思想戦・壮絶バトル
sayoku?氏VS怒る小市民氏
17日のエントリー『左翼ジャーナリストの戯言』のコメント欄で熱い闘いが繰り広げられている。sayoku?さんと怒る小市民さんの思想バトルである。怒る小市民さんは当『極右評論』の熱心な支持者であり、論客である。
sayoku?さんは自ら左翼というハンドルネームだが、その後に?をつけている。その辺りを「sayoku?だからといって旧ソ連や中国、北朝鮮の体制を認めているわけではありませんよ。むしろ嫌悪感を持っています」と弁明しているので、左翼にはなり切れないのでしょう。
最近、このような左翼さんをよくお見受けします。天皇(制)に反対し、反体制ながら堂々と左翼とは言えない。それはやはり共産支那や北朝鮮の現状を見れば、どうしても腰が引けてしまうのは当然でしょう。
さて、sayoku?さんは最初に次のような投稿をなされました。
「天皇制がファシズムと結びついたのは、天皇が日本民族(なにをもってその範囲を定義するのかは疑問であるが)にとって絶対的な存在であるとして、そのことに疑問を持つものの存在を国内において許容しなかったことが大きな要因となっています。言論思想の自由が保障され、天皇が今の立場で今の活動範囲を保持する限り、日本が再び全体主義の誤りを犯すことはないと思います。
しかし、天皇という存在がかつてファシズムの構築に利用されたのは事実です。日本の平和と安全、そして繁栄を願うからこそ世界全体の利益を念頭に行動し、協調に配慮しなければなりません。そのためには天皇制の内包する危険について敏感であるのは当然でしょう」
対して怒る小市民さんのご意見です。
「何を以って天皇制(不愉快な左翼用語だ!)とファシズムが結び付いたと断定しているのかね?。戦前・戦中期に於いても、現代とは趣を異にすれど、一定の民主主義は継続されていた。左翼が盲信して疑わぬ原理原則が、森羅万象の普遍的な真理であるとでも言いたげだが、自らの無知を宣伝するようなものだよ(笑)。
小生、日本民族とは古来より日本列島に居住せしネイティブ・ジャパニーズ(大和、琉球、アイヌ等)、及び、日本国籍を取得し日本人としての意識を持つ元外国人の総称と理解しているが、違うかね?。故に大和民族の総本家たる天皇家の絶対性を、大和民族以外の日本民族に強制しているなどと云う妄想めいた危惧からして妙な話だ。尤も、大和民族以外のルーツを持つ者でも、自発的に皇室への尊崇の念を抱く人々は大勢いるが?。
戦時下のような軍事態勢の求心力として、皇室が担ぎ出されぬかと心配しておいでだが、一体どこから、そのようなフィクションを紡ぎ出せるか不思議でならぬ。却って、徒に協調と云う美名の下、これまで他国への無用な屈従を声高に強いてきた左翼の自己欺瞞が、かくも解決困難な局面を現出せしめたことを一日本人として断罪したい。」
sayoku?さん (以降左翼?氏とします)
「戦中期にも一定の民主主義が継続されていたということですが、政党を統一し検閲など言論統制をした場合、民主主義の前提である多数の意見の集約が出来なくなります。選挙をしていれば民主主義・国会を開いていれば民主主義、というのであれば朝鮮民主主義人民共和国もなかなかの民主主義的国家となります。
あと、日本民族についてですがご指摘の「古来」というのはいつごろのことをさすのでしょうか。大和民族はさまざまなルートからの移民が混在して形成されたという説が有力です、天皇家の祖先が朝鮮からの移民であるとの説もあるくらいですから。(私はそのことはどうでもよいと考えていますが)それから私の読解力が足りないのか、日本人としての意識を持つ(国を愛する心?)=天皇の絶対性を認める、と理解できたのですが、それで間違いはないでしょうか。その場合なぜそれが成り立つのか是非お伺いしたいです。」
怒る小市民さん
「君は戦時下の日本と北朝鮮とを同列に語り皮肉っておられるが、そも日本が大戦に突入したのは、アメリカを始めとする国々より幾多の屈辱的な要求や勧告がなされた結果、日本の世論が主戦論に大きく傾倒した結果である。「民意による戦争」煎じ詰めれば、先の大戦はそう換言できよう。既に政府は軍部により掌握されたも同然の状態であったが、それでも猶、アメリカとの戦争回避を模索し続けていた。なれど、米国よりハルノートが示されるに及び開戦已む無しとの結論に至った。これ以上、沸騰する民衆の反発を抑止できぬ状態に追い込まれていたからだ。余談だが、後年、東京裁判に判事として関わったインドのラダ・ビノード・パール氏は、「ハルノートのような要求を突き付けられれば、モナコのような小国でさえ戦わざるを得ない」と語った。それほど一方的、且つ屈辱的な要求を強要されていたのだよ。」
「民主主義は民意を反映した政治形態と捉えられるが、先の大戦は、一部の共産主義者など以外は、殆どの国民が支持していた。つまり民主的な戦争であった。君ら左翼の先達であるスターリンや毛沢東のような独裁者が命じた、膨大な殺戮と一緒にしないで戴きたい。
また戦時下体制に於いては、上のレスでどなたか仰っていたが、諜報や騒乱に神経を尖らせ統制を強めるのは至極当然。だが君の脳内では、戦時下に於いても平時の政治体制が機能されておらねば、民主主義とは認められぬらしい(笑)。国民が選択した戦争であるからして、戦争に伴う統制を国民が受け容れるのに不自然さを感じぬが?。そのような状況でも選挙も実施され、曲りなりにも議会が召集されておるのは、翼賛体制化の日本が既存の共産主義国家と比較しても、より民主主義的であることの証左であろう。」
左翼?さん
「私の考えは皇室の宗教法人化と憲法における規定の削除です。
以前にもコメントさせていただきましたが、現在の皇室は国民によって思想言論の自由を奪われてしまっている状態です。わたしの立場からすると同じ人間として同じ時代に生きているのに、出自によって権利を奪わなければならない、そして自分がその加害者の立場である、これらを許容することは出来ません。皇室は一宗教法人として活動し、天皇を尊崇する個人によって支えられるべきだと考えます。その結果として右翼的な思想をもつ政党が大きな力を持ったとしても、それが正当な選挙に依りさえすれば問題はないと考えます。それが国民の意思ですから。」
「現在のように国として皇室を祭り上げる限り、海外からの誤解を招くことも多々あります。しかし一勢力として日本の中の右翼が力を持つことに対しての批判であれば、過度の内政干渉として反発することも容易でしょう。ただ私は過去に皇室制度がファシズムの構築に利用されたと考えていますから、そのような政党には投票しないでしょうが。」
お二人の討論なので、私は静観させてもらっていますが、左翼さんの考えにはこの場ではなく、別に反論したいと思っております。
左翼?さんは、戦前の日本においては思想・信条の自由がなく弾圧されていたと主張する。それはおそらく共産党へのことであると思いますが、たぶん左翼?さんには欠けている視点があると思います。
当時の共産党はソビエト共産党の日本支部として、ソビエトと中国共産党を支援・擁護する立場を鮮明にしていた。そのような共産党に活動の自由を認めることの方が間違っているのです。
これは明日にでも書くことにします。皆さん、是非お二人の熱き闘いをお読みください。また、あちらのコメントはだいぶ後ろになったので、こちらをご是非利用してください。
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Posted by the_radical_right at 21:05│
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記者会見での発表がマスコミに無視された藤田イーホームズ社長の反撃が、「きっこの日記」という人気サイトを通してインターネット上で行われています。新たな偽装物件とアトラス渡辺氏の無資格営業の指摘がなされました。
【きっこの日記爆弾2】 これでも報道しないのか 【KAZUHIRO.SWIM】at 2006年10月21日 00:26
我々は”ネット右翼”(あれ?熱湯欲と変換されたぞ!)と言うのだそうだけれど(笑
ネット左翼は小児病【Empire of the Sun太陽の帝国】at 2006年10月21日 15:03
>sayoku?氏
君へのレスは最新の該当スレに投稿した。今後そちらで論戦の継続をしよう。
怒る小市民さんへ
sayoku?さんへ
長くなり過ぎたので、今夜新しいエントリーを立てます。
なお、私もこの論戦に入らせて頂きます。
そちらが立ち上がりましたら、そちらに入れて下さい
>あきらさん
>>又、戦争を早く終わらせることが出来なかった道義的責任がないかとの御意見のようですが、ないと断言します。
私も憲法解釈上の責任はないと思いますよ。しかし最終的に戦争を終わらせるためには本土決戦でめちゃくちゃにされるか、天皇が判断するしかなかったわけです。結局は憲法違反を犯さざる得なかったことは認めてますよね。そのような立場にあるものの決定が適切でなかったとすれば、法的な責任はなくともその立場に対する責任(道義的責任)はあると考えますが。ここには天皇に対する感情の問題も含まれますから共通の認識を持つのは難しいかも知れませんね。
>>同時にその御稜威に決して甘えてはならないと肝に命じるべきでしょう。さもないと又過ちを繰り返すことになります。
ではそのような危惧に対して現実的にどのような方策がありますか。
「ブサヨ」って、「武闘派左翼」の略語と思ってたのですが、違うんですか?
