2006年09月22日

左翼の主張に反駁しましょう!

せっかくなので、取り上げて紹介します。

わざわざコメントして下さった左翼の方のご主張です。

これは当然なる判決である。
国はまず国民へ奉仕し、国民自らが愛国心を持つよう努力するべきである。
私などただでさえ多額の税金を納めている。それだけでも感謝してもらいたい。
日本国のことは大事に思う。
しかし日の丸だの君が代だのを強制されるのは反吐が出る。
起立の強制?自発的に起立してもらえるような政策から始めるべきである。

アメリカでさえこのような馬鹿げた法律はない。
National Anthemを歌う際に起立しなければ懲戒?
アメリカでも同じ判決が出るさ。

「国民の義務」としての起立?
北朝鮮を見習っているのか?

教師が辞職すればいい?
何故このような馬鹿げた法律のために辞職するのだ?

司法は正しい判断ができているようなので感謝したい。
右翼の圧力に負けることなく正しい判決を出し続けてくれることを祈る。

なお、石原のような公害が3選しないことを強く祈る。

Posted by 否定者 at 2006年09月22日 16:55

否定者さんへ 貴方のご主張に反論しておきます。

�ゝ�方のお立場について

 先ず貴方は左翼思想の持ち主ではない―と語っておられますが、日本の社会において国旗掲揚、国歌斉唱に反対しているのは、左翼思想を持った人達です。貴方が左翼でないと言われても、左翼の同調者であることに違いはありません。ただ、伝統・文化を否定して国家転覆を図るような人物ではないと思っています。

��反対の理由について

 A.国旗が「日の丸」、国歌が「君が代」であることに反対する。
 
 B.学校の式典において、国旗掲揚、国歌斉唱に反対する。

 C.「日の丸」「君が代」は認める。学校式典における掲揚と斉唱も認めるが、ただ、強制することを拒否し従わない。

 ―先ずこの3点が考えられますが、微妙に違うようです。私は同じであると思います。それはいずれもが国旗や国歌に敬意を払わないという、その態度です。私はただ醜悪なだけに見えます。

  なぜならば、それは左翼日教組の組織的な運動だからです。厳粛な式典を政治思想闘争の場として、自己宣伝を行なっています。愛国者の父兄や学生からすれば、それは許されない暴挙としか映らないのです。

 自らの生まれ育った国家に対して、敬意も払うことが出来ないような人間を社会に送り出すことは、私は犯罪にも等しいものであると、これを許すことは出来ません。

 彼ら左翼は自らの職務よりも、左翼思想を優先させて日本社会に左翼革命を引き起こそうとしています。我々≪愛国者≫はこの左翼革命の野望を阻止するために戦います。

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Posted by the_radical_right at 17:43 │ mixiチェック

2006年09月19日

左翼の狙い「日米分断化工作」

日米分断化狙いの工作

民族主義者を装った左翼の投稿か!?

 敗戦に目をそむけ続ける右翼的考えの持ち主達がいるよ〜〜。戦後60年以上が経過した今日、ポツダム宣言を無視し、太平洋戦争が侵略戦争の側面を持っていることを否定するかのような騒動を続けていると近隣諸国どころか国際社会から孤立するよ。米国人も日本人に対する認識やもつべき感情が変わってくると思いますね。アメリカともう一度戦争する覚悟があってこそ日本国民だと思うのだがね。そのことには触れないんだよね。ずるいよね偏狭ナショナリストは。アメリカは日本の敵でありアジアの敵だったはず。
Posted by jk at 2006年09月18日 23:15

