2006年05月16日
中国人留学生を追い出せ!シリーズ��
写真:平成14年当時、我々が酒田短大問題を追及した際に発行した新聞
中国人留学生追放運動の軌跡
現在、公式発表だけでも二十数万人、実数はその3倍に上ると見られる不法滞在外国人は日本社会の治安に著しい悪影響を与えた。外国人による犯罪の多くは不法滞在者によって引き起こされたもので、その手口は凶悪化、広域化している。
これらの解決策として法の強化や厳罰化は勿論のこと、不法に入国・滞在する者を入れないよう、ひたすら防衛する以外にない。
その意味から日本に働き場を求める外国人と、少子化で学生数確保に悩む私立大学の野合など教育現場を不法滞在・不法就労の温床とするもので、社会に対する敵対行為と言えるだろう。
利益を受けるのはエゴに走った大学のみで、その背景では如何ほどの日本人の権利が奪われつつあるのか―。事態は単に一大学の不正で看過される問題ではなく、日本社会の存立まで危ぶませかねないとの認識が必要だ。
山形県酒田市の酒田短期大学のような問題発覚は氷山の一角に過ぎないのではないか―。そこで平成14年、我々は関係省庁に対して徹底した追及を試みたのである。
「酒田短期大学のような事例は稀で、他には報告を受けていない」
(文部科学省高等教育局留学生課企画調査係)
つまり、文科省は他の大学や短大において酒田短大に見られた杜撰な留学生受け入れはない、としていたのだ。それが事実であればまことに喜ばしいが、昨今各地を震撼させる外国人犯罪の多発を目の当たりに、こうした見解に疑念が生じる人も少なくないだろう。強窃盗などの犯罪で逮捕された外国人、またはビザ切れ不法就労外国人の中には就学ビザで来日した者が少なくない。事実、この文科省の公式見解を覆すかのように、第二、第三の酒田短大とも言うべく各大学、専門学校での杜撰な留学生受け入れの実態が次々と表面化した―。
この年の4月―、名古屋入国管理局が岐阜県瑞浪市の『私立中京短期大学』が同月より予定していた中国人留学生43人の在留資格を不認可としたことが判明。また、他の複数の大学へ入学を予定していた留学生数人についても不許可としたようだ。同入管局は「学費や滞在費の支払い能力が不十分で、もっぱら教育を受ける状態とは言えない」と断定し、留学用の査証(ビザ)取得に必要な在留資格認定証明書を公布しなかったという。中京短大はその前年、遊興費や飲食代がかさんで授業料を納めなかった学生や結婚した学生の計十人を除籍処分にしており、こうした学生の選考や在籍管理の不適切さも不許可の理由として入管局に指摘された。この当時、中京短大には約600人の学生の内、実に四分の一が中国人留学生で占められていたという。留学生の多くは定員割れが続く生活学科の生活文化専攻に集中していたようだ。
これに限らず、中部地方の大学には中国のブローカーと思しき業者から留学生を斡旋するような不審なファックスが送られてきたという。
こうした留学生問題の渦中、何と酒田短大の理事長を務めていた貝原秀輝(当時)が同じく理事長を務めていた『国際電子整備学園』(福岡県)系列の専門学校に中国人留学生1200人を入学させる予定だったことが明るみに出たから驚く。国際電子整備学園は、同学園が経営する電子技術専門学校(福岡市)と九州整備技術専門学校(福岡県鞍手町)の2校に中国東北部出身の約1200人を入学させる予定で福岡入国管理局に申請書類を提出。福岡入管局は定員超過や日本語能力検定などが不十分だったことから全員の申請を却下。
さらに石川県の七尾短期大学でも留学生の失踪が相次ぎ、この他、山口県萩市のH大学も留学生の受け入れ態勢が杜撰であると当時インターネット上で囁かれていた。
少子化と言われる時代―、日本人学生の争奪戦に勝てなかった三流、四流大学では志願者数や合格者数を実際の数より3倍も多く水増しして公表した大学さえあり、中国からの留学生に着目し、それに倣う大学・短大が続出したとしても不思議ではなかっただろう。
こうした実態が次々に露呈しているというのに、文部科学省では「酒田短大のような事例は他の大学では見られない」との主張を繰り返し、そのような追及は「色眼鏡でしかない」との見解を示したが、我々は文部科学省に対して強い危機意識のもとで即刻、明確な調査に基づいた実態を国民に公表することを求めた。
ここに取り上げた事例のみでも少子化で学生数の確保に苦慮し、不法就労に繋がりかねない留学生まで受け入れようとする大学・短大が少なからず存在する実態が浮き彫りになったのではないか。政府として迂闊な見解を打ち出せないことは理解できる。しかし、不法滞在外国人問題が深刻になる最中、危機感がまるで伝わってこなかったことに我々は愕然とした。
実際は想像以上に深刻な状況かも知れない。だが、国民は真実を明るみに出す政府の��勇気�瓩鮨澗圓舛砲靴討い襦�
ブログ・ランキング 応援クリック宜しく!
