2006年08月28日

加藤氏、放火事件と投石事件の奇妙な符合

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シリーズ・加藤紘一研究 ��

検証共和・リクルート、巨額脱税事件!

私設秘書と裏社会! 北朝鮮の利権と闇!

 先ずは朝日新聞社の電波男こと若宮啓文(論説主幹)の今日の朝日新聞の記事から始めることにしましょう。『風考計』という署名入りの記事の中で、加藤紘一氏宅への放火事件について述べている。

「加藤氏は近年、靖国神社のありようを鋭く批判してきた。日中関係の大切さを唱え、小泉首相の参拝にも反対の論を張ってきた。新たな国立追悼施設の建設を提唱した議員たちの中心メンバーでもある」

「それが、よりによって8月15日に火を放たれたのだ。一連の言動に向けられたテロというしかない。その後も党内にアジア重視の研究会を作るなど、くじけぬ姿勢を見せる加藤氏だが・・・・・・」

 確かに若宮氏の言う「一連の言動に向けられたテロというしかない」との考えには異論はない。しかし、当の加藤紘一氏はどうなのであろうか?

 彼はこの放火事件後、警察が右翼団体の構成員であるとして、その東京の事務所を家宅捜索しているにも係わらず「精神が不安定な状態にあった方かも知れず、ここで私があれこれ言うべきではない」と、この犯人が思想的背景から放火したということを認めていない。

 多くの国民が朝日新聞社の若宮氏と同じように考えているのに、このご本人の慎重な対応は不思議である。確かに犯人は口に火傷を負い、話が出来ないのであれば、推論で語るのは間違いかも知れない。

 加藤氏はあくまでも自分の靖国発言や中国寄りの姿勢に対して引き起こされた政治的テロとは認めたくないのかも知れない。だからこそ、このような右翼の政治テロとは戦うという言葉は聞かれない。

 そこで若宮主幹は「右翼のテロと戦わなくてよいのだろうか」とボルテージをあげる。
 「こうして靖国参拝について、異議を唱えにくい空気ができていく。それがテロの狙いなのだ」となる。

 これは少々オーバー過ぎるのではないか。確かに「小泉首相にせよ、内閣スポークスマンの安倍官房長官にせよ、事件に憤る言葉も、取締りを強化する言葉も、国民に向けて一言も発しなかった」

 そう批判して次のような事実も明らかにしている。

「あれから、10日余、加藤氏のもとに見舞いや激励の言葉は来ないというからから驚きだ」

 若宮主幹は小泉首相や安倍官房長官が「放火へ沈黙」したから、「加藤紘一氏に見舞いや激励の言葉がない」としているが、これは違うでしょう。加藤氏が右翼の政治テロを糾弾しても、自分に同情が集まらないと先刻承知なので、加藤氏は多くを語らないだけだろう。

私は加藤氏の地元における取材で

興味ある事件の記録を見つけた―!

 2000年頃にポスト森首相の最右翼と目されていた頃のことだ。加藤紘一氏の実家に石が投げつけられ、窓ガラスが割られる事件が起きていた。

 この事件は平成12年9月7日午前1時50分から同3時半にかけて発生した。事件は3ヶ所で起きた。一つは鶴岡市大東町の加藤紘一後援会事務所(精三会館)と棟続きの加藤代議士の実家。

 街路に面した2階建ての会館では、東側の玄関サッシ戸と南側1、2階のガラス合せて9枚、同じく母屋の南側の玄関ガラス戸と1、2階の窓ガラス8枚の計17枚が割られた。

 後の2ヶ所は当時の鶴岡市長の自宅と自民党の『鶴岡自由会館』であった。この会館の駐車場の車が破壊されたが、これは普段は加藤紘一事務所に止めてあったものだった。単なる悪戯ではなく、政治的な意図がある「器物損壊事件」として捜査された。

