2006年10月21日
『反創価学会学習講座」��
「反創価学会学習講座」 ��
憲法20条を改正して、創価学会を駆逐せよ!
この『極右評論』において、目指す3つの項目を挙げました。
� 嶌瀑�朝鮮人」に対する特別永住資格付与制度の廃止
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��再販制度と宅配制度の見直し
これから、この3点については、専門家の意見なども紹介し、それぞれを担当する行政当局に対する働きかけを皆様方と進めて行きたいと思っています。
今夜は巨大な組織となってしまった創価学会をターゲットにした宗教法人法の改正問題を考えていくことにします。これまで幾度かこの宗教法人改正問題は俎上に上りましたが、いつも「大山鳴動して鼠一匹」の類に終わってしまいます。
ましてやこれほどまでに創価学会が強大な力を持つに至った現在、この組織をどうするかは、法律によって厳しく取り締まって行くしか方法はありません。
そこで、宗教と政治とは、先ずどのように憲法で規定されているのか。それを学習することにしましょう。どこに問題があるのかを学び、その法律の欠陥は何なのか?それを探って行きます。
憲法20条には次のように書かれています。
「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も国から特権を受け、または政治上の権力を行使してはならない」
引き線部分の法文が曖昧で紛らわしい。「いかなる宗教団体も」のいかなるという表現は、如何わしい教団でも国から特権を受けることができるのか?…とも解釈される。
この「いかなる宗教団体」に創価学会が含まれないことを確認する必要がある。あのように如何わしい教団が特権を受けるなど、とてもじゃないが納得できることではない。
特に特権という文字が何を意味しているのか、不気味である。「特権」は支配を感じさせるので、これは変えるべきである。
続いて「または政治上の権力を行使してはならない」とありますが、どうもこの法文が判然としない。この「または…」との表現が逆に政治の権力を場合によっては行使出来るかのようにも聞こえてくる。
従ってこれは明確に次のように改めるべきである。
「信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。要件の満たされた宗教団体は国から特典が受けられる。全ての宗教団体は政治に介入し、権力を行使してはならない」
これですっきりします。つまり創価学会は公明党という政党で政治に介入してはならないし、ましてや自民党と連立を組んで政治権力を行使してはならない訳です。
また、「要件の満たされた」というのは、宗教法人の資格を意味します。創価学会は日蓮宗から破門されており、その宗教法人の資格に疑義がもたれています。
特典とは税制の優遇を受けられることですから、創価学会はこの特典を受けることが出来ないというわけです。憲法を改正して創価学会を完全に駆逐してしまいましょう。
誤解のないように最後に書きますが、現在の憲法20条でも十分に創価学会と公明党は憲法違反の存在です。我々が大きく成長した時には、裁判所に訴えて行きたいと思います。
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マスコミの偏向報道、中川政調会長を狙い撃ち!
「ご報告」とマスコミの変考(偏向)報道
昨日の昼過ぎに永田町の議員会館を訪れ、中川昭一先生の事務所に皆様方のコメントをお届けしました。人数で100人以上の方からコメントを頂きました。
誰でもが自由に書き込みできるコメント欄に、反対の意見を書いた人はたったの一人でした。これも凄いと思いました。皆様の圧倒的な熱いメッセージが続く中で、反対意見を書き込めなかったのでしょう。
アダルト関係以外は削除したことはなかったのですが、中川事務所に届けるので、初めてこの反対意見は削除させて頂きました。100人からのコメントはプリントするとかなりの量で、改めてその“重さ”に感無量でした。
どのような対応であったかは、ここでは書かないことにします。何せこちらは『極右評論』であり、中川先生は自民党の政調会長で、しかも今回の発言で時の人になっています。
迷惑をかける訳にはいかないので、「お届け」したという事実報告だけをさせて頂きますが、必ずやご本人が目にしてくれるものと確信しています。まさに画期的な試みでこれからも続けたいと思います。
今度は今回のような激励ではなく、批判や反対意見を書き込んで、相手方に送付するということもやってみたいと思います。我々の怒りを北朝鮮や共産支那に伝えたいと思います。
そう考えると相手方はたくさん考えられますね。特定アジア三国、公明・創価学会、反日マスコミ、社民党、日教組、部落解放同盟…今度企画しますので、ご協力ください。
中川政調会長が昨夜、静岡県浜松市内で講演し、北朝鮮による日本への核攻撃の可能性について述べられましたが、その一部分だけを取り上げて、マスコミがまた批判しています。
「普通はやらないが、あの国の指導者はごちそうを食べ過ぎて糖尿病ですから、考えてしまうかも知れない。広島、長崎に続く第三のどこか(被爆地)とならないようにしなければならない」
この発言を「糖尿病だから、攻撃も」と不適切な発言と、その部分だけを大きく見出しで報道している。民主党の幹部の下記のような発言も紹介している。
「糖尿病患者が聞いたらどう思うかという配慮がまったくない。患者の本当の苦しみが分かっているのか。病気に対する偏見に満ちた発言で、差別主義的な発想がうかがえる。与党の政策責任者として不適切だ」
私はこの報道を今朝の地方紙で見た。おそらく最近平壌に支局を開設し社長が訪朝した共同通信社の配信記事であろう。この中川氏の発言の何処が問題なのか?
