2006年06月23日

指導力が問われる「ポスト小泉」

22382b72.jpeg日本変革への願い 第一章

政治編�セ愼確�

 「ポスト小泉」における政治課題は山積みとなっている。「官から民へ」の流れ、「中央から地方へ」の流れ、この二つの潮流をしっかりとしたものにしなければならない。間違ってもこの逆流を許してはいけない。

 この「日本変革への願い」の政治編の最後で、指導力というテーマを取り上げるのは、この政治的なリーダーシップを発揮できる人物でなければ、この小泉内閣が進めてきた重要な施策が頓挫してしまう恐れがあるからです。

 小泉首相は9月には退陣しますが、今もって国民の高い支持を受けています。本人が潔く退陣を表明しなければ、再登板を願う国民の声が出ていたかも知れません。

 その意味では、その引き際の決断は見事だった。「ポスト小泉」の政治とは良くも悪くも小泉首相と比較されることになる。小泉首相の人気の高さは何と言っても、その政治手法にあったと言えよう。

 『タイム』誌は今年5月8日号で、「世界で最も影響力のある人々の人生と思想」と題して、世界中から選んだ100人を特集しました。「指導者と革命家」「科学者と思想家」「ヒーローと先駆者」「建設者と巨人たち」「芸術家とエンターティナー」の5部門で活躍する方々が紹介されています。

 「指導者と革命家」の中には、核開発を公然と推し進めるイランのアハマディネジャド大統領、反米を掲げる南米・ベネズエラのチャべス大統領も選ばれています。

 米国からはブッシュ大統領とヒラリー・クリントン民主党上院議員と共和党のジョン・マケイン上院議員の二人の次期大統領候補が選ばれています。そして、この世界を代表する100人の中に小泉首相が選ばれた。

 これまでこのような中に日本の政治家が選ばれることはなかった。小泉首相は「私たちの人生を変えるような権力や才能、道徳的規範を持つ人物」として紹介されました。

 政治家としてはこれ以上の賞賛の言葉は見つからないでしょう。小泉首相に与えられた短い称号は「古い日本を刷新した男」である。小泉首相は就任以来、これまでず〜っと高い支持率を誇ってきた。

 それは何故だったのでしょうか?その理由を一言で表すなら、民心の掌握する術に長けていたということでしょう。確かにこれまでの首相と見比べても見栄えはするし、率直な物言いから国民は好感を寄せた。

 しかし、何と言っても国民をアッと驚かすような政治手法で、有権者の心を捉え続けた。まさに天才的と言っても良かったのではないか。これは悪い事ではないと思う。より政治に関心を惹き付けることに成功したからだ。

 さて、もう退陣する人をここで褒めてばかりいても仕方がない。次に総理になる人に課せられたものであるが、どうしても小泉流を踏襲しないわけにはいかないだろう。

 何故ならば、小泉首相は自らのイメージをマスコミなどを通して、一般大衆に強烈にアピールすることに成功した。よく��劇場型選挙�瓩噺世錣譴燭�、まさに役者として演じ切ったと思う。

 政治変革とはある種の熱病にかかったような状況を演出していかなかったら、勢いを失ってしまう。「ポスト小泉」の政治とは小泉首相が演出してきた、その政治手法から逃れる事は出来ない。

 「本物への変革」に至る道はまだ半ばにも差し掛かっていない。改革の目指す方向ははっきり誰の目にも明らかだ。それを引っ張っていくだけの指導力が問われると思う。

 政治が目指す方向性について、もう一度書いておきたい。それは我が日本国が再生できるかの最重要な施策となるからです。

「官から民へ」「中央から地方へ」の二つの指針であります。

※小泉首相には最後の大仕事が残されています。米国訪問で海洋国家VS大陸国家という今後の世界情勢の対立軸を鮮明にして、米国との強固な同盟関係を世界に示すことです。

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2006年06月17日

社会秩序の安定は「不法滞在外国人追放」で得られる

3d2660ac.jpeg日本変革への願い 第一章

政治編�ぐ汰瓦醗多�

 「ポスト小泉」レースは事実上、始まっている。立候補を予定している人達も一斉に走り出した。中でも安倍官房長官の動きが目立っている。今月9日には夕刻の新宿・歌舞伎町に繰り出した。

