似非平和運動の偽善性
東アジアの核問題に沈黙
日本は世界で唯一の被爆国である。広島・長崎への原爆投下から既に61年目の夏を迎えたことになる。この間、世界は核廃絶の方向に向かうどころか、益々核拡散の方向に進んでいる。
原爆の悲惨さについては、我々は幾度も映像で見せられてきた。一瞬にして一般市民が灼熱の中で焼き殺された事実は、決して我々が忘れてはいけないことである。よってその為の平和を願う運動を否定するものではない。
しかし、私はこの左翼勢力と反日偏向マスコミによって行なわれてきた「平和運動」の偽善性を糾弾しないわけにはいかない。彼らの平和運動が、本当に純粋な平和を願う活動だったのか?
それは日本における左翼革命を狙うためのものであり、日米離反だけを目的として、結果的に共産中国の核戦力の強化や北朝鮮の核開発を許してしまったのではないでしょうか。
毎年広島や長崎では平和宣言が読み上げられますが、果してアジアにおける核問題に具体的に言及されたことなどあったのでしょうか?いくら核兵器の残酷さや非情さを口にしても、核保有国の増加を防ぐことなど出来ませんでした。
平和宣言と一体となっているのが平和憲法です。今年の平和宣言の中にも「世界的な運動を展開するように要請します。そのためにも平和憲法を順守し…」という言葉が見られます。
平和運動を否定するものではありません。しかし、もう少し現実を見据えよと言いたい。北朝鮮の核保有宣言、中国の核戦力強化発言。このような身近な国家の核兵器問題に対して、なぜ沈黙しているのか?
そこにこの左翼が主導する平和運動への偽善性を感じない訳にはいかないのです。彼ら左翼団体と偏向マスコミは、東アジアにおける核問題に対して、どのような認識を持っているのか?
この広島市の今年の「平和宣言」の中にも次のような一節がありました。
『私たちの目的は、これまでの都市を人質として利用してきた「核抑止論」そして「核の傘」の虚妄を暴き、人道的・合法的な立場から市民の生存権を守ることにあります』
皆さん、何か違和感を持ちませんか?
主体と成るべきは市民ではなく国家であり、なぜ、核の抑止や核の傘という防御理論だけを問題にするのでしょう。
先軍政治とか言って、核開発を強行する北朝鮮や強大な核戦力を背景に、日本に対する威嚇を強める攻撃的核戦略論を、先ずは厳しく糾弾しなくてはならないのではないでしょうか。
マスコミにしてもそうです。現実に進行中の事実には目をつぶり、半世紀前の原爆投下の悲惨さだけを報道して、それでマスコミと言えるのでしょうか?こんな新聞社が世論をリードしようとするから、正論がますますマイノリティーになって行く現実があるのです。
時局評論
長野県知事は現職の田中康夫氏が敗れましたが、小沢民主党党首は終盤がむしゃらに田中知事支援を表明しました。不利との世論調査を自らの応援で逆転させ、小沢神話を創り出そうと考えたのでしょうが、全く裏目になりました。政治センスの無さを露呈しましたね。
自民党の中川秀直政調会長は靖国神社の非宗教法人化で法案を検討中とテレビ朝日で述べたようですが、60年代から70年代にかけて議論になった「靖国神社の国家護持」を例示したようです。
宗教法人に国家権力が介入できるなら、先ずは創価学会を解散して欲しいものです。日蓮宗から離れ池田教になっており、宗教法人に疑義があると指摘されていますよ。
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