中川氏はこの発言について都内で記者団に次のように語った。
「北朝鮮の国民が貧困に喘いでいる一方で、ぜいたくざんまいの指導者がいるというのが本旨だ。誤解のないようにして欲しい」とマスコミを牽制した。
この講演で中川氏は、民主党の鳩山由紀夫幹事長が「議論自体をすべきでない」と批判した事に対して、鳩山氏が1999年10月に同じ核武装論議で「議論すらいけないという発想はいかがか」と述べていたことを紹介した。
その上で「責任ある人が180度変わっていいのか」と反論している。マスコミは揚げ足取りのようなことばかりしていないで、鳩山幹事長に是非そのことを質すべきだろう。
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2006年10月20日
思想戦・壮絶バトル
sayoku?氏VS怒る小市民氏
17日のエントリー『左翼ジャーナリストの戯言』のコメント欄で熱い闘いが繰り広げられている。sayoku?さんと怒る小市民さんの思想バトルである。怒る小市民さんは当『極右評論』の熱心な支持者であり、論客である。
sayoku?さんは自ら左翼というハンドルネームだが、その後に?をつけている。その辺りを「sayoku?だからといって旧ソ連や中国、北朝鮮の体制を認めているわけではありませんよ。むしろ嫌悪感を持っています」と弁明しているので、左翼にはなり切れないのでしょう。
最近、このような左翼さんをよくお見受けします。天皇(制)に反対し、反体制ながら堂々と左翼とは言えない。それはやはり共産支那や北朝鮮の現状を見れば、どうしても腰が引けてしまうのは当然でしょう。
さて、sayoku?さんは最初に次のような投稿をなされました。
「天皇制がファシズムと結びついたのは、天皇が日本民族(なにをもってその範囲を定義するのかは疑問であるが)にとって絶対的な存在であるとして、そのことに疑問を持つものの存在を国内において許容しなかったことが大きな要因となっています。言論思想の自由が保障され、天皇が今の立場で今の活動範囲を保持する限り、日本が再び全体主義の誤りを犯すことはないと思います。
しかし、天皇という存在がかつてファシズムの構築に利用されたのは事実です。日本の平和と安全、そして繁栄を願うからこそ世界全体の利益を念頭に行動し、協調に配慮しなければなりません。そのためには天皇制の内包する危険について敏感であるのは当然でしょう」
対して怒る小市民さんのご意見です。
「何を以って天皇制(不愉快な左翼用語だ!)とファシズムが結び付いたと断定しているのかね?。戦前・戦中期に於いても、現代とは趣を異にすれど、一定の民主主義は継続されていた。左翼が盲信して疑わぬ原理原則が、森羅万象の普遍的な真理であるとでも言いたげだが、自らの無知を宣伝するようなものだよ(笑)。
小生、日本民族とは古来より日本列島に居住せしネイティブ・ジャパニーズ(大和、琉球、アイヌ等)、及び、日本国籍を取得し日本人としての意識を持つ元外国人の総称と理解しているが、違うかね?。故に大和民族の総本家たる天皇家の絶対性を、大和民族以外の日本民族に強制しているなどと云う妄想めいた危惧からして妙な話だ。尤も、大和民族以外のルーツを持つ者でも、自発的に皇室への尊崇の念を抱く人々は大勢いるが?。
戦時下のような軍事態勢の求心力として、皇室が担ぎ出されぬかと心配しておいでだが、一体どこから、そのようなフィクションを紡ぎ出せるか不思議でならぬ。却って、徒に協調と云う美名の下、これまで他国への無用な屈従を声高に強いてきた左翼の自己欺瞞が、かくも解決困難な局面を現出せしめたことを一日本人として断罪したい。」
sayoku?さん (以降左翼?氏とします)
「戦中期にも一定の民主主義が継続されていたということですが、政党を統一し検閲など言論統制をした場合、民主主義の前提である多数の意見の集約が出来なくなります。選挙をしていれば民主主義・国会を開いていれば民主主義、というのであれば朝鮮民主主義人民共和国もなかなかの民主主義的国家となります。