 この視察はこれまで小泉内閣が進めてきた『安全と安心』という、外国人犯罪対策をこれまで通り引き継ぐという固い意思表示にも取れた。これは石原都知事が強力に推進してきたもので、政府も全面的にバックアップしてきた。

 石原都知事は「不法滞在者が凶悪な外国人犯罪を引き起こす」として、主に不法滞在者の中でも中国人をターゲットにして摘発を行ってきた。それは徹底したもので、警察庁の幹部を副知事に任命し指揮を取らせたことにも見て取れる。

 この石原知事に全面的に協力したのが小泉首相と自民党であった。自民党は前々回の衆院選のマニフェストで初めて「不法滞在者を5年で半減」するという画期的な政策を明らかにして国民に約束した。

 この不法滞在者問題をマニフェストで数字と期限まで決めて取り組んだのは小泉内閣が初めてであり、これは高く評価できる功績である。各野党やマスコミはこの問題では全く論評を避けてきた。

 前にも触れたと思うが、極左団体は「石原と小泉、そして安倍はそのファシスト的性格を剥き出しにして、外国人労働者に対する戦争を仕掛けてきた」と反発したものだ。

 歌舞伎町においては日本に上陸した中国人犯罪組織が根を張り、日本のヤクザと度々衝突を繰り返していた。彼ら中国人犯罪組織は白昼歌舞伎町の喫茶店で発砲するなど、その暴虐ぶりはエスカレートする一方だった。

 危機感を持った首都の治安を預かる警視庁は、東京都や政府と連携して、この中国人犯罪組織から歌舞伎町を守るために立ち上がってきた。しかし、中国人犯罪組織が深く根を下ろした歓楽街からの追放は簡単なものではなかった。

 現在でも違法風俗マッサージ店や裏カジノ店がひしめくが、その背後には日本のヤクザより中国マフィアに関係する店がまだまだ多いと云われている。

 彼らの手口は非常に巧妙である。ある日、容姿端麗な中国人女性が雇って欲しいと現れる。そして次々に中国の美女が現れ、日本人経営者は日本女性を首(クビ)にしてしまう。

 日本の女性を使うより賃金が安く、美女につられて客も来るとなれば、これは経営者としては言うことない。ところが―、彼女達は一斉に店を止めて来なくなってしまう。慌てて日本女性を集めようとしても、そう簡単には集まらない。

 そこに大金を持った中国人が現れる―。彼らはマフィアである。困った日本人経営者は店を手放す…。このような手口によって彼ら中国人犯罪組織は日本最大の歓楽街の乗っ取りにかかっていた。

 しかし、警察の徹底的な取り締りと政府の「不法滞在者を5年で半減」という政策の後押しで、歌舞伎町からの中国人追い出しは徐々に効果を挙げ始めてきた。

 視察中の安倍官房長官は「清潔で身の危険を感じない街になった。これからは家族連れでも遊びに来られるような街にしたい」と語った。(今週発売週刊新潮より)

 小泉首相は外国人移民の受け入れについても国会で「西欧のようにしてはいけない」と慎重な姿勢を見せた。将来の日本の人口減少を補う政策として、「一定数の移民の受け入れ」を財界は口にしている。

 しかし、それは「外国人犯罪」を助長することになり非常に危険な政策であろう。豊かさとゆとりある社会を実現させるために必要なのは労働力だけではない。

 その前提には社会秩序を守るという、しっかりとした政策がなければならない。なぜ民主党は「不法滞在者」問題に真剣に取り組まないのか?そしてマスコミはこの問題をいつも避けようとばかりしている。