→を命じ、ご自身も着座された。明治以来、西洋列強に並ぶべく天皇中心の国家体制を作りあげた日本。昭和のほんの一時期の国策の過誤を以て皇室云々を論ずるのはいかにも軽薄と言えます。国民は天皇を国父と仰ぎ、同時にその御稜威に決して甘えてはならないと肝に命じるべきでしょう。さもないと又過ちを繰り返すことになります。
→衆議院本会議に於いて下村は「まもなく軍は解体致します…しかしながら、国を想い純真忠誠な軍人軍属、なかんずく戦没の英霊に対しては篤き御同情を賜わらんことを、切に…切にお願い致します」深々と壇上に一礼する下村に議場を揺るがすほどの拍手が起こったと聞きます。だが頭を上げた下村はとっさに愕然として四肢を硬直させます。何故なら…陛下が泣いておられたからです。天皇は流れ落ちる涙を白手袋で拭い、下村に着座→
まぁあなたが天皇の戦争責任を問うのもいいでしょう。だがね、陛下のお気持ちを拝察するにとてもそんな不敬な気持ちにはなれんのですよ。一番印象に残るのは、終戦の年の暮れに開かれた第八十九帝国議会です。十一月二十六日に召集されたその日には陛下は天皇服で臨まれましたが、三十日には大元帥の軍装で陸相下村大将の拝謁上奏を受けられました。なぜならこの日を以て陸海軍が七十三年の歴史を閉じるからです。→
→もし天皇御自ら自発的な決定を下すなら、それは憲法違反となります。天皇が御自らに政治に介入されたのは2・26事件の折りとポツダム宣言受諾の聖断の二回だけであります。しかも、終戦の決定は木戸が陛下に要請したものであり、自発的なものではなかったんです。八月十日、御前会議で陛下のお言葉に鈴木貫太郎はこう答えています。「お思召のほどは承りました。聖慮をもって会議の決定と致したいと思います」と。→
sayoku?さん
>天皇が利用された…
これは勿論大問題です。二度とあってはならないことですよ。だから私も軍部は憲法第三條違反だと申しております。又、戦争を早く終わらせることが出来なかった道義的責任がないかとの御意見のようですが、ないと断言します。天皇はたしかに「統治権の総覧者」ではありましたが、「天皇ヲ輔弼シ其ノ責ニ任ズ」る国務大臣の決定に干渉出来ないお立場でした。→
>なっとくさん
そのような駆け引きは核保有国同士では常におこなわれてきたことです。核戦争最大の危機であったキューバ危機の時でさえ、結局核は使われませんでした。ましてやイデオロギー対立が崩壊し、アメリカが超大国として君臨しているいま実際に核を使うと考えるのは難しいのでは。もちろん政治家は使われたときのことを想定して危機管理をすべきでしょうが、全国民がその論理で猛進すると軍事費の増大に自滅したソ連と同じ道が待っています。
>あきらさん
天皇個人の責任だけ追及しているつもりは毛頭ありませんよ。天皇がその立場を利用されてしまったことを問題にしているのです。上にその内容は書きましたのでよければ参考にしてください
“お花畑”の内容ですが、私は自衛隊を放棄しろだとか、核兵器絶対反対とかいうものではありません。理想主義的というのであれば、たしかに私は現実的に皇室の廃止を求めるものではないのでそうかもしれませんね。ただ現実を踏まえながらの理想であれば、掲げる価値があると思いますよ。(人それぞれです)
「ブサヨ」の説明はよくわかりました、ありがとうございました。
共産主義への非難について言及しなかったのは、特に言及する必要がなかったからです。反論すべき部分がありませんし、私は左翼ではありません。それにこの議論と趣旨とは関係ありませんから。
アメリカが共和党政権になってから行ったのは2つの意味のない戦争です。ナショナリズムの台頭が呼び起こした戦争に対しての国民の答えは40%に届かない現職大統領の支持率です。共産原理主義は衰退しましたが、リベラルが衰退というのは実感できませんね。国家が増えたのは、共産主義の衰退によってその地域の人たちの中に食べられる人と食べられない人が出てきたからです。
では伺いましょう、アメリカが核武装しているにもかかわらず北朝鮮から核の恫喝を受けているのはなぜでしょうか。つまりどのように日本が武装したとしても北朝鮮から攻撃を受ける可能性は変わらないのでは?実際に攻撃された際の防御方法は迎撃ミサイルしかないわけですし、その配備は進んでいますよね。(搬入に反対するおかしな人たちもいましたが)
実際にアメリカの核の傘から自立するには日本も核武装するしかありません。しかしそれには大きなデメリットがあることについては先に言及し現実的ではないとしたのですがご理解いただけなかったでしょうか。未然に防ぐ方策というのをぜひとも伺いたいです。
>>戦勝続きで国民全体が驕慢に陥っていたことだろうね。
多分にそのような側面はあるでしょうね。では冷静な判断力を失わせたのは偶然にも戦勝が続いたからだけだとお考えですか。
>>じゃあ君の思い描く、あるべき社会を実現すべく賛同者を募る運動でも展開し、国会に議席を確保して理想とする社会を目指したまえ。
怒る小市民さんに指示されてするようなことではないですねぇ。
>>じゃあ君は、もし日本が大戦に勝利したのであれば、常任理事国にもなって核兵器も保有しており、軍部の暴走がどうであろうと、皇室のありかたが現在以上に強い権限を有していようと、言論思想の統制云々は関係なく、満足すべきものだった。・・・と云うことになるね。これまで君が主張していた理念と矛盾しないかね?(笑)。
現実的にみて権利がないのに資格のはなしをしても意味がないということです。なぜその権利を失ったのかを考えるのが先でしょう。それに発言権があればそれで満足だなどとは一言も言ってませんが。まさか妄想ですか?
>>君が渇望するように皇族の方々が一般国民になったとして、何らかの政治的な御発言をしたならば、社会的影響力は絶大であろうて?。
以前に言及したように、民主的手順を踏んだ上での民意であればそれを否定することはできないと考えます。その結果再び先の大戦のような過ちを犯すのであってもそれが民意によってあればその責任を国民が受けるだけです。あと勘違いされてますが、現実的には私は皇室の存続に肯定的ですよ。
>>それと、御発言の自由がないと社会批判をしたかと思えば、御発言が元で独裁者に変貌する虞があると問題視する。朝日のご都合主義に毒されて、思考まで似てしまったかね?
文章が長すぎてコンテクストが読み取りきれなかったのでしょうか(笑)だからご発言ができないことを強調したんですよ。社会の雰囲気という言葉が悪かったのでしょうか、では日本人の中に根づく天皇に対する絶対化の意識としましょう。
破壊活動という中に騒乱を促すような言説の流布など含んだつもりだったのですが。確かに説明に不足があったことは認めます。情報統制については、以前に言及したように一切の規制をなくせというものではありません。ただ戦局が敗戦にむかっていることが明らかなことをひた隠し、多くの人命を犠牲にする必要があったのかと。軍部には開戦前から敗戦を予期していた聡明な人もたくさんいましたよね。一部の軍人の主義主張によって戦地に向かわざる得なかった方々の死を、“後出しジャンケン”と揶揄して無視できる精神はすごいですね。
>>国家と云う国民全体の家が猛火に包まれている際には、家族が一致団結して平時と異なる対応するのは当然のことと思うがね。
お分かりにならなかったようですね、もう一度いいます。直接的に個人の生命財産を守るための活動と、国家の体制維持のための活動は別のものです。家族が一致団結したとしても大きな問題はありませんが、国家が一致団結するとその手段としてナショナリズムが利用され多くの障害が生まれます。これは集団の規模による権力作用の問題です。それでもあえてたとえに乗るならば、国家の場合は家の中で灯油をまいて火を大きくする奴が出てくるということです。
>>>>後出しジャンケン的な結果論だね(笑)。言い添えるなら、現代の、しかも多分にリベラル的な観点よりの青臭い倫理観だ。既に変えようのない過去を指弾して正義漢ぶる左派人士と同じ匂いがするよ。
なるほど。では歴史を批判的に検証することには意味がないとおっしゃるのでしょうか。結果的に国民の利益にならなかったシステムについて検討し改善しなければ歴史を学ぶ意味がないのでは?
さらに言えば、実質的に戦争を終結させられる力があったのは天皇のみであり、その権利を終戦まで放棄して多くの日本国民の命と国益を損ねたことについて国民に対しての道義的責任はあると考えます。そのことに対する自覚は戦後マッカーサーに対して天皇自身が自分の責任を認めたことでも明らかでは?(そのような精神を持っていたことはすばらしいと思いますがね)
より根源的なことをいえば、天皇に対する盲信的な感情が日本国民の中にあったことと、その存在がまだ消えていないことに危機感を持っているのです。繰り返しますが天皇が明治以降の日本の発展に果たしてきた役割を否定するものではありません。ただ今後同じような過ちを繰り返す危険性があることを危惧するのがまったくの無駄であるといえるのでしょうか。(そのように言える人にこそ天皇の偉大さと危険性を考えて欲しいのですが)
>>陛下には臣下への監督責任が存在しない。
確かに憲法解釈からすれば天皇の責任は認められません。国務大臣の輔弼を受ける存在であったことは事実ですし、天皇自身が立憲君主の立場を保持しようとしたことも知っています。しかし日本が他国の立憲君主国とちがうのは天皇が唯一の祭り人であって、中国やイギリスのように民意や議会によってその存在を代えることができない存在であったというところです。つまりそれだけ国民から絶大な信頼を得ていたにもかかわらず、責任を取れない立場で政府に無用の信頼と権力を与える役割だけを担ってきたことに問題があります。
>>>(ウィキより)ファシズム体制は思想的には民族主義と権威主義あるいは軍国主義が結合したものである。
ファシズムとはナショナリズムを利用することで民主政治の過程を踏んで生まれる独裁の一形態であると考えています。怒る小市民さんが「あれは絶対にファシズムではないんじゃ!」と強弁されるのはご自由ですしそれを否定もしません。そのような考え方があるのも事実ですから。ですが、その考えを私に納得させようとするならば以上のような定義が一般的にあるとの前提で反論いただきたい。
以前に指摘したように、形骸化し多数の民意の集約ができなくなった議会や選挙などは民主政治とは呼べません。それからファシズムに多数の民意が介在するのは当然で、そうでなければ単なる軍国主義と同じです。「自発的」秩序云々についてはそれとファシズムがいかに結びつくのかが理解できませんが、多数の支持があったということであれば上記の理由からファシズムにおいて当然のことです。
それではファシズムとはなんであるかについて議論しましょう。ウィキペディア(これならばさまざまな解釈が書かれているので問題ないでしょう、もし不満なら書き直してください)によれば、以下のようなことが挙げられています。
>>(ウィキより)しかしながら、多くの論者に共有されているひとつの見解として、ファシズムは、一国内において、討議にもとづく民主政治を排除し、同質的・均質的な社会を構築することを目的としたイデオロギーであるという点が挙げられる。その他の特徴としては、人種や民族を個人より上位にあるものとして賞揚し、象徴化する点(国民主義、民族主義)や政治的な反対勢力に対してはプロパガンダや検閲、また暴力といった非合法的な手段を用いた攻撃や抑圧などがある。
>瀬戸弘幸さん
昭和維新の失敗はあまりにも先鋭的な行動でありその正義の根拠が一般に容認されなかったこと、天皇自身がこの行動を批判したことが原因だと考えています。
>怒る小市民さん
