2006年03月08日

『産経VS朝日』の日中報道の相違点

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日中協議の報道姿勢で見せた朝日新聞の「反日・親中」

産経新聞が報じた中共への警戒感と日本の弱腰

 私は新聞は必ず産経新聞と朝日新聞は両紙とも読むようにしている。勿論、他紙にも目を通す。全紙買うわけではなく、朝の食事に立ち寄る喫茶店で見ている。

 今朝の産経新聞と朝日新聞の報道内容は、全く180度違っていた。北京で開催されている「日中政府間協議」でのガス田開発についての報道記事である。産経新聞社は一面トップで、しかもその半分を使用して解説付きで報じた。

 その内容は中国側はこれまで日本が求めてきた(既に開発を強行している)中国側ガス田の一時中止には応ぜずに、今度は我が国固有の領土である「尖閣諸島」における日中共同開発を提案してきたというものである。

 日本側は反発を強め、政府はこの提案を拒否することになると伝えた。そして何故このように中国側が強気で、日本側が及び腰になってしまうのか、その背景を伝えている。

 今回の中国側の提案が如何に日本を小馬鹿にしたものであるかは、親中国派として先に訪中した二階俊博経済産業相でさえ「受け入れられる提案ではない」と、苦渋の表情を浮かべたとのコメントからも明らかだ。

 ところが、朝日新聞社は全く別なことを書いている。事実関係については二面に申し訳なさそうに書いているだけで、その内容といえば明らかに中国寄りの報道である。

「ガス田の活動停止や地下データの提供は拒否したうえで、日中中間線をまたぐ海域での共同開発の可能性を示唆した。協議終了後、外務省の佐々江アジア大洋州局長は記者団に『(中国側の新提案は)検討すべき点が多々ある』と一定の評価を下した」と報じた。

 産経新聞ではっきり書かれてある「日本固有の領土である尖閣諸島」という文言は一切無い。また産経新聞社が伝えた政府筋の「受け入れ難い内容だ。飲めるはずがない」とは相違した記事になっている。

 これだけで驚いていてはいけない。さすがは「反日・親中」新聞だけはある。今度は社説で「日中協議・対話の機運を広げたい」と書いている。

「靖国問題や反日デモで日中関係が行き詰るなか、このガス田開発をめぐる対立は、単なる経済問題を超えて両国のナショナリズムがぶつかり合う象徴のような様相を見せてきた」

 ガス田開発を経済問題としか捉えていないのは朝日新聞社を筆頭とする「反日」勢力だけだ。この問題こそは日本の国益と存亡を賭けた最重要な課題なのである。

 我々は試掘権を与えた石油会社に調査を直ちに開始するように求める。同時に日本が国家の命運を賭けて、この民間調査船を守らなければならない。

一触即発・偶発的戦争の危機をはらむ東シナ海を

日中対立の軸とせよ!

我々<極右>は共産中国軍の傍若無人を徹底糾弾し、祖国再興への絶好の機会とし捉え“非常事態”への突入を歓迎する!

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2006年03月06日

戦術と戦略の違いも分からない東京新聞記者

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朝鮮半島の統一と大国の思惑を見抜く!

それこそが「戦略外交」というものだよ、東京新聞さん!

 昨日紹介した「東京新聞社」の論説室に掲載された小林一博記者の稚拙な文章に対する批判を多くの方から頂き、篤く感謝申し上げます。

 今朝はこの文章に対する本格的批判から始めたいと思います。この文章は「10年先を見据えて」というタイトルで、日本の外交戦略が問われているかも知れないと書き始める。

 しかし、その内容はただ隣国と仲良くすべきだという一方的な文章である。確かに短く文字数の制限があったのかも知れないが、これでは冷徹な国際情勢を見通す眼力もなければ、戦略的な思考の欠片も感じられない。

