―戦争の扇動を許すな
墨で書かれた虚言は、血で書かれた真実を隠すことはできない
国家主義の台頭
排外主義、国家主義が洪水のように煽られ、急速に台頭している。
都立高校における「日の丸・君が代」の強制と処分、「拉致問題」を理由とした北朝鮮への経済制裁の事実上の発動、靖国参拝の度重なる強行、釣魚台(「尖閣列島」)、独島(「竹島」)問題での挑発的対応、侵略戦争の翼賛で満たされた「つくる会」教科書の検定合格、千葉県知事選で、ファシスト-石原の意を受けた森田が6千票まで迫る事態等、これまでは社会の片隅に潜んでいた極右勢力が公然と市民権をえて、国会やマスコミなど社会の中枢に登場している。一夜にして情勢が変わり戦争が現実となる過程が目の前で進行している。
相変わらず勇ましい文章ではあるが、彼ら極左が現在焦燥感に襲われている様が手に取るようにわかる。もはや彼らの真の敵が自民党や財界ではなく、「これまで社会の片隅に潜んでいた極右勢力」であることを、ハッキリと自覚するに至ったようだ。
だが、彼らはまだ本質を見ていない。極右が国会やマスコミなどの社会の中枢にはまだ登場していない。極右が今登場しているのはこのインターネットという戦場においてである。彼らも馬鹿ではないから、その辺りは十分承知しているはずだ。
しかし、危機感を持っているのは、インターネットという言論戦の場において、主導的な地位を占めつつあるのが《極右》であるという事実であろう。もはや新聞もテレビも信用されない。少なくとも新聞社の社説を信じる人など存在しない。
確かにインターネットは仮想空間であるとの説も一方ではある。しかし、やがてそれは現実の世界に舞い降りる。その時こそ。《極右》は強大なる力を持つのだ。
<一夜にして情勢が変わり戦争が現実となる過程が目の前で進行している>
彼ら<極左>と我々《極右》は上の文章では、確かに情勢分析では一致している。では彼らはどのような時に戦争が現実のものになると考えているのだろうか。我々《極右》は東シナ海は既に一触即発、偶発的戦争の危機に突入したと主張してきた。
極左は忍び寄る戦争の影に怯え、極右は非常時の到来を国家再興の絶好の機会として捉え、これを歓迎する。
いまこそ岐路だ!
中国や韓国の労働者・民衆の闘いは、新たな抗日運動である。
かつて韓国の労働者・民衆は日本帝国主義の支配下で「3・1独立運動」に決起し、中国では、山東半島の権益返還を要求して歴史的な「5・4運動」が闘われた。この闘いが反帝国主義・民族解放闘争の出発点となったのである。
だが、日本の労働者階級は、この中国・朝鮮人民の闘いに連帯して、日本帝国主義の侵略戦争を阻止することができなかった。その結果が日中全面戦争から太平洋戦争への破滅の道だったのである。
いまこそ岐路だ。われわれは歴史を学びながら「いつだったら戦争を防ぐことができたのか」「どうしたら戦争を防ぐことができたのか」と繰り返し問い続けてきた。それが今なのだ。
確かに五年か十年後に過去を振り返った時、ターニングポイントとなるだろう。前原誠司民主党代表は「中国は現実的な脅威となった」と述べ、麻生外務大臣、安倍官房長官もそれに続いた。
今まさに岐路である。この点だけは見解に相違はない。ただしその岐路とは中国や韓国からいつも押し付けられてきた戦争責任論に対して、明確な返答と行動を伴って、自らの意思をハッキリと明示したという点においてである。
この日本の意思表示に対して「中・韓との友好を損ねる」として批判を口にするマスコミや政治家もいる。しかし、彼らの批判など一切無視すべきである。彼らは日本の国益より「中・韓」の利益を優先するまさに売国奴であるからだ。
2005年12月24日
『極左評論』のランキング1位に驚く!

ライブドアのジャーナリスト分野のブログランキングの一位は『極左評論』である。突然登場して短い期間にトップに立ったのだから驚きを禁じ得ない。
http://blog.livedoor.jp/aikokusha/
極右があるのだから、極左があっても何ら問題はない。我が国においては、どちらかと言えば極左という名称の方が馴染みがあり広く使われていた。極右という言葉はあったが、日本の右翼国粋主義者や民族派と呼ばれる人達の中で、自らを《極右》と名乗る者は殆どいなかった。
私自身も行動右翼や新右翼と呼ばれた時代はあったが、最初から《極右》を名乗っていたわけではない。平成2年の暮れに「ヒトラー思想のススメ」という本を出版したら、全国からヒトラーに興味のある方々からたくさんのお手紙を頂いた。
更に平成4年の春頃から目立ち始めたイラン人は、上野公園や東京代々木公園に野宿して住み始め、公園を訪れる日本人とのトラブルが絶えなかった。我々はこのような問題(外国人犯罪も頻発して起きていた)を契機に「外国人追放!」の運動を開始した。
我々は「代々木公園を日本人の手に取り戻せ!」というビラを東京中に10万枚張り出した。ほぼ連日3ヶ月間、夜はビラ張りの毎日だった。ついに公園を管理する東京都は警察官を動員してイラン人を排除、公園を封鎖した。
この運動の先頭に立った我々に対して左翼偏向マスコミ、人権派団体、進歩的文化人らの批判は最高潮に達した。我々は人種差別主義者、排斥主義者のレッテルを貼られ、当時ヨーロッパで同じように移民に反対していた政治勢力を呼ぶ時に用いられてきた《極右》という称号を与えられたのであった。
我々の運動はイラン人追放にとどまらず、不法滞在外国人の日本からの強制送還を求め新たな段階へと進んだ。平成6年にはTBSテレビ局から出演依頼がきた。日曜日の8時に放送されていた「JNN報道特集」である。
この番組の中で、私はこれまでの自分たちの運動の成果と今後の展望と闘いを述べた。不法滞在の外国人に嫌悪感を示す人がいても、公にそれを強く主張する人は少ない。「外国人」への差別に取られるとして、社会にはタブー視する風潮がある。
しかし、我々はこの問題を避けて通ることは出来ない。あれからもう既に10年以上が経過したが、外国人犯罪は毎年増加を続け、凶悪化するばかりである。私は現在『極右評論』を書き続けているが、それは国家に対する使命感を持って取り組んできた運動の一環であると考えている。
極左と極右、相反する思想の違いはあっても、若い頃にナイーブさがなかったら、共にその道に進むことはなかった。『極左評論』の主宰者は1991年生まれで私立中学に学ぶ学生だと自らのプロフィールで書いている。
金儲けにうつつを抜かし、自分のことしか頭にないような若者よりも、たとえ思想的立場が違っていても、世界、国家、民族を語る若者こそ、私は好きだ。今『極左評論』に大きく差をつけられているが、やがて皆様方の支援で追いつくことが出来ると確信しているところである。
