2006年07月26日

日経「捏造報道」その��

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日経「捏造報道」その��

見事なテクニックの裏に隠された嘘

 日本経済新聞社のこの度の捏造報道について、先ずそれを心理学的に考察しましょう。―と言っても私は心理学者ではないが、ジャーナリストとしてこれまで経済事犯や刑事事犯を追及してきた経験の中で述べて行きたい。

 彼らが捏造記事をつくり上げる手法として用いたのが、昨日も紹介した詐術というものである。詐術とは…人を騙す謀(はかりごと)。偽りの狡猾な手段。

 報道内容が偽りであっても、如何に読者を騙し、それを真実と思わせるようにテクニックを駆使してこれを報道するか。ある程度手馴れた人物でなければ出来ない。

 報道機関がこのような詐術手法を用いて読者を騙すことは許されないことではあっても皆無ではない。マスコミとは所詮売文屋に過ぎず、そこに理性や倫理観を求めるのは間違いである。

 詐術で最も重要視されるのは、そのタイトルである。衝撃的な見出しで、それは短かければ短い方が良い。それだけ相手に与えるインパクトが強いからだ。

 私は読売新聞社の社会部記者としては、もうこれ以上の人は今後出ないだろうと云われた最後の事件記者・故三田一夫先生に新聞の作り方を教わった。まだ私が28歳の頃である。

 三田先生が云われるには、新聞は横タイトル、縦タイトル、写真、リード文が全てであり、本文を読まなくともそれで全て読者に伝わることが最高のテクニックというものだ―と教えてくれた。

 この度の日経の一面トップ記事は、まさにそれにピッタリのつくりである。先ず横見出しの一番上が囲みを入れて「A級戦犯 靖国合祀」。横は二段となっており、次が黒地に白のベタ抜きで「昭和天皇が不快感」
 
縦タイトルが「参拝中止 『それが私の心だ』」元宮内庁長官 88年、発言をメモの文字。そしてその手帳と問題のメモ書きの切り出しの写真、それに昭和天皇のお写真。

 新聞に「捏造報道大賞」があれば文句なく決まりだ。それくらい素晴しい出来栄えである。これはとても新米記者がやれる業(わざ)ではなく、ベテラン記者がレイアウトしたものであろう。

 これは政治部の仕事ではない。事件を取り扱う政治部の記者が援軍として加わったのではないか。事件報道は冷静沈着では臨場感が伝わらない。センセーショナルに伝えたかったに違いない。

 なぜ、このようなことから紹介するかと言えば、ここまで演出しなければいけなかった―ということなのです。新聞社が横タイトルを二段ぶち抜き、しかも囲みと黒地ベタに白抜き文字などは、あまり例がありません。

 それだけ念には念を入れなければ心配だったのでしょう。捏造報道である以上、それを暴かれる心配は常につきまとう。その恐れが紙面の構成に顕れている。

 捏造報道の場合、心理的に最大の特徴を挙げるとすれば、何を訊いても答えられない―という特徴があります。そもそもが有りもしない事をつくり上げて報道するわけですから、答えられる訳がない。

 これは経過を説明できないという事にもなります。今回の報道にはそれが随所に表れていますので、それを見ていくことにしましょう。

1.なぜ、手帳にメモ用紙が張り付けてあったのか?

 この点に関しては、最初一枚のメモが張り付けてあった、と書きましたが、それは我々は一枚しか見せられてこなかったからです。しかし、実際にはこのメモには4という数字が上部にあることが判明しました。

2.では、何故そこだけを切り取って紹介したのか?

 本来であれば、このような場合その前文は極めて重要です。なぜならばその文脈によっては、意味合いが異なることも十分に考えられるからです。

3.昭和天皇の「御言葉」とした根拠を何故示さないのか?

 これも重要です。日経は元宮内庁長官が発言をメモしていたとする手帳に張り付けてあったからと書いていますが、それだけで昭和天皇の「御言葉」とするには根拠に乏しいのではないか。

4.広く公開しないのは何故なのか?