 お隣の国だから恩を売っておけば、必ず感謝されるからそうすべきだ。このような論法は二国間にしか通用しない戦術論でしかなく、およそ戦略的な意見とは思えない。

 どうもこの記者は<戦術>と<戦略>の何たるかさえも理解していないようだ。戦術と戦略の違いは軍事的によく用いられる用語である。所謂「戦術核兵器」とか「戦略核兵器」である。

 この場合の戦略とは全地球規模で眺めた場合の安全保障や軍事力の展開、あるいは計画・構想などを指す。戦術とは個々の戦場での限られた軍事目標に対する行動を指す。

 軍事ではなく外交や経済における両者の違いは、およそこの軍事で使われる場合と大差がない。二国間や話題を限定した場合、これを戦略というのは荷が重過ぎるだろう。

 戦略とは大局的見地に立って策定する統合的・全体的な計画や手段である。一方、戦術は対症療法的で部分的・実戦的な計画や手段である。こう見てくると小林記者の「日本の外交上の戦略」などの書き出しが、いかに大袈裟なものかが理解できよう。

 そのように見てきた場合、日本は戦略的思考に立てばどのような提案が可能なのか?その前にどのように10年後の朝鮮半島を予想するかであろう。朝鮮半島の問題は分断国家統一へのプロセスがどうなるかに絞られてくる。

 それにはいくら朝鮮民族が主体的になそうとしても、周辺大国がこれを傍観するはずはない。その点を見間違えると大変なことになる。朝鮮半島はその地政学上の重要性から大国の思惑に翻弄されてきた。

 今日の分断国家の悲劇もそこに由来する。誕生の経緯もそうだが、冷戦崩壊後の世界で、東欧社会主義国家が次々に崩壊する中でも、北朝鮮が生き延びてこられたのは、米露中の三大国の利害が一致したからである。

 本来のシナリオは北朝鮮内部で民主化運動が起き、それをサポートしながら、金日成親子を「チャウシェスク」にしてしまえば、何のことはなかった。しかし、その流れを止めたのが、当時の米露中の思惑だったのである。

 この当時の思惑はまだ消滅していないからこそ、史上最悪な国家は今なお生き延びている。いや、生かされていると言っても過言ではない。統一朝鮮を警戒するのは中露共通の認識だし、米国も既得権益を簡単には捨てられない。

 韓国の国連事務総長立候補は、このような複雑な情勢の中で、彼らが挙げて見せたアドバルーンである。彼らは大国の動きを探る一つとして様子を伺ったに過ぎないのだ。

 おめでたいのは東京新聞社のこの小林記者であろう。何も分からずに知ったかぶりして、たかが一回だけソウルで会見して何が分かったのか。今の新聞記者の知的レベルが分かっただけ、収穫はあったと言うべきかも知れない。

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2006年03月05日

韓国の手先・東京新聞社

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東京新聞・論説室からの提言

皆さん、東京新聞社のこの言説「10年先を見据えて」には、もう呆れ果てて言葉もありません。しかし、そうとばかりは言ってはおれないので、皆さんと一緒にこの「東京新聞社」の言説とやらを考えて見ることにしましょう。

10年先を見据えて

 日本の外交戦略が問われている、といっていいかもしれない。

 韓国の潘基文・外交通商相が国連事務総長に立候補宣言をした問題についてである。

 ちょうど日本記者クラブ取材団の一員としてソウルに滞在中、折よく潘氏と会見した。「日韓は未来志向で進むべき関係だ。日本が前向きに検討してくれると期待する」と支持を求めた。

 これに対して、日本政府は「次期総長はアジアから選出されるべきだ」と原則論を言うだけで、潘氏については言及を避けている。

 昨年、日本は国連改革の一環として安保理常任理事国入りを表明したが、失敗に終わった。小泉首相の靖国参拝など歴史認識の食い違いが背景となって、韓国や中国が反対を表明したことが一因になっている。