 自らの目先の利益だけを追求し、外国人労働者を欲しがるのは経済界のみである。その経済界に躍らされ、日本を誤った方向へ導くような政治家であっては絶対にいけない。

 次期総理には国民の生命と財産を預かるという意味の重要性を認識して頂かなくてはならない。そのためにはその最前線にある危険地帯に自ら飛び込み、それを確める勇気を持たなくてはならない。

 その意味からすれば今回の安倍官房長官の歌舞伎町視察には、その政治家としての意気込みを感じた。後は「移民問題」に対する明確なる答えを我々は待ちたい。

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2006年06月16日

神道こそ伝統・文化

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日本変革への願い 第一章

政治編�0�国心

 小泉首相は教育基本法の改正については「戦後半世紀を経て教育全般に様々な問題が生じている。教育の根本的改革が必要」と語ってきたが、任期中にこの教育基本法の改正を成し遂げることは出来なかった。

 この教育改革の最大の目的とするところは、如何に「国を愛する心」を養う教育を行なうかであるが、これは「ポスト小泉」における最大の政治課題となった。

 与党(自公)案と野党(民主)案を比較して産経新聞が事実上、野党案に軍配を挙げたように、自民党と公明党間でまとめられた教育基本法の改正案はとても賛成できるものではなかった。

 「ポスト小泉」に名乗りを挙げている候補者は、余りこの問題で発言しない。この問題が靖国参拝同様に、政争の具にされることを心配してのことだろう。

 しかし、教育こそは国家百年の計であり、ここは大いに議論を高め、より良い法案を成立させるべきである。そのためには後継総理は、今回継続審議になった教育基本法改正案を、もう一度見直すべきではないだろうか。

 この教育基本法改正案の与党案に対しては、保守系ブログが一斉に反対の声を挙げてきた。私も幾つかのブログを読んで見たが「草莽崛起 」氏のエントリーが分かり易かった。

http://prideofjapan.blog10.fc2.com/blog-date-20060415.html

 この「国を愛する心」について、思うところを述べてみたい。

 先ずは改正案に反対する左翼の主張を覗いて見ましょう。
「国家への奉仕・献身・伝統の重視が偏狭なナショナリズムや歪んだ国家主義を鼓舞して助長する危険性に満ちている」(教育と文化を世界に開く会)

 世界の多くの国が「愛国心」を教育の中心に据えている。もしこのような反対派の主張が正しければ、世界の殆どの国々が偏狭なナショナリズムを育て、侵略戦争への準備を進めていることになってしまう。

 ちなみに特定アジアにおいては、このような強烈な「愛国反日」教育が行なわれてきた。そのような教育を受けた若者等の暴走が、過激な「反日デモ」となって顕れたわけで、反対派はそちらにこそ批判の目を向けるべきである。

 日本の文化や伝統については、反対派は次のように主張している。

文化や伝統は「好ましいと思われる限り尊重されるべき」としながらも「その好ましさが特定の人によって独善的に決められ、全ての子供に押し付けられてはならない」としている。

 まだ小さい子供に大人の側が日本の伝統・文化とは何か?それを示せないような教育は悲劇と言えるだろう。既に子供は幼少の頃から外国からの文化に触れている。

 その割合は日本の伝統・文化を体現する機会より格段に高いと言う説がある。幼少の頃から英語を習い、欧米文化を紹介するテレビを見ていれば、知らず知らずのうちに欧米の文化に染まってしまうだろう。

 日本の伝統・文化は全てとは言わないが、消滅の危機に瀕しているものもある。それを堂々と教えることは押し付けでも何でもない。常に反対派は「強制するな!」と言うが、教育とは半ば強制的な面を持つ事を容認しなければ成り立たないだろう。

