2006年11月28日
開かれた皇室の危険性
「開かれた皇室」の危険性
過去から未来に何を護るのか
敢えて触れなかったが、やはりこの問題を取り上げることにしました。
「・・・・続いて、04年から中国・上海音楽学院の教授を務める谷村さんが『中国をお訪ねいただくと、両国にとって素晴しい出来事になるのでは』と話すと、天皇陛下は『いろいろな過去の歴史もありますし、それをしっかり踏まえ、そのうえで良い交流が開かれる活動ということが望ましい』と答えた。」 毎日新聞11月10日
歌手の谷村新司氏が園遊会で天皇陛下にかけられた言葉である。この人物が共産支那(中国)に対して、一般の人より強い思い入れを持っていることは知られたことである。
中国のネットでも次のように絶賛されている。
http://www.china.org.cn/japanese/185491.htm
この人は天皇陛下が中国に行くということを、どのように考えてこのような発言をしたのであろうか。幾ら園遊会にお招きを受けて出席したとしても、そのことについて知恵が回らなかったのであろうか。
天皇陛下の御訪問というものは、極めて政治的であり、軽々に話題にすべきではない。特に中国という国においては天皇陛下自らが言葉を選んでお答えしているように複雑な問題が山積みとなっている。
さて、今回はこの谷村氏の発言だけを批判するエントリーではありません。最近、あまりにも目につく、開かれた皇室の現状に憂いを抱き、そのことが果して日本国の未来にとって良い事なのかを書かせて頂きたいと思います。
一部の週刊誌だけでなく、大手新聞社系の雑誌なども、こと細かに天皇家のことに関して報道していますが、その中にはどう考えても悪意に満ちた記事があります。
その中でも特に皇太子殿下、雅子妃殿下に対する記事の中に、何を勘違いしているのか―、雅子妃殿下に対する個人攻撃とも取れるものもあります。
マスコミの中には尊皇心の欠片も無いくせに、いかにも天皇皇后両陛下を守るためだ―などと称して、雅子妃殿下を貶めるような発言やデタラメな記事を掲載しています。
これらは全て皇室の安寧を願う国民に対する背信的な報道で、皇室の権威を失墜せんがために仕組まれたものであることは言うまでもないでしょう。
テレビキャスターが「皇室も国民と同じように自由に買物に行けるようにすべきだ」などと堂々と発言している様は、まさに馬鹿丸出しと言える。
買物がそんなに大事なことなのか。一般の人にとってはそれは大切なことかも知れません。しかし、それを自分の無知な発想で天皇家と等価視してしまう、その愚かさに気がつかない。
そのような世俗的な社会生活と無縁で過ごすことの高貴さと、その価値を誰よりも学んでおられるのが、今日の皇室という御存在なのです。「皇室を特別視するな!」というたわけた意見もあります。
皇室の最重要事というのは、申すまでもなく祭祀にあります。日本国民を代表して行なう祭祀を司る天皇陛下が特別であっても、それが何も批判されることにはならないでしょう。
祭祀こそが日本国の根本を成すものであり、だからこそ天皇陛下は「民安かれ、国安かれ」御祈念され給うておられるのです。
何を言いたいかと申し上げるなら、開かれた皇室も大切であるが、祭祀を行なう尊い存在としての神秘性も大切ではないのか。そのように感じているわけです。
「開かれた皇室」論も良いのですが、それがあまり度が過ぎるようになると、それは今回のように軽率な発言や中傷記事が出るような危険に繋がるということなのです。
過去から未来にかけ、我々日本国民、日本民族が一体何を護って行くのか。そのことをもう一度これを機に考えるべきではないでしょうか。
※下記に紹介するブログそのものが不敬ということではありません。ただ、このブログで紹介している文について述べさせて頂きます。
http://plaza.rakuten.co.jp/marinhpp/diary/200610010000/
2.雅子妃の父親が創価学会員であるということ。
その創価学会の会長である池田大作(朝鮮人)は皇室を菊呼ばわりしており皇室の傀儡化をたくらんでいるとの噂がある。
−と書いてありますが、これは“真っ赤な嘘”であることが判明したのでお知らせします。
正直この文章に関しては、デタラメな文章であるとは思いましたが、残念ながら確かめようがありません。宮内庁に訊くわけにも行かず、ましてや直接小和田家に訊くわけにも行きません。
しかし、偶然とは恐ろしいもので、実は小和田家の隣りに住む方が、私の知人の古くからの知り合いであることが分かりました。
一昨年、民事再生を申請して倒産した中堅ゼネコンのオーナー社長が隣りに長年住んでおられたそうです。