簡潔明瞭な整理ありがとうございます。
岩波が偏向しているというご指摘ですが、そのように聞いたことはあります。ただ言葉の問題ですから何か基準をおかなければ、前提を異にする議論に意味はありません。広辞苑を引用したのは発行部数の多い市民権を得ている辞書であるからで、それ以外のものでも問題はありません。「何となくそれっぽい」では先に述べてような理由で議論になりません。そちらから議論になる例を出していただけなかったのは非常に残念です。
>瀬戸弘幸さん
ファシズムの見解については賛同できる部分も多々あります。ただ私が注目しているのはファシズムがいたずらに民族主義を煽る部分と、軍事的支配によって言論の自由を認めなかったということです。
明治政府が天皇を絶対とする国家体制を構築してきたことにより、そのことに疑問を持つことは許されない状況が作られました。日本をひとつの家とみなし天皇をその家長とする意識が、富国強兵の美名のもと民族主義の高揚に重要な役割を果たしたと考えています。それは直接皇室制度には繋がらなくとも、その役割を皇室以外が担い得ないことを考えれば、間接的に全体主義と繋がるのではないでしょうか。もちろんそれまでの過程において皇室が日本の発展に果たしてきた役割は否定しようがありません。
→軍部への期待になって行ったんです。長々と書きましたか、天皇には功こそあれ、責任など一切問えるものではないと言うことですよ。
関東軍の独走に対し、予算を止められなかった政府の責任は重い。明治憲法の持つあいまいさが統帥権干犯問題を引き起こし、国体明徴論、ひいては一国の首相である犬養毅暗殺事件まで…この時の国民の反応はどんなであったか。首相暗殺の犯人である青年将校らに対し助命、減刑の嘆願書が全国からよせられたのです。この5・15事件で政党政治は終わりを告げます。それまでの汚職や疑獄事件、また農村の疲弊により政党への不信感が→
→でした。その流れを変えたのがロンドン軍縮条約であったのはよく知られている通りです。天皇大権はあくまで憲法の条規によるものであることは第四條に拠って明らかです。→
↑重複しました。スイマセン(>_<)
→後の陸軍大臣現役制の採用により、軍が気に入らない内閣首班には大臣を出さないことにより組閣を阻む行動に出た。こういう流れをsayoku?氏はご存知だろうか? 統帥権運用で一際注目されたのが満州事変だったわけです。つまり、支那軍による満鉄線爆破の一報を受け、奉天の関東軍は朝鮮軍の応援要請を参謀本部に打電、しかし参謀本部の返電は奉勅命令下達まで待てというものでした。しかし現地朝鮮軍は命令を待たず→
→司令官、林銑十郎の独断命令で満州国境を越えた。その時の若槻内閣の閣議…九月二十二日「閣僚の全員 不賛成を唱うる者なし、然れども亦賛成の意を進んで表示したる者なし、既に出動せるものなるを以て閣僚全員其の事実は之を認む。右事実を認めたる以上、之に要する経費を支出す」つまり予算を止めることが出来なかったわけです。明治憲法第十二條の常備兵額は国務であり内閣の専権事項であることは明治以来認められた解釈→
→後の陸軍大臣現役制の採用により、軍が気に入らない内閣首班には大臣を出さないことにより組閣を阻む行動に出た。こういう流れをsayoku?氏はご存知だろうか? 統帥権運用で一際注目されたのが満州事変だったわけです。つまり、支那軍による満鉄線爆破の一報を受け、奉天の関東軍は朝鮮軍の応援要請を参謀本部に打電、しかし参謀本部の返電は奉勅命令下達まで待てというものでした。しかし現地朝鮮軍は命令を待たず→
sayoku?氏のご意見は先の戦争における責任を天皇に負わせたいようだが、当時の空気、政界の状況が読めてないんでしょうね。戦後の感覚で分析するのはかまわないがやはりよく研究して欲しいものです。天皇に責任ありとする根拠は恐らく統帥権問題であろうが、美濃部の解釈が実態であったにも拘わらずそれを糾弾し圧殺したことに端を発する。→
>sayoku?さん ”すれ違い失礼”
■時代は、変化しますよ。
アメリカが日本に核武装を要請すらあるかも!
>アメリカは日本の核武装を認めないでしょう。
日本に核武装
http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/i/33/
>大国同士の戦争はありえません。
■中国は、アメリカが台湾を防衛すれば、アメリカの200の都市へ核ミサイルを撃ち込む。
さらに、非核保有国である日本へも核攻撃すると脅しています。
中国軍部高官の挑発的な発言を非難する米国務省
http://jp.epochtimes.com/jp/2005/07/print/prt_d47136.html
地球環境が致命的に破壊されるのを守るため、
人口間引きを目的とした核戦争の準備をしているとの中国軍人の発言もあります。
ご親切にも、中国共産党が地球人類を統一し、指導してくださるそうです。
(承前)
「ブサヨ」と云うのは君を念頭に述べた言葉ではない。君のことはリベラル趣味者と見ているからね。
広義の左翼の方々が、我々ネット上で保守寄りの意見を述べる者を指して、「ネット右翼」と蔑称を用いるのに対抗して生まれたスラングだろう。
半可通の知識より持たぬのに、戦後民主主義が唱えてきたような自虐史観に彩られた綺麗ごとを振り翳し、そう表明することによって、己が良心的な人間だと自己陶酔している左寄りの者を揶揄う蔑称だ。
こんな説明でよかったかな?(笑)。
相当な長文になったが、以上だ。
(承前)
さて、お待ちかね(かな?笑)、小生が度々君に尋ねた質問だが、逆に訊き返されるとは思いも寄らなかった(笑)。と云うことは自覚症状がないってことだね。じゃあお答えしよう。
「お花畑」とは、広義の左翼の方々が述べる意見が概して、極めて非現実的、且つ理想主義的であることを揶揄した表現とでも言おうか。例として挙げるならば、「日本は自衛隊すら解散し、一切の軍事力を破棄せよ!」といった意見なんかが代表的かな。日本がそうすることによって対立する国家間との敵意も解消させ、世界も日本に倣ってくれるだろうと云う、途方もない理想主義に裏打ちされた楽観論だ。小生から見れば、毫ほどの必然性も感じられぬ皇室宗教法人化論も、「お花畑」に類する意見と映ったんだが(笑)。
3)についての左翼・リベラル勢力の衰退は、ソビエト連邦が崩壊して事実上、冷戦終結後の世界に於ける顕著なパラダイム・シフトでも明らかだ。
君が傾倒しているようなリベラル陣営が唱える、弱者救済、差別撤廃と云った耳障りの良い空疎な綺麗ごとに代わり、ネオ・コンサバティブ勢力が台頭しているのは何もアメリカばかりじゃない。世界には国家や民族の自立と尊厳を叫ぶナショナリズムの波が押し寄せ、雨後の筍のように新たな国家が出現したではないかね?。今や、第三世界で嘗て好んで“象徴”と持て囃されたマルクス・レーニン主義は、忘れ去られたアイドル歌手ほどにも人気がない。
これが小生が君に質問するに当たり前提とした、「左翼・リベラル勢力の衰退」だよ。
日本の左翼(革新)政党の退潮は、君の考察通りだろうね。
(続)
2)については、君も共産主義国の暴虐に義憤を覚えておられるようだが、ならば何故、これまでの議論で日本の皇室の責任に熱を入れても、小生が再三に亘って他国の、特に共産主義国家の非道に君が言及しないかを尋ねたことには、「黙して語らず」だったのだろうか?(笑)。
(承前)
周辺事態、特に北朝鮮には場当たり的に対処し、万が一、北朝鮮が滅亡の危機に瀕して、死なばもろともと日本へ核攻撃を仕掛けたとしても、従来通りアメリカの核の傘に護衛され依存しろと?。防禦が間に合わず、人的物的に甚大な被害が出たら受け容れろってことかな?。
未来永劫アメリカ頼みかい?。アメリカが愛想尽かしせず永遠に日本を護ってくれることを願うばかりだ。自衛隊を云々しているが、君は泥縄って言葉を知ってるかい?。被害を蒙ってから対処するくらいなら、未然に防ぐ方策を講じた方がマシに思うがなあ(笑)。
>>ではご質問にお答えしましょう
はいはい、待ってました(笑)。
1)の質問については、つまり皇室を国の枠組みから外し、後は現行の体勢を維持すると云うことかい?。
そして外交姿勢は、ひたすら幇間よろしくご機嫌をとれと云うことかな?。でも悲しい哉、これまで近隣諸国には一向に日本の誠意が通じず、却って図に乗った特亜が際限なく増長してるんだが、さて、どうしたものか(笑)。
(続)
>>ファシズム体制として先に例を挙げられた国々のほとんどが戦争で負け、
>>そしてその体制は崩壊しました。
どっかの半島国家みたいに長ったらしい名称になってしまうが、覇権主義的強権独裁体制、と規定すればファシズムも包含されるだろう。しかし何度も言うように、「ファシズム」と云う字面のみに拘って議論をすると、本質を見失うんじゃないのかな。
>>日本だけは名目上の責任者を免罪しその体制を維持しています。
>>しかし国民一人ひとりの心の問題として、当時の皇室体制を容認していていいのでしょうか。
小生は倫理上も道義上も何らの瑕疵も感じないが、君のように看過できないと云う人もいる。じゃあ君の思い描く、あるべき社会を実現すべく賛同者を募る運動でも展開し、国会に議席を確保して理想とする社会を目指したまえ。日本では思想言論は他者のそれを侵害せぬ限り保証されている。君の理念にも合致してるんじゃないのかな?(笑)。
(承前)
>>じゃあその責任は誰が負うべきものですか。国民全員で負うのならばそのよう結果になったのはいったいなぜでしょう。
結果責任の所在を求めているが、君の理念の齟齬は一先ず措くとして(笑)。君が語ってるように、当時の日本国民の総てに応分の責任があるだろうね。尤も軍部や内閣と、一般国民の責任の比重は違うだろうが。
そのような結果になったのは、様々な理由が複合的に絡み合ってたからじゃないのかな。日本側の理由を極論すれば、国力が乏しいのにも関わらず、戦勝続きで国民全体が驕慢に陥っていたことだろうね。また、戦争屋と渾名されるルーズベルトが、日本の開戦を仕向ける企図で盛んに煽ったことも大きなファクターかな。それ以外にも理由はあるだろうが、各国の様々な思惑が絡み合って日本は戦端を開き、そして敗北した。
あくまで小生の私見だが、こんなもんでいいかな?(笑)
君は敗戦国には正義を語る“資格”ではなく、“権利”がないと言ってるが、その理由として後に続く文、
>>日本には安保理の拒否権がないじゃないですか、独自の核兵器もありません。だから日本は薄弱な発言権しかないんですよね。
を理由として述べている。
じゃあ君は、もし日本が大戦に勝利したのであれば、常任理事国にもなって核兵器も保有しており、軍部の暴走がどうであろうと、皇室のありかたが現在以上に強い権限を有していようと、言論思想の統制云々は関係なく、満足すべきものだった。
・・・と云うことになるね。これまで君が主張していた理念と矛盾しないかね?(笑)。
(続)
>>皇族の方々が自由にご発言できないようにしている、社会の雰囲気です。
まるで君が愛読していると云う朝日新聞に書かれた社説の劣化コピーだね(笑)。
>>象徴が意見をのべたときそれは独裁者になるおそれがあるからです。
だからこそ、いみじくも君が述べているように、陛下が御配慮なさって政治に関わる御発言をされないんだろう?。それと、御発言の自由がないと社会批判をしたかと思えば、御発言が元で独裁者に変貌する虞があると問題視する。朝日のご都合主義に毒されて、思考まで似てしまったかね?(苦笑)。
仮令、君が渇望するように皇族の方々が一般国民になったとして、何らかの政治的な御発言をしたならば、社会的影響力は絶大であろうて?。違うかね?