中国人留学生を追い出せ!シリーズ��
中国人留学生追放運動の軌跡
中国人留学生の問題は読む人に大きな反響を与えたようだ。いつものコメントと違って怒りが表われていました。現在、教育基本法の改正問題が国会で審議されようとしていますが、同時にこのような問題も論議して頂かなくてはなりません。
我々はこれまで様々な問題に取り組んできました。外国人犯罪、少年犯罪、環境問題、そしてこの留学生の問題も何度も取り上げてきました。我々が教育問題に取り組むために、レポート紙を出したのは今からもう8年前ですが、平成14年にこの中国人留学生問題を取り上げ、文科省に取材と抗議をしてきたので、その時のレポートからお届けします。
留学を名目に来日し、その実態が不法就労であったことが問題となったのは山形県酒田市にあった私立『酒田短期大学』(貝原秀輝理事長=後に廃校)であった。中国人留学生の200人以上が、首都圏に滞在し資格外活動と称する不法就労を行なっていた。
同短期大学は昨年度(注・平成13年)の入学者248人の内、なんと中国人留学生は240人にも達しており、その実態は中国人の不法就労斡旋機関のような役割を果たしていたのである。
酒田短大に限らず学生確保のために中国人留学生を受け入れようとしている大学は全国でも増加する一方である。これは文科省が中国人留学生を受け入れる大学に補助金を交付し、尚且つ中国人留学生にも支援金を出している事実があるからではないのか。
「国際交流の発展」を目的とした留学生受け入れが、実は中国人マフィア・蛇頭のような犯罪者養成に手を貸していたなどとは、これはもう冗談で済ませられる話ではない。
この問題が明るみになるや酒田短大は、中国人留学生に急遽復学を呼びかける手紙を送付した。200人の内、復学の意思を伝えてきたのは40人。3人は戻れないと返答。31人の手紙は宛先人不明で返却された。
もともと電話でしか連絡が取れない留学生37人と合わせると実に67人が所在不明だったのである。手紙でも電話でも連絡がつかない留学生に対しては、我々の強い抗議もあり、大学側は出入国管理及び難民認定法に基づき、仙台入国管理局に通報した。
仙台入国管理事務所は東京の入国管理局に送達―。また、これらの中国人留学生のリストは当然のことながら警察庁へも提出され、全国の警察署へ資料が送られた。
しかし、大都会で働き出した中国人を探し出すことは、極めて困難であり、既に日本の社会には彼ら中国人不法就労者のシンジケートが出来上がっており、それを炙り出すことは容易ではないのである。
酒田短大は本年(注:平成14年当時)1月、入国の際に必要となる在留資格認定証書の交付を仙台入国管理局酒田出張所に申請した。酒田短大は前年10月頃に前回と同じように200人以上の中国人留学生を受け入れようと画策していた(平成14年1月時点)。
入管当局は事前にこの情報をキャッチしており厳正な対応を下した。即ち「十分な教育環境があるとは思えない」との判断を下したのである。この決断がどれほど困難なものであったかは、この酒田市は山形3区に入り、あの媚中派の代表格である自民党元幹事長の加藤紘一大先生の地盤であることからも理解できよう。
我々はこの酒田短大は勿論のこと、全国のこのような大学に対する徹底的なる攻撃を当時開始した。
その後、酒田短大は資金繰りが悪化―。平成16年には文科省は学校法人の認可を取り消し、永遠に姿を消した。しかし、事件発覚から2年の戦いの歳月が費やされたのである。
ブログランキング 応援よろしくお願いします!