現在はそのようなご事情で移転されていますが、少なくとも自分の知る限りはそのような事実はないと話をされました。隣人の方から聞いた話で間違いはありません。
このようなデタラメな記事がネット上で氾濫していることも、非常に残念です。この一事を以ってしても、雅子妃殿下と創価学会の関係は完全に否定されました。
なお、この今回の記事はあまりにも「開かれた皇室」を危惧する私の立場と、雅子妃殿下と創価学会の関連性を否定する証言が得られたことをここに明らかにするためで、それ以外の考えは全く無いことを最後に記させて頂きます。
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南京事件と松井大将
南京事件と松井大将
写真:田中正明先生の不朽の名著
東京裁判において松井石根被告(元陸軍大将)は南京事件の責任だけで死刑に処せられた。訴因の第一から第五十四までは全て無罪であったのに、第五十五のみが有罪として絞首刑になったのである。
これを早くから冤罪であると訴えてきたのが、この松井大将に昭和8年から昭和17年12月に応招されるまで、約10年間を民間人として仕えた田中正明先生であった。
私の日記にはこの田中正明先生との初めての出会いを、感動の一日として次のように記されている。
「昭和61年11月13日(木) 私は大阪市天王寺区の浪速会館で、明日を考える時局講演会(教育シンポジウム実行委員会主催)に参加をさせてもらいました。
講師は不朽の名著である『パール博士の日本無罪論』の著者である田中正明先生です。シンポジウムの名称は『過去・現在・未来・錯誤の中にある戦後史観・今こそ近・現代史の核心を問う!』と題されたものでした。
司会は皇學館学校教諭・三輪尚信先生で、最初に福井大学教育学部助教授・小林道徳先生の講演がありました。当時、私はこのシンポジウムを開催した丸山栄一氏と親交があり連絡を受けたものです。
なぜ、私がわざわざ大阪まで出かけて行ったかといえば、それは田中正明先生の話をどうしても伺いたいと思ったからです。先生の著書の愛読者でもありました。
田中正明先生はこの講演の中で、東京軍事裁判の不当性について話をされました。私は先生の書物で初めて南京大虐殺といわれるものが、戦勝国によって捏造された虚偽の事件であることを知ったのです。
この時の話を箇条書きにメモしてありましたので、それを綴らせて頂きます。
東京裁判の狙いはいかに戦場における日本の軍隊が残虐であったかを世界中に喧伝するために持ち出されたものである。
これは言い換えれば日本の皇軍とは秩序正しく、如何なる場合においても、そのような非道な振る舞いはしない―という、これまで世界の人達が認識していたものを崩すことにあった。
そのために戦勝国はおびただしい証拠と証人をこの東京裁判に集中させた。しかし、その証拠及び証人の多くが伝聞であり、戦勝国側の現地における一方的な聴取であった。
松井大将は南京の市民を保護する目的がありながら、その義務を履行することを怠ったとして犯罪者として絞首刑に処せられた。しかし、これはインドのパール判事が当時の東京裁判の意見書の中で述べているように極めて不自然なものだった。
松井大将は当時南京は中国の首都であり、外国の特派員も多数おり、万が一にも民間人などを巻き込むことがあったら、それは世界中に打電されるとして、全軍に対して仔細なる訓令を出していた。
それによれば、一般居留民並びに中国民衆を紛争に巻き込まないように常に留意して、外国出先機関とも密接なる連絡を保持するように命令を発していた。
この命令は外国の権益を侵したり、民衆への略奪行為を行なう者は厳重に処罰するとあった。南京攻略に際して日本軍の虐殺があったとの報告は全くなかった。
現に当時の外国の新聞に日本軍が虐殺したという報道は一行もなされてはいなかった。この事件が明るみになったのは東京裁判において、初めて提起されたものである。
田中正明先生は処刑直前に松井大将から手紙を頂いた事を話されました。その手紙の文面には自らが冤罪で処刑されるにも関わらず、次のように記されてあったといいます。
―誰を恨み、何を嘆こうぞ、これで何もかもさっぱりした。このうえは自他平等の世を念じつつ永遠の眠りにつきたい―
この手紙を書いたその日の夜、松井大将は「天皇陛下万歳!」と言いながら、静かにしっかりとした足取りで13階段を上って行ったそうであります。
その後、何回か会合などで田中正明先生とはお会いする機会がありました。先生がよく口にされていたことですが、南京大虐殺の真意を語ることは、東京裁判を否定することになる。
