2006年05月03日
昭和天皇に感謝していたインド、インドネシアなどのアジア諸国
昭和天皇と大東亜戦争(2)
大東亜戦争勃発後、我が日本軍はイギリスの植民地であったインド、そしてオランダの植民地であったインドネシア、同じくフランスや米国の植民地であったベトナム、フィリピンにおいて西欧列強軍に戦いを挑んだ。
アジアの解放と民族の独立を掲げた聖戦であり、日本軍は勇敢に戦い現地の人達から熱烈な歓迎を受けた。日本が敗戦後も彼らは現地に残り、各国の独立軍に参加して戦った。インド、インドネシア、ビルマ、ベトナムなどにおいて残って戦った日本兵の正確な数字は分からないが、数千人という説もあるくらいだ。
インドのラダ・クリシュナン大統領は1958年に来日した時に次のように述べています。
「インドが今日独立できたのは日本のおかげであり、それは一人インドだけでなく、ベトナムであれ、カンボジアであれ、ビルマであれ、インドネシアであれ、当時植民地であった諸国は、日本人が払った大きな犠牲によって独立できたのです」
昭和天皇崩御の際にインドやインドネシアが素早く対応したのはそのためであり、また以上のような歴史的な背景があったからこそ、当時英国やオランダでは逆に昭和天皇の大喪の礼に王室は出席すべきでないとの議論が起きたのである。
我が国の「反日・朝日新聞社」などはインドやインドネシアのことは一切報道しないで、英国やオランダのニュースばかりを垂れ流し続けた。
我々の先輩は何故戦い、傷つき死んでいったのか?その大義を我々は絶対に忘れてはいけない。左翼反日分子が言うようなアジアへの侵略戦争などではなかったのだ。
明日はこのアジア解放・民族独立を掲げた聖戦の大義である「大東亜共同宣言」をとりあげます。この宣言には日本、中華民国、タイ国、満州国、フィリピン共和国、ビルマ国のそれぞれの国の総理大臣や大統領が署名しています。決して日本一国だけで西欧列強に挑んだのではなかったのです。
今日の「憲法記念日」における朝日新聞社の特集も左翼体質丸出しの恣意的な記事のオンパレードだった。憲法9条に固執して改正に異を唱えている。
その他にも「小泉時代」や「萎縮の構図」など、これでもかとばかりに扇動記事の特集だ。社説も「軍事が突出する危うさ」と、おなじみの反米と反戦平和論である。
いつも取り上げてきた「赤報隊事件」は消えた。絶対に忘れないと言っていたはずだったが、どうしたのか。この事件については朝日が書いたら触れようと思っていたが、次回に譲ることにしよう。
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[連載]強者こそが担うべき国家の責務!

戸塚ヨットに学ぶ大人の責任
―叱正と体罰なくして人間性育たず―
崩壊が指摘されて久しい我が国の教育だが、今年は教育基本法の改正案も提出され、かの『戸塚ヨットスクール』の戸塚宏校長が今春に出所・現場復帰を果たされただけにこの平成18年は�犇軌藝洞集鞠��瓩噺世┐襪世蹐Α�
最高裁が戸塚ヨットスクール側の上告を棄却し、戸塚校長の実刑が確定したのは今から4年前のことだった―。この戸塚ヨットから多くの子供達が奇跡のように更正した事実がある以上、解決の糸口を探しあぐねる日本社会は、出所後、メディアに頻繁に登場しては教育再生への意欲を示す戸塚校長の力説に耳を傾ける必要があるのではないか―。
戸塚ヨットの生い立ち
今から二十数年前、私塾の戸塚ヨットスクールで死亡事故が起きた。飽くまでも事件ではなく��死亡事故�瓩任△辰燭�、どうしても事件にされてしまう。
当時、児童の登校拒否が激増し、各家庭や学校教育の最前線では親や教師が頭を悩ませる。
そうした状況下、戸塚校長らはヨットスクールを始め出す。そこに偶然入校していた登校拒否児がいたわけだが、ただの1度ヨットに乗っただけで更正し、学校に行き始めたという。
それまで親と共にカウンセリングや児童相談所を何度も訪ねたが、良くはならなかった。それが日曜のある日、一度ヨットに乗っただけで小学校5年から中学1年まで3年間も登校拒否をしていた子供が中学2年の5月から自ら学校へ行き始めたのだ。
その親から話を聞いた知人の親が子供を戸塚ヨットへ入校させる。すると、また立ち直る。たちまち評判は広まり、また別の子供がやって来て立ち直り、瞬く間に十人、二十人と続き戸塚ヨットは登校拒否児童を立ち直らせるスパルタ式教育で一気に注目を集め出す―。
欠落した父性・父権を担う!
子供の目に見る危機意識の現われとは?