 昨夜上の投稿があったので、ここで反論させて頂きます。反米論には左翼思想からの反米論と国粋主義的な考えからの反米論に二分されると思います。
 国粋主義的立場からの反米愛国論については、これまでも何度か投稿がありました。我々はこのような民族主義的立場からの反米愛国論に対しては議論を深め、日本の将来のために共に語り合いましょう―と呼びかけてきました。
 しかし、今回の投稿者は「アメリカともう一度戦争する覚悟があってこそ日本国民だと思う」とか「アメリカは日本の敵でありアジアの敵だったはず」と民族主義的立場からの発言を装ってはいる。
 この「ポッダム宣言を無視し、太平洋戦争が侵略戦争の側面をもっていることを否定するかのような騒動を続けている」との文章には民族主義の欠片も感じられない。
 なぜならば民族派は「ヤルタ・ポツダム体制」を否定してきたのであり、先の大戦を大東亜戦争とは呼んでも決して太平洋戦争とは呼んだことはない。
 この方は民族主義者というよりは左翼或いは市民リベラル派に立つ人物であると考えます。そのような人物が愛国的な反米論を投稿した狙いについて考えてみたい。
 これは明らかに日米分断化工作だと思います。日米の間に隙間風が吹けば、一体どこの国が利益を得るのか―?そのことをよく考えなければなりません。
 今、日米が離反すれば、一番漁夫の利を得るのは誰か?そして、それによって取り返しのつかない被害を受けるのは何処か?それは今更指摘するまでもないでしょう。
 この方はこのブログに集う愛国者を「偏狭なナショナリスト」とレッテルを貼っているが、このような決めつけには笑うしかない。おそらく『極右評論』というブログ名だけを見てそう考えたのでしょう。
 その短絡性に笑うしかないとお答えしたいのです。極右について、その定義については書いてはいませんが、何度も説明しております。我々≪極右≫は開かれたなナショナリストを目指しています。
 我々がお手本としている西欧の極右政党は、西欧極右の連帯を掲げています。開かれたナショナリズムによる政治運動こそが我々の最終目標であることを明確に宣しておきます。
 
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Posted by the_radical_right at 07:55 │ mixiチェック

2006年09月12日

労働貴族・優雅なテロリスト

67d9af31.jpeg労働貴族・松崎明(革マル派最高幹部)

 最近、毎週読んでいる週刊誌があります。『週刊現代』なのですが、連載されている極左暴力集団・革マル派の大幹部である松崎明に関する記事を読みたいためだ。

 もう今週で連載は8回目を迎えた。題名は「テロリストに乗っ取られたJR東日本の真実」である。国鉄は民営化されて地方ごとに分割されたが、中でも最大の営業基盤を持つのはJR東日本である。

 このJR東日本の労働組合を事実上牛耳ってきたのは革マル派であり、その頭目が松崎明である。黒田寛一が死去した今では革マル派を代表する最高幹部と見て良いだろう。

 前回号でも触れられていたが、この松崎明のおよそ革命家らしからぬ、富豪のような優雅な生活ぶりである。ハワイや沖縄に1億円を下らない別荘を持ち、毎日ゴルフや釣りに興じている。

 その贅沢ぶりはJRの社長など遠く及ばぬものであるが、その資産形成は労働者から徴収した組合費をピンはねして「横領」したものである。組合員の誰しもが知っていても、革マル派が恐ろしいばかりに告発することが出来ないでいる。

 といよりは、今やJR東日本労組が革マル派そのものであり、組合員から組織的且つ強制的に徴集した資金で革マル派は存在していると言った方が良いだろう。なぜ、革マル派はこれほどにJR東日本を牛耳るまでになってしまったのか―。

 それは中曽根時代の国鉄民営化にまで遡る。国鉄は労働組合のサボタージュによって瀕死の状態にあった。上司に全く権限がなく、職場では常に労働組合の専従活動家によって吊るし上げられていた。

 国鉄には当時国労という組合と動労という組合があり、この動労にいたのが松崎明であった。最大の組織であった国労は旧社会党の有力な支持基盤でもあった。また、少数ながら民社党を支持していた鉄労や千葉県を中心とした中核派の千葉動労などもあった。

 この民営化の時に、徹底的に反対したおかげで組織を事実上解体状態にされたのが国労であり、反対に会社側に全面的に協力して、今日の地位を築いたのが松崎率いる革マル派であった。

 松崎明の家族ぐるみのJR東日本への浸透ぶりは、それこそ革命的ですらある。経営者側と結託してあらゆる利権に食い込んでいる。これらの点については後日また紹介したい。

 本日は私の人生にとって、この因縁浅からぬ国鉄動力車労働組合(動労)について述べてみたいと思います。私が若かりし頃に犯した事件についてです。

 古い人なら覚えていますが「スト権スト」というものがありました。ストライキを禁じられていた国家公務員や地方公務員が一斉に職場を放棄したのです。

 1975年の11月26日から12月3日まで、国家のあらゆる業務はストップしました。当時の国鉄もこのストライキに参加しました。ほぼ全面的に列車はストップしたのです。

 これはまさに革命前夜でした!左翼暴力革命の危機に日本列島が晒されたのです!

