2006年05月10日

ポスト小泉に課せられた内政問題

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 外交に関しては、このブログを見て頂いている方々のコンセンサスを問う必要もないでしょう。小泉首相の特定アジア諸国に対する、その外交姿勢を高く評価し、ポスト小泉においても、それは継続されなければならない。

 内政問題については、私もこれまで何度か回数は少なかったが、小泉首相の内政経済政策全般に渡って苦言を呈してきました。勿論、基本的には支持していたのですが、何か全面的な支持とは言えない部分があったからです。

 もう小泉首相の退陣も目前に迫った今日、マスコミや野党は「小泉改革は失敗であった」と大合唱を始めました。アジア外交の停滞と小泉改革の失敗を喧伝することで、ポスト小泉に一番近いと言われる安倍官房長官を批判しているようにも見えます。

 そこで今日はポスト小泉の内政問題を考えてみることにします。これまでの小泉首相の経済政策に関しては、敢えて批判せずにこれからの課題に迫ってみたい。

 「『改革』とは破壊でなく、新しい枠組みの創出なのです」

 上の言葉を来日した時に述べたのは、マーガレット・サッチャー英国元首相でした。彼女はレーガン米国大統領と共に、「自由を守るための戦い」で勝利した勇敢なる女性で「鉄の女宰相」とも呼ばれました。
 
 1979年の総選挙では、イギリス経済の復活と小さな政府の実現を公約として保守党を勝利に導き、女性として初めてイギリス首相に就任。そして、市場原理と起業家精神を重視し、政府の経済的介入を抑制する政策をとった。こうした政治姿勢は新自由主義(ネオ・リベラリズム)あるいは新保守主義と呼ばれる。ほぼ時を同じくして1980年に選出されたアメリカ大統領のロナルド・レーガンも新自由主義的政策を数多く打ち出した。さらにカナダでも1984年に選出されたマルルーニー首相は保守派であったため、80年代はアングロサクソン各国において新自由主義が支配する時代となる。また、この時期、日本においても1982年に誕生した中曽根内閣によって、行政改革や国鉄分割民営化(1987年)などが行われた。
 新自由主義の立場に基づき、サッチャーは電話会社(1984年)やガス会社(1986年)、空港(1986年)、航空会社(1987年)などの各種国有企業の民営化や規制緩和、金融改革などを断行。また、70年代に高まりを見せ、労働組合運動を目の敵として、徹底した弾圧によりイギリス産業界から労働組合の影響力を取り除く政策を多く打ち出した。(フリー百科事典『ウィキペディア―Wikipedia』)

8d944d16.jpeg 私はこのサッチャーの経済政策がポスト小泉には求められるべきではないかと思います。確かに中曽根時代には国鉄、電電公社が民営化され、小泉首相は郵政民営化と道路公団の民営化に道筋をつけました。
 では、この民営化はなぜ必要だったかと言えば、非効率な経営状態にあって財務内容が破綻状態に国鉄はありました。電電公社は組織が大きくなり過ぎ硬直化して時代の流れについていけなくなっていた。
 郵便局は役人がお金をもっと出し続けるように要求する機能に合致させられた役割を負わされ続けてきたし、道路公団も議員の要求にただ漠然と支出するのみであった。
 財政赤字の中でそれが増え続ければ、利払いコストによって国家の政策としてやらねばならない国防や教育などの費用が削られ、ますます国家は弱体化を余儀なくされる。財政の健全化のその最大の目的は、弱体化する国家に歯止めをかけ、強い国家へ生まれ変わるために必要な施策である。その意味からすれば、先のサッチャーの精神に学ばなければいけない。

 「改革」とは破壊ではなく、強い国家を甦らせるために必要なのです。ポスト小泉の候補にはそのくらいのことを言ってほしいものだ。

 では、何から手をつけるべきなのか。それは公務員の改革しかない。国営企業の民営化の次にくるのは公務員改革である。徹底的な無駄の見直しによる削減、公務員の数を減少させることが次の柱とならなければいけない。

 この政策の貫徹に激しく抗議するのは官公庁に巣食う労働組合である!これをサッチャーのように徹底的に弾圧し排除しなければならない!
 我々<極右>は左翼労組と全面的に対決し、これを駆逐する闘いに参加する!

