自民大勝利は吉か凶か、
衆院選挙は空前ともいうべき自民党の歴史的な大勝に終わった。この結果は国民にとって、また国家にとってどのような意味を持つのか。それを考えてみることにしよう。
自民党がこのような歴史的な勝利を得たのは昭和61年の中曽根内閣の衆参同日選挙以来である。この時の選挙のことは鮮明に覚えている。社会党を筆頭とする野党はイデオロギー論争を挑んだが、自民党は経済政策を持って応えた。
国民にとって最大の関心事は何よりも「経済=今の生活を維持できるか」に在った。時あたかも、米国との貿易摩擦、対日報復、世界中に広まった日本悪玉論、このような「外患」にさらされた時、国民は社会党の訴えた「軍拡反対」などのお題目には全く耳をかさなかった。
今回の最大の関心事は「経済」であった。これまでの日本を支えてきたのは日本の経済的な成功である。この経済に翳りが見えた時に、これを“改革”するという前向きな指導力を示したリーダーが受け入れられたと言う事だったのではないか。
つまり国民はある意味で変わっていなかった。経済こそが全てであり、その経済が曲がり角にきた時に、これを守ろうとして投票所に足を運んだ。
日本がこれまで培ってきた経済的な成功が失われてしまうのではないか?その恐怖が裏側にはひそんでいるのだ。
この自民党の大勝利が国民にとって、「吉となるか、凶となるか」は、選挙の結果とは関係なく進行するだろう。
衆愚政治の“選挙選”は実に賑やかだった。社民党に言わせれば勝ち組みは自民党であり、その勝ち組みは大勝した。では負け組みは何処に行ったら良いのか。
経済を越えて、国民の希望を結集する存在はナショナリズムしかない。自民党とは似て非なるナショナリストの群れであることを我々は見抜いている。国民の期待に自民党が応えられない時、「経済」から国民の目は離れた時、自民党の勝利は過去のものとなる。
ブログランキング ←応援クリック宜しく!