 自ら第一級資料と書いているにも関わらず、「張り付けられたメモ」部分だけを公開し、全体を公開しないということは、何らかの不都合があるからではないでしょうか。

5.メモを公開した報道機関としての責務について

 そもそもこのようなメモは公開を前提に存在したわけでなく、それを公開するに当たって報道機関として、それが政治的に利用される可能性を考えなかったのか?

 5つに絞っても、これだけのことが挙げられる。本来であれば、このような事に先ず答えながら、この報道は行なうべきだった。しかし、この最低限のことすら守られていない。

 更に言えば、何故この時期であったのか?

 現在、このメモを巡って日本の新聞社の多くが、これは本物であるとしているようです。であるなら、自らが疑念を抱かせるような報道について、反省もしくは誠意ある回答をすべきでしょう。

 我々が求めているのは詳しい、そして懇切丁寧な説明なのです。それに回答できなければ、それはいくら本物だと言ってもネット利用者の理解を得ることなど出来ないはずです。

 現在レバノン情勢、ASEAN外相会議など大きな国際的事件がありますが、こちらの問題を優先させて続けさせて頂きます。これは日本経済新聞社への公開質問として提出予定の事項です。

 皆さんにおかれましても、どのような質問を望まれるか、メールやコメントでお寄せ下さい。取り上げさせて頂きます。

 昨日はついに応援クリックを頂いた方が8,600人を超えました。この問題をネット上だけの議論に終らせることなく、広く国民大衆へと浸透させるには、どのような方法が考えられるのか。その事もこれからの課題であろうと思います。

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2006年07月25日

詐術手法で捏造された手帳

反撃!元長官メモ事件その��

詐術的手法によって事実は捏造された!

 日本経済新聞社が7月20日の朝刊でスクープした「昭和天皇が不快感」「参拝中止・それが私の心だ」は、これを最大限まで威に利用して、靖国神社を攻撃しようとした朝日新聞社によって、その信憑性に疑問符が投げかけられた。

 何という、皮肉なことであろうか。

 本来はこのスクープ報道を最も悦びご満悦なはずの朝日新聞社が自社発行の週刊『アエラ』で、それを全面否定するような記事を掲載したのだ。

 朝日新聞社も日本経済新聞社も共に報道機関である。一旦活字となって発行された新聞記事や雑誌の記事が、今更マチガイでしたなどと言い訳をすることは許されない。

 誤字、脱字というレベルの話ではない。これはこの「富田メモ」の最も重要な部分であり、まさに根っこの部分である。この根底の部分において両者の報道は全く異なる。

 再度検証して見ましょう。日本経済新聞の7月20日には確かに次のような記事が見られる。

「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」

 これに対して朝日新聞社のアエラの記事は次のように書かれてあった。

「昨年秋ごろ、日経新聞記者が久しぶりにやって来た。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだ事がない『輪ゴムのメモ』を手渡したという。今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」

 これは富田氏の奥様へのインタビュー記事である。これが事実であれば、日経の記者がこのメモ用紙を日記に張り付けたことになる。では、なぜ日経の記者はこのように自ら張り付けておきながら、新聞紙上では「張り付けられてあった」と嘘を書いたのか―?

 これは「富田メモ」が天皇陛下の「御言葉」であることの根拠として、その裏付けにしたいがためである。メモに書かれた「私」は=「天皇陛下」でなければ絶対にいけなかった。

 そこには一点の曇りも許されない。そうしなければ、この報道の意味は全くなさなくなる。そのために全ては仕組まれたと考えられる。単なる走り書きのメモ用紙が輪ゴムをかけられて発見されたとしても、それはあまり価値がないと見なされる。

 先帝陛下の側近であった富田氏が残した40冊〜50冊の手帳の中に張り付けてあったからこそ、それが「天皇陛下の発言を書き留めてあった文書が発見された」(日経紙面)と報道出来たのである。

