満州国を漢人の支配地と見るのは間違いである!
アジアといえば、日本人の多くは「中国」を思い浮かべるだろう。周知の様に未だに古来からの憧憬の念が生き続け、先の戦争の贖罪意識が根強くある。このような背景があるから、中国に媚を売る反日論者は虎の威を借りた狐と化す。
中国が決して憐れむべき被害者などでないことは、これまでも幾度も書いて来たが、例えば日本の国粋主義者の中には「同文同種」の兄弟民族と思い込み、親近感を持つ者も居る。
特に石原莞爾先生のかの「五族協和」や東亜運動に、今でも多くの人が共鳴を示しているのも事実だ。石原先生の「日支提携」に尽力した、その努力は評価されるべきだろう。
これらの人達は満州国が、結果的に日中関係を破壊してしまったことを悲観しているし、孫文を救い得なかったこと、将介石を敵に廻して毛沢東を利することになったことを反省している。
満州国を正当化して、その後の日本の<脱線>を主に批判している。だが、それを全て受け入れる訳にはいかない。なぜならそれらの人々に問いたい事がある。それは孫文の「五族協和」には看取すべき中華思想があることを見抜けなかったからだ。
また、多民族支配の志向や欧米への親近感が見え隠れしていた。満州国が辛亥革命後、殊に袁世凱没落後、中国本部の主権からは全く分離して独立していた事を正しく認識して、それを訴えつつ、その地が本来は満州原住民の土地であり、漢民族が干渉すべき地ではなかったことを忘れてはいけない。
実際、趙軍閥の専横と暴政への怒りと不満が充満していたからこそ、関東軍は容易に勝利し得たという現実があったのではないか。我々は敵からの歴史認識論争に応えなければならない。
その時に忘れてはならないのは「満蒙独立運動」と日本の関係についてである。あの東洋のマタハリ、川島芳子の養父、川島浪速らの活動も正しく評価すべきであろう。 (次回に続く)
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