2006年05月15日

科学と安全性、人間の勇気と挑戦!

7c7e60c6.jpeg

写真:原発の消火作業で被曝した英雄達が眠るミチノ墓地

20世紀の科学と21世紀の科学

人類の破滅から救済へ

 先般、投稿した『インターネット私論』のコメント欄に原子力発電所に対する質問があり、その方と何度か会話をしました。この問題では新潟県の裁判所において、原発の安全性に疑問を投げかける判決もあり、その時も取り上げております。

 原発の安全性が地震に耐えられるものなのかについて、この裁判官は崩壊する危険性があるとして、反原発派の訴えを認めたものでした。原発の建設に関しては政府が専門家に依頼をして、原発の安全性に関する基準を設けており、これを地方裁判所の裁判官が審理すること自体に無理があるのではないか。

 さて、このコメントを寄せてくれた「くらまさん」は理系の人らしく次のように語っている。

「安全は危険の不存在でしか証明できない」ので、歴史的に原発事故が一回でもあった以上、危険そのものは存在すると思います」

 この言葉で先ず思い出したのはチェルノブイリ原発事故である。先般、新聞やテレビで放映されていたが、あれからもう20年も経過した。この時はあまり関心を持たなかったのだが、くらまさんのコメントで改めてこの原発事故を振り返ってみることにしました。

 1986年4月26日、当時の旧ソ連ウクライナ共和国でこの史上最悪の原発事故は発生しました。この炉は、旧ソ連に特有のRBMK(黒鉛減速軽水冷却沸騰水型)と呼ばれる原子炉です。定期点検で出力を停止する途中に実験が行われ、その最中に爆発事故は起きました。わずか数秒の間に2度以上の大爆発が起き、原子炉は壊れ、核燃料はこなごなになってふき上げられました。千メートルから2千メートルもの上空に吹き上げられた放射能は、遠くの国々にまで運ばれ、地球全体に放射能が降りました。

 この吹き飛んだ原子炉を上空から写した映像は、今でも鮮明に覚えています。この事故の悲惨さやその後の問題についてはここではやりません。今回取り上げるのは科学文明と危険性、そして人間の勇気と挑戦、これらを簡単にまとめてみました。

 まず「100%の安全」というものはありません。自らが生み出した科学文明に翻弄されて、死の恐怖に怯える実態も紛れもない事実です。私たちはこのような危険性と隣り合わせで生活している事になります。

 しかし、ではだからと言って、科学を信じられないものと決め付けることは出来ないでしょう。もし、科学が危険であるとして挑戦してこなかったら、今日の文明社会はなかったものと思います。

 この原発事故で急を聞きつけて駆けつけた善意の住民や消防士が多数死亡しました。これを原発に対する無知のために致命的な放射能を浴びてしまったと論評するのは簡単です。

 しかし、この人達が燃え盛る火を消すために全力を尽くして倒れて逝きました。もしこの人達の勇敢な作業がなかったら、この事故はもっと拡大していたことだけは間違いありません。

 安全性への懸念や事故の悲惨さにだけ目を向けていたら、科学の進歩はあり得ません。人間というのは挑戦し勇気を持って立ち向かうことが、人間としての価値でもあると私は思うのです。

 丁度この年の1月だったと思いますが、米国の栄光と誇りを乗せたスペースシャトルは爆発炎上しました。しかし、米国は宇宙への挑戦をその後も続けて来ました。

 確かに世界(地球)を科学万能主義によって、危険に晒してはいけない。我々日本人の世界観は美しい地球環境と共にある。自然を慈しみ、その恩恵に神の存在を視る独自の世界観を持ってきた。

 そのような我々日本民族が今成すべき事は、この地球と共に一体となることである。そのためには科学は絶対に必要である。20世紀、科学は人類を破滅へと導くものでしかなかった。しかし、21世紀、科学は人類を救済するものでなければならない。

 危険であると言って、科学の発展を阻害したり、躊躇することに私は反対します。これまでの科学の進歩のために尽くしてきた先駆者の労苦を無にしてはならないと思うからです。

ブログランキング   応援よろしくお願いします!