 そして、それから4日後にある人物が鶴岡署に出頭し「私が、加藤代議士の家と市長宅に石を投げました」と犯行を告げたのである。この自供に基づいてこの男は逮捕された。

 事件については大きく報道されており、その背景に市民は関心を持っていた。当時、石が投げつけられた3日前には鶴岡市立新庄内病院の入札があり、その入札をめぐって政治家の利権の噂が流れていた。

 当然のことながら、その入札に絡む利権が、この事件の背景にはあると誰しもが思ったのである。ところがである―。この男は意外にも「不起訴処分」となって釈放された。

 支離滅裂なことを言うので精神鑑定を受けさせたら、この男は心神喪失で精神が不安定で、責任能力がないと判断されたのである。しかし、当時地元でこれをまともに信じる人は少なかった。

 公共工事に絡む利権とその背後にある犯罪性を暴かれるのを恐れた被害者側(或いは落札会社)が、犯人とその背後で動いた勢力と闇取引をして、事件を精神病患者によるものと処理することで決着を図ったとの噂が流れたのである。

 果して、その出頭した男が犯人だったのか―。6年も前のことで真相は分からない。単なる噂に過ぎないし証拠もない。しかし、どうも今回、加藤紘一先生が犯人を「精神が不安定な人ではないか…」と言っていることと奇妙に符合する。私にはこちらの方が気になるし、余程不気味であると思った。

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Posted by the_radical_right at 18:41 │ mixiチェック │政治・官僚・企業腐敗 

2006年08月27日

『新アジア主義』と決別せよ!

『新アジア主義』と決別できるのか

 Doronpaの独り言 という方のブログがある。私などがこの『極右評論』を始める前からおやりになっていた。私はあまり知らないが、ブームとなった「嫌韓流」の火付け役となった方と思う。

 この方が8月25日に投稿された「アジア主義との決別」という文について考えてみました。戦前においてアジア主義を標榜し行動したのは右翼であった。アジア主義や大アジア主義は右翼の専売特許だったとも言える。

 戦後においても伝統的な右翼はアジア主義を掲げている。前にも書いたが、私は「外国人犯罪」問題を追及し始めた頃からアジア主義と決別しました。中国人や韓国人、あるいはイラン人の国外追放を訴えた時に、それまでの右翼の仲間から思わぬ反発を受けたからです。

 その反発とは日本の右翼・民族派運動とは「西欧の植民地主義への戦いであり、アジアの人達とは仲良くすべきであり、凶悪犯なら仕方がないが、不法滞在・不法就労外国人まで追放するのは間違いである」との批判でした。

 伝統的な国粋右翼の思想的な支柱はナショナリズムとアジア主義です。ナショナリズムとは祖国日本とある意味で同義語として取り扱われます。―であるなら、このナショナリズムが属する祖国日本を、危機の中に陥れる可能性があるアジア主義を右翼陣営も見直さねばならないでしょう。

 戦前のアジア主義はナショナリズムの連帯でした。欧米列強の圧迫に対する抵抗として成立したのが日本の右翼思想であった。それは同時に日本だけではなく、アジアも同じように西欧の圧迫下にあり、日本の右翼思想は外に向けられていったのも当然でした。

 日本がこのような西欧列強の脅威から完全に逃れる道に、欧米を模倣して脱亜化することも、一つの選択肢でありました。しかし、戦前の右翼はこれを嫌い、飽くまでもアジア主義にその活路を求めた。

 しかし、これは日本側の一方的な思い込みで終わってしまった。支那大陸にはナショナリズムと対立するインターナショナリズムの共産主義が蔓延り、旧ソ連の後押しもあって日本は敗退した。

 戦後右翼はアジア主義の幻想に気がつきながら、その放棄を表沙汰に出来なかった。アジア主義を保持し続けているようなふりをしながら、「反米」という旗を降ろすことも出来ないできた。

