2006年03月17日

罠にはまった日本軍

195758c9.jpeg「反中国歴史講座」��

蘆溝橋事件は中国共産党の仕業《最終回》

 この事件で日本側には責任は一切ない。現地における日本軍は穏健であり、政府も軍中央部も不拡大方針であった。中には強硬論もあったが、下手をすれば北支の権益を総放棄しなければならず、支那側は勢いづいて満州にまで攻め上がって来るかも知れないことを考えれば至極当然のことだった。

 日本側は最初から慎重な姿勢であった。それ故、二度も派兵を決定しておきながら、派兵を二度とも中止して事態の推移を見守っていた。日本にはソ連軍の存在が脅威となっており、深入りすることへの憂慮が働いていた。

 しかし、支那側は既に国共合作で一致して抗日に固まっており、事態は沈静化の方向には向かわずに、逆に度重なる停戦協定違反で日本軍は苦境に立たされていた。

 7月26日に北京城内に帰還した日本軍が銃撃された公安門事件、7月29日には通州で邦人居留民(朝鮮人を含む)200余名が虐殺された通州事件が発生。忍耐の限界を越え隠忍自重していたが、遂に開戦を通告、反撃に転じたのである。

 しかし、日本はその後も和平への努力は続けた。支那側のメンツも重んじて、満州事変以後に日本が北支や内蒙で築き上げた一切の権利を白紙に戻すという寛大な提案も提示して交渉が試みられたが、米ソの支援を得られると考えた支那側は日本提案を拒否した。

  支那側は上海へも中央軍六万を動員して包囲した。当時上海には3万人の居留民と海軍船舶港があった。上海は西欧列強のビルや倉庫が立ち並び中国人居住区とは別けられていた。

 日本軍が上海を無差別爆撃したというが、爆撃されたのは中国人街ではなく、日本人が住むところであった。支那側の攻勢を食い止めるにはどうしても日本は出兵しない訳には行かなかったのだ。

 対日戦争を仕掛けようとしていたのは蒋介石軍と共産軍であり、日本は泥沼の罠に嵌ってしまったのである。近年、「日中両国の不幸な歴史」という言葉をよく聞かされるが、それを望んだのがどこの側であったのか、偏見なき観察者には明らかであろう。

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Posted by the_radical_right at 19:05 │ mixiチェック │反中国講座 

「日本抜き」で勝手にしてくれ!「日韓運命共同体論」の虚構

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盧大統領「アジア・韓半島を共同運命体と考え、

協力していくよう日本の国民に伝えて欲しい」

 盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領は16日、「日本の場合、アジア友好協力に目を向けざるを得ない時代の流れ」であるとし、「これは日本の将来にも重要なこと」と強調した。
 盧大統領はこの日午後、韓日/日韓協力委員会(委員長:ナム・ドクウ、中曽根康弘)の委員らと大統領府で会談し、このように述べ、「アジア・韓半島(朝鮮半島)を共同運命体と考え、協力していくよう日本の国民に伝えて欲しい」とした。

 中曽根元総理と福田元官房長官は揃って韓国を訪問、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領を表敬訪問した。大統領は相変わらず小泉首相の靖国参拝を間接的な表現ながら批判。「靖国神社の遊就館の訪問をしたい」などと語った。 

 靖国神社には御参りせずに「遊就館」だけ見学して「侵略戦争を美化している」と語ったのは加藤紘一氏だったが、歴史認識や戦争美化に言及することで、小泉首相を批判、靖国参拝に異議を唱えている福田氏に理解を見せようとしたわけだ。

 今回はそのような歴史認識や侵略戦争云々ではなく、この冒頭に紹介した「アジア友好に目を向けざるを得ない時代の流れ」とか「アジア・韓半島共同運命体」について考えて見ることにしたい。

 正直言ってこの「朝鮮半島運命共同体論」の唐突な呼びかけには驚いた。何故にこのような言葉が発せられたのか。

 現在、韓国の日本に対する依存度はかなりのウェイトを占めるに至った。日本は戦後一貫して経済援助、技術移転などで韓国経済に貢献してきた。そしてそれはある程度日本の国益にも合致するものだった。

 何故なら厳しい冷戦構造下にあっては、韓国は旧ソ連・中共の脅威を朝鮮半島で食い止める役割を担っていたからだ。しかし、冷戦体制は崩壊し韓国は中共や北朝鮮とも仲良くしようとしている。