2006年05月15日
科学と安全性、人間の勇気と挑戦!
写真:原発の消火作業で被曝した英雄達が眠るミチノ墓地
20世紀の科学と21世紀の科学
人類の破滅から救済へ
先般、投稿した『インターネット私論』のコメント欄に原子力発電所に対する質問があり、その方と何度か会話をしました。この問題では新潟県の裁判所において、原発の安全性に疑問を投げかける判決もあり、その時も取り上げております。
原発の安全性が地震に耐えられるものなのかについて、この裁判官は崩壊する危険性があるとして、反原発派の訴えを認めたものでした。原発の建設に関しては政府が専門家に依頼をして、原発の安全性に関する基準を設けており、これを地方裁判所の裁判官が審理すること自体に無理があるのではないか。
さて、このコメントを寄せてくれた「くらまさん」は理系の人らしく次のように語っている。
「安全は危険の不存在でしか証明できない」ので、歴史的に原発事故が一回でもあった以上、危険そのものは存在すると思います」
この言葉で先ず思い出したのはチェルノブイリ原発事故である。先般、新聞やテレビで放映されていたが、あれからもう20年も経過した。この時はあまり関心を持たなかったのだが、くらまさんのコメントで改めてこの原発事故を振り返ってみることにしました。
1986年4月26日、当時の旧ソ連ウクライナ共和国でこの史上最悪の原発事故は発生しました。この炉は、旧ソ連に特有のRBMK(黒鉛減速軽水冷却沸騰水型)と呼ばれる原子炉です。定期点検で出力を停止する途中に実験が行われ、その最中に爆発事故は起きました。わずか数秒の間に2度以上の大爆発が起き、原子炉は壊れ、核燃料はこなごなになってふき上げられました。千メートルから2千メートルもの上空に吹き上げられた放射能は、遠くの国々にまで運ばれ、地球全体に放射能が降りました。
この吹き飛んだ原子炉を上空から写した映像は、今でも鮮明に覚えています。この事故の悲惨さやその後の問題についてはここではやりません。今回取り上げるのは科学文明と危険性、そして人間の勇気と挑戦、これらを簡単にまとめてみました。
まず「100%の安全」というものはありません。自らが生み出した科学文明に翻弄されて、死の恐怖に怯える実態も紛れもない事実です。私たちはこのような危険性と隣り合わせで生活している事になります。
しかし、ではだからと言って、科学を信じられないものと決め付けることは出来ないでしょう。もし、科学が危険であるとして挑戦してこなかったら、今日の文明社会はなかったものと思います。
この原発事故で急を聞きつけて駆けつけた善意の住民や消防士が多数死亡しました。これを原発に対する無知のために致命的な放射能を浴びてしまったと論評するのは簡単です。
しかし、この人達が燃え盛る火を消すために全力を尽くして倒れて逝きました。もしこの人達の勇敢な作業がなかったら、この事故はもっと拡大していたことだけは間違いありません。
安全性への懸念や事故の悲惨さにだけ目を向けていたら、科学の進歩はあり得ません。人間というのは挑戦し勇気を持って立ち向かうことが、人間としての価値でもあると私は思うのです。
丁度この年の1月だったと思いますが、米国の栄光と誇りを乗せたスペースシャトルは爆発炎上しました。しかし、米国は宇宙への挑戦をその後も続けて来ました。
確かに世界(地球)を科学万能主義によって、危険に晒してはいけない。我々日本人の世界観は美しい地球環境と共にある。自然を慈しみ、その恩恵に神の存在を視る独自の世界観を持ってきた。
そのような我々日本民族が今成すべき事は、この地球と共に一体となることである。そのためには科学は絶対に必要である。20世紀、科学は人類を破滅へと導くものでしかなかった。しかし、21世紀、科学は人類を救済するものでなければならない。
危険であると言って、科学の発展を阻害したり、躊躇することに私は反対します。これまでの科学の進歩のために尽くしてきた先駆者の労苦を無にしてはならないと思うからです。
ブログランキング 応援よろしくお願いします!
