2005年11月29日

西村真悟議員逮捕 その��

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      公安当局の右翼つぶしの裏情報を検証する!

西村議員は自らの逮捕が迫っている中で「飯島にやられた。」と関係者に呟いたそうだ。小泉首相の懐刀と言われる飯島勲秘書官が、今回の西村議員逮捕で裏で画策したと言うのだ。確かに大阪府警はこの事件を一旦は書類送検として終了させていた。

しかし、マスコミ報道などによれば、大阪地検が悪質だということで、再捜査を命じて今回の代議士逮捕にまで発展したということになっている。この検察の再捜査の動きに飯島秘書官や官邸が関与していたとの情報が飛び交っている。

真意の程は全く分からない。ただ推測するには、先の西村議員の「小泉狙撃発言」と拉致被害者家族会の幹事長という西村議員の立場にあるのではないか。小泉首相とすれば、自分が北朝鮮に行ったからこそ、北朝鮮も拉致を認めたのであって、最大の功労者は自分本人と思っているだろう。

しかし、拉致被害者家族会やそれを支援してきた政治家の間には、そのような経緯があったとしても、北朝鮮に対して経済制裁に踏み切らない小泉首相を批判する声が強まっていた。

自分の任期中に拉致問題を棚上げしてでも、日朝の正常化交渉に踏み切りたい小泉首相サイドとしては、西村議員の常日頃の態度や言動は目障りであり、この事件を契機に政界から追放してしまおうと思ったとしても何ら不思議ではない。

我々《極右》はこの点を注視しなくてはならない。背伸びすることなく、自らの出番を静かに待つ、そのことが新しい政治思想運動においては大切であると考える。

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Posted by the_radical_right at 09:03 │ mixiチェック

2005年11月28日

西村議員逮捕とテロ発言の真意

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「脇が甘い―!!」

 弁護士法違反による西村慎吾衆議院議員の逮捕を受け、評論家・識者は一様に口を揃える。
 拉致被害者家族会は「日朝国交正常化を推進するにあたって、政府は対北朝鮮問題の強硬派を排除しようとしているのではないか」との見解を示しもしたが、周知の通り、尖閣諸島への上陸、防衛政務次官就任時における「核武装」発言、北朝鮮の拉致事件に対する先導的な取り組み、中国の内政干渉に対する毅然とした反論と戦争も辞さぬとする強硬姿勢―我が国きってのウルトラ・ナショナリストである西村議員こそは憂国の志士であり、真の政治家というに相応しい。
 歯に衣着せぬ物言いが内憂外患によって閉塞感に満ちた世間から拍手喝采を浴びてきたが、同時に危さも併せ持っていた。多くの識者は「復活は絶望的である」との見方を示す。

「敵が多過ぎる―」

 言うまでもなく敵とはリベラル左派のみを指したものではなく、政府及び保守派にいる者らを指したものだろう。
 他国からの内政干渉、治安の悪化、教育の荒廃…民衆の英雄たる時代の寵児はそうした絶望的状況から唯一の希望として出現するが、外敵のみならず必然的に現体制との衝突は不可避であるため、常に粛清される宿命を背負ってもいる。
 
「小泉純一郎という政治家はね、狙撃しても良い男なんだよ」

 公人にして、およそ公人らしからぬ過激な発言が高い国民的支持を得てきた西村議員の政治生命はかねてより危ぶまれていたが、テロ容認ともとれる発言の背景には政治に生命を賭した西村議員の信念を感じた。そうでなければ他者の生命さえ危ぶませる発言などでき得るはずがない。
 自らをテロリストと称されることさえ厭わぬ姿勢と、自らの行ないに落ち度があった際はテロの標的となる覚悟さえ備えた姿勢。真の言論、真の政治は生命を賭した状況でこそ成り立つことを、この政治家は常に示していたように思う。

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Posted by the_radical_right at 20:30 │ mixiチェック

2005年09月25日

民主党の再建は先ず<極左勢力>を党内から追放する事から始めることだ。

<革命的共産主義者同盟革マル派>に潜入され、牛耳られていた民主党。

昨日は永田町に昨年夏に配布された「怪文書」を紹介した。マル青同という共産中国と深い関係にある<極左過激派>の侵蝕を許した民主党への告発文書である。ところで、これは第一弾で第二弾は「民主党に潜入するZ」という革マル派との関連を告発するものであった。

この告発文書の背景を事情通に語ってもらおう。「岩見隆夫氏(毎日新聞顧問)の子息・岩見一太氏は民主党本部事務局の広報担当として働いていたが、9月30日付けで突然退職した。一太氏は早稲田社会科学部在学中に革マル派系全学連の委員長を務めるなど、その筋では有名な革マル派の幹部だった。」

「民主党に潜入したZ」という告発文書には、岩見氏はまだ革マル派と切れておらず、彼を民主党本部に入れたのは前民主党国際部長のF氏で、F氏は北海道の共産同(BUND)の元幹部活動家。このF氏を本部にねじ込んだのは仙谷由人議員である。この仙谷議員こそ東大時代にはフロントの活動家で、フロントーブントーZ−民主党という、点と点を結ぶ人間である。

文書には、この他に参院選で民主党比例区で当選したHIVエイズ感染者・家西悟氏が革マル派と密接な関係を持つJR総連の全面的な資金援助の下で選挙活動をしていたこと。家西選対の委員長を務めた枝野衆院議員や枝野議員の元秘書の本田平直衆議員が革マル派と接点を持っている。

このような<極左勢力>の侵蝕を許してきた民主党が、本当に彼等と手を切れるのか?前原新党首がやらなければならない事は余りにも多い。

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Posted by the_radical_right at 11:58 │ mixiチェック