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Posted by the_radical_right at 11:46 │ mixiチェック │政局・動向 

2006年05月09日

英雄待望の時代

英雄待望の時代

 閉塞感の漂う現代社会において、英雄の出現を夢見るのは果して私だけであろうか?日本の存亡を賭けた戦いを前に、私は日本に若武者が忽然と姿を現わし、このインターネットで国民に訴える未来を想像する―。それはそう遠くない将来にやって来るのではないか。

 ここで、私の英雄待望論を若干述べさせてもらおう。

 前回の投稿文『若き英雄の出現を待望す』の時に読者の原子さんから次のようなコメントが寄せられていました。

英雄のいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ。
ベルトルト・ ブレヒト(ドイツの劇作家・詩人)

 英雄が必要とされる時代は、確かに平穏・静寂な社会ではない。想像するにそれは祖国存亡の淵に立たされた時だろう。しかし、英雄が現れなかったとしたらどうなるか。それは祖国が滅亡への道を突き進むことを意味する。

 何時の時代でも、波乱の時代においては自らを捨て国家のために戦う人間を時代は輩出してきた。徳川幕府の長い沈滞の世を打ち破り、明治維新を成し遂げたのは下級武士の勤皇の志士達だった。

 昭和の時代においても、多くの若者が戦地に赴き、自らの生命の危機を顧みず戦いに参加した。彼らの心情は何においても家族、郷土、祖国への純粋な愛に貫かれており、それ故に日本は苦難に満ちた近代の歴史を力強く生き抜いてこれたのである。

 さて、英雄とは何ぞや!
 戦前の英雄伝記作家・澤田謙先生の数ある英雄伝の中から紹介しよう。澤田先生は戦前は「ムッソリーニ伝」「マクドナルド伝」「エジソン伝」「ヒトラー伝」「ブルターク伝」。戦後は「リンカーン」「ガンジー」など40数点の伝記物を残した。

 この中から「ヒトラー伝」の書き出しを紹介しよう。何故「ヒトラー伝」なのかについては批判もあるかも知れません。しかし、当時の日本の若者の圧倒的な支持を受けた「ヒトラー伝」を読むことによって、現代に生きる若者が何かを感じ取ってくれれば幸いと感じるからです。

序
 

非常時とは何ぞや。
非常時とは英雄を待望する、民衆の時の声だ!
およそ有為なる国民が、断固として地上に正義を打ち建てんと決意したる時、他の群小が秩序の名において、あらゆる妨害をこれに加えんとするは、古今東西歴史の通則である。
何となれば、小人は本能的に平等と秩序を欲し、英雄はその止みがたき胸奥の欲求により、自由と創造を愛するからである。
今や祖国日本が、世界混迷の狂瀾怒涛を押し切り、四囲迫害の暴風雨を冒して、輝ける王道の彼岸に到達せんとする悲壮なる姿こそは、燦として古今の歴史に独歩すべき英雄的努力である。
我等は今この歴史的大変革の、ちょうど真ん中に立っているのだ。そしてこれを名付けて非常時という。故に非常時とは一人英雄的国民に許されたる特権である。

 なぜ、今日このような英雄伝を紹介したか、その理由を述べましょう。

 今、自民党総裁選に意欲を示す麻生外相は大の漫画好きで、テレビでそれが紹介されていた。車には常時何冊かの少年漫画が置いてあった。麻生外相は「漫画は時代を反映し、それを表す」と語った。

 年代ごとに反体制志向の漫画、次の年代には反体制ではないが�牴粁��瓩寮犬�方を描いた漫画、さらにSFもの漫画、またさらに90年代にはオカルトもの漫画が世を席巻したと指摘。そして「現代においては?」と訊かれた麻生外相は「英雄を待望する伝記ものが主流となっている」と答えたのである。

