写真:原発の消火作業で被曝した英雄達が眠るミチノ墓地
20世紀の科学と21世紀の科学
人類の破滅から救済へ
先般、投稿した『インターネット私論』のコメント欄に原子力発電所に対する質問があり、その方と何度か会話をしました。この問題では新潟県の裁判所において、原発の安全性に疑問を投げかける判決もあり、その時も取り上げております。
原発の安全性が地震に耐えられるものなのかについて、この裁判官は崩壊する危険性があるとして、反原発派の訴えを認めたものでした。原発の建設に関しては政府が専門家に依頼をして、原発の安全性に関する基準を設けており、これを地方裁判所の裁判官が審理すること自体に無理があるのではないか。
さて、このコメントを寄せてくれた「くらまさん」は理系の人らしく次のように語っている。
「安全は危険の不存在でしか証明できない」ので、歴史的に原発事故が一回でもあった以上、危険そのものは存在すると思います」
この言葉で先ず思い出したのはチェルノブイリ原発事故である。先般、新聞やテレビで放映されていたが、あれからもう20年も経過した。この時はあまり関心を持たなかったのだが、くらまさんのコメントで改めてこの原発事故を振り返ってみることにしました。
1986年4月26日、当時の旧ソ連ウクライナ共和国でこの史上最悪の原発事故は発生しました。この炉は、旧ソ連に特有のRBMK(黒鉛減速軽水冷却沸騰水型)と呼ばれる原子炉です。定期点検で出力を停止する途中に実験が行われ、その最中に爆発事故は起きました。わずか数秒の間に2度以上の大爆発が起き、原子炉は壊れ、核燃料はこなごなになってふき上げられました。千メートルから2千メートルもの上空に吹き上げられた放射能は、遠くの国々にまで運ばれ、地球全体に放射能が降りました。
この吹き飛んだ原子炉を上空から写した映像は、今でも鮮明に覚えています。この事故の悲惨さやその後の問題についてはここではやりません。今回取り上げるのは科学文明と危険性、そして人間の勇気と挑戦、これらを簡単にまとめてみました。
まず「100%の安全」というものはありません。自らが生み出した科学文明に翻弄されて、死の恐怖に怯える実態も紛れもない事実です。私たちはこのような危険性と隣り合わせで生活している事になります。
しかし、ではだからと言って、科学を信じられないものと決め付けることは出来ないでしょう。もし、科学が危険であるとして挑戦してこなかったら、今日の文明社会はなかったものと思います。
この原発事故で急を聞きつけて駆けつけた善意の住民や消防士が多数死亡しました。これを原発に対する無知のために致命的な放射能を浴びてしまったと論評するのは簡単です。
しかし、この人達が燃え盛る火を消すために全力を尽くして倒れて逝きました。もしこの人達の勇敢な作業がなかったら、この事故はもっと拡大していたことだけは間違いありません。
安全性への懸念や事故の悲惨さにだけ目を向けていたら、科学の進歩はあり得ません。人間というのは挑戦し勇気を持って立ち向かうことが、人間としての価値でもあると私は思うのです。
丁度この年の1月だったと思いますが、米国の栄光と誇りを乗せたスペースシャトルは爆発炎上しました。しかし、米国は宇宙への挑戦をその後も続けて来ました。
確かに世界(地球)を科学万能主義によって、危険に晒してはいけない。我々日本人の世界観は美しい地球環境と共にある。自然を慈しみ、その恩恵に神の存在を視る独自の世界観を持ってきた。
そのような我々日本民族が今成すべき事は、この地球と共に一体となることである。そのためには科学は絶対に必要である。20世紀、科学は人類を破滅へと導くものでしかなかった。しかし、21世紀、科学は人類を救済するものでなければならない。
危険であると言って、科学の発展を阻害したり、躊躇することに私は反対します。これまでの科学の進歩のために尽くしてきた先駆者の労苦を無にしてはならないと思うからです。
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