 これが詐術である。
 …人を騙す謀(はかりごと)。偽りの狡猾な手段。

 次になぜ、このメモが88年(昭和63年)だったのかという理由である。

 これを日経新聞の記事から見ていくことにしましょう。

「この張り付けられた前半部分は天皇誕生日に先立って行なわれた記者会見で、戦争に対する考えを質問されたことへの感想も記されていた」

 つまり記者会見では述べられなかった、天皇陛下の本音がこのメモに記されていたかのように、その印象操作を狙ったものである。

 この報道は捏造である。本来は手帳とメモは別個のものとして存在していた。それをあたかも一体のものであるかのように装って偽ったのである。

 仮に手帳とメモが本物であったとしても、これを事実とは異なる形態を作り出して報道した。これは報道機関としては許されない行為であり、まさに報道機関としての自殺行為に等しい。

 日経新聞はこの「メモが張り付けてあった」というデッチ上げ報道と日付を88年4月28日としたことによって墓穴を掘りつつある。これを専門家の手に委ね、しっかりした検証を行なってから公表すれば、この資料は歴史的にも貴重な資料となり得たかも知れない。

 しかし、今回の汚い手法によって、それは何の価値も見い出せない単なるメモ用紙として、歴史の舞台から消え去る運命を免れない。私が最初にこの「富田メモ」報道で衝撃を受けたのは、「史的事実としての存在」を感じたからだった。

 だが、日経新聞社の恣意的な詐術が加わったことで、その「史的事実の存在価値」は消えた。形だけの天皇陛下の「御言葉」に敬意を抱く者などおるまい。

 我々《極右》は今回の「富田メモ」事件を、先帝陛下が遣わされた不可視の召集令状であると考える。憂国のインターネットは戦場である。我々《極右》は喜んでその戦場へと向かう!

祖国の未来を信じて、靖国の英霊と―子孫らの為に戦う!

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Posted by the_radical_right at 19:56 │ mixiチェック

朝日が捏造を証明か?

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反撃!元長官メモ事件その��

 メモは「張り付けてあった」のでは

なく、自分達(日本経済新聞社)が

「張り付けた」ことを、朝日新聞社

が証明してくれた―!

 現在、ネットでは『富田メモ』の真贋を巡って様々な情報が飛び交っていますが、私は新聞・雑誌などを丹念に読みながら、この真相に少しでも迫ろうと努力しています。

 コメントに対して返答も出来ない日々が続いていますが、ご容赦ください。ところで今回、朝日新聞社発行の『AERA』を読んでいると、今回の日本経済新聞社の報道と明らかに矛盾する箇所を発見しました。

 もし、このAERAの記事が正しければ、この手帳にメモを�狹修衂佞韻伸瓩里脇�経新聞社の記者ということになります。

 まずAERAの記事を紹介しましょう。富田メモを家族が発見した経過を次のように伝えてあります。

「富田氏が03年11月13日に亡くなった後、ベットでふさがれた戸棚の中に、40冊から50冊の日記やメモが残されていたのを妻が見つけた。一部は一周忌の際に故人をしのぶCD‐ROMに収めて知人等に配ったが、戸棚に立ててあった日記帳の上に輪ゴムでまとめて載せてあったメモについて妻は言った」

「『何が書いてあるかわからないから、そのCD‐ROMには入れなかった』
 
昨年秋ごろ、日経新聞の記者が久しぶりに自宅にやってきた。懐かしさも手伝って、一周忌のCD‐ROMを見せ、日記の現物と自分も読んだことのない『輪ゴムのメモ』を手渡したという」