それは容易なことではないが、それをせずして日本国の再生は有り得ない。戦勝国はドイツに対しては『ニュルンベルグ裁判』でユダヤ人虐殺を人道に対する罪としてこれを裁いた。
日本に対しても、どうしても人道に対する罪を被せる必要があった。それは自らの原爆投下に対する後ろめたさからであった。しかし、どうしても人道に対する罪など探しても見当たらない。
そこで南京大虐殺などをデッチあげたのである。広島・長崎への原爆投下、日本の主要都市への空襲、これらの犠牲者の数を上回る大虐殺をどうしても、彼らはでっち上げたかったのです。
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2006年11月27日
南京大虐殺と私の見解
「南京大虐殺」と私の見解
日本軍による南京大虐殺の映画が米国において創られることが決定したという情報と、それについての考えなどについて、多くの方からコメントが寄せられています。
イプ・オブ・ナンキンの映画化情報 11/25現在
[米国側の情報]
テッド・ネオンシス氏は映画とは別件の中国市場獲得を中国共産党から約束されている。その別件は確認は取れていない。
[中国側の情報]
バブル経済の破綻が近い中国は北朝鮮拉致問題に関する映画が世界で公開された報復措置が、レイプ・オブ・ナンキンの映画化。工作活動を連携した中国にとって北朝鮮拉致問題の映画が世界の世論として人権問題に拍車をかける事を恐れている。拉致の被害国である日本に対する同情意識の世論低下を狙ったもの。
中国の対日政策で米国で利されてる資金は日本企業が中国進出の際に[創価の紹介が多い]中国に貢いだ資金です。
[特例免許の獲得など。ランクや職種により金額は異なるが数十億〜数百億円単位]
Posted by 反創価グループ at 2006年11月27日 00:17
瀬戸さん、お弟子さんこんにちは。
エントリーと無関係の内容を書き込むことを予めお詫び致します。
毒吐きテックさんのTBがなされておりますが、中共のアメリカに於ける反日工作の一環として出版された捏造本、『レイプ・オブ・ナンキン』が、映画化されることが決定した模様です。
この映画の噂は今年始め頃まことしやかに囁かれ、ネット内を騒然とさせました。前回は噂の閾を出ぬデマであることが判明致しましたが、此度はどうやら実現化しそうな気配です。米国のインターネット企業AOLが旗振り役のようですが、裏には支那大陸に権益を得んと目論む 姑息な計算が働いておる様子。
また米国の次期大統領戦では、伝統的に支那擁護、日本叩きを続ける民主党候補が就任したら、クリントン政権時以上の悪夢が現出することでありましょう。
Posted by 怒る小市民 at 2006年11月26日 17:21
南京大虐殺」は元々はアメリカによる二回の原爆投下の犯罪性を
相殺するために東京裁判で持ち出されたものであるという来歴を考えてみても、東京裁判史観に基づいて日本=絶対悪のプロパガンダに必ず利用されることでしょう。
本日の産経でも、一面トップでこの映画のことを報じ、「公開されれば
来年70周年を迎える同事件や歴史問題をめぐり、日本の国際的立場に
深刻な影響を与える可能性もある」と憂えています。
上記のような見解を政府自身が「公式見解」として発信しているよう
では火に油を注ぐようなものです。いわゆる「南京大虐殺」に対して
戦後きちんと反論してこなかった政府の無策が憾まれます(弱腰の土下座外交で無かったものを有ると認めてしまったいわゆる「従軍慰安婦」問題もそうですが・・・)。
Posted by 中凶殲滅 at 2006年11月26日 18:44
メールでも質問がありました。
瀬戸先生、いつも拝読しております。今回の南京大虐殺の問題ですが、過去のエントリーなどを見ても、例えば「反中国講座」の中にも、この南京問題に触れたものがありません。
今回も毒吐きテックさんのTBやコメントがあるのに取り上げていないようです。他の方に任せておくというお考えなのでしょうか?或いは何か理由でもあるのでしょうか。
失礼な質問とは思いましたが、人気ブログランキングのトップにあるブログとはそれだけ読者も多いわけです。是非とも取り上げて貰いたい。是非とも先生の考えなりを伺えたらと思います。失礼をお許し下さい。
読まれている人は、隅々まで読まれているのですね。確かに言われるように南京大虐殺に関しては、これまで取り上げていません。その理由は単に抜けていたというようなものではなく、理由があってのことでした。
この点については、ここで書くか―どうしようか迷いましたが、その理由も含めて改めて書くことにしました。基本的なスタンスは中凶殲滅さんの投稿にもあった以下の認識です。