あと、日本民族についてですがご指摘の「古来」というのはいつごろのことをさすのでしょうか。大和民族はさまざまなルートからの移民が混在して形成されたという説が有力です、天皇家の祖先が朝鮮からの移民であるとの説もあるくらいですから。(私はそのことはどうでもよいと考えていますが)それから私の読解力が足りないのか、日本人としての意識を持つ(国を愛する心?)=天皇の絶対性を認める、と理解できたのですが、それで間違いはないでしょうか。その場合なぜそれが成り立つのか是非お伺いしたいです。」
怒る小市民さん
「君は戦時下の日本と北朝鮮とを同列に語り皮肉っておられるが、そも日本が大戦に突入したのは、アメリカを始めとする国々より幾多の屈辱的な要求や勧告がなされた結果、日本の世論が主戦論に大きく傾倒した結果である。「民意による戦争」煎じ詰めれば、先の大戦はそう換言できよう。既に政府は軍部により掌握されたも同然の状態であったが、それでも猶、アメリカとの戦争回避を模索し続けていた。なれど、米国よりハルノートが示されるに及び開戦已む無しとの結論に至った。これ以上、沸騰する民衆の反発を抑止できぬ状態に追い込まれていたからだ。余談だが、後年、東京裁判に判事として関わったインドのラダ・ビノード・パール氏は、「ハルノートのような要求を突き付けられれば、モナコのような小国でさえ戦わざるを得ない」と語った。それほど一方的、且つ屈辱的な要求を強要されていたのだよ。」
「民主主義は民意を反映した政治形態と捉えられるが、先の大戦は、一部の共産主義者など以外は、殆どの国民が支持していた。つまり民主的な戦争であった。君ら左翼の先達であるスターリンや毛沢東のような独裁者が命じた、膨大な殺戮と一緒にしないで戴きたい。
また戦時下体制に於いては、上のレスでどなたか仰っていたが、諜報や騒乱に神経を尖らせ統制を強めるのは至極当然。だが君の脳内では、戦時下に於いても平時の政治体制が機能されておらねば、民主主義とは認められぬらしい(笑)。国民が選択した戦争であるからして、戦争に伴う統制を国民が受け容れるのに不自然さを感じぬが?。そのような状況でも選挙も実施され、曲りなりにも議会が召集されておるのは、翼賛体制化の日本が既存の共産主義国家と比較しても、より民主主義的であることの証左であろう。」
左翼?さん
「私の考えは皇室の宗教法人化と憲法における規定の削除です。
以前にもコメントさせていただきましたが、現在の皇室は国民によって思想言論の自由を奪われてしまっている状態です。わたしの立場からすると同じ人間として同じ時代に生きているのに、出自によって権利を奪わなければならない、そして自分がその加害者の立場である、これらを許容することは出来ません。皇室は一宗教法人として活動し、天皇を尊崇する個人によって支えられるべきだと考えます。その結果として右翼的な思想をもつ政党が大きな力を持ったとしても、それが正当な選挙に依りさえすれば問題はないと考えます。それが国民の意思ですから。」
「現在のように国として皇室を祭り上げる限り、海外からの誤解を招くことも多々あります。しかし一勢力として日本の中の右翼が力を持つことに対しての批判であれば、過度の内政干渉として反発することも容易でしょう。ただ私は過去に皇室制度がファシズムの構築に利用されたと考えていますから、そのような政党には投票しないでしょうが。」
お二人の討論なので、私は静観させてもらっていますが、左翼さんの考えにはこの場ではなく、別に反論したいと思っております。
左翼?さんは、戦前の日本においては思想・信条の自由がなく弾圧されていたと主張する。それはおそらく共産党へのことであると思いますが、たぶん左翼?さんには欠けている視点があると思います。
当時の共産党はソビエト共産党の日本支部として、ソビエトと中国共産党を支援・擁護する立場を鮮明にしていた。そのような共産党に活動の自由を認めることの方が間違っているのです。
これは明日にでも書くことにします。皆さん、是非お二人の熱き闘いをお読みください。また、あちらのコメントはだいぶ後ろになったので、こちらをご是非利用してください。
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