 ある小学校で左翼日教組の教師が次のように朝礼で挨拶したと言う。

「『君が代』を歌いたい人は歌いなさい。しかし、先生は強制しません」
 
この「強制しません」とは「教えません」という事でもある。これは自らが職場を放棄しているのも同じで、その資格がないと言えよう。

 改正反対派は何が伝統・文化であるかを明確にしないで、好ましいか、好ましくないかなどという言葉で誤魔化し、それを選択する知識と自由を事実上奪っている。

 そこには伝統・文化への軽蔑が暗に示されている。このような反対派は伝統や道徳を軽視して、あくまでも個の尊重や伸長のみを最良と考えている。

 今、左翼は「地球市民」などと称してマルクス・レーニン思想を前面に出さず、あくまでもソフトな呼びかけを行なっている。彼らは「地球環境問題などをはじめ国際的な協力によって克服されなければならない課題は日増しに増加しており、このような国際問題に取り組む新しい人間を育てあげなければなりません」などと語っている。

 私も環境問題には早くから興味を持ち取り組んできた。現在『環境と施設』という雑誌も発行しているが、この国際的協力の下で解決を図ろうとすれば、彼ら「地球市民」の主張は矛盾が生じてしまう。

 つまり、環境の保全などには<個の尊重>(突き詰めれば個人の欲望の追求)は制限されなければならない。個の尊重や伸長と地球環境問題は相反関係にあるのだ。

 地球的規模の環境問題に取り組むには、必然的に地球全体の健全性を重視したグローバリズムにならざるを得ないが、それを支える思想は国家を超越した世界市民主義(コスモポリタニズム)などでは決してない。

 我々は21世紀における人類最大の試練である、この地球的規模の環境破壊対策に取り組まなければならない。その時に一番役立つ思想こそ日本の伝統・文化とも言える日本神道である。

 日本神道は宗教ではない。それは日本民族が培ってきた伝統・文化にある。神社は深い森に囲まれた中に鎮守されており、これほど自然と一体となった伝統・文化はない。

 「国を愛する心」とは長い年月の中で、我々の祖先が守り通して来た、その環境の中からこそ生まれるものである。そこを曖昧にしたままで、「国を愛する心」を育むことなど絶対にできないと私は思う。

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2006年06月15日

靖国と政治、守るべき日本文化の象徴の靖国

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日本変革への願い 第一章

政治編�◆〔�国神社参拝

 「ポスト小泉」政治を語るに当たって「派閥政治の終焉」と世代交代の次に、この靖国参拝を取り上げる理由は言うまでもなく、政治家としての気概を問う問題であるからだ。

 共産中国や韓国からの度重なる批判に対しても、小泉首相は一切ひるむ姿勢を見せず、毅然たる態度で自らの靖国参拝に信念を貫き通した。小泉首相以前の日本の首相は、中韓の言われるままに「お詫び発言」だけを繰り返し、愚劣なまでに中韓の言いなりであった。

 小泉首相はこれまでの首相とは違い、中韓が「靖国参拝をすれば首脳会談に応じない」と恫喝しても、それに屈することなく、靖国参拝へのこだわりを見せた。

 私はこの点を高く評価する。小泉首相への批判があることも事実だ。何の功績があったかについて答えよ―と言った質問もコメントで寄せられるが、これが最大の功績であろう。

 何よりも日本の未来を背負って立つであろう青少年に、日本人としての毅然たる態度を示してくれた。もうこれに勝るものはない。一国の総理大臣とは過去ではなく、未来にこそ責務を負っている。

 その意味で小泉首相はあっぱれであったと拍手を送りたい。そしてまたその意思を安倍官房長官が引き継いで欲しいと願うものである。間違っても中韓に「お詫び」して、靖国参拝を取り止めるような後継総理であってはならない。

 靖国参拝を巡って自民党の実力者や野党指導者の中から、A級戦犯と呼ばれる人達の分祀論が出ている。靖国に眠る英霊とこのA級戦犯と呼ばれる人達が合祀されたのは、昭和53年秋である。

 クリスチャンであった大平正芳首相、鈴木善行首相も靖国神社を参拝した。中曽根康弘首相は昭和58年から同60年春にかけて計8回も参拝した。この間、日本国首相の靖国参拝は「国内問題」にしか過ぎなかった。

 左翼やキリスト教団体、創価学会などが憲法違反だとして騒いでいた。公式参拝か私的参拝かなどという下らない質問が浴びせられていたが、外国からクレームがついたことは一度もなかった。

 しかし、中曽根首相が同60年8月15日に参拝しようとしたら、中国はこれまでの態度を一変させ横槍を入れてきた。なぜ、それまで沈黙していた中国がこの時から急に態度を硬化させたのか?