Posted by the_radical_right at 12:51│ mixiチェック │自然の再生と共存(御皇室) 
この記事へのコメント
各位
返事遅れて申しわけありません。私の科学好きは小学校からで、思想よりは科学に興味がありました。伝記ものを小学生のころに読んだと前に書きましたが、その殆どは科学者の伝記ものでした。ヒトラーへの興味もVロケットの発明したドイツ人科学者ブラウン博士の伝記を読んでからだったと思います。
また、科学の話を取り上げてみたいと思っています。皆さんありがとう御座いました。
Posted by 瀬戸弘幸 at 2006年05月17日 10:04
>キース様 原子力発電所は、自衛隊により厳重に防衛されているのでしょうか?心配ですね。
原子力、火力に替わる画期的な技術がこのあたりにありそうです。国の研究費補助が必要です。
http://newscience.air-nifty.com/blog/cat1201259/index.html
Posted by なっとく at 2006年05月16日 23:26
日本海側の原発密集県に住んでいます。只でさえ北朝鮮の海上からの侵攻の可能性が高い上に原発ですよ…。ランニングコスト以外にも費用が掛りすぎじゃないのでしょうか。その上関西の大都市への供給ですから、地元以外の付近住民には少なくとも何のメリットも有りません。
Posted by キース at 2006年05月16日 22:06
原発論争で思い出されるのが元号が変わる頃、文化人の口コミに端を発した広瀬隆の「危険な話」の一大ブームだ。
その後、広瀬は週刊金曜日に寄稿してるようだが。結局、「原発を語ることがお洒落だ」のような流行でメディアで消費されてしまった印象がある。
あれはいったい何であったのだろう。
Posted by 豪輪 at 2006年05月16日 16:37
■原子力発電は、事故を起こさなければ安全との神話があるようです。
しかし、その実態は、
英セラフィールド・仏ラ・アーグの再処理工場 深刻な放射能汚染発覚
フランス:排出液からは1リットルあたり1億6千万ベクレルのトリチウム、
     通常海水の1700万倍の放射能を検出。
イギリス:年間2億3千万リットルの放射性廃液をアイルランド海に放出。
汚染は、アイルランド海全体、北海、バルト海、ノルウエー海、バレンツ海、グリーンランド海にまで。
原子力発電所は、放射能を大気中に放出したり海へ放射能を垂れ流します。
我々は、魚介類、野菜、肉、飲料水から放射能を摂取しています。
■たくさんの原発を建設する理由:たぶん巨大な土木事業だから
◎原子力発電は、ヒゲ親父さんのおっしゃるように国家安全上やむを得ない選択です。
Posted by なっとく at 2006年05月16日 12:49
タイトルに引っ掛かって来ちゃいました(・・*)ということで足跡ペッタン
Posted by ふゆ at 2006年05月16日 11:45
私は技術者の端くれです。
マスメディアの論調で良くある「100%の安全が確認できないのに・・・」といったものがあります。これは技術者としては何もするなと同じ意味があります。100%の近づけようとして100%にならないのが技術です。世の中全てがそうだと思いますが、見えないまた自分に責任のない「システム」となると突然100%を要求する人に無責任を感じます。
原発も少々の事故を起こし、そのうちにかなり大きな事故も起こすでしょう。ソーラ発電も良いですがまだまだ時間と製造に電力が必要です。これから起こるイラン原油問題からも考えられるように色々なエネルギー源に対応で技術を蓄積することも国の安全に必要です。感情論でなくトータルなデータに依った論議が必要です。
Posted by ヒゲ親父 at 2006年05月16日 11:33
 言及ありがとうございます。ご意見が伺えてよかったです。
 前のコメントでも書きましたが、最終的な優先性はそれぞれの方が個々人で持っている天秤によりますし、それがみんな一緒だったらおかしいので、一致することは無いと思います。