>>そうなりますね。
君は利敵行為の範囲を単に破壊活動にのみ限定しているようだが、デマを流す、叛乱をを使嗾するなどの民心を迷妄させる言説の流布も、立派な利敵行為になる。常識だよ。
>>もし正しい情報が与えられていたとして、自分の国家を守ろうとする国民が大半を占めていなければ、それはすでに国家の体をなしていません。
くどいようだが、後出しジャンケン的な結果論だね。そして、くどいようだが“お花畑”の言説だ(笑)。お花畑については後述するとして、先の大戦のみならず、国内には当然のことながら敵国の諜報に携わる人間も潜伏している。戦争に於いては情報は戦局を左右しかねない重大事。軍事機密のみならず、一戦闘の戦術的な局面に於いての敗報が、国民の士気を著しく低下させぬとも限らない。だのに逐一伝えねばならぬと?。軍事評論家でも歴史家でもない門外漢の素人、否、子供でもわかる道理だがね?(笑)。
(続)
(承前)
>>火事の現場と戦時下を同列に論じていらっしゃいますが、直接的に個人の生命財産を守るための活動と、国家の体制維持のための活動は別のものです。
緊急を要する差し迫った事態を火急と云う。戦時はこの火急の事態に譬えることができるんじゃないかな?。小生が戦時下を火事に準えたのは、あながち的外れでもなかろう。国家と云う国民全体の家が猛火に包まれている際には、家族が一致団結して平時と異なる対応するのは当然のことと思うがね。まあ、君のように信念に基づいて拱手傍観している者もいるだろうが(笑)。
(承前)
>>あります、負ける戦争を終わらせるためです
>>では無様にヘタレるよりも死んだほうがましだと。国の面子のためにどれだけの人が死に、殺されましたか。御自身が死ぬのは勝手でしょうが、人にまで押し付けるのはいかがかと思います。
では、こう切り替えしておこう。
>>>後出しジャンケン的な結果論だね(笑)。
言い添えるなら、現代の、しかも多分にリベラル的な観点よりの青臭い倫理観だ。既に変えようのない過去を指弾して正義漢ぶる左派人士と同じ匂いがするよ。尤も、君がドラえもんと懇意にしているならば説得力もあろうが(笑)。
(続)
>>いかに関東軍の独断だったといえども、その責任は天皇にあるのでは?
確かに当時の軍部には独断専行の傾向があり慢心は否めない。だが君は、軍に対し確乎たる勅令を発し戦線の拡大を抑止なされなかったとして、先帝陛下に責任がおありだと?。こう尋ねれば理解するかね。陛下が軍の行動総てを掌握なさっておられたのかな?。時折、政府ないし軍よりの報告を受けられていたであろうが、もし、深刻な事態を招来しかねぬと御判断なさるほどに、戦局を知悉しておられたならば、当然、詔を賜り戦闘を終結なされたであろう。加えて前回のレスでも述べた通り、陛下には臣下への監督責任が存在しない。君が何を以って、畏れ多くも先帝陛下の責任を云々されるか知らぬが、幼児の駄々の如き蒸し返しはやめたまえ。
(続)
>>開き直られても(笑)。
開き直ったつもりはない(笑)。君だったらどうすべきだったかを伺っただけなのだがね。
>>日本が世界の大国になろうとすれば列強との戦争は避けられなかったでしょう。
君も戦前の日本の措かれた状況を鑑みるに、戦争は不可避であったと認めているようだ。
当時は西欧より見て、日本人を含む有色人種は遥かに差別されていた。日本は大国、つまりは西欧に肩を並べ、自身の海外領土や植民地を有する国であらねば、清や李氏朝鮮のような地位に転落を余儀なくされたであったは必定。それとも君はまさか、日本が海外へ進出してアジアの人々に苦痛を与えるくらいなら、西欧よりの搾取対象であった方が良かったとは言わんよな?(笑)。
(承前)
付け加えるなら、戦時下の平静を左派系論者は、鬼憲兵の逸話などによって説明しようとするが過度の誇張がある。実際は国民が窮乏に耐えながら困難を共有していると云う、ある種の連帯感があったからこそ平静を保っていたのが真相で、殊更規律に厳格な憲兵が専横を恣にすると云うのは、例外もあろうが左派の流布した作為的な風説に過ぎない。
以上により、君のファシズム定義づけよとする要求を、小生は無意味であると判断した。
(承前)
一つ、戦時下でさえ形骸化はしていたかも知れぬが、選挙・議会が存在したからであり、一つ、圧倒的多数の国民の支持と云う“民意”が介在していたからであり、一つ、国内に於いて空襲下にあった時でさえ騒擾らしい騒擾もなく、「自発的」な秩序が保たれていたからだ。
他国のファシズムには必ず独裁体制側の強権発動がつきものだが、日本は民意、つまりは国民の自主性に於いて聊か窮屈な体勢を受け容れ、甘受したからである。民主と独裁と云う二律背反が両立するファシズムなど聞いたことがない。
(続)
(承前)
君は事の本質ではなく、ネガティブな響きのある単語に囚われている。それは無意味なことと窘めて差し上げているのだが、中々ご理解戴けぬようで残念だ(笑)。
>>「何を以って天皇制(不愉快な左翼用語だ!)とファシズムが結び付いたと断定しているのかね?」
小生は戦時下の体制を“ファシズム”の範疇には含まれぬと思っているし、君は断定しようと躍起だ。ここで、小生のファシズムに非ずとする理由を述べておこう。
(続)
(承前)
ファシズムの定義に甚く拘っておいでだが、前回のレスで述べた折衷案である、「何となくそれっぽい」では駄目なのかね?。岩波、広辞苑が左側に偏向しているとした小生の指摘はスルーかい?。ここに君とは決して相容れないであろう“見えざる壁”があるようだ。いいかね、ある辞書。いかなる出版社の物でも構わないが、ファシズムの項目を繙き、その内容だけを咀嚼してみたまえ。そこに記されている説明の、国粋主義を根源としたとする部分を除けば、別段ファシズムでなくともマルクス・レーニン主義でも、フランス革命後の恐怖政治でも、冷戦期アメリカのレッド・パージの行動原理であろうが当て嵌まるだろう?。問題はファナティックなナショナリズムなんかじゃなくって、強権的な体制化で言論思想の自由が抑圧され、また、それによって生じた他国との軋轢が戦争に発展し、国内外に多数の犠牲者を出したことが問題だろう?。違うかね?。
(続)
(承前)
一方、小生は戦前の日本の体勢をファシズムと放言して憚らぬ君の主張に疑義を抱き、戦前に於いても選挙が行われ議会が開かれていた例を挙げ、現代よりは制限があったものの一定の民主主義は維持されていたと反論した。天皇陛下の戦争責任については、陛下御自らの御意思に反して遂行されたにも関わらず、単に名目上の君主あり、況や臣下への監督責任もなき先帝陛下に、左傾化した倫理基準を強引に当て嵌め責任追及する君の論は、明らかに偏向しており全く間違っているとの立場だ。
小生の反駁に対し君は、ならばファシズムへの共通の認識を土台をして、それを元に戦時下の体勢を論ずべしとして迫り、これをいかに規定するかがイシューとして浮上した。ここまでは相違ないかね?
(続)
>瀬戸さん
小生、何分にも遅筆であることに加え長文であったがために、投稿が思いの外遅くなりました。失礼致しました。
>sayoku?氏
ここまでやり取りが錯綜してくると、小生と君は兎も角、もしや論戦をご覧になっている他のユーザーの方々には、何について論戦をしておるのか把握しづらいと思う。ここで論点を大まかに整理したい。
君は、嘗て日本が軍によるファシズム体制によって掌握され、国民を戦争へ誘導するための求心力として皇室の権威が利用されたが故に、再び同じ過ちを繰り返さぬよう天皇家を国の定める枠組みより除外せよと云う。そして今上陛下を含む皇族の方々を一介の国民として扱い、それでも猶、皇室に篤い崇敬の念を抱く者あらば、有志らによって宗教法人なりを立ち上げて存続させよ。と云う主張だ。
(続)
続き
私はファシズムというのは、政治運動の形態に特徴があると思います。それは社会不安を背景にした急進的な民衆を巻き込んだ社会運動です。下から自然発生的に起きたエネルギーを政治運動に結びつけたものであり、明治維新の志士が天皇を担いだあのエネルギーはそれに近いものです。しかし、大正・昭和に入ってからは、そのようなエネルギーは天皇とは結びつかなかった。それが私の見解です
あなたは、天皇(制)ファシズムといいますが、私は天皇とファシズムは結合しなかったと思います。明治維新の成功、昭和維新の失敗がそれを証明しています。
sayoku?さんへ
了解しました、あなたがガチガチの左翼論者でないことは分かりました。しかし、いきなり天皇(制)ファシズム論を展開されると、左翼の論客かなと思ってしまいました。
怒る小市民さんとの討論になっていますが、私もファシズム論については、一般の人よりは勉強している方なので書かせて頂きます。
ファシズムという定義は未だ確定したものはありません。かつてはイタリアのムッソリーニが唱えたものがファシズム。ヒトラーはナチズムと呼ばれ、日本語に訳せば全体主義とでも言えましょうか。
>>君たち広義の左翼が、我々右派から“お花畑”と揶揄されている理由を考えたことがあるかい?(笑)。
私はいわゆる左翼ではないですから、揶揄された覚えがないのでまったく検討がつきません(笑)。“お花畑”とは何ですか?本当にぜひとも教えていただきたい。あと「ブサヨ」とはいったいなんでしょうか?