 私はこの頃から右翼の考えに目覚め、地方公務員(福島市役所職員)ながら若者を集め右翼団体を秘密裏に結成していました。

 今から31年前ですから私が23歳の時でした。私は自ら会員を引き連れ山形県の米沢市に向かった。そこは東北における動労の拠点ストの場所でもありました。

 私は仲間を引き連れ、その動労の事務所に殴り込みをかけました。彼等は我々以上の人数がいながら皆逃げ去った。私は駆け付けた警察官によって建造物侵入、器物損壊で逮捕されました。

 ところが―です。取り調べの中で、私が地方公務員と名乗ると、彼等の取り調べは中止されました。スト権ストという異常な雰囲気の中で、現職の公務員がスト破りという、その驚愕の事実に戸惑ったのでしょう。

 私は間もなく帰されました。後に検察庁に呼ばれ、事実関係だけを認め罰金を納めて終了しました。初めての前科でしたが、私は上司から「警察から通報がありました。今度やったら懲戒免職ですよ」と口頭で注意を受けただけであった。

 体制側も反体制側も何を恐れていたかは歴然としています。このスト権ストは右翼団体によるスト破りや一般市民の国鉄施設への投石騒ぎが相次いで、その影響に驚いた労働組合側がスト解除を通達して終了しました。

 今更過去のこのような自らの暴力性を告白しても、それは批判を受けるだけであると思います。「やはりあなたは暴力的な人間なのだ」という批判が寄せられるでしょう。

 しかし、私は31年過ぎた今日においても、国家が危機に瀕した時には、自らを捨てる覚悟があると言っておきたい。決して松崎明のような堕落した革命家で人生を終えたくはない。

 例え貧しくとも最後まで活動家としての気概を持ち続けていたい。そのように現在でも思っています。狂瀾怒涛、迫り来る戦争の危機の中で、共に国難を乗り切らん!

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Posted by the_radical_right at 08:04 │ mixiチェック

2006年09月09日

天皇と左翼

左翼と天皇

左翼の「天皇制打倒!」を解明する!

 左翼とはマルクスの「資本論」をお手本に、日本における政権奪取を狙う政治勢力である。最大の政治勢力は日本共産党であり、かつての日本社会党もそうであった。

 現在、日本社会党は社民党と名前を変えたが、その本質はマルクス主義に変わりはない。国会における議席数は少ないが、地方議会などではまだ存在感を持っている。

 民主党にもこの左翼思想を持つグループが存在しており、それは官公労の組織によって守られてきた。この官公労組にはやはりマルクス信奉者が存在し勢力を誇示している。

 日本共産党が産みの親でもある過激な左翼暴力集団としての極左勢力の力も侮れない。このような明確な左翼とは別に、左翼思想にシンパシーを持つ市民団体や人権派団体も、左翼思想に毒されている。

 これらの人達がなぜ「反天皇」なのかについて考えてみることにします。

 かつての「日本社会党」の象徴天皇に対する考えを紹介しましょう。現在においてもその心情においては大きな違いはなく、少数派に転落してしまった社民党においては、より純化されて増幅されているかも知れません。

「権力による政治支配が行なわれる場合、人民に対する差別と抑圧の強化を伴います。この差別と抑圧支配の構造の頂点に何か俗世を超越した高貴なものを位置することによって、これを完璧なものとするのです」

 これは日本社会党が党員に配布していた『天皇制ファシズム』の中に書かれてあります。彼ら左翼にとっては天皇の存在とは、自らを抑圧する対象としてしか見ていない。

 だからこそ天皇と共にある日本という国を否定し、天皇はあくまでも自分達を抑圧する制度、すなわち天皇制なのであり、「天皇制打倒!」こそが政治闘争目標となるのです。

「わが党は権力側による天皇制強化への策動に強く反対し、実質的に天皇制を形骸化させ、天皇制が本質的に持っているファシズムの傾向に対して間断のない闘いを発展させていく方針です」

 現在の社民党の政治家は勿論のこと、民主党に移籍した政治家の多くが、このような資料で学習をしていた。彼らはこのような学習の中で天皇に対する憎悪の念を高めていたのである。