 天秤の両側として「国土の相当面積を喪失する」という巨大なマイナスに見合うプラスは「自分には」見つからないので、質問させていただきました。

 ただ、気持ちを別にすると「科学の発展のため」であれば、こんなにたくさんの原発は必要なさそうな気がしますし、浜松にも原発は作らないのではないかとは思います。

 自分の立場を明らかにするために前回も言及しましたが、これからの話も「命を大切にする」ことこそが自分には最優先なので、ちょっと不思議な感じにはなるかもしれません。
Posted by くらま at 2006年05月16日 09:05
瀬戸さん お弟子さん、おはようございます。
屋根の上に付ける太陽光発電が風水で良くないと言われてるんですが、何の根拠があるんでしょうか?
もっと軽量化すれば自然と屋根に溶け込んで便利だと思いますのに。
原発はもう、これ以上作る必要は無いでしょう。
何せ、将来へのリスクが大きいです。
劣化ウランの扱いも大変だし。アメリカだったら劣化ウラン弾で消化は効くけど、被爆している兵士も多いと聞きます。
Posted by 土御門 龍 at 2006年05月16日 06:52
瀬戸さん、お弟子さん、こんばんは。
原発は必要とはいえ、すぐ近くにあるというのはやっぱり不安です。
偶発的な事故もいつ起こるかわからないし、内部にカルト教団員が潜んでいたりしたら、有事の際に危険極まりないですから。
家の屋根に付ける太陽光発電がもっと安くなれば、すんなり解決しそうなんですけどね。数年前に調べた時は、助成金を差し引いても100万以上だった記憶があります。それでも環境の事や危険性を考えると、前向きに考えたほうがいいのかも・・・。行動しないと何も変わりませんもんね。
Posted by はなび at 2006年05月15日 23:24
科学を例えると橋のようなもの。超えられない崖を超え、新たな資源が手に入り、未来が広がります。

科学が進歩するとは、橋が高性能になる。
太い丸太から、石、コンクリート、鉄骨、ピアノ線、カーボン繊維、という具合に次第に効率が上がる、細く先鋭化する訳です。

科学が進歩するほど「利益は大きいが、細いタイトロープを渡らざるを得なくなる」宿命を背負っています。

これに反対しても科学の進歩が止まる事は有りません、大きな利益と効率を求めるのが自然な欲求なので、勝手に進歩します。

結局人類は、勝手に進歩する科学をどう使うかに英知を絞らねばなりません。
その基本となりうるのは人間性であり高い精神性、言葉を変えれば、文化と伝統しか有りません。

原発等の場合、立派な組織や法律で支えても、質の高い技術者のプライドとモチベーションが無ければ、安全の確保は出来ないでしょう。
Posted by MultiSync at 2006年05月15日 21:02
> 原発は電力供給量の4割を超えている筈です。
これは、大きな誤解です。原子力発電所は、動き出すと、停止するのが危険なため必要がないかぎり停止できません。そこで、火力発電所を停止しています。日本の電力は、原子力発電所を全て停止しても夏場の数週間を除き、火力、水力発電でまかなうことが可能です。ただ、原油高で、インフレ不況の覚悟が必要です。原子力発電の電気は、放射性廃棄物の処理費用を含めれば火力より遙かに高額です。しかし、子孫への借金として代金を先送りできます。
Posted by なっとく at 2006年05月15日 19:49
富士山の南方にある浜岡原子力発電所が大震災で倒壊した場合、放射能で関東地方が無人の荒野になる可能性があります。死亡者の人数は、はかりしれないでしょう。
数人の命しか影響を受けないアポロ宇宙船と同列に論じることはできません。
”原発の建設に関しては政府が専門家”が、まったく信頼できないのが最大の問題です。
賛否両論の国際的科学者/技術者達の安全会議のようなものが必要だと思います。
ただ、ジレンマは、原子力、火力に変わるエネルギーの開発の目処がまったくないことです。
ここは、人口削減により地球に対する環境負荷を減らし技術開発の時間を稼ぐ必要があります。
しかし、中国のような国が覇権を求めている現状では、絶望的です
Posted by なっとく at 2006年05月15日 19:03
瀬戸弘幸様