 そのことに対して中国側が答えた資料はない。多分その謎は明かされることはないだろう。ただ一つ言えることは、このA級戦犯合祀の事実を知らなかったということは絶対にない。

 それは当時から左翼や宗教団体が問題にしており、朝日新聞なども大きく取り上げてきたからだ。では、なぜ中国はこの時点で唐突にこの問題を持ち出し反対を始めたのか?

 このことについてはこれまで当ブログにおいても、当時の国際情勢などを分析して、様々な要因を挙げてきたが、やはり中国の対日外交戦略として、これが取り上げられてきたことは間違いない。

 つまり、日本側を揺さぶり自らが外交交渉で優位に立つための戦略的手段として登場した。これを可能にしたのは日本側に中国に同調する勢力(マスコミ、左翼、宗教団体、政財界の親中派など)が大勢存在したからであった。

 日本のこれまでの対応を見ると、この中国側の攻撃に対して一方的に押し捲られてきた。日本側は彼らが意図的に持ち出してきたことは承知しているが、そのことには触れられないで来た。

 何よりも日中友好というその幻想に縛られてきたからだ。しかし、言うべき事ははっきりと言わねばならない。それが主権国家の政治家として当然の責務であるからだ。

 我々日本国民が靖国神社で両手を合わせ、深々と頭を下げるのは何のためか―。

 我々が拝んでいるのは霊魂である。日本の文化には心ならずも非業の最期を遂げられた時、その霊魂が地上を彷徨ってはいけないとして、両手を合わせ、それを鎮めるように「心安らかにお眠り下さい」とお祈りする慣習がある。

 そうした日本の文化との違いを、靖国神社を否定あるいは敵視する輩は巧妙に利用している。だから中国に対して「あれは戦犯に手を合わせ頭を下げ感謝している」などと�犖翆躾吻瓩鬚垢襪里澄�
 元々そのような霊魂の存在など知らない中国人は、それを真に受けて益々いきり立つ。いや、知っていながら攻撃材料として使っているのであろう。

 考えてもみたまえ―!
 葬式の場で手を合わせ頭を下げる光景を見て、それを死者に感謝しての行為だと一体誰が思うのか。言ってみればそのような馬鹿げたことが、この靖国神社参拝騒動なのである。

※生前亡くなった方に感謝の念を捧げることと儀式としての葬儀とは別である。よって私は密葬と一般の儀式としての葬式と二つあるのだと思っています。ただしこれは私の個人的見解です。

 このような中国側の日本文化を否定した内政干渉にうろたえ、A級戦犯と呼ばれる人々の分祀を唱えることは、まさに我が国の永い歴史と文化に唾する行為であり、その愚かさに驚く他ない。

 死者に鞭打つ行為は愚劣なものとして、我が国では天罰があるとされてきた。お隣の中国では復讐として墓の骨壷まで引き出して槍で突いてきた。

 現在、中国では故・東条英機氏の銅像に縄をかけ、後ろ手に縛り上げ、道端に転がし、足蹴りや唾をかけては引きづり回している。これなどはまさに死者に鞭打つ行為である。

 靖国神社に反対する輩はまさに、このような人達と変わらぬ精神構造を持っている。およそ日本人の生死観からはかけ離れた人間でしかない。

 そう考えるなら、今日の日本政治の最大の問題は、日本文化を知らない人達が多数存在する―、そのことにあると断言しても良いのではなかろうか。その政治改革こそ急務である。