 このような東アジア情勢の中で、何故に我が国が朝鮮半島と国家の運命を共にしなければいけないのか?それがまるで不明朗ではないか。

 日本は敗戦と同時に朝鮮半島に対する<政治的関心>を捨てた。それはその力も余裕もなかった訳だが、やはり敗戦による教訓とも呼ぶべきもので、<政治的関心>がやがては<政治的関与>へつながる恐れがあったからである。

 日本の代わりに政治的関与を強めようとしているのは、中共とロシアではないか。米国も状況判断に苦慮している。将来が不透明だからだろう。既に朝鮮半島からの撤退を考えているように見える。

 中共は強大な軍事力を背景に東アジアの支配を目指しており、ロシアもその牽制を忘れない。北朝鮮というとんでもない専制国家もそう簡単には瓦解しないだろう。

 盧大統領のお言葉だが、ここははっきりお断りしましょう。朝鮮半島との運命共同体など御免です。「日本抜き」でおやり下さい。米中露の中で翻弄されるのが、あなた方の運命なのです。

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Posted by the_radical_right at 07:44 │ mixiチェック │特定アジア(韓国) 

2006年03月16日

蘆溝橋事件は中ソ共同の策謀?��

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写真:現在の盧溝橋

「反中国歴史講座」��

左翼御用学者によってでっち上げられた日本軍仕掛け説!

 これまで日本軍による戦線拡大を意図した一方的な発砲が原因で起きたと云われてきた蘆溝橋事件だが、今、ネットで検索すると、この事件の真相は毛沢東の共産軍の陰謀という説がかなり濃厚となっている。

===== 蘆溝橋事件の真相 =====

 最初の発砲はどちらから行われたか?とは永年の研究対象とされていたが、今日では「最初の射撃は宗哲元指揮下の国府第29軍に潜入していた中共側である」とする説が有力である。また北京に潜入し劉少奇にそそのかされた北平大学、精華大学の学生を中心とした学生ゲリラがそれを支援していた、とも言われている。
 中共は7月8日早朝、述安の本部から全国へ「蘆溝橋で日本は攻撃を開始した。全国民衆の愛国運動を結集して侵略日本に立ち向かうべし」とする電報を発信している。この打電時刻は日支両軍司令部でさえ事態の真相をつかんでいない時で、この時点でこのような電報が打電されたことは、中共が影でこの事件を画策していたことを十分推察される。
 またモスクワのコミンテルン本部も、 あくまで局地解決を避け、日支の全面的衝突に導かねばならない。 そのためにはあらゆる手段を利用し 民衆工作によって彼らに行動を起こさせ、国民政府を戦争開始にたち到らしめる。といった指令を発している。
中共当局はこれらの指令に基づき幾度も停戦協定を破った。その後日本側から働きかけた事変解決の和平交渉をすべて流産せしめたのである。
【近代日本戦争史概説】より引用

 もう、これらのことは常識となっているので、違った角度から論じてみることにしたい。
 「南京大虐殺」をデッチあげた有名な洞富雄早稲田大元教授だが、この人は南京大虐殺だけでなく、日本軍発砲説を唱え執拗に喧伝してきた。
 このような学者は共産中国がこの問題に触れる前から、勝手に日本人発砲説をでっち上げ、様々な憶測や推測を交えつつ、同事件が日本軍によって仕組まれた「可能性」をデッチ上げてきた。

 日本兵が行方不明となり、その捜索を支那側に要求したなどはまさに噴飯ものであった。これは事件発生翌日の1937年7月8日の支那の新聞「大公報」に掲載されたもので、支那側が日本軍の「捜索要求」を拒否したので、日本軍が攻撃を仕掛け、中国軍は自衛のために応戦したというものだ。

 これは捏造記事だった。その後の停戦交渉の中でそれは明らかになったことだが、左翼教授らはそんなことはお構い無しに自分達に都合の良い、つまり日本を断罪するためだけに精魂を傾けている。

 この左翼教授に限らず、日本の戦史に関しては驚くべきことに直接日本の兵士に聞くことなく、一方的に支那の新聞や書籍、或いは証言に基づいて、それを基礎に論を構築する傾向が見られた。

 とにかく、「日本が悪い」という先入観が先にあって、それによって「罪状」を日本に押し付けてきた。
 このような習癖は実際に支那大陸で戦われた日本兵士を冒涜するだけでなく、著しく日本国家の名誉も毀損したのである。このような左翼御用学者、進歩的文化人らが日本を罪悪と暗黒に満ちた国家にしようと血道をあげたのだった。

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Posted by the_radical_right at 17:59 │ mixiチェック │反中国講座