「南京大虐殺」は元々はアメリカによる二回の原爆投下の犯罪性を相殺するために東京裁判で持ち出されたものである。」という考えです。
それでは、なぜそのことを主張しないかと問われれば、それはかつて1999年から2001年にかけて、2ちゃんねる掲示板、日本茶クラブ掲示板で主張していました。
しかし、必ずしも私の主張に賛同して頂ける方々ばかりでなく、この問題に自ら一旦は終止符を打った経緯があります。賛同して頂けなかった人達というのは、「南京大虐殺はなかった」という主張を展開していた自由主義史観の人達でした。
彼らの論法というのはおよそ次のようなものでした。
「ナチスドイツの大虐殺はあったが、日本軍はそのようなことをしなかった。ナチスはユダヤ人を600万人虐殺したが、日本軍が30万人も虐殺したというのはデタラメである」
私はこのような意見については、次のように掲示板で訴えました。
「日独伊はかつて三国軍事同盟を結び共通の敵と戦いました。 しかし、戦争に敗れ一方的な敗者として裁かれてきました。 そこには勝者の歴史観が絶対で、敗者の歴史観はまったく検証されること さえも許されない時代が続いたのです。
ドイツは民族が分断され戦勝国の軍隊が駐留し、自由な言論や結社の自由は現在においても保証されていません。 正しい歴史を綴る戦いはまさに命懸けです。
私は敗戦国に生を受けました。同様に敗戦国であったドイツ国民を尊敬しています。出来ることなら同盟国を悪し様に批判することにおいて、自らを正当化するような論法には反対します」
本来は手を結ぶべき相手との不毛な論争が、複数の掲示板において繰り返されてきました。そのような中で次のようなご忠告を「右を名乗るのなら」という方から頂きました。
「私は600万人のユダヤ人大虐殺も30万人の南京大虐殺も無かったと信じています。これを認めることは歴史への冒涜になります。 また外交上絶対に容認できません。なぜなら、中共にとって『南京大虐殺』と称する場合、無条件に 『日本の国家としての意思による、意図された虐殺行為』という意味を示すのですから。
しかし、ホロコーストの虚構と南京の虚構を同じく捉えられているあなたが、今そのことを主張してどうなるのでしょう。少なくとも、あなたの主張は絶対にあなたが思うようには受け取られません。特に海外には」
なるほどと思いました。私はどうしても戦勝国VS敗戦国という図式の中で、敗戦国としての立場から民族の正史を綴る戦いを避けられないものと考えていました。
しかし、その戦いが必ずしも、祖国日本のためにプラスにならないのであれば、あくまでも日本VS中国という構図の中でこの問題を捉え、その論争の中で勝利しようとする人達の邪魔はすべきではない。
私はそのような考えから、この問題については、その後は封印してきました。そのことが良かったのか、正直言って自分には分かりません。
しかし、この問題から一歩距離を置くことにおいて、冷静な目で見てこれたという事もありました。
中国人は非常に狡猾な民族であり、「南京」論争はすればするほどに相手の思う壺に嵌ってしまう。そのような焦燥感を抱いた時もあります。
しかし、このインターネットの普及によって、様々なことが判明してきました。南京虐殺を主張しているのは、ほんの一握りの人達で、しかもその人間の背後にはバリバリの左翼人がついている。
また、その反対に真実を訴えようとする多くのかつての日本兵が、このネットで真実を語りかけています。そのような真実の訴えも今後は紹介したいと思います。
これまでのように、これからは沈黙するのではなく、私も積極的に発言をさせて頂こうと思います。
最後に当時の掲示板における論争においての、私の決意が残っていたので、それを最後に紹介することにします。
「歴史を記述する正史は国家においては重要なものです。 何故ならば、現在の我々だけのものでなく、今後この国に生れてくるであろう人にも関わってくるからです。
国家を犯罪者に仕立て上げることに、我々は体を張ってでも抵抗します。敗戦国に生を受け、この国を愛するが故に、この国を犯罪者呼ばわりする者を絶対に許さないという信念が、私をこの「極右」の運動に駆り立てています」
この南京問題に関して、「ぼやきくっくり」さんのブログが非常にまとまって分かりやすいので皆さん見て頂けたらと思います。事情があって現在は過去エントリーのアップだけですが、常に上位にいた方なので激励してやって頂きたいと思います。
http://kukkuri.blog58.fc2.com/
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