罠にはまった日本軍
「反中国歴史講座」��
蘆溝橋事件は中国共産党の仕業《最終回》
この事件で日本側には責任は一切ない。現地における日本軍は穏健であり、政府も軍中央部も不拡大方針であった。中には強硬論もあったが、下手をすれば北支の権益を総放棄しなければならず、支那側は勢いづいて満州にまで攻め上がって来るかも知れないことを考えれば至極当然のことだった。
日本側は最初から慎重な姿勢であった。それ故、二度も派兵を決定しておきながら、派兵を二度とも中止して事態の推移を見守っていた。日本にはソ連軍の存在が脅威となっており、深入りすることへの憂慮が働いていた。
しかし、支那側は既に国共合作で一致して抗日に固まっており、事態は沈静化の方向には向かわずに、逆に度重なる停戦協定違反で日本軍は苦境に立たされていた。
7月26日に北京城内に帰還した日本軍が銃撃された公安門事件、7月29日には通州で邦人居留民(朝鮮人を含む)200余名が虐殺された通州事件が発生。忍耐の限界を越え隠忍自重していたが、遂に開戦を通告、反撃に転じたのである。
しかし、日本はその後も和平への努力は続けた。支那側のメンツも重んじて、満州事変以後に日本が北支や内蒙で築き上げた一切の権利を白紙に戻すという寛大な提案も提示して交渉が試みられたが、米ソの支援を得られると考えた支那側は日本提案を拒否した。
支那側は上海へも中央軍六万を動員して包囲した。当時上海には3万人の居留民と海軍船舶港があった。上海は西欧列強のビルや倉庫が立ち並び中国人居住区とは別けられていた。
日本軍が上海を無差別爆撃したというが、爆撃されたのは中国人街ではなく、日本人が住むところであった。支那側の攻勢を食い止めるにはどうしても日本は出兵しない訳には行かなかったのだ。
対日戦争を仕掛けようとしていたのは蒋介石軍と共産軍であり、日本は泥沼の罠に嵌ってしまったのである。近年、「日中両国の不幸な歴史」という言葉をよく聞かされるが、それを望んだのがどこの側であったのか、偏見なき観察者には明らかであろう。
ブログランキング参加 ←応援よろしくお願いします!
Posted by the_radical_right at 19:05│
mixiチェック
│
反中国講座
管理人(慎)→慎
すみません。失礼しました。
〉瀬戸さん
非常に心強いです。よろしくお願いします。
慎 さんへ
田舎に戻っているので、東京に着いたら連絡します。こちらのサイトに来ている学生の方に呼びかけてみましょう。
〉瀬戸様
的確なアドバイスありがとうございます。とりあえず有志を募ってみます。僕のほうでも意見を募集したのですが、瀬戸さんのような方が旗印になられたほうが迫力があるというようなコメントも頂きました。
もし御時間許すようでしたら、そういったことも検討していただけないでしょうか?
携帯からなので瀬戸さんのアドレスがわからないため、一応こちらのアドレスをいれときます。
突然の失礼なお願い失礼しました。
原始 さんへ
外国から言われて右往左往するような政治家や経済人、それから外圧をまるで喜んでいるかのようなマスコミ、翻弄されるのは国内にそのような素地があるからではないでしょうか。
あきらさんへ
ライブドアランキング政治部門はトップになりました。ご支援感謝致します。皆々様にも御礼申しあげます。左翼も焦っていることでしょう。
慎 さんへ
私の方はいつでも協力します。頑張ってください。
ただ、どうでしょうか。同年代の学生さん達に先ずは呼びかけて見てはいかがでしょうか。もう既に横の連絡を取り合っているブログの方もおられるでしょう。例えば拉致被害者問題とか竹島問題、あるいは教育問題などテーマごとに連携も見られますよね。
自分が何が出来るか、あるいは興味を持っているのか。内政なのか、外交なのか?そこにポイントを絞っておやりになったらいかがでしょうか。
MulutiSync さんへ
ネットで調べたものについては、これからはアドレスを載せることにします。ただ、大半はかつての我々の機関紙「世界戦略」を参考にしておりますので、その頃はまだネットがない時代(昭和62年)なので、多分他の団体の機関紙や単行本を見ていたと思います。「月曜評論」「自由」「諸君」などです。単行本は「蘆溝橋事件」寺平忠輔 読売新聞社、「新資料・蘆溝橋事件」葛西純一 政祥出版社、「日中戦争」臼井勝美 中央公論、「日中戦争」 児島 襄 中央公論社
「日中戦争史」秦 都彦 河出書房、「支那事変の回想」今井武夫 みすす書房などです。
・・・日本という国はなんというかホントに弄ばれていますよね。
これからはそういうことがない国になっていって欲しいものです。
今、反日政治家などへ対抗するためのインターネット上での右派連合組織構想を考えているところです。
まだまだ未熟者ですが、是非ともご覧になって下さい。
http://blog.livedoor.jp/is_ir/
実現すれば、是非とも極右評論にも参加していただきたいものです。よろしくお願いします。
エントリーに関係なくて申し訳ないが、ランキング一位になってますね(^-^)/ おめでとうございます(^-^)ノ~~
当時の状況が伝わってきます、勉強させてもらいます。
願わくば信頼できる資料の出展や、関連資料の載ったホームページ等も添えて頂くなら更に理解が深め易くなるものと思います。
宜しく御願い致します。
怒る小市民さんへ
いつもありがとう御座います。この「反中国歴史講座」は、これまで日本の新聞社や出版社が伝えてきた、歴史の捏造を暴き真実を知って頂くためです。私も色々な書物を読みながら、あるいはネットで調べながら書いています。最近はネットで多くの方がこの民族の正史を綴る闘いに参加している姿を見て力強く感じています。今後もよろしくお願いします。
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
現代に生きる者は、とかく現代の理想でもって過去を批判します。だが、それは間違っている。不変の価値観はありましょうが、時代、時代を支配する空気、プライオリティの重点などは、現代の価値基準では一様に量れません。まして、国民党と共産党が手を組み、駐留邦人に凄惨極まりない危害が加えられていた当時の状況を鑑みるに、残虐・狡猾な支那人からの自衛手段として、日本は奴らと戦争をせざるを得なかった。侵略と断定するのは不当です。
とおるさんがおしゃる通り、支那とは一線を画して必要最小限度の付き合いに留めるべきでしょう。ですが、利益のためなら如何なる卑劣な手段も辞さぬ支那人のこと、我が国が距離を置くことによって生ずる間隙が、悪辣な謀略に付け入られぬようにせねばなりますまい。二度と再び、奴らに利用されぬ万全の備えだけは心掛けたいものです。
とおるさんへ
政冷経熱などと云われていますが、政治はこのまま距離をおくべきでしょうね。
経済界も段々と将来の危うさに気付くでしょう。実際支那大陸から離れている企業も出始めていますよね。
古来から、中国とは距離を置いて関わるのが正解と思います。
中国共産党という謀略好きの相手では、なお更です。
中国に深く関わっては、ろくな事がありません。
経団連会長も中国にのめり込んでいる人から、中国に距離を置いている人に変わって正解です。