「今回の昭和天皇の発言はこの中にあった」

※ここまでがアエラの記事からの紹介です

 これは富田氏の妻の証言である。最も注目すべき箇所は、このメモが手帳とは別個に輪ゴムでまとめてあったと証言していることだ。

 どう考えても「先帝陛下」のお言葉を輪ゴムでまとめて載せておくなど信じられない。故富田氏は「臣下」であることを誰よりも自覚していたはずだ。

 日記は既に知人等に配られており、そこにはそのような記述はなかった。あればその時点で大騒ぎになっていただろう。

 さて、このメモについて日本経済新聞社の7月20日のスクープ記事では次のように書かれてあった。

「靖国神社についての発言メモは88年4月28日付けで、手帳に張り付けてあった」

 このように書かれた後に「私は、或る時に、A級戦犯が合祀され…」と続いたのである。

 日経新聞社は輪ゴムでまとめてあったはずのメモを、なぜそこに張り付いていたと報道したのか―。先帝陛下のお言葉が紹介される、その前文の文章だけに気になる。

 日本経済新聞社は先ずこの疑惑に

 答えなくてはなるまい!

※昨日は7,500人を超える応援クリックがありました。期待の高まりを感じます。現在夜中の2時半です。徹夜で検証作業を続けています。共にこの陰謀を必ずや打ち破りましょう。

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Posted by the_radical_right at 02:22 │ mixiチェック

2006年07月24日

ネットVS新聞の様相を呈する『富田メモ事件』

反撃!元長官メモ事件その��

ネットが真相を暴くか!

 このキャンペーンも6回目を迎えた―。これまではこの「富田メモ」が本物、つまり先帝陛下が発せられた「肉声」をメモしたものであるとの前提で論じて来ました。

 最初にこの記事を見た時に、長い間先帝陛下のお側にあって、その「御言葉」をメモしてきた、その手帳の中に書かれてあるというので、私は大きな衝撃を受け、正直動揺を隠せませんでした。

 もし、これが事実であればその「御言葉」については、これを厳粛に受け止めていかなければいけない―、それが私の立場であると書きました。ただし、なぜ今この時期にこのような「御言葉」が唐突に明らかとなったのか?

 その背景だけはしっかりと押さえ、先帝陛下の政治的利用に対しては、それを徹底的に阻止していかなければならない。なぜならば、本来メモは公表されるべきものではなかったと思ったからです。

 昨日の『報道2001』(フジテレビ系)でも、靖国神社の元宮司さんが、私と同じような文面を寄せておられました。
 「厳粛に受け止めたい」というその文章には「臣民は天皇陛下の赤子である」との考えに基づく信念があり、私はそれを今後も貫き通します。

 さて、それと同時に、この報道にはある種の胡散臭さが付き纏っていました。それはこの「御言葉」が本当に先帝陛下が話されたものなのか。彼らマスコミは参拝・中止「それが私の心だ」と一斉に報道してきましたが、どうしてもそこに疑問が湧いていました。

 一番引っかかっていたのは、「富田メモ」の文面は、そこだけが1枚貼り付けられた状態で、断片的にしかその部分を提示していない事でした。文章であれば流れがあります。メモというものは、その流れを遮断してしまい、メモだけでは本当の御意志は伝わらないのではと考えてきました。

 この全体の構図を示さないで、そこだけ強調する報道手法には、何か隠された他の意図があるのではと疑って来ました。そこでこれを「元長官メモ事件」とあえて事件性が感じられるものであるとして、キャンペーンを行って来たところです。

 多くの方々から寄せられた情報を整理して、今週中には日本経済新聞社に「公開質問状」を提出します。また報道を追随した各マスメディアについても、同じ「質問状」を出します。これからが本格的な戦いの始まりです。

 この「富田メモ」は先帝陛下の「御言葉」ではないとの指摘が相次いでおります。ご紹介頂いた方に感謝します。

http://bbs.enjoykorea.jp/tbbs/read.php?board_id=thistory&nid=1715328

http://sarah.iza.ne.jp/blog/entry/17140/

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Posted by the_radical_right at 06:58 │ mixiチェック

2006年07月23日

反撃!元長官メモ事件 �ァ 嵜嘆次徃�言の意味を考える

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反撃!元長官メモ事件

その��

 岡崎久彦先生の「臣下」発言に注視せよ!