2)中華人民共和国やロシアにおけるさまざまな非人道的な行為は決して許されません。およそ民主主義的な国家における人権とは懸け離れた現実があることはよく知っています。そして私はこのような行為を黙認したことはないし、批判も行っています。黙して語らぬ人の心情など、まったく理解できません。何を考えているのでしょうか?
3)>>世界的な左翼・リベラル勢力の衰退をどう分析しているだろうか?
何を持ってそのように考えているのかはわかりませんが、国内において共産党の議席が減っているのはその論理が極端なこと、過去の印象が暴力的であること、小選挙区制によって2大政党制に近づきつつあることが原因でしょう。ソ連の崩壊や中国の資本主義化は官僚制の弊害によるものが大きいです。しかしこの問題は本質的に共産主義に内包されており、必然であったと考えます。
たとえば日本が北朝鮮を本気で潰そうとすれば、彼らは躊躇なく核を打つでしょうね。(打つ技術があれば)だって本当に潰されますから。しかし放置すれば経済格差が拡大し、その攻撃の矛先は先進国に向けられるのも事実です。日本が先の戦争に突入したのも、結局は経済的な遅れを取り戻す過程で先進諸国と対立したに過ぎません。
経済的には現代の日本は高度経済成長によって生み出した財を世界で運用することで成り立っています。無尽蔵の資源も、国民を自給させる食糧もありません。日本が今の生活水準を維持するためには近隣地域を中心とした国際社会との強調が第一であると考えます。
その中で他国と対峙する場合の対処方法についてはケースによりけりで、画一的にどのようにすべきと出来るものではありません。もしそのようなものがあれば教えていただきたいものです。
ではご質問にお答えしましょう
1)具体的に何を答えれば良いのかよく理解できず申し訳ないのですが、皇室制度をはずした後も国家の体制は変わる必要はないでしょう。内閣総理大臣は日本国憲法に手をおいて国民に対する誓いを述べれば良いんじゃないですか。押し付け憲法を良しとしないのであれば作り直しても良いでしょう。軍事的にはアメリカの核の傘を離れることは当分出来ないでしょう。アメリカは日本の核武装を認めないでしょうし、世界的な非難も集中します。現実的に考えて現代において大国同士の戦争はありえません、お互いに自滅しますから。日本も実質的な核保有国として同様です。問題は経済的格差を背景としたテロリズムと北朝鮮のような攻撃的国家です。経済的な格差を是正するとともに、その脅威を未然に防ぐ必要があるでしょう。そのために自衛隊がありアメリカ軍に基地を提供しているわけですから。
怒る小市民さんがファシズム体制として先に例を挙げられた国々のほとんどが戦争で負け、そしてその体制は崩壊しました。日本だけは名目上の責任者を免罪しその体制を維持しています。もちろん大日本帝国憲法下での天皇の役割と現在のとではまったく別のものです。よって皇室体制の維持を容認することも可能です。しかし国民一人ひとりの心の問題として、当時の皇室体制を容認していていいのでしょうか。そしてそのことが今の皇室のあり方について考えるきっかけになりはしませんか。
>>今のシステム、と云うのは、君や“広義の左翼”が満足しない現行の社会体制・制度と云うことだね。
違います。皇族の方々が自由にご発言できないようにしている、社会の雰囲気です。今上天皇が政治に関する発言をすれば、すぐに天皇の政治利用ということで大問題になります。そのようなことを考えれば思慮深い方なら発言出来ないでしょう。象徴が意見をのべたときそれは独裁者になるおそれがあるからです。
>>それから、戦争に負けた国には正義を語る資格なしとも取れる発言をしておられるが
資格がないんじゃなくて、語ることが出来ないんです。日本には安保理の拒否権がないじゃないですか、独自の核兵器もありません。だから日本は薄弱な発言権しかないんですよね。じゃあその責任は誰が負うべきものですか。国民全員で負うのならばそのよう結果になったのはいったいなぜでしょう。
>>ならば、日本が国難に際して猶、国内に跳梁する利敵行為を目論む連中の意思を尊重し、放置せねばならないと云うことになる。
そうなりますね。ただし私が言っているのは思想言論の自由についてであって、破壊活動などは除きますよ。当然軍事機密も規制されるでしょうが、最低限の正しい情報(戦争の趨勢など)は必要でしょう。もし正しい情報が与えられていたとして、自分の国家を守ろうとする国民が大半を占めていなければ、それはすでに国家の体をなしていません。
>>そりゃ、士気が挫けて終戦(敗戦)は早まっただろうが、無様にヘタレるべきだったと?。
では無様にヘタレるよりも死んだほうがましだと。国の面子のためにどれだけの人が死に、殺されましたか。御自身が死ぬのは勝手でしょうが、人にまで押し付けるのはいかがかと思います。
>>また先帝陛下と、一行政の担当者に過ぎない教育委員長とを同列に論じておられるが、
谷村新司の額は確かに広いです(爆笑)当然ワザとですよ、この例も。火事の現場と戦時下を同列に論じていらっしゃいますが、直接的に個人の生命財産を守るための活動と、国家の体制維持のための活動は別のものです。
>>君が問題視しているのは、「嘗て天皇の存在が軍国主義に利用され、戦争を齎した」と云う一点だろう。
そうです。
>>じゃあ伺うが、どうすりゃ良かったのかね?。
開き直られても(笑)。ハルノートを提示された時点ではすでに嵌められてましたから。山本五十六が構想したように開戦してから早期の講和が最良だったでしょうね。そこまでの過程について言えば、日本が世界の大国になろうとすれば列強との戦争は避けられなかったでしょう。しかし柳条湖事件のような危険をおかし国際社会からの孤立を招いたのは関東軍であり、その権限の源になったのは統帥権です。いかに関東軍の独断だったといえども、その責任は天皇にあるのでは?
>>況や全国力を傾注しながら玉砕と撤退の連鎖に喘いでいた日本が、わざわざ国民の意気を沮喪させる詳報を伝える意味はあるのかね?。
あります、負ける戦争を終わらせるためです。
>怒る小市民さん
ファシズムの定義についてですが、これは今回の議論の中で重要な用語であり、ここについての見解の相違があったのではそれぞれの意見の言いっぱなしにしかなりません。そもそも「何を以って天皇制(不愉快な左翼用語だ!)とファシズムが結び付いたと断定しているのかね?」という問題提起から始まっている以上ここは避けて通れない論点ではないでしょうか。それから広辞苑の定義を前提とすべしとは言っていません、だからこそほかの定義を求めました。ただし、言葉の定義の問題ですから個人的な見解だけを前提にしては成り立たないので、出版物という一般的に通用するものを求めたのです。
>瀬戸弘幸さん
運営ご苦労さまです、最近拝見しております。思想的には相当隔たりがありそうですが、エントリーや情報の多彩さ、フットワークのすばらしさ等尊敬しております。よろしくお願いします。
自分のsayoku?というネームですが、出来れば変換無しでお願いいたします。「左翼にも成りきれない半端もの」(笑)とのご批判をいただくかもしれませんが、私はどちらにも偏らず中庸を自認し、それを良しとしています。ただ、祖父が共産支持者で公職追放されたこと、朝日新聞の家庭で育ったこと、皇室制度に否定的であることなどを考慮し、また議論の活性化を意図してこのような名前にしたものです。(ちなみに選挙では民主党に投票します)よって「左翼」というの固定観念からのご批判をいただいても、自分の意見や思想とは懸け離れたものについての反論があり、コメントのしようがないことがあります。どうかよろしくお願いいたします。
みなさま、天皇陛下の靖国神社御親拝を実現したく思いませんか?靖国神社は財政的に苦しそうです。是非会員になって、靖国神社を支えて下さいませ。
靖国神社崇敬奉賛会入会案内はコチラ。
http://www.yasukuni.jp/~sukei/page007.asp
宜しくお願い申し上げます。
>中凶殲滅さん
究極そうなるのでしょうが、国家が国民を守ると分かった上での話をしたつもりです。それすら分からない極左の人たちは知りませんw
jk氏とやらは歴史上多民族国家がどうやって出来てきたかを知らないのだろうか。
大方が強者による武力制圧と弱者の下級民族としての隷従だ。
しかし、日本は違った。当初はそこに軋轢もあっただろうが、蝦夷にせよ、隼人にせよ、多少の小競り合いを続けながらやがて穏やかに一つの“人々”となっていった。その象徴が天皇家だ。
つまり、天皇家は多民族が一つの“家族”になったと言う、何処の国も達成できなかった偉業を成し遂げた生きた証明書のようなものだ。これを失うのは国家としての恥と言えよう。
以前自分自身を異民族と書いたが、それは生き方・考え方・言葉・習慣が余りにも他の地方と違っているからだ。(事実、歴史愛好家の間では薩摩=鹿児島は独立王国と称される事もある)しかし、それでも同じく“日本人”としていられるのは正に天皇家のお陰だと思う。
共産主義者(左翼)が、既存の体制(文化・統治機構)を破壊するのは、自らが体制のトップとして君臨するためです。
中国共産党が中国の文化・歴史・民族・家族・精神を破壊つくした有り様は、決して、習うべき事ではありません。
>つまり彼らは、国家は根本的に個人を抑圧するシステムであり、個人はなるべく自由であるべきであるから、国家はできうる限り弱くあるべきだと考えているのではないでしょうか。
そうすると、結局無政府主義が彼らの理想ということになりそうですね。
政府が無くなったらどうやって個人は生活していくのでしょうか。原始時代に戻れっていうのかな?平和で豊かな日本にヌクヌク暮らしていながら、そしてそれを当然の権利であるかのように錯覚し、少しでも自分の気に入らないと何にでも文句をつけて、やれ差別だ人権だ、税金払いたくない、給食費払わない、と喚かないと気が済まない(在日と同じ)。そのクセ、日本を出て共産主義の中国やら北鮮やらに移住する気概もない。バカサヨはガキと同じです、結局自分のことしか考えてない。