 そして現在アジア主義は右翼ならざる普通の人達によって、その決別を迫られている。もし、伝統的な右翼民族派・保守派がこの決別に抵抗すればどうなってしまうか。ナショナリズムまで失う危機的状況へと追いやられるかも知れない。

 今、我々の前に現れた「新アジア主義」とはナショナリズムとは無縁なものである。それは朝日新聞や左翼思想によって創られたアジア主義で、日本を支那の中華思想に屈服させる道でしかない。

 「新アジア主義」は日中を軸とした東アジアの新体制を目指すもので、それを前提に動きを強めているのが加藤紘一の保守護憲勢力や「反体制左翼」である。この両者が結びつく時、アジア主義の言葉に惑わされ、伝統的な右翼民族派の中に、この陣営に加わる者が現れる事を私は一番恐れる。

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Posted by the_radical_right at 22:30 │ mixiチェック │日本の新戦略 

戦略的外交の行方(中央アジア編)

中央アジアへの戦略的外交

存在感は無しに等しい!

 小泉首相は28日から中央アジアのカザフスタンとウズベキスタンの両国を歴訪する。先にモンゴルを訪問しているが、これらの国が中露に挟まれた国であるだけに、中露を牽制する意味合いの濃い戦略的な歴訪になる。

 今回のニュースで知ったのですが、日本の首相がこの中央アジア地域を訪問するのは初めてになるそうです。この中央アジアには前述した以外には、キルギスやタジキスタンという国もあります。

 これらの国は旧ソ連邦の崩壊で誕生したイスラム国家です。旧ソ連時代から柔らかな下腹部と云われ、ソ連のアキレス腱と見られてきました。独立はしましたが、未だにロシアの強い影響下にあります。

 これらの4つの国は中露が主導する『上海協力機構』の加盟国であり、この上海協力機構は最近反米思想を露わにして、ユーラシア大陸内部から、米軍を追い出そうとしています。 

 米国はアフガニスタンのタリバン政権と国際テロ組織アルカイダを掃討する際には、この地域のイスラム諸国とは良好な関係を構築しましたが、現在においては中露の巻き返しに遭って不利な立場にあります。

 日本の存在感はこの地域においては無いも同然です。日本が国連常任理事国入りを目指した時、共産支那がイの一番に圧力をかけたのが、これら中央アジアの諸国であったといいます。

 残り任期が1ヶ月しかない小泉首相の、この駆け込み的な訪問を、これらの国が果たしてどこまで本音の部分で歓迎するのか疑問です。これらの国は石油や天然ガスを豊富に埋蔵しており、資源を買いに来た商人国家の総理くらいにしか見られないかも知れません。

 日本が今後どのような「世界戦略」を構築し、そのための「戦略的外交」を進めるのか。そのことが先ず大切ではないでしょうか。その意味では安倍官房長官が「米・豪・印」との戦略的な対話を重視すると語っているのは評価できます。

 米豪とは当然ですが、そこに印度を加えることの重要性は、この中央アジア外交に極めて大切でしょう。中露に挟まれた中央アジアの諸国にとって、中露と対立するわけにはいきませんが、屈従することも避けたいでしょう。

 その場合、印度はこの同じユーラシア大陸にあるわけで、この地域の大国です。日本は単独では相手にされ難いが、周辺の大国との連携によって存在感を示す道は残されています。

 これからの国際政治の動向には、やはり経済力が大きなウェートを占めますが、しかし、それだけではありません。その背後には厳然として「宗教」そして「イデオロギー」が存在しています。

 特にこの地域においては、その根底にあるのは「宗教」です。中露とも国内にイスラム問題を抱えています。米豪もイスラム過激派と対峙しています。印度も同様ですが、日本だけは幸運にもこのような深刻な問題を抱えていません。

 それがこの地域に対する「戦略外交」の目玉になることも考えられますが、しかし、だからと言って日本独自で行なえるほど単純ではないでしょう。

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Posted by the_radical_right at 08:20 │ mixiチェック │イスラム問題