 政府や与党内は、これがわだかまりになってすっきり潘氏支持とはいかないようだ。しかし、これで反対というなら子供のケンカの類である。

 アジアの時代が始まり、中国の台頭が著しい。日本がアジアの中でいかなる地位を占めるか、国連外交をどう展開するか。政府は戦略的に十年、二十年先を考える必要がある。

 隣の韓国との関係がぎくしゃくしたまま、他の国々の信頼を得ることはできない。ここで潘氏を支持することは、日韓関係修復のきっかけになるとともに、国際外交の幅を広げることに繋がるのではないか。

 「首脳同士がだめでも韓日の交流は揺るがない」。韓国の元外交官の現状分析だ。情けないが、いまの両首脳はどっちもどっち。次を狙う政治家には広く世界をみて、潘氏支持の積極的な検討を期待したい。(小林一博)

 東京新聞は韓国大統領の「3・1独立運動」式典での激しい日本批判について、どのように考えているのだろうか。まさか全面的に支持しているとでも言うのだろうか。

 民族の誇りにかけて、今、我々が何を為すべきかは自ずと明らかである。アジア諸国との交流は是としても、しかし、そこには日本民族としての誇りを捨ててまで卑屈になる必要など全くない。

この韓国外相国連事務総長出馬表明は下のブログでご覧下さい。

http://blog.livedoor.jp/the_radical_right/archives/50559245.html

 

皆さん方の怒りのコメントをお待ち申し上げます。

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Posted by the_radical_right at 18:07 │ mixiチェック

2006年02月22日

朝日の常套手段に惑わされるな!

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使い古された手法

 昨今の反日・侮日マスコミの傾向を探って行くと、どうもかつて同じような現象が起きているように思えてならなかった。そこで資料を整理して行くと驚くべき事に19年前にも同じような手法で日本叩きが行なわれていたことが判明した。

 日本の教科書で「進出」を「侵略」と書き直したという誤報を意図的に流し、中共政府にご注進して騒ぎを煽り立てた。これは反日マスコミの常套手段であるが、今回の靖国神社参拝問題などでは、中韓だけが批判しているとの指摘を誤魔化すために、シンガポールも反対しているとか、米国左派のリベラル紙の『ニューヨークタイムズ』や『ボストン紙』などにも働きかけをして、日本叩き記事を書かせている。

 シンガポールと言っても、それは中華圏に入る小さな国であり、所詮は中共政府の影響下にあるような国である。何故わざわざこのような国の政治家の発言を、さも重みをつけて報じるのか、全くもって反日新聞社の主張は許し難いものがある。

 ボストン紙の「靖国神社にはA級戦犯が埋まっている」の発言は既にお伝えしたが、ニューヨークタイムズも酷かった。とても日米同盟を締結している友好国のメディアとは思えない悪意に満ちた感情丸出しの記事であった。

「軍国主義者が祀られる神社への小泉首相の参拝と、より力強い軍事政策の小泉首相の支持はアジアの世論全体を警戒させることになる」

「小泉首相は日本軍国主義の最悪な伝統をあえて公式に擁護してみせた。靖国は日本の250万人の単なる慰霊の場ではない。20世紀前半の数十年の日本による虐殺にまみれた朝鮮、そして中国と東南アジアの大部分での凶行暴行行為への悔いない見解を促進している。神として追悼され、崇拝される霊には裁判で有罪とされたA級戦犯14人も含まれているのだ」

 この記事を朝日新聞は鬼の首でも取ったかのように狂喜乱舞して、「どうだ!」と言わんばかりに「米国マスメディアも小泉外交を批判」と大々的に報じた。このニューヨークタイムズに真正面から批判を加えたのは産経新聞社だけであったのではないか。

 さて、今から19年ほど前にタイムスリップして見よう。
 時は日本経済が絶好調でバブル期であった。日本人は自信にみなぎり、新しいナショナリズムが台頭しかけた時代でもあった。このニュー・ナショナリズム論が論壇などでもしきりに語られていた時に、突然、朝日新聞社は日本の新国家主義は戦前の軍国主義の再来に繋がるなどとキャンペーンを始めた。