今東宮が批判されていますが、最近のテレビに取材させてわざわざ流す映像の数々を見る限り、本気で宮内庁に入り込む外務省や創価が皇室を貶めようとして開き直っているとしか思えません。連日チッソ葬儀の映像を流したり露呈する映像は「私」ばかりで、皇室を貶め品位品格をなくすような映像は不愉快で不敬だと感じています。紀宮様が嫁がれてから急に出た女性天皇論も、将来の天皇陛下ご誕生という皇室最高の慶事にも水をさすようなくだらない映像を繰り返し流すメディアの愚。皇室批判ではなく東宮批判なのですが、でも結局それをすると皇室不要論者に加担するようでものすごくイやなのですが、将来の皇后陛下が祭祀公務しないとなると恐ろしいと思います。今の東宮には皆様どのような思いがあるのでしょうか。。天皇皇后両陛下や秋篠宮殿下にご負担が増す現状は許せません。
では左派の人たちは何故牽強付会なことを言ってまで天皇制を否定したがるのか。それは国家とはどうあるべきかという考え方の相違ではないかと思います。つまり彼らは、国家は根本的に個人を抑圧するシステムであり、個人はなるべく自由であるべきであるから、国家はできうる限り弱くあるべきだと考えているのではないでしょうか。ゆえに国家を補強する天皇制を彼らは否定しているのではないかと思うのです。
皇室についての議論がなされているようで、私も政治の論点から少し。 私は戦中は極めて息苦しく、つらい社会だったと思いますし、そのようなありようを許容はできても肯定はできないと考えています。ただし、それは勝ち目の極めて薄い戦争を行っているという状況がそうさせた側面が極めて強く、もし皇室が無かったとしても(無意味な仮定ですが)状況は大差なかったと思います。
皇室には極めて大きな権威があって、国家を非常に強化してくれます。もし国家が国民を抑圧する方向に行く場合、皇室は国家を強化する力がありますから、結果国民が痛めつけられることも有り得ます。ただそれは国家のありようが問題なのであって、根本的に皇室の有無の問題ではありません。無論逆に国家の危機が訪れた場合、その権威のおかげで国が救われることもあります。
→いずれにせよ、戦争に負けたがら、やれ皇室廃止だの、日の丸、君が代はいかんなどの議論は全くおかしな話だといえましょう。我が国もさっさ憲法改正やって真の独立国家になるべきですよ(^-^)/
こんにちは(^-^)/
怒る小市民さんとsayoku?さんの論戦、興味深く読ませていただきました。先ず大東亜戦争の敗戦責任は天皇にはないと断言出来ましょう。昭和軍閥は明らかに帝国憲法第三条を侵していると言わざるを得ません。思うに先の戦争は単に追い詰められた末の戦争などではなかったってことです。所謂大東亜戦争と支那事変とは違う性格のもの。当時の外交の貧しさは今後の良い教訓になるものです。→
(つづき)
個人の権利や自由を重視する思想はあってよい。だがそれはあくまでも、揺るぎない安定した国家の存在を前提にしてのことである。北朝鮮で個人の自由などないに等しいのを見ればすぐにわかる。
世界の平和を考える時、天皇家の存在はローマ教皇と並び称されてもおかしくはないと思う。というのは日露戦争の時に天皇家がなければロシアに勝てるはずもなく、人種に関係なく人間はみな平等などという思想も育たなかったはずだからだ。
私は、天皇陛下のおられる日本に生まれたことを心から感謝している。
>教育勅語の精読を
賛成です。誤りの無い、良い内容だと思います。
天皇家の存在なくして日本の歴史を語ることは不可能である。
優秀なリーダーがいる集団と、そうでない集団を例に挙げればすぐにわかることだ。古くは首都を作り、政の基本と心のよりどころとなる神道・仏教を広められた。絶大な権威を持ちながらも、圧政を敷いたことなどただの一度もなかった。その人徳のお陰で武士の権力争いは幾度もあったが、どこかの国のように一般住民が大量に虐殺されるなどという悲惨な事件はなかった。
近代では江戸幕府の末期に天皇家の存在がなかったとしたら、考えただけでも恐ろしい。明治維新は存在せず、有色人種の国は欧米の植民地のままであっただろう。
鳥居をくぐると、地獄におちるから....と教わりました。
神社のお守り持つと、在日特権無くなる......と教わりました。
神社にお参りすると、ごとう組の人に狙われる....と教わりました。
もと草加信者の証言
日本にとって天皇の存在は背骨です。日本が変質すれば外国に影響を及ぼしますが、それは外国にとってはどうでも良いことでしょう。
日本人は文化的ルーツを失います。民族の起源から一貫して存在しているという世界でたった一つの存在です。これを切ってしまえば二度と元に戻せないでしょう。失礼な例えになるかと思いますが、本当の生きた世界文化遺産なのです。それが伝統であり、歴史というものです。
長い歴史の中の一瞬に過ぎない我々の唯一の存在理由はご先祖様の業績を未来に伝えることに尽きます。
現在生きているものの一存で過去から引き継いだ伝統を消すことは許されません。
このブログの議論に纏めて解答してくれる内容の本があります。
今月出版されたPHP新書で,「日本人としてこれだけは知っておきたいこと」著者中西輝政です。 感動しました。
>あ〜ぁ、神主発言まで出ちゃったよ
かると煎餅
でなきゃ、ただの無恥?(愛国者さん)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
これはすぐ上のブローガーさんの言っていることの方が正しいですね。
天皇陛下は神道の長ですので、全国の神主さんたちの長でもあるのですよ。神道に則った諸祭祀を行い、日本の繁栄を願うのが天皇陛下の古来からの本来のお仕事なのです。神道に関してはいろいろと啓蒙本も出ているようですから、参照してみたらいかがでしょうか。
なお煎餅は神道がキライですね。信者は鳥居をくぐろうとしません。犬作以上の権威があっては困るのでしょう。
(承前)
言葉の出自はともかく、他の諸国家制度と区別するための言葉だと考えれば、使用することに小生などはさほど抵抗はありませんが・・・。日本は古代から現代に至るまで天皇陛下を君主として戴く国家でなかったことはなかったのですから。「天皇制」という言葉は、日本の国体を他の諸国家制度と区別するときに用いられる分かりやすい便宜上の言葉と理解しておけばいいのではないでしょうか。
>たしかに、天皇制というコミンテルン用語を使うから、議論がおかしくなる。(通りすがり さん)
これは近現代において様々な「・・・制」という国家制度ができたから、それらと区別するために作られた言葉でしょう。民主制もあれば共和制もあれば王制もあり、共産制も出てきそうだぞ・・・という具合に。近現代とは違って、ひとつの制度しか知らなかった古代・中世の日本では「天皇制」を「天皇制」として意識する必要すら無かったのです(空気のようなもので)。近現代に至って諸外国には様々な国家制度が存在することが知られるようになり、日本の国家制度を振り返ってそれらと比較したときに、それらと明確に区別される独特の国家制度であることが認識され、それが「天皇制」(王制とも違いますよね)という言葉で言い表されたのでしょう。(続く)
今の朝鮮総連みたいなものですね。
昔の日本は、当たり前のことを当たり前にやってたわけで。
今ではどうなのか。工作活動(拉致含め)をしている総連を税金で養ってる。
まったく情けない国になってしまいました。
おはようございます。
土曜日の朝、私の苦手なテーマ、皆さんのコメントを二度も読み返しました。
JK様もSAYOKU?様も健闘しました。しかし、怒る小市民様の論には心があり、本当に感じ入りました。
しかし、私の心に残ったコメントは、なっとく様の短いコメントです。
西洋人がアジアの人々の特徴を調べたら「日本人がアジアに属していない」と感じたとの報告があります。
中国は、共産主義、韓国は、議会制民主主義。なのに、なぜか似ている。云々
我々は、日本人だよ。左翼と云われる方々の中に日本人云われない人は別にして、日本人なら、日本を誇りに感じて、至らない点があれば、修正する努力をしなければならない。起点は、日本人の心からスタートしなければ。
言葉は所詮言葉、言葉によって織られる布地が思想、難しくてついていけません。一度天皇陛下に会われてみては?私は陛下と皇后様に一度お会いしました。向こうは車の中でしたが。感情としての言葉は、後光が射している、としか表現できません。あの経験はすごいものがありました。言葉は後からついてくる。これでよろしいのでは?これじゃ、言葉を用いた布地を織るのが目的の当ブログの否定になり、怒られるかも?
皇室は日本国民の心のよりどころです。これは間違いないです。
アメリカとロシアに攻められ日本という国が植民地になるのを
断固拒否し、負けるとわかりながら誇りを捨てず戦いました。
その負け戦をどんな思いで見続けられたか、日本を守るため、
天皇を守るためという名分をいやおうなく受け入れられ、
責任を取れるものなら取りたいと昭和天皇は
「朕はどうなってもいいから国民を助けてほしい」とおっしゃった。
これほど戦死者に報いた言葉はないと思う。
他にその言葉を言える人はどこにもいません。
日本でもどこの国でも当事者がそんなことを言ったことが
あるでしょうか。イコール負けて生き延びた国民も救った。
皇室のことは日常では全く関係のないことだと言われればそうですが
親以外に心から敬える天皇や皇室がいらっしゃることは
とても幸せなことだと常々思っています。
イデオロギーは百年!宗教は千年!血は永遠!
天皇家はあるがままの国体!八百万の神々の祭主!
我々に刻まれているDNA!
教育勅語の精読を!
真正民族政党の創設を!
これまで小生は君から投げかけられる質問に逐一答えておったつもりだ。一方、君に投げかけた質問の中で端折られたものもあったが、宜しければご回答を戴けるだろうか。
1)皇室の処遇は承ったが、それ以外の日本のあり方には触れておらぬ。特に日本の外交の指針、他国と対峙した場合の対応は、如何にあるべきなのかを具体的にお答え願えまいか?
2)君ら広義の左翼が左翼的な基準から、殊更に日本の“非道”を頻繁に糾弾することに血道を上げても、他国の、特に共産主義国家の同様な振る舞いを黙して語らぬのはどう云う理由か?