 時代は小説から漫画に変わろうとも、国民が渇望するのは同じなのか…そう考えた次第です。

 まだ忙しくて返事も出せないでいたが、この連休中に高校生の若者から「何か、出来ることはありませんか。何でも言って下さい」「高校生でも可能な政治活動について教えて下さい」とのメールが何通かありました。

 ここでお答えさせて下さい。
 今後起きるであろう大きな社会のうねりの中で、指導者の英雄的な努力なしに何が出来るというのだろうか。ただ、現在の社会に盲目的に流されていてはいけない。あなた方を必要とする時代は、もうそこまでやって来ています。
 されど、まだ焦ってはいけない。時代の到来を告げる鐘が鳴るまで、静かに待ちましょう。
 我々《極右》はその時がくれば、必ず立ちあがることを最後に誓うものです。

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Posted by the_radical_right at 19:32 │ mixiチェック │青年に告ぐ! 

海保クーデターに「日本国」を見た!

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日本を信じたい!

「夫にもしもの事があっても、私はこの子を一人で育ててゆきます」

 過日、海上保安庁の特集番組で海上保安官を夫に持つ妻の言葉である。最前線では海上保安官のみならず、彼らを支える家庭においても常に有事の際を覚悟しているのだろう。先の竹島周辺の海域調査をめぐり、日韓間は交戦前夜とも言える緊迫状態に陥ったが、領土・領海をめぐる非常事態は今後続発が予測されるだけに家族らのそうした思いは筆舌に尽くし難い。

 このほど一部週刊誌は「竹島海域調査は『海保若手官僚のクーデター』だった」と報じた。
 日本という国は周辺国から侮られている。北朝鮮工作船や中国原潜の領海侵犯事件など、度重なる主権侵害行為に対して日本国として毅然たる態度で臨まないことは、最前線の士気にも大きく影響を及ぼす。
 誰しも殉職者が出ることは望まない。しかし、国家の主権を守ることが任務であるはずが、主権が侵害され続ける状況は最前線の��兵士�瓩砲箸辰討篭�辱以外のなにものでもないだろう。冒頭の文章とは矛盾するようだが、危険であっても国家の主権を守るためには誰かが就かねばならない任務なのである。戦えば危うし―、戦わねばなお危うし―!
5df85ad5.jpeg 国家として��戦う為の命�瓩�下されて然るべき事態において国家の命が下されぬ場合、海上保安庁の若手官僚らが竹島周辺において紛争状態を引き起こし、政府ひいては日本国に国家存続に向けた真意を糺す動きを画策したとしても不思議はあるまい。
 領海、領土、領空において国家の主権が侵害された場合、武力を用いてでも交戦するのが国家の在るべき姿である。竹島は既に50年以上前より韓国によって不法占拠されており、その間、実に3929人の日本人漁師らが拘束・拿捕され、韓国警備艇の銃撃による死傷者は44人にも上るという。この韓国側の横暴を目の当たりに普通の国家であればとうに戦争になっていたはずだ。
 海保若手官僚による此度の��クーデター騒動�瓩脇�本を通常の国家たらしめんが為の��決起�瓩任△蝓∪こΔ両鐚韻亡佞澆特�がこの行為を批難し得ようか。抑圧された憂国の至上の発露である。我々はここに真の国家を見い出した―。
 今般、無念にも竹島周辺への海保調査船出動なる英断は実行されなかったが、これで日本が終ったわけではない。

 我々極右は海保若手官僚の決起を皮切りに、警察、自衛隊ならびに各省庁、自治体または民間においても国家の尊厳を守るべく若き愛国者の決起が噴出することを信じている―!日本国は彼らの篤き想いの中にこそある―!
 事勿れ主義、弱腰外交という日本を覆う�牴寡舵�なる弾圧�瓩鯊杷砲憩世觴禀霄圓稜海╂垢訃霰阿�解き放たれることを信じてやまない―!

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Posted by the_radical_right at 07:16 │ mixiチェック │9条・国軍