 すると、たちまち中共や韓国もその主張に同調して「日本軍国主義復活」批判を始めたのである。まるで日本の朝日新聞社に背を押される形での猛批判であった。この時も実はシンガポールが登場していた。
 この昭和62年8月4日に、朝日新聞はシンガポール紙東京特派員である陸培春の「日本の新国家主義は歴史健忘症」なるタイトルで日本が戦争で与えた被害は大きいとして批判記事を掲載した。

 陸氏は中国系の人間でシンガポールで発行されている漢字の『南洋・星州聯合早報』で、日本にニュー・ナショナリズムが台頭しているとして、日本は経済面でズバ抜けた優等生。それで自信をつけるのは良いが、その一方で戦争の加害者だった記憶を少しずつ薄めたいと思っている傾向が見られる…などと書いていた。

 これをネタ元として『ニューヨークタイムズ』と『ニューズウィーク』も日本の新国家主義への批判記事を掲載した。

【ニューヨークタイムズ】
「日本の民族感情は振り子のように、西欧模倣から容易に転換するかも知れない」と書き、正月の宮中参賀に訪れた人々が日の丸の小旗を振る写真を掲載して「異様な光景だ」とした。

【ニューズウィーク】は「日本は第2次世界大戦における反省を忘れている」と書き「真珠湾攻撃のやましさ今日ほとんど見当たらない」とした。

 仕上げは左翼文芸評論家の加藤典洋氏を登場させ、「新国家主義は強まるか」と題して、またもや戦前とか軍国主義の言葉を羅列して=戦前とは異なる道筋=を書き連ねた。


「いうまでもなくぼくは、戦前に日本が国家主義化・軍国主義化することによって実現した国内的な自由の抑圧、他国侵略・戦争が今後生じないと言っているのではない。
 それらは、ことによれば戦前とは異なる道筋を通って、全く異なるものとして実施されるのではないか…」

 どうも、今回も使い古された手法によって、日本を貶める策謀が練られていたようだ。国内外の日本を敵視する“反日ネットワーク”は常に日本をターゲットとして暗躍している。これをどうやって打ち破っていくのか、我々は真剣に考えていかねばならないでしょう。

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Posted by the_radical_right at 22:53 │ mixiチェック

2006年02月15日

辻元清美先生と反日新聞社が説く矛盾

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辻元清美先生、小泉首相に靖国参拝で

「ムハンマド風刺漫画抗議行動のように、国際問題になる」

 靖国神社への公式参拝にあたり、小泉首相は次のような談話を発表しています。
「わが国の悔恨の歴史を虚心に受け止め、戦争犠牲者の方々すべてに対し、深い反省とともに、謹んで哀悼の意をささげたいと思います」

「私は、二度とわが国が戦争への道を歩むことがあってはならないと考えています。私は、あの困難な時代に祖国の未来を信じて戦陣に散っていった方々の御霊(みたま)の前で、今日の日本の平和と繁栄が、その尊い犠牲の上に築かれていることにあらためて思いをいたし、年ごとに平和への誓いを新たにしてまいりました。私は、このような私の信念を十分説明すれば、わが国民や近隣諸国の方々にも必ず理解を得られるものと考えてきました」

 この首相の言葉はそのまま小泉純一郎という人間の『心の中にある』ものだ。ところが、『心の自由』ですむのなら、と題して朝日新聞は14日に「靖国問題の迷路」としてこれを取り上げた。

 その記事の内容は、「国家の解体を目指す政治家」と自称する社民党の辻元清美議員の国会質問を援護したものになっている。

小泉首相は靖国参拝への批判を「心の問題」だと突っぱねてきた。辻元氏は切り込んだ。「総理是非『心の問題』の迷路から抜けていただけないか」
第一「心の自由」はみなにあるが、それを行動に移した時に責任が生じる。靖国参拝は首相個人の問題とは別次元の話になっている。

迷路から抜けていただけないですか?とは、まさしく“迷言”である。世迷言と言い直しても良いだろう。因みに世迷言とは自分の思うようにならない場合の愚痴とか他人を罵って使う言葉の意味でもある。