3)世界的な左翼・リベラル勢力の衰退をどう分析しているだろうか?。また、蛇足だが、君たち広義の左翼が、我々右派から“お花畑”と揶揄されている理由を考えたことがあるかい?(笑)。
以上。
�� 嘗てファシズム体制であったこと。�� 戦争に敗北したこと。
上の二つの理由から君は、「皇室を宗教法人とすればよい」とした訳だが、二つの条件に該当する国など皆無だ。よって小生は君の論を、「論理破綻を懸命に繕っているようにしか思えない」と述べたまでのこと。尤も、君が存在せぬ事例を証明して見せるのならば、こんなところで燻ぶっておらず、アメリカの弁護士にでもなったらどうかね?。O.J.シンプソンが顧客になるかも知れぬ(笑)。
(承前)
それから、戦争に負けた国には正義を語る資格なしとも取れる発言をしておられるが、君の理屈でいけば、広島・長崎の原爆投下は当然の報いであり、東京大空襲で多数の民間人が犠牲になったのも天誅であり、ありもしない南京大虐殺の犠牲者を否定するなど論外だし、売春を強要されたとする従軍慰安婦が単なる戦地売春婦だったとしても、異論を差し挟まず唯々諾々と謝罪と賠償をせよ。etc.・・・と云うことで宜しいかね?
小生、真に遺憾ながら君の意見には賛同できそうもない(笑)。
(承前)
さて、小生が君の見解を陳腐と申し上げたのは、繰り返しになるが、“何となくそれっぽい”ファシズム体制を過去に持たぬ国など稀有だからさ。つまりはファシズムを原罪的にあげつらってるに等しい言だ。例えば、君が嫌悪(していると抗弁する)している共産主義体制の国家を考えてみたまえ。一つ根源とするイデオロギーが極右・国粋主義でない部分を除けば、ファシズムに丸写しだ。それとも、名称が異なれば、殆ど同様な行動原理を有していても容認できるのかね?。ならば返す言葉もない、非を詫びよう(笑)。
(続)
>>詭弁であるならばなぜ詭弁なのか論理的反論をお願いします。
生憎と小生、君のような明晰な頭脳は持ち合わせていないものでね、論理的反論か否かは保証しかねるが、先に述べたように小生なりの言葉でお答えさせて戴こう。小生、ファシズムの解釈を広辞苑の定義にのみ頼るのには懐疑的だ。前回の投稿に於ける小生の解釈がお気に召さぬらしいが、ならば折衷案として、ファシズムを“何となくそれっぽい”とでもしておこうか。これなら不満はなかろう?(笑)。
(続)
>>そういう発言を容認しない今のシステムを問題にしているのですよ。
今のシステム、と云うのは、君や“広義の左翼”が満足しない現行の社会体制・制度と云うことだね。しかし残念ながら、君たちが現状の一大変革を図るには聊か国会の議席数が不足しているようだ(笑)。詰まるところ、それが「民主主義」と云う制度なんじゃないのかな?。極めて民意が反映された結果ゆえ、ご不満なら意に叶う他国への移住なり亡命をお薦めするよ。
それに今上陛下が本当に必要と思し召されたら、敢えて宸襟を明らかにされるであろう。君が心配するに及ばないと思うがね。確かに仰るように“別次元”の問題のようだ(笑)。
君が、前回小生が君の意を汲んで推測した極論を認めるとするならば、「戦争を抑止し、また日本がいかなる状況に於いてさえ思想・言論の自由は保証されて然るべき」と換言できるであろうが、ならば、日本が国難に際して猶、国内に跳梁する利敵行為を目論む連中の意思を尊重し、放置せねばならないと云うことになる。かような奇特な国が他にあったであろうか?。もし差し支えなければご教授戴きたい(笑)。
(承前)
況や全国力を傾注しながら玉砕と撤退の連鎖に喘いでいた日本が、わざわざ国民の意気を沮喪させる詳報を伝える意味はあるのかね?。そりゃ、士気が挫けて終戦(敗戦)は早まっただろうが、無様にヘタレるべきだったと?。小生に言わせれば、広義の左翼の方がよく口にされる、後出しジャンケン的な結果論だね(笑)。
また先帝陛下と、一行政の担当者に過ぎない教育委員長とを同列に論じておられるが、そもそも異質の事例を引き合いに出し強弁するとは語るに堕ちたものだ。君の弁は、「宇宙は広いけれども、谷村新司の額だって広い」と述べているに等しい。間違いじゃないが、相対化している対象が無意味。それに教育委員長には自身の管轄化にある者への監督責任があるが、陛下には臣下への監督責任は存在しない。何を根拠に存在しない責任を問うと云うにかね?
>>結果に対する誤った予測を流してまで戦争に進んだことが国内治安の安定以上の惨劇をもたらしたのではありませんか。
君ねえ、考えてもみたまえ。アメリカのように強大な国力を有する国でさえ、自国の敗報を逐一報じただろうか?。少し想像を巡らせれば自ずと答えは出てくるんじゃないのかね?。例えば、アメリカが大戦を終結させる画期的な新兵器である(と後に語った)原子爆弾を、開発から実験成功まで報じていたんだろうか?。広島と長崎に投下されて初めて明らかにされたんじゃないのかね?。勿論、アメリカの場合は勝報の方が遥かに多かったではあろうが。
(続)
(承前)
それと、前回の投稿で小生が左翼と呼称したのは簡便にする意図で、本来は様々な左派の方々も含包しているつもりだったが、君には真意が伝わらなかったらしい。言い方を改めて前回の質問を繰り返させて貰おうか。何故、君たち左翼やサヨクやブサヨやリベラル趣味者やそのシンパが、我々右派から“お花畑”と揶揄されるか、考えたことがあるかい?。
ここまで範囲を広げれば、誤解を生ずる虞もないだろう(笑)。
(承前)
くだくだしく述べるまでもなく、君が問題視しているのは、「嘗て天皇の存在が軍国主義に利用され、戦争を齎した」と云う一点だろう。政府や軍部が統帥権干犯を侵し暴走をした責任を封ずるために、結果として天皇陛下の権威が用いられ、世論誘導・情報操作によって国民を戦争へと駆り立て、なかんずく戦局が敗色濃厚になって後も欺き続けたのは許し難たいと。じゃあ伺うが、どうすりゃ良かったのかね?。日本はハルノートのような凡そ屈辱的な回答を示されても、恥も外聞も名誉も富も捨て、西欧列強に屈服し、ひたすら許しを請うべきだったとでも?
(続)
(承前)
戦後に於いて広辞苑は、恰も真理を書き記した一種の聖典の如き扱いを受け、あらゆる場面にて引用がなされてきたが、小生は広辞苑の解釈を絶対視するものでもなく、君の求める代わりの出典を示すつもりもない。かかる瑣末なことは、必要とあらば各々の手持ちの辞書に頼ればよいだけの話。小生は何も君との合意形成を図るつもりなどないものでね。
君の2番目の投稿についてだが、読み違えているよ。
小生が君に反論したことの謂は、他国に於ける戦争の自己正当化に当たって担ぎ出される“象徴(含:形而上の理念)”は何ら言及することなく、ひたすらに我が国の象徴(天皇陛下)のみの非を鳴らしておいでだが、違うだろう、と苦言を呈したんだがね。
(続)
>sayoku?氏
さて、本題に移ろうか。
君はファシズムの定義付けを、岩波の広辞苑に記載されたものを前提とすべし、と主張している。しかし辞書によっての大凡の方向性は同じであろうが、微妙なニュアンスの相違は当然のこと。そもそも解説中に広義を用いると云うのは、その解釈が多岐に亘る証左であろう。まして岩波は、その社風が戦後民主主義の呪縛に囚われ著しく左に偏向した出版社、と右派の者からの評判は芳しくない。現に君が引用している解説にも、「一党独裁」とか、「市民的・政治的自由の極度の抑圧」といった偏向した説明が並ぶ。これはファシズムよりも、マルキシズムの説明にこそ相応しいんじゃないのかね?(笑)。一方、そのマルキシズム(マルクス主義)についての広辞苑の解説では、ファシズムにあるような否定的な修飾はなされておらぬようだが、小生の見間違えであろうか?(笑)。
(続)
>jk氏
なるほど、君は国際的な見地より、天皇家を廃すことに異存はないと云うことか。だが圧倒的多数の日本人は君とは意を異にするんじゃないのかな?。まあ、君にまでかかずらっている暇はないので、一石投じてご苦労様、とでも申し上げておこうか(笑)。
>sayoku?氏
先ずお断りしておこう。君が何を以って“論理的反論”と要求し、また小生のレスを“感想”に過ぎぬと断じておられるかは不明だが、小生はこれ迄通り自分なりの見解を述べさせて戴く。他者より指図されるのが何より嫌いな性分なのでね。ましてや左翼にもなり切れぬ“似非サヨク”に仕切られるのは甚だ不本意、且つ業腹と申し上げておこう。君が小生の返信を議論するに能わずと判断したのなら、別にレスを戴かずとも結構。それだけの話ではないかね?
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。投稿が遅れ失礼致しました。
ご覧になっていらっしゃったのですか、いやお恥ずかしい。
sayoku?氏はここ最近から書き込みをなさっていた方ですね。極右の看板を掲げているブログに、敢えて左翼・リベラル的な意見を述べられると云うことは、論戦を欲しておられているのは察しておったのですが、小生、ここのところ左の方々との論戦に少々食傷気味だったこともあり、他の極右評論の常連さんや支持者の方々が対応するであろうと放置しておりました。なれど果敢に応じられたのは僅かに、なっとくさん他の若干名の方のみ。小生、元来、猪突猛進の性分ゆえ歯痒さを覚えておったのですが、天皇家を否定するかの如き不遜な意見には流石に神経を逆撫でされたものですから、大人気なく噛み付いた次第です。
以後のsayoku?氏との論戦は、ご好意に甘えてこちらのスレにて続行致したいと思います。
自分みたいな知識も思想や信念も自慢できるようなものがない一般人が場違いに長文書き込みすみません(^^;
「皇室がなくなったら何か困るの?」
という内容の書き込みに自分の中で考えてみたんですが
「なくなったその日に実生活で特に困ることはないのでは」と思っています。
ですが、自分達の先祖の人達がとても長い年月の間大事に守ってきたものを「なくなっても困ることがないからいらない」という考えはもてませんでした。
日本人的なもったいない精神程度の気持ちからかもしれませんが(^^;
自分なんかが言ってはここにいらっしゃる皆さんから叱られるかもしれませんが、お金で買えない「長い年月」途切れることなく続いた皇室(天皇陛下個人だけでなくそれを守り続けてきた人達)を同じ日本人としては結構誇れることだと思っています。^^
あ〜ぁ、神主発言まで出ちゃったよ
かると煎餅
でなきゃ、ただの無恥?