2005年09月13日

哲人型独裁政治の出現を予感させた総選挙の結果。

マスメディアの選挙過熱報道が自民圧勝の要
 
因にも関わらず「独裁政治」の影に怯える愚か
 
さが可笑しい。
 
新聞・テレビなどのマスメディアの反応が可笑しい。民意を問えと言っておきながら、民意が「自民党の歴史的大勝利」となった途端、「この国の民主主義は死んだ。」(日刊ゲンダイ)とか「改革選挙の弾みと怖さ」(朝日新聞)と来た。
 
昨日の「朝日新聞」朝刊の<天声人語>は特に笑えた。「圧勝するさまを見て『独』という字を思い浮かべた、独特な党首の独断による独り勝ち。今後国政は小泉自民党の独壇場になって、独走や独善にまで陥る・・・・」いやはや、よくもこう多くの『独』という文字を並べて見せてくれたものだ。
 
これは「小泉独裁政治」を連想させ、それを悪いものであるとの認識をマスコミが持つからだ。仮に民主的な選挙において、国民が独裁政治を選択したとしたら、どうなるか。
 
実はそれほどそれは遠い話ではない。日本の政治家の中でこの点に言及した人が一人だけいる。それは中曽根元総理である。中曽根先生は今から7・8年前の『産経新聞』紙上でそれを語っている。
 
「国家の形態を考えると、民主主義が広がるとは限らず、いろんなタイプとなるだろう。一部にはファッショ国家、独裁型国家も出る。独裁型には哲人型と暴力型がありうる。高度情報化して人知を積んだ場合、意外にも哲人型独裁者が出てくる可能性がないとも言えない。」
 
これは2100年の国家の未来を予言しての言葉であった。私も全く同意見だ。ただし私はその時期を2020年と予言する。せめて自分の生きている間にそれを目にしたいからだ。
 
では何故、中曽根先生はこの点に言及されたのか。それはインターネットの急速な普及で、投票行動は「ボタン社会」になると予測しているからである。投票所に行かずに自宅でパソコンから投票する時代になる。もしこうなると国民の多くが投票することになり、国民のリーダーを直接自分の手で選べるようになる。
 
政策も国民投票によって、直接その是非を国民に問う事になる。直接民主主義時代の到来であり、これまでのような地域の代表を選ぶような間接民主主義は古臭いものになってしまう。
 
ここまで読み終えた皆さんは、「はぁっ!」と気付かれたのではないか。まさに今回の選挙はある種その傾向を示していた。得票率はこれまで以上に高かった。それだけ政治に新しい人達が注目した。
 
小泉首相は「郵政民営化は是か非か」直接国民に聞いて見たいと発言し続けた。選挙区の地域には縁もゆかりもない候補をたくさん擁立した。まだ直接リーダーを選ぶシステムは出来てはいなかったが、マスコミを協力させることによって、それを上手に演出した。
 
中曽根先生は若い頃から「首相公選論者」であった。この国民が直接指導者を選ぶようになると、意外にも独裁者が誕生するというのは、何も目新しい論ではない。しかし、それを堂々と言え、しかも肯定できるかどうかなのである。
 
今回の小泉首相の圧勝の最大の功労者はマスコミである。そのマスコミがこぞって独裁政治誕生の恐怖に怯えている。何とも笑える話ではないか。
 
しかし、マスコミが恐怖するはまだまだ先のことである。真の哲人型独裁政治家は、今ようやく祖国の何処かで目覚め始めたに過ぎない。今回の選挙が教えたものは多い。それをじっくりと明日から取り上げて行きたい。
 
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Posted by the_radical_right at 08:26 │ mixiチェック

2005年09月12日

自民党の歴史的大勝利は「経済」にすがる国民意識を見抜いた小泉首相の千里眼

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自民大勝利は吉か凶か、
 
衆院選挙は空前ともいうべき自民党の歴史的な大勝に終わった。この結果は国民にとって、また国家にとってどのような意味を持つのか。それを考えてみることにしよう。
 
自民党がこのような歴史的な勝利を得たのは昭和61年の中曽根内閣の衆参同日選挙以来である。この時の選挙のことは鮮明に覚えている。社会党を筆頭とする野党はイデオロギー論争を挑んだが、自民党は経済政策を持って応えた。
 
国民にとって最大の関心事は何よりも「経済=今の生活を維持できるか」に在った。時あたかも、米国との貿易摩擦、対日報復、世界中に広まった日本悪玉論、このような「外患」にさらされた時、国民は社会党の訴えた「軍拡反対」などのお題目には全く耳をかさなかった。
 
今回の最大の関心事は「経済」であった。これまでの日本を支えてきたのは日本の経済的な成功である。この経済に翳りが見えた時に、これを“改革”するという前向きな指導力を示したリーダーが受け入れられたと言う事だったのではないか。
 
つまり国民はある意味で変わっていなかった。経済こそが全てであり、その経済が曲がり角にきた時に、これを守ろうとして投票所に足を運んだ。
日本がこれまで培ってきた経済的な成功が失われてしまうのではないか?その恐怖が裏側にはひそんでいるのだ。
 
この自民党の大勝利が国民にとって、「吉となるか、凶となるか」は、選挙の結果とは関係なく進行するだろう。
 
衆愚政治の“選挙選”は実に賑やかだった。社民党に言わせれば勝ち組みは自民党であり、その勝ち組みは大勝した。では負け組みは何処に行ったら良いのか。
 
経済を越えて、国民の希望を結集する存在はナショナリズムしかない。自民党とは似て非なるナショナリストの群れであることを我々は見抜いている。国民の期待に自民党が応えられない時、「経済」から国民の目は離れた時、自民党の勝利は過去のものとなる。
 
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Posted by the_radical_right at 11:50 │ mixiチェック