 迷路に踏み込んでしまったと思っているのは、辻元先生と朝日新聞社の方であって、小泉首相のこの問題に対する姿勢は一貫している。ただ、何度も同じことを訊く偏向新聞社にあきれ果て、「心の問題」として突っぱねているだけである。

個人の問題とは別次元の話というのは、共産中国と韓国からの批判を指すのであろう。

第二として辻元氏は次のように質問している。「民族対立、歴史的な恩讐といった国際紛争の原因は、要は心の問題だ。価値観の対立の問題だ。心と心のぶつかりあいにいかに折り合いをつけていくかが「政治の役割」だ。日中、日韓の両国民の「心のぶつかりあい」でそれをどう解きほぐしていくかという観点に、首相の関心は向かない。

 要するに辻元氏と朝日新聞社は戦争や国際紛争など「心の問題」だとおっしゃりたいらしい。「心が通い合えば戦争はなくなる」とでも言いたいのだろう。であるならば、その方法は明示されているのか?もし我が国だけへの一方的な譲歩を求めるものならば、それは互いに「心が通じ合う」とは言えないだろう。

 私もこの質問をテレビの映像で見ていたが、いつから辻元先生はこんなセンチメンタルな乙女に変身してしまったのか?
 かつては勇ましく「拉致被害者救出よりも北朝鮮への賠償が先だ」などと語っていたのに、まるで最初は別人のような質問だった。

 しかし、最後の方になるとイスラム教預言者ムハンマドの風刺画掲載に対する激しい抗議行動を 引き合いに「心の問題を軽く扱うと大きな国際問題になる」と甲高い声で追及し、 参拝中止を求めた。

 ところで毎日新聞は11日にムハンマド風刺画の最後に、このようなことを書いていた。
「誰も反対し得ない「表現の自由」を楯に転載を続ける欧州メディアとこれを許容する世論。非寛容が国際政治の構造を変えるという点で「心の問題」を掲げた靖国神社参拝で悪化する日中関係と通底するものがある」(グローバル・アイ:風刺画の波紋、非寛容が変える国際秩序)

 朝日新聞も負けてはいない、次のように書いている。
「信仰上の、思想上の真実をそれぞれが貫き通そうとすれば、争いはいつまでも終らない。比べようのないものを比べようとする限り、人々は迷路の中をさまよい続けることになる。心や価値の問題は棚上げして比較的可能な利益の次元に、対立を絞り込む。政治的な共存はそういうやりかたで、常に暫定的に実現されるほかない」

 長くなるのでそろそろまとめに入ろう。辻元先生と反日マスコミはことある事に、小泉首相の靖国参拝を止めさせて、中韓の主張に日本を従わせようと必死である。そうとでも考えなければ西欧の風刺画と絡めてこんな議論が起きるわけがない。

信仰を重視する立場から言えば、イスラム教徒と小泉首相には共通点がある。その反対に政治的主張を重視するなら欧米メディアと中韓は重なる。大きな国際問題になると心配して、その責任を頑迷に靖国参拝にこだわる小泉首相にあるとの指摘であれば、辻元先生や反日マスコミはムハンマド風刺画で暴徒化したイスラム社会にこそ問題があるとしなくてはならない。

 しかし、毎日新聞社の記事は明らかに欧州メディアとそれを許容する世論を非寛容と批判している。そして、その非寛容さが小泉首相の「心の問題」と通底していると批判する。もう論理構成が支離滅裂ではないか。

 この非寛容とする言葉は、これまで移民反対、不法就労外国人追放を訴える我々《極右》に人権派と左翼が投げつけてきたものだ。寛容の精神とは彼ら反日勢力のお題目でもある。

現在欧州で問われているのは、果して欧州はイスラム移民と折り合えるのか、である。
今、東アジアで問われているのは、理不尽な中韓の主張に屈するのか、跳ね返すのか、の二者択一の選択である。この二つの難しい問題を調子良く結びつけようと思うから、矛盾したことを平気で口にして、書いてしまうのである。

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