はじめまして。

ブログ楽しく拝見させて頂きました。

最近、『極右評論』のような面白いブログは、修正・加筆して電子書籍として販売するとヒットすることがよくあります。

そして、無料で登録できる電子書籍でヒットしたら、次はそれをそのまま商業出版化する、という流れも出てきています。

そこでお願いがあるのですが、商業出版のアシストもしているでじたる書房で、あなたのブログを販売してみませんか?

■TOP:http://www.digbook.jp/
■ライター登録ページ:http://www.digbook.jp/writers_site/
■ライター登録者数:1460人
■総書籍数:6000冊

ご登録、販売にあたり費用は一切無料です!
お待ちしております!
Posted by でじたる書房 at 2006年05月15日 18:46
原発の話ですが、いくら理論上ではとても安全と言い切れるに近いとしても、それを運営する職員、原発の建設会社及びそれらをチェックする役人が杜撰な手抜きをしていたらただの机上の空論です。
http://members.at.infoseek.co.jp/genpatsu_shinsai/
私は今、こちらのHPを読んで、原発に関して疑問をもっています。
エネルギー不足の日本にとって原発は魅力的なのですが、果たしてそれは安全なのでしょうか…
Posted by klolo at 2006年05月15日 18:21
危険の程度の問題でしょう。米国やソ連のような事故を起こすのなら、原発も考え直すべきでしょう。そのような事は無いと思いますが。第一、原発は電力供給量の4割を超えている筈です。車と同じです。危険は認知するが、利用するしかないのです。それよりも、朝鮮や中国の工作兵に対する対策は出来てるかどうか心配です。迷惑施設を作り、周辺住民に手厚すぎる補助金を出す事を止め、地下施設にするとか成りませんかねえ。
Posted by koubunnyuu at 2006年05月15日 16:45
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
人類は科学の発展により無知蒙昧の深淵より、月へも足跡を残す高みへと到達しました。科学の進歩は我々に多くの恵みを齎しましたが、その過程で犠牲になった者、身を捧げた者は枚挙に遑がありません。ノーベル賞の創設者ノーベルはダイナマイトの研究開発で弟が爆死し、種痘によって天然痘撲滅の先鞭をつけたジェンナーは、我が子を実験台として猛威を振るった疫病の予防法を発見した。
くらまさんは原発の必要性を認めながら、不測の事態への危惧を抱いているようですが、資源小国であり人口過密の我が国に於いて、エネルギー問題は国の根幹に関わる枢要と申せます。環境汚染を伴う火力発電、自然破壊を齎す水力発電、微弱な効率より得られぬ風力や太陽熱発電では、原子力発電に代替できるものではありません。原子力に替わる画期な技術が開発されるまでは、細心の注意を払い、付き合ってゆく他ないと考えます。
Posted by 怒る小市民 at 2006年05月15日 16:42
ネットを元を辿れば、アーパネットと言う軍事情報ネットが、原型で
現在もスパムやウイルスなどの悪い所もあるが、また、ネット通販や動画
配信などの良い所もあります。

この現代文明を否定すると言うことは、今の文明が、全面核戦争で、ほろんで、人類は原始人になり、手にはこん棒を持ち、原始共産主義に
ならなけばならないと言う極論にまでつながります。

「現代文明やめますか?核兵器やめますか?」
Posted by ひろひろ at 2006年05月15日 13:56
科学の進歩は遅すぎる(アルチュール ランボー)
常に人間の理想には追いつけないでしょうね、科学は。
でも必要ですよね科学も原発も、我々が使用する限り。
唯、科学者や研究者のエゴを増幅させてはいけないとも思います。
難しい問題ですね・・・

科学者や研究者以外の人間の意見は大切にしないといけないと思います。
Posted by unnown at 2006年05月15日 13:47