 日本共産党は今回の親王殿下誕生を機関紙『赤旗』で好意的に伝えたという。しかし、私は彼らの本質は全く違うと思います。なぜなら彼らは現在もマルクス主義を堅持しており、マルクスの本質が体制転覆を狙う赤色革命である以上、これは単なる戦術的な見解であると思います。

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Posted by the_radical_right at 07:55 │ mixiチェック

2006年08月11日

革マル・黒寛の死について

6ab5cd3d.jpeg極左・頭目の死について

 過激派「革マル派」の実質的指導者である黒田寛一前議長(78)が6月下旬に埼玉県内の病院で死亡していたことが関係者の話で10日分かった。

 黒田前議長は昭和38年に日本革命的共産主義者同盟(革共同)が分裂して革マル派が結成されて以来議長を務めた。平成8年に辞任後も強い影響力を及ぼしていた。

 昭和42年以降は集会などに姿を見せず、演説は録音テープで流したり代読されたとされ、消息は謎に包まれていた。

 8・15に向け民族心の高揚を図らなければならないのに、何故こんな極左の頭目の死亡を話題にするのかと、訝(いぶか)しく思われる方もいるかも知れない。

 ブログで検索したら50人くらいが取り上げていた。「現代におけるシーラカンスのような存在」とか「革命家らしからぬベットで老衰死」などの記事を目にした。

 そのような言葉でしか語られない極左とは、今日の日本でほんの少数派に転落、組織はJR労組などを牛耳り金太りの肥えた豚状態であるという。革命勢力とはおよそ無縁な存在である。

 この革マル派の最高指導者の本が一冊だけ本棚にあった。「米ソ角逐」という題名で今から20年ほど前の本だが、なぜ購入したかといえば、「ヤルタ体制への挑戦」という項目があったからだ。

 我々≪極右≫は「ヤルタ・ポツダム体制打倒!」をスローガンにしており、極左の主張も勉強してみようと思ったからでした。我々は戦後体制を「米ソ超大国による分割統治支配であり、その背後にいるのはユダヤ的世界観である」としてきた。

 この当時は米国はレーガン大統領、ソ連はゴルバチョフ書記長の時代である。黒田寛一はソ連が危機的状態にあったが崩壊するとまでは見ていなかったようだ。「米ソ瞞着(まんちゃく)の新局面」では、次のような箇所があった。

「ほとんど親ソ国家の経済的破綻と帝国主義諸国との関係改善という名の妥協及び屈服としてあらわになっている。」

 「力による平和」というレーガン流の攻勢に対して、クレムリン官僚指導部は抗し切れず、これからの世界を東西両権力者の相互欺瞞と相互瞞着の場になると予測していた。

 ヤルタ体制への挑戦では次のような見解を述べていた。要約して紹介します。

「現代ソ連邦の軍事力を基礎とした膨張主義(これを彼らはスターリン主義と呼んでいたようだ)、これに対する帝国主義的反作用がレーガンの巻き返しになり、ヤルタ体制への挑戦となる」

「ソ連=社会主義という神話の崩壊は同時に戦後ヤルタ体制の根底的な動揺をあらわにした。ここにヤルタ体制の見直しの現実性が必然的に浮かび上がった」

 黒田寛一はヤルタ体制への挑戦が、世界の危機を創出し、その危機に埋没することなく、この危機を撥ね退けて自らの主張する革命の正しさを訴えていた。

 今改めて読み直せば、彼ら極左が世界革命などという幻想に惑わされていたことがよく理解できた。しかし、黒田が病床で見ていたものは何であったろう。最も彼は目が悪く失明状態とも云われていた。

 この20年の間に世界は目まぐるしく変動した。ヤルタ体制は昨年のブッシュ演説によって、その歴史的な誤りが宣告された。戦勝国と敗戦国はヤルタの取り決めでもあった。

 今まだこの呪縛から離れられない人達がいる。それこそ現代のシーラカンスである。
 我々≪極右≫は極左の頭目の死に何らの感情もない。ただ一つ言えることは、彼らの時代は終わったという事だけである。

 その事だけを皆さんに知っていただくためにエントリーを立てました。彼らの時代の終わりは、我々の時代の始まりでもあるのです。

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