頽廃極める青少年の更正とは何を以って更正というのだろうか。
学校にはきちんと行っているが、人間的に見て素行に問題のある者もいる。偉そうにする―、意気地が無い―、嘘ばかりつく―。およそ子供にあるまじき態度だ。
こうした子供におそらく将来はないだろう。戸塚校長はこれを「戦後教育の結果である」と断言する。
戸塚ヨットにやって来た子供はどの子も目が吊り上っていた―。
戸塚校長らはそうした子供らに体罰を加えることで矯正を図った。時間にして十秒もかからない。一発ぶん殴った後に、殴る前の写真と見比べる。すると吊り上っていた目は自然と下がっている。どこか安堵感に満ちたような目になっているのだという。
その原因はどこにあったのか?家庭環境である。
第一に父親が弱い…相当なかかあ天下か、父親の気が弱過ぎる、あるいは母子家庭か、どれかに当てはまることを突き止めた。自分を庇護する者らは極めて弱い…必然、子供らはいざという時、自分は守ってはもらえないという恐怖心に駆られる。だから目は吊り上ってしまう―!戸塚ヨットの教育は家庭から喪失された父性・父権を担ったのである。
「男、父親とは強くないといけない。強さとは正しさであり、力は正義である」
戸塚校長は常々、戦後の家庭教育から欠落した父性・父権の復活を提唱されている。戸塚校長をはじめ戸塚ヨットのコーチ陣の面々は強そうだ…だから戸塚ヨットに来る子供らは言うことを聞く―。
「言うことを聞くのは強い者だから言うことを聞くんですよ。弱い者の言うことなんて誰も聞きやしない。我々だってそうなんですから、子供だってそうなんです。
平等だよ、なんて言っていたら言うことなんか聞くわけがない。ましてや子供にへりくだってしまう。子供の言う通りになる親の言うことなんか、子供が聞くはずもない。全て自分のこととして考えて下さい」(戸塚校長)
国家に置き換えても当てはまる。
自宅に賊が侵入したとしよう。家族に危害が加えられそうな時、誰しも身を挺してでも助けようとするだろう。それが国家の在るべき姿だ。
北の暗黒独裁国家に同胞を拉致され、二十数年にも渡って放置してきた国家に誰が尊厳を抱くだろうか。靖国参拝で周辺国から内政干渉を受けても、政治家や政府に腹が据わっていないから国民も右往左往する。その場凌ぎや責任回避の答弁に終始していては国民からの尊敬は得られまい。この半世紀間、国民は国家から守ってはもらえないという危機感に怯えてきた―。
我々極右は戸塚校長及び戸塚ヨット・スクールが提唱する父権の復活を目指したスパルタ式教育に全面的に賛同する。
それが、いざ国難に対しては全身全霊を投げ出すエリート(強者)が国家・国民を導く真の国家に通ずると確信するからだ―!弱者とは強者のみが守り得る―!
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「反日史観」の狙いと昭和天皇の功績
「反日史観」は日本弱体化が狙い!
昭和天皇とアジアの独立(1)
朝日新聞などの「反日分子」や左翼勢力、それに国籍不明の文化人や評論家らは60年前の戦争を侵略戦争だと言い、今なおその「侵略史観」に縛り付け、自由を奪い、過去の戦争責任を追及しようとしています。
これはたぶんに彼らが意図的に仕組んでいることなのです。つまり、彼らは同じイデオロギーの立場に位置する共産中国、北朝鮮、ノ・ムヒョン韓国左派政権と連携しながら、日本をそれらの国々に屈服させ、植民地同然に属国化しようと企んでいるのです。
朝日新聞社は昨日の社説で、昭和天皇の戦争責任を追及するかのような記述を載せましたが、これは日本国民だけでなく昭和天皇を高く評価し慕ってきた多くの世界の人々に対する「宣戦布告」であると考えます。
昭和天皇が崩御されたのは昭和64年1月7日6時33分でしたが、世界の中で一番早く大喪の礼に、国家を代表して大統領の参列を発表したのはインドネシアでした。各国の首脳が参列を検討中とか、参列の可能性が大などと報道されていた中での異例の早さで翌日の朝には発表されたのです。
そして同じ日、これまた異例の速さで国民に対して「昭和天皇の崩御を悼み、国家として7日から9日まで喪に服する」ことを呼びかけた国がありました。わが国でさえもこのような声明は出しておりません。
この国はインドですが、インドはお隣りのパク大統領が暗殺された時は、国家として1日喪に服しましたが、これまで3日というのはなかったのです。
朝日新聞や左翼が主張するように、侵略だけが目的の戦争であったなら、これらの国々がこのような素早い反応を示すでしょうか。この事実を一つ取ってみても、彼ら朝日と左翼の主張は破綻しているのです。
今朝もこれから、農作業なので短い文になり申し訳ありません。夜にまた続きを入れさせて頂きます。
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