天皇は神主さん
どこの国の王様が、長靴履いて田植えしますかね。
あれは「お田植え」という農業民族宗教の「神事」です。
天皇は「神主さん」なのです。
農業やった人ならすぐ判ります。一生懸命やっても、
御天等様の機嫌が悪いと冷害とか旱魃とかで
作物が実らないときがままあります。
こんなとき、必死に何かに祈りたい。
それが天地を支配している神への祈りであり、
祈りの儀式を司るのが神主であり、
日本の天皇は各地の神主さんの元締めなのです。
ローマ法王と同じです。
共産党は宗教を否定しています。ところが裏腹に
共産思想が神格化され神聖視されています、いやいました。
化けの皮が事実ではがされて、神聖視が崩れている。
動揺しているみたいですね、可哀想ですね。
動揺しない新共産思想を自分で構築されたらどうですか。
きっと日本的な宗教になってくるかもしれませんよ。
挙句の果ては大英帝国の島流し先だったオーストラリアの様な王家への理解や尊崇とかけ離れた国のメディアを引用して、まるでロボットの様だ、もっと庶民の様にさせろと天皇家の果たしている役割を貶めようとする。
かけがえの無い王家をゴシップの対象にして無価値化するイギリスの様な国(あの国は王家と対立する形で議会が発達したためねじくれている)や、王家などいもしない国に天皇家のことをとやかく言われる筋合いは無い。
日本人自身が天皇家があることによって、いかに恩恵を受けているかを理解し、声を上げることが、その様な蠅声(さばえ)なす者どもから真に国を守ることになる。
ウィキによると天皇制の歴史的な呼び名は皇室制度というらしいですよ
天皇家消滅を主張する市民権を得ることのない馬鹿げた主張はともかく、私が危惧するのは昨今天皇家をイギリス王家のようにゴシップの対象にする過剰報道がまかり通っていることです。
卑俗極まりないワイドショーのネタに散々して、あらゆるプライバシーを暴こうとしておきながら、同じ人間なのにあんな生活をさせるなんて可愛そうと歴史も天皇家の役割も何も理解しない愚劣な発想を垂れ流している。
雅子妃とてあんな馬鹿げた量の興味本位の取材・報道がなければ、病気などになるものか。
ただし天皇家(王家)そのものが分裂して内乱に加担したら、それは却って長期化してしまう、南北朝や古代の歴史が実例です。
天皇家は600年を越える長い期間、直接政治に関わらずに「権威」として存在する道を選ばれてきました。それはそうすることが日本が一番よく治まる道であると体得していらっしゃったからです。
天皇家の消滅を願うのはその様な「権威」が存在することによって、日本が無事治まってもらっては困る、成り上がり目的のゴロツキ、敵性外国人、妄想と理想を履き違えたカルト思想の信奉者、そんな連中ぐらいのものです。
信頼される天皇家(王家)という上位の権威が存在すれば内乱に陥っても早期に、良い形で収まることができるというメリットがあります。タイ王家がそれをハッキリと示してくれました。
天皇家のような存在を失ってしまうと、この世を支配したいゴロツキどもの権力闘争になってしまった場合、それを収める権威が存在せず、内乱は長期化、国外勢力に付け込まれる隙を与えます。もし明治維新で錦の御旗がが通用しなかったら日本は四断されて列強の草刈場と化していただろうことは想像に難くない。
天皇家を愛していようといまいと、忠義を感じていようといまいと、そのメリットがあることだけは国民すべてが知らなければならない。
たしかに、天皇制というコミンテルン用語を使うから、議論がおかしくなる。
2000年以上も続いているのは国体と表現したほうが本質をついている。
西洋人がアジアの人々の特徴を調べたら「日本人がアジアに属していない」と感じたとの報告があります。
中国は、共産主義、韓国は、議会制民主主義。なのに、なぜか似ている。
国体、民族の特徴を決定するのは、政治制度でなく、文化、伝統、精神的”核”のありかたでは?
そして、最も強力な核が宗教、血統ではないでしょうか。
天皇家(大和民族の理想、大黒柱、精神的伝統の継承者)が存在するかぎり、日本列島が沈没しても、大和民族は、ユダヤ人のように存続し続けるでしょう。
アメリカ大統領がキリスト教の聖書(精神的支柱)に手を置くことを忘れては、なりません。
天皇陛下が外交の鍵を握っておられるのは確かです。
今の腰抜けの悪徳外務省とは違い、積極的にいろいろな国に行かれる。
また、天皇は左翼から見れば戦争の引き金であり、自分達の自由を奪うと思っているかもしれません。
しかし、天皇家の方々のお言葉を拝読すると天皇は国民一人一人の立場を考え、そして国民の平和を願っていることがわかります。
昭和天皇のお言葉はどれだけ思慮深いかを知ることが出来ます。
ある日の朝、昭和天皇は自分の部屋から外をご覧になって居たところに
(名前は忘れましたが)天皇家のお世話をする人から「今日はいい天気ですね、外に散歩に出かけて見てはいかかがでしょう。」と言われ、昭和天皇は
農業で米を作っている方々は、この時期雨が降らないと困るんだよ。」
とおっしゃったそうです。
左翼の皆さん、天皇陛下は平等であり、国民の平和を常に考えているのです。
このJKなる男もサヨクらしいのですが、ただ右翼・保守が嫌いなだけで左翼になる勇気も無い半端もんです。たまによーめんさん所に出没しては住人に一蹴りされ追い出されているようです。
スルーで充分です。
なんか 心のよりどころだと 思っております。
また 歴史を大切にする
先祖を大切にする すれば 今の自分も大切にすることになると。
先祖を大切にしないから 今の自分も大切に出来ない
自信がもてないのではないかと 思います
まあ、共産系の方には理解できないでしょうが。
私はタイに仕事でいるのですが皆さんもご存知のようにタイは立憲君主国です。王様が居る日常が当たり前で国民は国王を尊敬しています。
これはタイ国民のプライドでもあります。
今年タイ国王の在位60周年行事があり世界中から王様や日本の天皇が来ました。これは例えばアメリカや中国、ロシアには真似したくても出来ない事実です。皇室というものを歴史の一つとして考えても良いのではないですか?
瀬戸さんにしてみれば不敬な発想かもしれませんが金閣寺のような物です。
日本の天皇はある意味世界遺産に登録しても良いものではないかと思います。そういう皇室を守っていくことは国民の義務ではないでしょうか?
どんなに中共に迫害されても、チベット人はダライ・ラマに対する尊崇の念を捨てはしない。ダライ・ラマはチベット民族全体の、そしてひとりひとりのチベット人の identity そのものなのだ。このことが分かる人は日本人にとって皇室の何たるかが分かる、分からない人は一生分からない、或いは、或る国家に属する「国民」であるということを、或る地理学的条件に服属することと同一視する以上の認識を持ち得ない。
「日本で天皇制が廃止されて起こりうる事態とは何なのでしょうか。」
バチカンの教皇庁廃止とか英国の王室廃止と言ったら大騒ぎになるのと同じなんじゃないの?
インドや中国が西欧列強によって侵略され、植民地になって行く中で、日本の危機を感じと侍たちが、その危機からの回避、或いはその危機からの脱出のために、「天皇親政」を確立した。祖国の危機からの脱出という国難において、天皇にそれを托した。それは間違いではなかった。近代史に限っても天皇が大きな存在であったことに違いはない。
左翼は天皇を単なる権力の統治機構としてしか見ないから、本当の天皇の価値を見ることができない。日本の天皇は価値であると同時に能力を持った価値でもある。
そこが理解できない人が左翼である。
仮に皇室が無くなったとしたら。
日本人はどのような精神的土台、もしくは支点を持つのでしょうか?
仏教、キリスト教、イスラム、ユダヤ、共産主義、カルト、唯物主義、それとも金がすべて?
或いは近隣のどこかの国に近づくのかもしれない、皇室は世界中捜しても見つからない宝だと、私は思っていますよ。
JKさんへ
随分とあなたも特異の考えの持ち主のように私には思えます。
>右翼も天皇という呪縛から解き放たれなければ、右翼としてまともな論争ができないのではと心配しています。
まるで我々右翼が天皇によって呪縛されているような言い方ですが、そのように思っている右翼はいないと思いますよ。
>日本にとって大事なのは天皇なのか領土なのか。
どちらが大事かという問題ではありません。
日本の近代国家は天皇(制)国家として成立した経緯を認めます。しかし、そこに何か問題があるのでしょうか。もし、天皇という存在がなかったら、明治維新もなかったし、日本は欧米諸国の植民地になっていたでしょう。その方が良かったと言える日本人は一人もいないでしょうね。
天皇制なんて語彙は止めましょう。コミンテルン用語ですから。
日本の国柄は品格がないと感得出来ないものだとは思いますね〜〜
機関説レベルでの議論が関の山でしょう。
人間とは?そんな次元からの思考が大切だと思います。
>jk さん
天皇制でなくなれば、それは君主制から共和制に移行すると言うことですが、まだ時期尚早な気がします。ずっと続いてきた伝統ですので、存在しなくなると結構問題だと思います。言い方が悪いかもしれませんが、皇族というものは結構な外交力を持っているように感じます。
それに、天皇という存在のおかげで、ある程度の日本のスタンスは保てていると思うのですが。お隣の国の大統領を見ていると、本当にそう思います。
核云々については天皇自身がどう思っているのかはわかりませんが、普通核武装について語るときに天皇のことまで考えている人は少数だと思います。話の次元が違うからです。
戦前の日本は確かに言論・思想の自由がなかったと言われていますが祖父の話を聞くに、そんなに酷いこともなかったのでは……とも思います。
祖父はわりと平気で天皇批判をしていましたので……。
右翼も天皇という呪縛から解き放たれなければ、右翼としてまともな論争ができないのではと心配しています。日本にとって大事なのは天皇なのか領土なのか。
もし、右翼が日本の核武装に執着するなら、天皇の存在はむしろ歓迎する処ではないのではと思います。なぜなら、天皇に核武装賛成のお考えはないと思っているからです。まあ、天皇と政府はどちらからもコントロールできるしされそうですが。。。
一石投じましょうか?
天皇制の終焉というのは王国に置き換えれば一つの王朝の滅亡ということにしかすぎないのでは?そのような国が、発展できなかったということはないと思うのですが、日本で天皇制が廃止されて起こりうる事態とは何なのでしょうか。よく天皇制は日本の文化だといいますが、海外は日本に天皇が存在しなくなったことで、悲観的になりますかね。天皇の存在というのは現代社会にとってそれほどまでに大きな存在なのでしょうか。