 今朝は朝早くから農作業の手伝いだったので、フジ系の『報道2001』しか見れませんでした。洪水のような新聞における「元長官メモ事件」報道に対して保守派のコメンテイターが、どのような反論を行うかに注目しています。

 岡崎久彦先生は先帝陛下の靖国参拝中止を、以前からの三木内閣時代の公的・私的参拝騒動の結果であるという自説を変える事はなかった。ただ、メモに関してはそれは富田元宮内庁長官のものであるという点には疑問は抱いていないようだった。

 では、なぜそのようなメモを残したかについては、「臣下は天皇陛下について、何らかのメモを残す場合は嘘を書く場合も許される」とした。  
 少々難しいが「臣下」は天皇陛下を傷つけてはいけない。守るためには嘘を書いても良いのだという。

 岡崎先生に言わせればメモの内容が必ずしも本当であるとは限らないそうだ。将来―、誰かの目に触れても天皇陛下が傷つかないように書き残すと説明した。

 例えば陛下が「中国は嫌いだ」と言っても、そうは絶対書かない。その反対の事を書くのだそうだ。それは平和を愛する陛下のイメージを守るためだそうです。では、今回このメモは何のために残されたのか?

 それは良く聞き取れなかったが、小泉総理の靖国参拝などその時々の政治情勢に翻弄される靖国神社問題で、元宮内庁長官として危機感を抱き、そのようなメモ書きを残したと受け止められる説明だった。

 これはどのようなことなのだろう。先帝陛下は靖国神社を戦後参拝していたが、三木首相の参拝が公的参拝か、私的参拝かで国会で問題となった頃から参拝を控えた。

 宮内庁はこの政争に天皇陛下が巻き込まれることを嫌い、天皇陛下の参拝を取りやめた。これは宮内庁が対内的に自らを守るという姿勢を示した決断だった。

 その後、中曽根首相は靖国参拝を続けたが、共産中国からの内政干渉によって靖国参拝断念に追い込まれた。しかし、小泉首相はまた靖国参拝を復活させた。これまでの積年の悪弊を除去する方向に日本は踏み出した。

 これによって中国や韓国との外交的な摩擦を生じさせたのは事実であった。しかし、国民は小泉首相を評価、靖国参拝を圧倒的に支持した。こうなると、やがて国民の間から天皇陛下の参拝を願う声が盛り上がって来るかも知れない。

 宮内庁長官として天皇陛下を守るために靖国参拝中止を決めたはずだったが、やがて天皇陛下の靖国参拝をお願いする声が強まることを当然予測したはずだ。対内的だけではなく対外的にもそれは避けられないものになるだろう。

 一枚だけ、そこに後から書かれたかのように貼り付けられていた意味をそこに見て取れるのではないか。つまり、内務官僚の「臣下」としての最後の仕事をしたのである。これまで参拝を取りやめてきた理由を嘘でも書いておかねばならなかった。

 おそらく2003年11月に死去する直前に富田氏はメモを書いて、いかにもその時点に書いたかのごとく手帳に貼り付けた。そうすることが彼としては「臣下」としての最後の奉公とでも考えたのかも知れない。

 しかし、残念ながらその「臣下」の最後の奉公は、全く違った形で世に出てしまった。まさに死人に口なしでは真相を聞くことは出来ない。しかし、内務官僚はその実相を知っているはずだ。

 内務官僚達は今回の騒動をどのように考えているのか―。政治家も評論家の多くもマスコミに抗し切れない情況の中で、彼らが今後どのような対応を最後に選択するのか?

 我々≪極右≫はそこに最大の関心を持って注視している。それによっては旧体制の崩壊は早まるだろうからである。

※ これは今朝の岡崎先生の話を聞いての推測記事です。現在のところは全ての可能性を考えていますが、私としては日経記者の意図的な捏造報道の疑いを強めています。

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Posted by the_radical_right at 18:39 │ mixiチェック