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2006年06月14日

<変革>の旗手となれるか、安倍晋三氏

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日本変革への願い 第一章

政治編� \ぢ絽鯊紊鮨覆瓩茵�

 私が政治活動を始めた頃の日本の政党は、自民党と社会党という大きな二つの政党があり、そこに公明党や民社党と共産党があった。私は一番最初は自民党に入党しました。いずれ福島市の市議会議員でも目指そうかと思い、行政を学ぼうと福島市役所の試験を受け地方公務員になりました。

 そこで目にしたのが地方公務員を牛耳る自治労という社会党を支持する労働組合であり、若い活動家は「社会主義協会」という親ソ連派の過激な組織に組み込まれていた。

 この当時の日本の政治には<変革>への期待などを抱くことは絶望的な状態だった。社会党と共産党の二つの左派政党が政権を取れば、北朝鮮や中共のような独裁体制への移行が必至であり、選択の余地など全くなかった。

 冷戦の崩壊でようやく日本の政治にも<変革>への期待が出てきた。1993年5月に誕生した非自民の細川連立政権は、日本がより良い方向へ変わる始まりではないかとの期待が膨らんだ。

 しかし、政治は殆ど変わりなく、逆にここから急速に日本の政治は奈落の底へと落ち始めた。一つ痛快だったのは自民党と連立を組んだ社会党が事実上消滅しかけたことぐらいだろうか。

 今、国民は社会党を一つの政党と見なくなっている。ただ官公労がまだ健在なので、完全な消滅だけは免れている。こう見てくると、私が政治活動に足を踏み入れてから、自民党という政党だけはしぶとく生き残り、他の政党はその影響力を失ったと言っていいだろう。

 つまり、自民党がどのように変化して行くかによって、日本の政治は<変革>されるし、また、その逆もあり得るという事なのである。小泉首相はその自民党を「ぶち壊す―」と言って登場したが、逆に自民党は昨年の総選挙で歴史的な大勝利をものにした。

自民党は<変革>されるのか?

 その小泉首相も9月には退陣する。中曽根政権の担当期間を上回る小泉政権の功罪は後にエントリーを立てて論じることにするが、小泉首相の最大の功績とは、実はこの政権担当期間に行なわれた様々な政策ではなく「ポスト小泉」への引継ぎにこそ見られるのではないか―。それが私の主張である。

 これまでの自民党の総裁は派閥の支援を受けた人による争いであった。小泉首相も派閥の領袖ではなかったものの、森派の組織的な応援を受けて当選した。これは紛れもない事実である。

 しかし、次期総裁選挙はどうだろう―?一番有力な安倍官房長官は派閥の支援を受けないで当選する可能性のある、歴代自民党総裁として最初の人になるのではないか。

 自民党という政党の一つの特徴は派閥構造にあった。全てが派閥の「力」関係によって成り立ってきた。小泉首相はこの派閥政治を打ち壊した。そして安倍晋三氏が初めて派閥力学にとらわれない総裁となる可能性が強まっている。

 安倍氏を応援する人達の輪は派閥横断的に広まっている。これに対して従来の派閥はその力を行使しようと派閥の幹部らが会合を開いている。しかし、この動きにも派閥の若手から強い批判が上がり始めた。

 今回の「ポスト小泉」の大きな流れは、この派閥が急速に力を失い、世代間の争いになってきていることだ。60代以上のベテラン政治家に対して、30代、40代、50代前半の政治家の叛乱である。

 今回の総裁選は世代間の闘争でもある。60代〜70代の政治家の多くは福田康夫氏を支持するだろう。しかし、そのような旧い世代の政治家に<変革>は望むべくもない。

 小泉首相の最大の功績は安倍氏を次期総裁候補として育て上げたことであると私は思う。その安倍氏がどのような政治哲学を持った人物であるのか?それを次回で探ってみたい。

 明日は「靖国」と政治について述べたいと思います。外交問題とリンクしますが、日本の政治との関わりについて考えたいと思います。

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