テロ特措法と日本の選択��
9・11から6年、世界の位相
非西欧VS西欧
2001年9月11日の米中枢同時テロから6年が過ぎた。西欧社会だけでなく、わが日本も含め世界は今なお国際テロ組織アルカイダの影に怯えている。
イスラム原理主義者のテロは欧米社会にとどまらず、インド、タイなどにおいても活発化している。このようなテロ事件を通して彼らは何を訴えようとしているのか?
また、国際社会はどのような対応が臨まれるのか。そのことに対してポスト冷戦の主流に躍り出た、このイスラム原理主義が意味する“非西欧”という思想に迫ってみたい。
冷戦後の世界の特徴が民族紛争と宗教対立にあったことは衆目の一致するところでした。旧ソビエトが崩壊し共産主義の支配下にあった各民族が独立を果たした。
この民族の独立運動は今も世界各地で続いている。旧ユーゴ内戦は終了したがコソボ問題は再び火を噴いた。チェチェンでの独立闘争は現在も進行中である。
多くの紛争や内紛の一方の当事者が「イスラム勢力」であったことは注目に値する。イスラムが台頭した背景については、それまで強権によって抑えつけられてきたものが、ここで一気に爆発したとも言える。
ハンチントン・ハーバード大学教授は冷戦後の決定的な特質を「諸文明間の衝突」と捉え、もはや「西欧」が世界の主流であった時代は過去のものへ―となると予測した。
代わって台頭するものが「非西欧」わけても「イスラム勢力」として、それが西欧社会にとって新たな脅威になるとしたが、やはりこの「文明の衝突」を抜きには現在を語れないのではないか。
9・11事件を引き起こしたイスラム教徒の中には、中東からヨーロッパに移り住んだ比較的高学歴者が多かった。彼らがこのハンチントン教授が予言した西欧VS非西欧の先鋭的役割を担おうとしたとも考えられる。
彼らの多くが西欧社会になじめずに、西欧社会に対する憎悪の念を募らせていった。9・11事件の際に犯人達が叫んだ言葉「ジハード」の意味こそがイスラムを象徴するものだ。
そこには強い非妥協性と政治性を有している。この二つの面が自らの信奉するものには生命さえ投げ出すという考えにつながった。これを西欧社会は自分たちの文明への挑戦と受け止めた。
なぜならば、長い間、西欧社会はイスラム社会を席巻し、植民地として苦難を強いてきた。そのような歴史的事実の中で、彼らイスラムがそのことへの反発として西欧への反撃を開始したと考えたのである。
この今日的な世界の位相から、日本が無関係ではいられない。遠い外国における問題であって、日本が巻き込まれることはないとの考えは余りにも身勝手である。
過激なイスラム原理主義を封じ込めることは、世界の安定を考える上で重要であり、放置することはその危険性を拡散することを意味する。日本人の中にはこれを「対岸の火事」としか見ない人もいる。
これは大きな間違いだ。何故ならば多くの国がイスラム勢力を抱え込んでおり、その対策に翻弄されている。比較的イスラム勢力の少ない日本だが、国内における摩擦が少ないからといって、この問題から目を遠ざけることは許されない。
今回、世界中で40カ国が派兵しているアフガニスタンにおいて、日本だけが、この国際テロ組織との戦いから離脱したらどうなるか?そのことに対する西欧社会や他の国々からの批判が一斉に浴びせられよう。
民主党はこれまでも反対してきたから反対だ―というような子供の論理を振りかざしているが、日本が国際テロ組織との戦いから抜けるリスクをどのように考えているのであろうか。
日本は歴史的には余りイスラムとの関わり合いを持ってこなかった希有な国家である。そのことから、この問題に深入りすることなく中立的立場にあるべきと論ずる人もいる。
これほど国益を顧みない考えはない。それこそ日本の「一国安定論」であって、現在の世界の中で理解を示す国家は少ないであろう。最低限の責務として引き続きインド洋上においての活動を継続することに何の不都合があると言うのか。
最終的なイスラム問題の解決を視野に入れておくことも大切である。それは多くのイスラム教徒を過激な袋小路から逃すことによって、時間をかけて現世化することだろう。
穏健なインドネシアやマレーシアなどの経済的な成功に見られる方向性こそが、その目指すべき社会の回答の一つとなるのではないでしょうか。
このエントリーに関しての質問や提言、意見などについては次回にまとめてお答えいたします。
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